<ガンガンの部数の変遷を見る>

2013・6・7

 少年ガンガンの部数が7万部になった、というニュースが先日広まったばかりですが、これをひとつの機会に、1991年の創刊から現在(2013年)に至るガンガンの部数の変遷を振り返ってみたいと思います。途中で何度も大きく増えたり逆に大きく落ち込んだり、今思えば随分とアクティブな変遷をたどってきたような気がします。新興の出版社が成功を遂げた数少ない雑誌として、その実、常に不安定で激動の時代をたどってきたのかもしれません。


<創刊初期(1991年〜1995年)>:30万部→50万部
 1991年に創刊された少年ガンガンですが、当初の部数は30万部だったそうです。新興の出版社の創刊した新しい雑誌で、この部数はかなり多いと思います。まだ雑誌が売れる時代だったことを感じさせますし、今ならいきなりこの部数を出すことはないかもしれません。

 そして、これだけの部数を維持するに足るほど、最初からガンガンは充実していました。当初から看板として雑誌を引っ張っていた「ロトの紋章」を始め、「南国少年パプワくん」「魔法陣グルグル」「ハーメルンのバイオリン弾き」「Z MAN」「突撃!パッパラ隊」「ツインシグナル」など、人気マンガが相次いで登場し、連載陣は非常に充実していました。このうち、パプワくんとグルグルはアニメ化を果たし、そちらでも大きな人気を獲得します。新興の雑誌にして、極めて好調な滑り出しだったと言っていいと思います。

 この好調を受けて、95年には一時的に50万部の部数にまで達したも聞きました。これほどの部数はのちのガンガン、エニックス(スクエニ)ではもう見られません。この時期までは、創刊初期からの人気連載陣はほとんど残っていて、何より看板だった「ロトの紋章」が絶頂期に差し掛かっていて、まさに雑誌の全盛期だったと言えます。


<月2回刊行時代(1996年〜1997年)>:17万部
 この雑誌の好調を受けて、ガンガンはさらなる発展の形として、月2回刊行のペースを取ることになります。当時は、前述のように部数は好調に増え、ロトの紋章・ハーメルン・グルグルの3作品の劇場映画化も控えていました。これならばさらにやっていける、という編集部の判断があったのではないでしょうか。

 しかし、この月2回刊時代に、部数は大きく減少することになります。最終的にはこの試みは失敗する形となり、2年という比較的短い期間でこの形態は終わりを告げ、再び月刊に戻ることになります。その月刊に戻る直前の部数は17万部程度だったようで、全盛期の50万部から約3分の1にまで減少したことになります。

 なぜここまで部数が大きく減ったのか。ひとつには、月2回という刊行形態が、当時の主要読者だった小中学生層に合ってなかったことが挙げられます。雑誌の刊行ペースが上がり、それに伴ってコミックスの刊行ペースも上がったのですが、しかしこの速まったペースに(主に金銭的な理由で)ついていけなくなった読者がかなりいたと思われるのです。

 もうひとつ、さらに直接的な理由として、創刊当初から続いていた人気マンガの終了があります。特に、97年に入っての「ロトの紋章」の終了の影響があまりに大きかったようです。連載終盤に差し掛かるにつれて大きく盛り上がったこのマンガ、雑誌の月2回刊行に伴って連載ペースも飛躍的に増大し、最後の1年となった96年には、コミックスの売り上げが全出版社の中でも3位を記録するという、非常に大きな存在となっていました。そのクライマックスの盛り上がりに合わせて、ガンガンを買っていた読者も非常に多かったようですし、それが最終回を迎えたことで、一気に読者が離れてしまったのです。

 このように、様々な理由から月2回刊行は失敗した形となり、月刊に戻って体勢の建て直しを余儀なくされることになります。


<90年代後期安定時代(1998年〜2000年)>:25〜30万部
 さて、月刊に戻らざるを得なくなり、後退した形となったガンガンですが、幸いにもここで再び持ち直すことに成功します。月2回刊時代後半、あるいは月刊に戻って以降、次々と新しい人気マンガが登場し、非常に安定した誌面を構成することになるのです。この当時の人気連載としては、「まもって守護月天!」「スターオーシャンセカンドストーリー」「刻の大地」「ジャングルはいつもハレのちグゥ」「PON!とキマイラ」「東京アンダーグラウンド」「魔探偵ロキ」「スパイラル」など多岐に渡ります。

 これらの人気連載に支えられる形で、部数は再び上昇に転じ、この時代およそ25〜30万部程度の部数を維持していたようです。全盛期の50万部には及ばないものの、それでも新興の雑誌としては十分に安定していました。この時代を第二の全盛期と考えてもよいかもしれません。

 この時代のガンガンの特徴として、突出した看板的な作品があまり存在しなかったことが挙げられます。この時代のガンガンの看板となると、TVアニメが放映されて人気を博した「まもって守護月天!」あたりが一応は挙げられるかもしれませんが、しかしこの守護月天ですら、雑誌の中でそこまで突出して目立つマンガではなかったと思います。むしろ、雑誌の連載全体が満遍なく人気があって、それが雑誌の部数を強固に維持していた。こういったタイプのマンガ雑誌は、今に至るまでかなり珍しいのではないかと思います。

 「ガンガン系」と呼ばれる独特の雰囲気のマンガが生み出されたのもこの頃で、これはガンガン以外のエニックスの姉妹紙にも及んでおり、中でも最大の人気雑誌だったこのガンガンが、その中心に位置していたと言えます。


<お家騒動前後(2000年〜2003年)>:16万部
 その安定期を崩したのが、いわずと知れた2001年の「エニックスお家騒動」なわけですが、この大きな混乱の中で、部数の激減は避けられなくなります。

 お家騒動(一部編集者と作家の離脱)が起こったのは2001年の末頃ですが、それ以前にすでに2000年前半あたりから、のちの騒動につながる誌面の路線変更が行われており、一部の人気マンガ(ツインシグナル・刻の大地)が他誌へと移籍となり、その後にこれまでとは雰囲気の異なる新連載が数多く投入されました。

 しかし、そのほとんどのクオリティがまったく安定せず、質の低下する雑誌から、騒動以前の時点で多くの読者の流出が始まっていました。そしてその後のお家騒動が決定的なものとなり、部数は一気に低下してしまいます。騒動が一通り落ち着いた2003年の時点での部数は16万部前後。再び安定期以前の低いレベルの部数に戻ってしまったことになります。

 いや、これだけ大きな混乱の中で、まだ15万部前後の読者が残ったことは、むしろ僥倖だと考えるべきかもしれません。騒動の中でも、あの「鋼の錬金術師」の連載が始まっており、あるいは騒動前からなんとか連載を継続できた人気マンガ(スパイラル、東京アンダーグラウンドなど)の存在、一部質の高かった新連載の存在(マテリアル・パズル、B壱、妖幻の血など)で、かろうじてまだ読める誌面を維持できていたのかもしれません。


<ハガレンアニメによる部数激増(2003年〜2005年)>:(一時的に)42万部
 しかし、16万部程度で低空飛行を続けていたガンガンに、極めて大きな事件が起こります。2003年10月から開始された「鋼の錬金術師(ハガレン)」のTVアニメが大ヒットして、それに伴っていきなりガンガンが飛ぶように売れることになるのです。アニメ開始直後の部数は、一時的に42万部にまで激増。一気に3倍にまで膨れ上がったことになります。

 その後、その爆発的な売り上げはやや鈍りますが、それでもアニメ放映中の2004年には35万部の平均部数を維持。2005年には夏にTV版の続編と言える劇場アニメが公開されたあたりで、この一連のハガレンブームもひとまず終わりとなりますが、この年には27万部まで下がっています。しかしそれでもアニメ放映以前よりも高い部数を維持しているわけで、いかに「鋼の錬金術師」アニメの効果が絶大だったかよく分かります。

 しかし、この時期の高い部数、明らかに「鋼の錬金術師」1作品のみの力で成立したものであって、それ以外の連載はむしろ低調でした。連載本数自体が少なくなっていて、ハガレン以外の人気マンガはごく少数にとどまり、本当にハガレンの力のみで雑誌が成り立っているような状態でした。「月刊鋼の錬金術師」と揶揄する言葉まで聞かれるほどで、「鋼の錬金術師がなくなったらガンガンはどうなるのか」という不安も何度もささやかれており、やがてそれは現実のものとなります。


<2000年代中期の動向(2006年〜2010年)>:15万部
 その「鋼の錬金術師」アニメが完全に終了したガンガンは、やはり予想通り、結局もとの部数に戻ってしまいます。この時期のガンガンは、およそ15万部程度の部数だったようで、お家騒動後の部数とほぼ同じ。この部数での低空飛行が、その後ずっと長く続くことになります。

 ハガレンアニメ時代に一時期大きく落ち込んだ連載本数は、じきに回復しますが、しかしこの中でヒットした作品はあまり多くありません。ポストハガレンとして注目され、アニメもヒットした「ソウルイーター」、同じくアニメ化を達成したラブコメ「ながされて藍蘭島」、バトルアクション「屍姫」、他社のライトノベル原作ながら質の高いコミカライズでヒットした「とある魔術の禁書目録」あたりがその数少ない作品で、あとはかつてよりの長期連載「スパイラル」あたりが、なんとか読者をつなぎとめていた状態だったと思います。

 その間も「鋼の錬金術師」が突き抜けた看板連載だったことは変わらず、さらに2009年にもう一度アニメ化されますが、このときにはかつてのような部数の増加はほとんど見られず、この年も15万部程度でほとんど変わりませんでした。ただ、2010年に原作が(アニメもほぼ同時に)終了したときには、その最終回が掲載されたガンガンが売り切れ、のちの号で再び最終回が掲載されるという異例の事態を招いたことが印象に残っています。


<そして部数のさらなる低下へ(2011年〜2013年)>:12万部→7万部
 その「鋼の錬金術師」がついに終了したことがやはり響いたのか、この年以降のガンガンは、さらに部数を低下させることになります。2011年には12万部、2012年には7万部となり、この部数は創刊以来最低クラスとなります。ここまで部数が下がったことは、創刊以来20年以上今まで一度もありませんでした。お家騒動による混乱でもここまでは下がらなかったのです。これは、ガンガンよりもマイナーな姉妹誌、JOKERやGファンタジーとあまり変わらないクラスで、公称20万部とされるヤングガンガンよりもずっと低い。

 特にこの2012年の変動は深刻で、前年の12万部から7万部まで一気に半減しています。しかもこの年は、ヤングガンガンの人気連載からのスピンオフ連載「咲阿知賀編」のアニメが放映され(4月〜7月)、そして「スパイラル」原作者による新作「絶園のテンペスト」のアニメも開始されていたのです(10月〜翌年3月)。それにもかかわらず、部数は激減している。これは、咲阿知賀編も絶園も、まったくガンガンの盛り上がりには貢献できなかったことを意味しているのです。

 このふたつの連載が面白くないということはないと思います。むしろ、このふたつの連載がありながら、ガンガンが盛り上がることはついぞなかったと考えるべきでしょう。おそらく、元はヤングガンガンの連載である咲阿知賀編の読者は、ほとんどがコミックスで済ませていた可能性が高いですし、絶園に関しても同じようなことが言えるのではないか。逆に言えば、これらの作品の読者を引き付けるような力が、ガンガン本誌にもうまったく残っていなかった。例えば、咲阿知賀編をきっかけにガンガンを手にとった読者の多くは、そのガンガンを見て、面白くないと感じて引き上げてしまったのではないか。それほどまでに、もう有力な作品がガンガンには残っていないのです。

 そこに、「雑誌が売れない、コミックス派の読者が中心」という、近年出版社全般に見られる傾向も加わり、この最低部数を記録してしまったのだと思います。今の連載陣を見る限り、咲阿知賀編も絶園も既に終了し、それ以外の有力な作品にも乏しい状態はずっと続いていて、この落ち込みを急に回復するのは厳しいでしょう。


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