<BLANの食卓>

2006・7・3

 「BLANの食卓」は、ガンガン増刊パワードで2005年夏季号から連載されているマンガで、推理の要素の入った「ミステリーコミック」として連載されています。が、実際にはファンタジー的な設定やストーリーの方が重視された内容になっています。作者は、現在のところ原作に霧海正悟、作画に葉月翼が担当しています。

 作画担当の葉月翼さんは、ガンガンパワード生え抜きの新人のひとりで、この作品もまたパワードから出た作家によるオリジナル作品のひとつとなっています。しかし、他の同系作品に比べると、完成度でも人気でも今ひとつ劣っており、あまり大きな話題にはなっていないようです。しかし、作者の力作ぶりは伝わってきており、内容的にも少しずつではあるが良くなっている点も窺え、決して悪い印象の作品ではありません。

 一方で原作の霧海正悟さんの方は、ガンガンパワードからの新人ではなく、作品の連載中に外部から招聘された作家です。なぜ途中でいきなり呼ばれることになったのか。これにはちょっとした、しかし非常に大きな事情があります。



・確かに最初は桜庭一樹が原作を担当していたはずだが・・・。
 実は、このマンガが連載開始された当初は、原作をあの桜庭一樹が担当していたはずなのです。
 桜庭さんと言えば、いわゆるライトノベル作家のひとりですが、その中でもかなりの実力を評価されている作家であり、特に、富士見ミステリー文庫で巻を重ねている「GOSICK」シリーズは、今では富士見ミステリー最大の人気作として、同文庫の顔となっています。ライトノベル的なミステリーやSF、あるいは原作ものからゲームシナリオまで幅広く手がけており、またその一方で、ライトノベルの枠を超えたような作品をもいくつか執筆しており、それらもおしなべて高い評価を受けているため、幾多のライトノベル作家の中でも一目置かれている感もあります。また、同じライトノベル系の作家で、同じく本格的なミステリーやSF的作品でかなりの評価を受けている桜坂洋と並んで紹介されることも多く、このふたりのことを「W桜」と呼称することもあります。

 桜庭さんの作品の特徴として、ミステリー(推理小説)というジャンルで多くの作品を執筆していながら、その内容にミステリー(推理)の要素、すなわちトリックやそれをめぐるロジックの要素がおしなべて薄く、むしろストーリーや特異な設定、キャラ萌え等の要素が非常に大きいことが挙げられます。これは富士見ミステリー文庫全体にも言えることですが、昨今のライトノベル系のミステリー全体を通しても言えることであり、このような「ミステリーの要素が薄いミステリー」は今の主流となりつつあります。

 そして、この「BLANの食卓」においても、桜庭さんが当初原作を担当していたおかげか、ミステリー要素よりも特異な設定・ストーリーの方がはるかに目立つ作品となっていました。これ自体は別に良い事でも悪い事でもなく、原作者らしさが再現されたマンガ作品だと思って読んでいたのですが、どういうわけか桜庭さんは最初の2話で原作から降りてしまい、代わりに前述の霧海さんが原作を担当することになり、今に至っています。

 なぜ桜庭さんが原作から退いたのか、その理由は全く分かりません。単に内容の評判が悪かったのか、あるいは桜庭さんの個人的な事情なのか、そのあたりは推測するよりありません。
 問題なのは、この桜庭さんの降板による原作者の交代劇が、今となっては完全に隠蔽されていることです。ガンガンパワードの連載でもそのことは触れられなくなりましたし、先日発売されたコミックスの第一巻でも、そのことの記述は一行たりともなく、桜庭一樹の名前はどこにも見当たりません。もはや、編集者としても桜庭一樹の存在には触れたくないかのようで、その存在は完全に抹消されてしまいました。コミックスからこのマンガに入ってきた読者なら、もうこのことは絶対に分からないはずです。
 また、桜庭さんの公式サイトの日記においても、この「BLANの食卓」の原作担当に関する記述はなくなっています。桜庭さんの日記は、自身の仕事の情報を逐次知らせていく詳細なもので、当時は「BLANの食卓」に関する記述もあったはずなのですが、今となってはどこにも見当たりません。わたし自身も、当時のアクセスで確かに見た記憶があるんですが、あれは見間違いだったのでしょうか(笑)。ちなみに、過去の仕事を集めたページにも、この「BLANの食卓」のことは記載されていません。

 もはや、この事実は、原作者側・編集者側双方で、あえて触れたくない話題のようですね。はっ、これがもしかして「黒歴史」というやつですか?(笑)。わたしのように、当初からガンガンパワードで読んできた読者にとっては、非常に違和感の残る結末なのですが、そもそもガンガンパワードは、発行部数も固定読者も非常に少なかった雑誌であり、この事実を知る人もごく少数なわけで、もう大半の人にとってはどうでもいいことなのかもしれません。しかし、このような事実が過去にあったことだけは、誰かがはっきりと残しておく必要があるでしょう。


・現在の原作者である霧海正悟とは何者か?
 さて、それでは、桜庭さんに代わって急遽原作を担当することになった、霧海正悟さんとは誰なのでしょうか?
 彼は、スクウェア・エニックス関連で主に仕事をしている作家で、スクエニゲームやガンガンコミックのノベライズ、あるいはドラマCDの脚本なども手がけている作家です。いろいろな原作の小説化・CD化を担当させられており、スクエニにとっては使い勝手のいい作家かもしれません(笑)。今回の桜庭さんの降板に際しても、急遽代わりの原作者を見繕うにあたって、使い勝手のいい霧海さんにとりあえず白羽の矢が立ってしまった感があります。
 霧海さんは、これまでのどの仕事も無難にこなしており、今回の原作担当にあたっても、さしあたって瑕疵は見当たらず、やはり無難にこなしているようです。ただ、霧海さんは、桜庭さんと違い、決してミステリー作家ではありません。そのために、霧海さん担当以後の「BLANの食卓」は、元々少なかったミステリー要素がさらに少なくなり、完全にストーリー中心のマンガに移行してしまったところがあります。これは致し方ないところでしょう。


・肝心の内容はどうか。
 さて、異様に前置きが長くなってしまいましたが、では肝心の内容はどうでしょうか。

 前述のように、このマンガは、ミステリーという題目で始まったものの、実際には事件やトリックの描写は少なめで、むしろ特異や設定やストーリーの方の比重が大きい作品です。特に、現代ものにファンタジー要素を交えた独特の設定が全面に出ています。
 主人公は、あまりにも頭の出来が良すぎて毎日を退屈に過ごしている高校生・薬師丸透。彼の元に、「自称」天使(実は邪竜)であるブランという生意気なガキ女の子がやってきて、強引なやり方で無理矢理「契約」を結ばされてしまいます。契約の内容は、事件の犯人を推理して探し当て、その罪人の罪を認めさせ、その魂を自称天使であるブランに食べさせること。事件を推理して解決するのは基本的に薬師丸ひとりですが、ブランも無邪気な狂言回し的な行動でバックアップ(?)します。
 これだと、ファンタジーな設定こそあれ、「探偵+助手」という典型的な推理物の設定にも見えますが、前述のように事件や推理、トリックにはさほど力は入っておらず、むしろストーリーの方が中心です。推理やトリックの要素は、あくまで副次的なものでしょう。むしろ、事件の描写においては、推理やトリックよりも、天使であるブランが超越的な力で犯人を追い詰めて、その魂を食らってしまう凄惨な描写の方に力が入っていると感じますね。

 そして、原作者が霧海さんに移って以降は、その事件や推理の要素はさらに薄れ、ブランとその兄弟姉妹同士が闘うバトルゲームの話へと移行していきました。霧海さんはミステリー作家ではないですし、むしろ元からの特異なファンタジー設定を活かすような形に方向転換するのもやむなし、といったところでしょう。中途半端に推理の要素が入るよりも、むしろこちらの方が面白いとも思います。


・絵が見づらさは大きな欠点。
 しかし、このマンガにはかなり大きな欠点があります。それは、極端な絵の見づらさです。
 作画担当の葉月翼さんは、このマンガの連載の前に、いくつかの読み切りをパワードで掲載した新人作家なのですが、そのどれもが多すぎる描きこみとトーンの貼りすぎで非常に画面が見づらく、それで大いに評価が下がっていました。今回の「BLANの食卓」でも、読み切り時代よりはかなりましにはなったものの、まだまだ相当に見づらく読みづらい点は否めず、大きな欠点となっています。この絵の持つ独特の造形や感性には見るべきところもあるかもしれませんが、今のところ欠点の方がはるかに大きいのは残念なところです。
 コミックスの表紙のイラストなどはさほど見づらいものではなく、カラーイラストなどはそれなりにいい感じなのですが、肝心の本編で読みづらいコマが多すぎます。絵が下手というわけではないのですが、まだまだ画面作りがこなれていない。これからの大きな課題でしょう。


・実は、そんなに悪いマンガではないはずだが。
 もっとも、このマンガはそんなに悪い印象はありません。確かに絵の見づらさは気になりますし、ミステリーと打ち出したにもかかわらずミステリーの要素が少なめだったり、さらには原作者の交替による内容の転向で、ミステリーの要素自体がさらに希薄になるなど、色々と課題は多いのですが、それでもそんなに悪い感じを持たないのは、なんとか作画担当である新人作者の奮闘が感じられるからでしょうか。もともと、原作者の交替劇はあくまで原作側の都合であって、作画担当の方には何の罪もないのです。

 また、ガンガンパワード掲載の最新の連載を見る限りでは、以前ほどの絵の見づらさは薄れ、かなり改善され普通に読めるようになってきたように感じられます。ストーリーも、完全に事件物から離れて、ブランとその兄弟を中心とした話に集約された方がすっきりしていいかな、とも思います。隔月刊行となり、ゲームコミックが前面に出てきたガンガンパワードにおいて、昔から続くパワードオリジナル作品のひとつなので、頑張っていただきたいものです。


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