<少年ガンガンの歴史(2)創刊当時のガンガン>

2004・10・20

 「ドラクエ4コマ」のヒットと「エニックスファンタジーコミック大賞」の受賞者を母体にして、1991年の3月に創刊された「月刊少年ガンガン」ですが、ではその最初期、創刊まもないガンガンの誌面はどんなものだったのか? まずは、創刊号のラインナップを見てみましょう。

 なんと、わずか10の連載しかありません。これに、創刊2号からの連載である「Z MAN」を加えても、わずか11です。今現在「薄い」と言われているガンガンWINGでも15以上の連載があります。創刊当時のガンガンは、それよりもはるかに薄い。新興の出版社だけあって、創刊当初は小規模な状態で始まったものと推測されます。

 さて、この中でも、特に雑誌側が看板として打ち出したのが「ロトの紋章」です。大ヒットしたゲーム「ドラゴンクエスト3」のアフターストーリーで、作画担当に、以前より「大御所」と呼ばれ、マニアの間で評価の高かった大物作家・藤原カムイを採用。他にも大勢のスタッフを送り込んで、雑誌の看板作品として大々的に打ち出しました。
 そして、これが見事に期待に応えて大ヒット。特に、作画担当の藤原カムイ氏の力量は大きく、このマンガの成功でカムイ氏は一躍メジャー作家として開花します。

 そして、「ロトの紋章」と同じく、初期ガンガンで大ヒットを果たしたのが「南国少年パプワくん」。これは、ドラクエ4コマで大人気を博した柴田亜美のギャグマンガで、彼女の個性的なギャグで大ヒットを記録し、ガンガンからの最初のアニメ化をも果たします。看板だった「ロトの紋章」以上の大人気だったと見ていいでしょう。

 そして、さらなる初期の人気作品として、「ハーメルンのバイオリン弾き」(渡辺道明)「Z MAN」(西川秀明)「突撃! パッパラ隊」(松沢夏樹)の3作品が挙げられます。この3作品の作者は、すべてガンガン創刊前に開かれた「エニックスファンタジーコミック大賞」の受賞者であり、エニックス自らが開拓した彼ら新人達が、初期ガンガンを支える人気作家となります。

 それ以外のヒットとしては「輝竜戦鬼ナーガス」(増田晴彦)があります。作者の増田さんは、もともとモンスターの造形に定評がある「怪物絵師」として、マニアックな人気のある作家でしたが、この「ナーガス」に関しては、少年マンガ的な要素の強い一般向けの作品で、少年たちにも人気を博しました。(個人的にも、増田さんの作品では、この「ナーガス」が一番面白かったと思っております。)

 そして、これら人気作家によるヒット作に加えて、”ドラクエ4コマ”こと「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」の存在も忘れてはなりません。ガンガン創刊以前から大人気だったこのシリーズ、ガンガンで連載化された後も好調を維持し、これも人気ラインナップのひとつとなります。しかも、この「ドラクエ4コマ」から、以後も多くの人気作家が登場するのです。

 ・・・このように、初期のガンガンは、創刊当時から確固たる人気作が多く見受けられ、実に幸先のいいスタートを切ったと言えるでしょう。実際、連載作品の中で半分以上がヒットして人気を得るというのは、新興の雑誌としてはかなりの成功だと言えるのではないでしょうか?


・創刊後のヒット作。
 そして、創刊してしばらくして、これらのラインナップにさらなる人気作が加わります。ガンガンを創刊してまもなく、エニックスは「フレッシュガンガン」という新人の読みきり掲載雑誌を創刊、すぐに新人の育成に力を入れ始めます。そして、その「フレッシュガンガン」からの最初のデビューとして「ツインシグナル」(大清水さち)が登場します。最初はロボットもののギャグコメディとして始まったこの作品、のちに本格的なSF作品に生まれ変わり、10年にわたる長期連載となります。
 そして、さらなる人気作として、あの「魔法陣グルグル」(衛藤ヒロユキ)が登場します。衛藤さんはもともとはドラクエ4コマ作家ですが、このマンガでもゲームのネタをパロディ化して爆笑ギャグマンガに仕立て、初期ガンガンでも最大のヒットを記録。そして「パプワくん」に次いでアニメ化を果たし、まさに初期ガンガンのイメージを代表する作品となります。


・その一方で、平凡な作品群も。
 ただ、このような人気作が花開く一方で、それ以外のマンガはいまいちぱっとしたマンガがなかったことも事実です。ヒットしたマンガは、それぞれ「雑誌が打ち出した看板作の大物作家(藤原カムイ)」「コミック大賞からの新人(渡辺道明・西川秀明・松沢夏樹)」「ドラクエ4コマからの作家(柴田亜美・衛藤ヒロユキ)」の作品ということで、それぞれが勢いを感じる作品群だったのに対し、それ以外の作家は、はっきり言えば「数合わせ・ページ埋め」のための存在という感が否めず、作品自体もありきたりな少年マンガの域を出ず、これといった独創性は感じませんでした。
 中には、格闘+ギャグで一世を風靡した「激闘!!一番」、矢追純一を原作者に迎えた異色のUFOドキュメンタリー「EBE(イーバ)」など、光るマンガもありましたが、全体的にはぱっとせず、それら初期の少年マンガたちは、およそ2年以内にはすべて終了してしまい、その後を継いだマンガたちも似たようなもので、「ツインシグナル」「魔法陣グルグル」以外にはこれといった人気作が出ませんでした。
 つまり、初期のガンガンは、大半の人気作が創刊当時に出てしまい、あとに続く人気作にやや乏しい誌面ではあったのです。


 ・・・とはいえ、最初に打ち出した人気作品群のヒットは非常に大きく、おおむね創刊〜初期のガンガンは成功と見てよさそうです。実際、「ロトの紋章」「パプワくん」「ハーメルン」「Z MAN」「パッパラ」「ナーガス」「ドラクエ4コマ」「シグナル」「グルグル」と、これだけ面白いマンガが揃えばもう十分ではないでしょうか? そして、これらのラインナップの中でも、やはり新人作家の活躍に光るものがあります。エニックスは最初期から新人育成に積極的に取り組んでいましたが、それがまずは最初期のガンガンで見事に花開いたと言えるでしょう。


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