<ガンガン2006年の危機・後編>

2006・3・18

 前編で記述したように、今のガンガンは、「新連載の数があまりにも少ない」「しかもそのうち成功作がわずか2本」というだけで、もはや致命的な状態にあると言えますが、問題はこれだけではありません。さらなる大きな真の問題があります。


・露骨なスクエニゲームコミック・スクエニゲーム紹介ページの増加。
 まず、最近になって非常に露骨になってきたガンガンの戦略として、スクウェア・エニックスのゲーム(特に「旧スクウェア」関連のゲーム)のコミック化があります。
 もともと、ガンガンという雑誌は意外にもゲームマンガは多くありません。例外は「ドラクエマンガ」で、これはガンガンの創刊初期から雑誌のひとつの看板として常にコミック化され続けている、ガンガン内でも特別枠(「ドラクエ枠」)とも言うべき別格の存在です。そして、もうひとつの例外が、ガンガンの中期以降に行われるようになった、トライエース製作のRPGシリーズ(スターオーシャン・ヴァルキリープロファイル)のコミック化です。
 逆に言えば、ドラクエとトライエースRPG以外のゲームコミックは、これまでガンガンではほとんど存在しませんでした。ほぼ唯一の例外と言えるのが、ベテラン作家・西川秀明による「アークザラッドII」のコミック化ですが、これは原作から大幅にアレンジされたもので、むしろ担当作家(西川秀明)の個性が色濃く出た、オリジナル色の強い作品でした。
 つまり、ガンガンという雑誌は、これまでは「ドラクエ」「トライエースRPG」というふたつの定番シリーズを除けば、それ以外のゲームマンガは基本的に存在しない誌面だったのです。

 ところが、ここ数年来、この方針が大きく変わり、それ以外のゲームコミックが頻繁に連載化されるようになります。そして、その方針変更のきっかけとなった直接の大きな出来事があるのです。それはずばり、スクウェアとエニックスの合併です。
 スクウェアとエニックスが合併したのは2003年4月ですが(合併発表は2002年11月)、最初のうちは社内のコンテンツに大きな変化はありませんでした。旧スクウェアのスタッフがそのまま旧スクウェアのゲームを開発し、旧エニックスのスタッフがそのまま旧エニックスのゲームを開発するという状態です。そして、これは今現在でもさほど変わっておらず、相変わらず合併以前と比べても双方のゲーム性にさほど変化は無いように感じられます。しかし、そんなスクウェア・エニックスの中でも、合併の影響を受けて大きく変わった数少ない部署があります。それこそが、実は旧エニックスの出版事業の部署であり、その中でもガンガンというマンガ雑誌の変化は非常に露骨なものでした。

 元々、ガンガンはエニックスの雑誌であり、そこに載るゲームマンガとなると、前述の「ドラクエ」「トライエースRPG」のような、エニックスの人気ゲームが中心でした(というか、ほぼそれがすべてでした)。しかし、スクウェアと合併したことにより、旧スクウェアの人気ゲームもガンガンで連載しようという運びとなり、以後、その手のゲームマンガが積極的に連載されるようになるのです。
 そして、これが大きな問題なのですが、これらの旧スクウェアからのゲームマンガは、かつてのガンガンのゲームマンガのような個性が感じられず、単なるゲームプレイヤー向けの、典型的な「ゲームマンガ」がほとんどだったのです。
 もともと、ガンガンのゲームマンガは、必ずしも原作をそのままコミック化するタイプのマンガではありません。むしろ、原作のゲームからは離れたオリジナル色が強く、それと同時に作家の個性をも感じられるマンガが多いのです。あの名作「ロトの紋章」などは、原作ゲームを基にした完全オリジナルストーリーで、作家である藤原カムイの個性も全面に出ており、「ゲームマンガ」という言葉が当てはまらないほどの個性を持つ作品に昇華されていました。同じくドラクエが原作である「ドラクエモンスターズ+」「エデンの戦士たち」も、オリジナリティと作家の力量が感じられる個性派の作品です。
 トライエースRPGが原作のゲームマンガもほぼそれに該当し、「スターオーシャンセカンドストーリー」(東まゆみ)「ヴァルキリープロファイル」(土方悠)などは、担当作家の色が非常に強く出た作品で、原作ゲームプレイヤーとは違う新たなファン層をも獲得しました。
 しかし、合併以降にガンガンに登場した旧スクウェアからのゲームマンガ(「ファイナルファンタジークリスタルクロニクル」(壱河柳乃助)「キングダムハーツ チェインオブメモリーズ」(天野シロ)、イラスト企画の「ロマンシングサガ ビジュアルストーリー」(小林智美))は、そこまでの個性やオリジナリティは感じられず、単なる「典型的なゲームマンガ」となっており、非常に平凡な作風に陥っています。
 旧スクウェアからのゲームマンガだけではありません。同時期に連載された「スターオーシャン ブルースフィア」(水城葵)「スターオーシャン Till the End Of Time」(神田晶)は、トライエースRPGが原作の、ガンガンではおなじみのタイプのゲームマンガですが、かつてほどの個性やオリジナリティはやはり感じられず、これもまた平凡なゲームマンガに陥ってしまった感があります。

 問題なのは、これら典型的なゲームマンガの連載は、あくまで「(主に)旧スクウェアの人気ゲームという強力コンテンツをガンガンに掲載することで、ガンガンの読者を増やす」あるいは「ガンガンで原作ゲームのコミックを連載することで、ゲームの宣伝活動を行う」ことが目的だと感じられることです。つまり、ゲームが原作とはいえ、その作品単体でオリジナリティが見られるまでに昇華されたかつてのゲームマンガ(例:「ロトの紋章」)とは異なり、あくまでビジネス主体・コンテンツ主体の連載企画であり、「旧スクウェアの超人気ゲームの力でガンガンの読者を増やそう」「コミックの力でゲームの宣伝をしよう」というビジネスライクな意識ばかりが感じられるもので、結果として非常に平凡なゲームマンガばかりとなってしまい、これもまたガンガンの質の低下の大きな要因となっているのです。


・「コードエイジ」というゲーム主体の連動企画まで登場。
 旧スクウェアからのゲームマンガだけではありません。2005年になって、今度は「コードエイジ」という一連のゲームとマンガを絡めた連動企画が、ガンガンを巻き込むような形で行われ、ガンガン誌上で、一連のシリーズ作品のコミック版である「コードエイジ アーカイヴス」が連載されたのです。
 これは、同時期にゲームやコミック等の関連作品を一度に提供しようという企画で、スクエニはこれを「ポリモーフィック・コンテンツ」と呼んでいます。これは一種のメディアミックスと言えるものですが、このような企画の一角をガンガンで展開することで、ガンガンはさらにスクエニのゲームビジネス路線に組み込まれてしまった感があります。この連動企画、中心となっているのは間違いなくゲームの方であり、コミックはそれに先行する形で、主にゲームの宣伝のために行われた感が強く、純粋にマンガを求める読者としては、必ずしも素直に楽しめるものではありませんでした。しかも、コミック自体の出来も非常に平凡なもので、決して面白いとは言えず、これもまた昨今の平凡なゲームマンガの一角となってしまった感があります。


・このオリジナル連載の少なさはまさに致命的。
 そして、このような平凡なゲームマンガが新連載として誌面の一角を占めてしまった結果、オリジナルのマンガの新連載がさらに少なくなってしまいました。
 前編において、「この2003〜2005年の3年間でガンガンは11本の新連載しかない」と書きました。これだけでも十分少なすぎる数字ですが、実は、この中にここで述べたゲームマンガが4本含まれています。この4本を数から引けば、ここ3年でオリジナルの連載が7本しかないことになります。
 さらに、ここ2年間(2004・2005年)だけを取り出してみると、なんと新連載自体が6本しかありません(2004年・2本、2005年・4本)。そして、なんとそのうちの半分、3本がゲームマンガです。つまり、オリジナルの新連載は3本だけ。なんと、ガンガンは、ここ2年でたった3本しかオリジナルの新連載がないのです。
 これはまさに驚くべき数字です。2年間でたった3本しかオリジナルの新連載がないマンガ雑誌など、今のガンガン以外にはまず存在しません。それだけしかオリジナルの新連載が出てこないのなら、本来的には到底雑誌は保てないはずなのです。今のガンガンが、マンガ雑誌としては非常に特殊な状況にあることがよく分かります。


・ゲーム記事・ゲーム企画の大幅な増加。
 ゲームマンガだけではありません。雑誌内でのゲーム記事やゲーム関連企画のページも大きく増加しています。

 もとからゲーム関連の記事はガンガンにはありましたが、必ずしもページ数自体は多くなく、せいぜい数ページ程度の存在でした。むしろ、雑誌内の記事としては、純粋にコミック関連の記事(アニメ化やドラマCD化、小説化などの特集記事、全員サービスや誌上通販のページなど)が中心でした。
 ところが、スクエニの合併以降、「ガンガン内でスクエニゲームの宣伝をしよう」という意図が露骨に感じられるようになります。スクエニの新作ゲームの紹介記事のページが大幅に増え、かつ製作者インタビューやゲームのポストカードの付録、ゲームのイラストギャラリー、ソフトプレゼントなどの特集企画が、毎号のように頻繁に掲載されるようになり、一気に「スクエニゲーム色」が強い誌面になってしまったのです。

 その典型的な例が、2005年10月号の表紙でしょう。この号の表紙は、当時発売されたゲーム関連のDVDソフト「FF7アドベントチルドレン(FF7AC)」の画像が全面に押し出されたもので、特製ポストカードやイラストギャラリー・製作者インタビュー・ソフトプレゼントなどの告知もあり、まさに表紙のほとんどをゲームDVD関連の画像と告知が占めており、本来主役であるはずのマンガの絵は片隅に追いやられる形になってしまったのです。
 ガンガンにおいて、掲載マンガの絵「以外」のものが表紙に来るなど前代未聞です。いや、ガンガン以外のマンガ雑誌でも、このようなことはほとんどないでしょう。これでは一見してマンガ雑誌とすら分からない可能性すらあります。ガンガンという雑誌の中で、スクエニゲームの記事・企画に対する依存度が大幅に増加していることを端的に示す、まさに象徴的な出来事でした。


・もうひとつの企画「鋼の錬金術師」。
 そして、今のガンガンには、もうひとつ大きく依存している企画があります。それは、何を隠そう「鋼の錬金術師」です。
 いや、確かに「鋼の錬金術師」はガンガンの連載マンガです。しかし、今の「鋼の錬金術師」は、連載マンガである以上に、ガンガンを支える一大コンテンツだと考えられます。
 前述の「コードエイジ」の項で、「ポリモーフィック・コンテンツ」という、一種のメディアミックス的な企画の話をしましたが、実は最初にこの企画を打ち出したのは「鋼の錬金術師」なのです。「鋼の錬金術師」は、連載初期の頃から圧倒的な大人気を獲得しており、「これは売れる」と考えたエニックスでは、早い時期からアニメ化・ゲーム化等の企画を推し進めました。そして、その成果でいずれの企画でも高いクオリティを獲得し、特にTVアニメは空前の大ヒットを飛ばし、以降のガンガンはこの「鋼の錬金術師」の力で大幅に部数を伸ばしました。
 そして、以降のガンガンでは、「鋼の錬金術師」は、もはや一連載マンガには留まらず、雑誌の売れ行きを左右する一大企画となり、毎号のように大ページでの特集記事と付録、応募者全員サービスを行なうという状態になってしまいました。今や「鋼の錬金術師」は、単行本一巻あたり百万部以上を売り上げる大ヒット作です。これは、ゲームで言えば「ドラクエ」「FF」に匹敵するほどの超キラーコンテンツなのです。
 そして、FFを中心としたスクエニゲームもまた、数十万本〜数百万本を売り上げる超キラーコンテンツです。今のガンガンでは、「スクエニゲーム」と「鋼の錬金術師」という、二大キラーコンテンツを雑誌の表に押し出して、その圧倒的な人気で雑誌の売り上げを確保するという、極めてコンテンツビジネス色の強い誌面になっていると言えるのです。


・今のガンガンは、純粋なマンガ雑誌ではない。
 そう、実は今のガンガンは、一部のキラーコンテンツを押し出した企画で雑誌を維持するという状態となっており、純粋なマンガ雑誌とは言えない側面があります。つまり、雑誌の中のかなりの部分が、「スクエニゲーム」「鋼の錬金術師」の特集記事・企画が占める状態となっており、実際にそれが雑誌の売り上げに大きく貢献しているのです。

 純粋なマンガ雑誌ならば、とにかく雑誌の中心となるのはマンガです。マンガ以外の記事はさほど多くなく、あったとしてもマンガ関連の記事が中心でしょう。
 しかし、今のガンガンはそうではない。とにかく「スクエニゲーム」「鋼の錬金術師」の記事と企画が全面に出た雑誌となっているのです。そして、これと似たような体制をとっている雑誌は、ほかにもいくつか考えられます。
 まず最初に挙げられるのは「コロコロコミック」です。小学生向けのホビー関連の記事や企画や付録、そしてそれを原作にしたマンガの連載と、小学生向けのエンターテインメントに特化した雑誌となっており、マンガに加えて小学生向けホビーの情報が雑誌の中心となっています。今のガンガンも、路線変更以前よりも低年齢化が進んでおり、この「コロコロ」に近い雑誌になっていると言えます。
 あるいは、一部のコアなマニア向け雑誌にもこれに近いものがあります。例えば「電撃大王」などは、美少女系のゲームのコミック化が雑誌の中心となっており、美少女ゲーム関連の記事や企画は多く、付録や全員サービスも頻繁に行っています。これは今のガンガンと全く同系の誌面作りで、「電撃大王」は美少女ゲーム、「ガンガン」はスクエニゲームと鋼の錬金術師と、その対象こそ異なりますが、誌面作りの方向性自体は同系統のものです。

 そして、このような誌面作りの雑誌では、マンガ以外の企画が雑誌内のかなりの部分を占めるため、その分マンガの占める比重が下がっていきます。前述のように、今のガンガンでは、新連載の数が極端に少なく、ここ2年でわずかに6本、ゲームマンガでないオリジナルの新連載に限れば、わずか3本しかありません。そしてその影響で、今のガンガンでは連載本数自体も非常に少なくなっており、わずかに14本程度しかありません。薄いマンガ雑誌ならばこの程度の本数は珍しくありませんが、ガンガンのようにぶ厚い大規模な雑誌においては、この本数は非常に少ないと言えます。
 そして、これこそが今のガンガンの状態を端的に表しています。今のガンガンは、その規模の割には連載マンガの本数がかなり少なく、それをマンガ以外の企画──「スクエニゲーム」「鋼の錬金術師」の特集記事・企画の力で補っているのです。
 マンガのページの割合自体が低いわけではありません。今でも、ガンガンのページの大部分はマンガです。しかし、その本数自体はとても少なく、しかも「鋼の錬金術師」のような成功作には乏しく、大して人気のない平凡な作品ばかりの印象があります。そのような貧弱なマンガのラインナップを、前述のようにマンガ以外の企画の人気で補っていると言えるのです。


・実は、この新連載の本数でも致命的ではない?
 この記事では、「今のガンガンの新連載の少なさは致命的」と書いてきました。しかし、今のガンガンのこのような体制を考える限り、意外にもこの新連載本数でも「致命的ではない」とすら言えるのです。

 純粋なマンガ雑誌であるならば、2年間で新連載が6本、うちオリジナルの新連載が3本というのはあまりにも致命的です。これでは到底雑誌を維持できません。マンガ雑誌というのは、常に新鮮な風を吹き込む新連載で勢いを持続させる必要があり、いくら実力派作家の大人気連載が長く続いていたとしても、それだけで雑誌は保てないのです。実際に今の少年マンガ誌を見ていても、ジャンプ系やマガジン系等の大手少年誌から、コアな読者層がメインのマニア系の雑誌まで、雑誌の方向性問わず常に新連載というものはコンスタントに存在します。はっきりいって、今のガンガンの「2年間でオリジナル連載がたった3本」というのは、おそらくはマンガ雑誌においては非常に稀な、ほとんどないケースだと思われます(よほど連載本数の少ない小規模な雑誌や、そもそもゲームマンガばかりの雑誌ならば話は別ですが)。

 しかし、今のガンガンならば、そこまで新連載のマンガに力を入れなくとも、「スクエニゲーム」「鋼の錬金術師」という強大なコンテンツの力があります。これらがある限り、マンガの方の勢いが多少落ち込んでも雑誌の人気は維持できます。中でも、特に「鋼の錬金術師」の力は非常に大きく、これだけでガンガンは当分の間は安泰だと考えても差し支えないくらいです。このような状態ならば、あえて新連載で随時雑誌のテコ入れを行わなくとも、強大なコンテンツの力と、一部の長期連載の定番人気マンガ(今のガンガンだと「鋼の錬金術師」に加えて「スパイラル」や「ソウルイーター」「PAPUWA」等)で雑誌は維持できます。今のガンガンは、まさにこのような「コンテンツと人気長期連載」のみで人気を維持している状態であり、その力で雑誌そのものはコンスタントに売れていても、実はその内部でのマンガ連載の勢いは見た目以上に衰えていると言えるのです。


・今のガンガンは、純粋なマンガ読者にはおすすめできない雑誌となった。
 そして、このような今のガンガンのあり方では、到底この雑誌は純粋なマンガ読者にはすすめられないと言えます。本当にマンガが好きで、マンガを読むためにわざわざ雑誌を買うような熱心なマンガ読者にはすすめられない雑誌なのです。
 考えてみてください。雑誌の中で、自社ゲームと特定作品(「鋼の錬金術師」)の記事や企画ばかりが前面で展開され、表紙までもマンガとは関係のないゲーム画像が占めるような雑誌を、本当にマンガ好きの読者が買いたいと思うでしょうか? 普通は思わないでしょう。今のガンガンの表紙や巻頭のカラーページは、まさにそのようなイメージの誌面になっています。
 そして、新連載と連載本数の少なさがマンガ好きの読者にとっては致命的です。マンガをわざわざ雑誌で追いかける最大の利点は、まず一度にたくさんのマンガが読めること、そして単行本にはまだ収録されない新連載が読めることです。特に、新鮮で活きのいい新人の新連載を雑誌で発掘する行為は、コアなマンガ読者の大きな醍醐味のひとつでしょう。しかし、連載本数が少なく、しかも新連載の本数も極端に少ない今のガンガンでは、そのどちらも期待できません。今のガンガンの連載ラインナップは、その多くが定番の長期連載のマンガばかりで、新鮮味はあまりなく、わざわざ雑誌で追いかける意味が薄いのです。はっきりいって、今のガンガンのラインナップならば、気に入ったものをコミックスで読むだけで十分であり、実際にそうしている読者の方が圧倒的に多いのではないでしょうか?

 このように、今のガンガンは「スクエニゲーム」「鋼の錬金術師」という二大強力コンテンツの比重が大きく、それで雑誌が維持されており、肝心の連載マンガがかなり貧弱で落ち込んでいる状態なのです。これでは、純粋なマンガ読者が読んでも到底満足できない誌面であることは間違いないところであり、せいぜい好きなマンガをコミックスで追いかける程度の存在で、本当にマンガ好きな読者が読むような雑誌ではなくなっていると言えるのです。


 ガンガンが創刊されて15年。長い間ガンガンは、「ドラクエ」「エニックス」という看板こそあれ、基本的にはマンガ中心の誌面でした。しかし、近年のガンガンは、その誌面の方向性を大きく変え、もはやマンガだけが中心とは言えない、キラーコンテンツ主体の雑誌になってしまったのです。もはや純粋なマンガ読者が読めるような雑誌ではなくなってしまった。これこそが「ガンガン2006年の危機」の真相なのです。


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