<少年ガンガンの歴史(6)改革と混乱、そしてブレイド騒動へ>

2004・11・17

 さて、こうしてガンガンは、ひとつの形として完成したわけですが、それも束の間のことで、すぐにこれが崩壊してしまいます。それも、連載マンガがつまらなくなって崩壊したというわけではなく、むしろガンガンの編集部自らがこれを壊してしまったと言えるのです。具体的には、この直後から(2000年中期以降)、編集部による強引な改革が始まるのです。
 連載マンガを突如として他の雑誌に移転させ、もしくは突然打ち切り、その代わりに今までとは違う路線の新連載を大量に投入するようになります。マンガ以外の企画ページも大幅にリニューアルし、ガンガンの誌面は急速に様変わりしていきます。このあまりにも性急な改革によって、編集部内でも混乱が起き、改革に反発した一部編集者が離脱し、新雑誌を立ち上げるという騒動にまで発展し(ブレイド騒動)、混乱は最高潮に達します。そして、その騒動のあとも、残った編集者たちによる改革は続き、今となっては改革以前の面影はほとんど残らないほどにガンガンは変わり果ててしまい、そして現在に至ります。
 このページでは、なぜこのような改革の動きが起こったのか、その理由と、そして実際の改革の動きを2回に分けて追っていき、現在に至るガンガンの歴史を最後まで辿っていきたいと思います。


・そもそも、なぜ改革する必要があったのか?
 それにしても、なぜこのような急速な改革が行なわれたのか。この改革直前までのガンガンは、一つの形として十分に完成していました。連載のラインナップは非常に充実していましたし、人気の点でも申し分ありませんでした。看板となるマンガだけでなく、連載マンガのひとつひとつに固定ファンがつき、雑誌すべてのマンガに満遍なく人気がある状態で、非常に安定していました。そして、そんなガンガンという雑誌全体を愛読する熱心な読者層もたくさんいたのです(これは、当時のインターネットでのファンサイトの盛り上がりや、「ガンガンNET」に寄せられた応援メッセージの多さでも窺えます)。そこまで誌面が充実していたわけですから、あえて大幅な改革をする必要はなかったと言えますし、単にその完成された路線を継続しつつ、さらなる誌面の充実を図るだけでもよかったのです。それなのに、なぜ、その誌面を壊すような形で、強引な改革が進められたのか?

 これは、一見して非常に不可解な問題に見えますが、実際には非常に単純な理由でした。結論から言えば「『少年マンガ』の復活を目指したかった」という理由です。
 ここで言う「少年マンガ」とは、「少年向けのマンガ全般」のことではありません。より限定された一部のジャンルのマンガを指します。具体的には、80年代のジャンプマンガに代表される、「熱血」「バトル」要素が中心の、力強い少年のイメージを全面に押し出したマンガのことを指します。
 「ロトの紋章」の話の時にも少し触れましたが、日本ではこの手の少年マンガを愛読する層が非常に多く、ディープなマンガマニアですらこれを愛読します。これらのマンガは、基本的には低年齢向けのものが多いのですが、それを中高生以上でも、果ては大人になっても愛読し、その存在を強く求めるマンガ読者が根強く広く存在しています。
 そしてガンガンの場合、創刊初期のガンガンがこの手の少年マンガが中心の誌面構成で、「ロトの紋章」「ハーメルンのバイオリン弾き」「Z MAN」のような名作を生み出したことから、そのような「少年マンガ」の復活を求める声が、一部の読者の間で激しく叫ばれていました。
 また、初期ガンガンの存在は別にしても、とにかく「熱血」「バトル」系少年マンガを求める層はあらゆる少年誌で根強く存在し続けており、例えば「80年代の黄金期のジャンプのようなマンガが読みたい」という要望はどこの少年誌でも常に存在していました。そしてガンガンにおいても、そのような要望は一部で非常に大きなものになっていたのです。
 そして、ガンガンの編集部としても、それら外側からの声を無視するわけにはいかず、その要望に応える形で、少年マンガの復活へ向けての改革を始めたのではないかと思われます。

 そして、もうひとつの理由として、それら外側からの声に加えて、内側からも、つまりガンガンの編集部内からも、その手の少年マンガの復活を求める声が挙がったのではないかと推測されます。実は、当時の編集者の雑誌内のコメントを注意深く読むと、一部の編集者に少年マンガを深く愛好していた方がいたのではないかと思えるのです。つまり、その手の少年マンガを愛好する層が、ガンガンの編集者の一部にも存在しており、彼等が率先する形でこの改革を進めていったのではないかと推測されます。
 つまり、少年マンガを求めるガンガンの改革は、外側の読者からの要望と、内側の編集者自身の要望と、その両方からのアプローチによって始まったのではないかと考えられるのです。

 そして、これとは別にもうひとつ判明している理由があります。それは「低年齢層の読者を取り戻す」という理由です。
 当時のガンガンは、「エニックスマンガ」の中心読者が、中学生層を越え、高校生から大学生、果ては一般社会人に至るまでの高い年齢層にシフトしており、そのため低年齢層の小中学生の読者比率が少なくなっていました。そして、この状況を見た一部の編集者が、将来の読者の確保に不安を抱いていました。「このまま低年齢層の読者がいなくなれば、近い将来ガンガンを読む読者がいなくなる」という漠然とした不安があったのです。そして、この低年齢層(小中学生層)の再確保という目的のために、その手の低年齢向けの少年マンガの確保を求める声が高まり、こちらの理由からもまた、「少年マンガ」の復活に向けての改革が始まったものと思われます。

 そしてもうひとつ、これらの理由に加えて、「キャラクター路線への反発」という理由があります。
 当時のガンガンのマンガは、そのほぼすべてにキャラクター人気があり、キャラクターへのファン・マニア層への依存が大きい状態でした。で、このこと自体は現状で特に問題ではなかったのですが、しかし、「将来的に見て、キャラクターの人気だけではこれ以上のガンガンの発展は望めない」という見方がやはり一部の編集者の間で広がり、いわば「反キャラクター路線」とも言うべき思想が生まれている状態でした。そして、この点からも、ガンガンの原点である少年マンガ路線の復活が叫ばれたのだと思われます。


・それは、強引な移転から始まった。
 では、実際に改革はどのように始まったのか。これは、かなり厳密に特定できます。それは、2000年5月に行なわれた「ツインシグナル」のGファンタジー移籍です。
 当時の「ツインシグナル」は、全盛期こそ過ぎていたものの、その人気は非常に根強いもので、ガンガン連載作品の中で最もコアなファンがついていたマンガのひとつでした。ガンガンの中でも中心的な存在であったことは間違いありません。そんなガンガンの中心的な作品を、何の前触れもなく突然ほかの雑誌に飛ばしてしまったのです。これは非常に驚くべき行為で、当時の読者に与えた衝撃は凄まじいものでした。当時は「ツインシグナル」のファンサイトを中心に、エニックス系のファンサイト全般で、「なぜいきなり移転したのか」という疑問の声が数え切れないほど上がりました。
 その理由は、少年マンガ復活への誌面改革に当たって、「ツインシグナル」の存在が邪魔だったからにほかなりません。「ツインシグナル」というマンガは、最初のうちこそ低年齢向けのコメディ系少年マンガで始まりましたが、連載途中から本格SFへと路線を変更し、「少年マンガ」とはかけ離れた異質な作品へと成長していました。読者の年齢層も高く、連載当初の低年齢層の読者はもはや少数派でした。その上で、とにかくこの作品はマニアックなキャラクター人気が高く、コアなファン層の比率が非常に高いマンガでした。
 このように、「ツインシグナル」は、「少年マンガ路線の復活」と「低年齢層の読者の確保」と「反キャラクター路線」を目指したガンガンの改革路線とは正反対の存在であり、そのためにガンガンから姉妹誌であるGファンタジーへと放逐されてしまったのです。

 そして、これと全く同じやり方で、今度は2000年9月に「刻の大地」のGファンタジー移籍が行なわれます。「刻の大地」もまた、「ツインシグナル」同様に多くのコアなファンがついた、ガンガンの中心的な存在でした。読者全体への人気に関しては、「ツインシグナル」以上のものがあったかもしれません。しかし、ガンガンの編集部は、この作品までGファンタジーに移籍させてしまいます。
 この移籍の理由も、「ツインシグナル」の時と全く同じです。「刻の大地」は重厚なファンタジー路線の作品で、魅力的な世界観と深いテーマ性を兼ね備えた、これまたコアな高年齢層の読者に人気のマンガでした。そして、このマンガもまた、コアなキャラクター人気が非常に高いものがありました。これがまた、編集者の目指す「少年マンガ路線の復活」と「低年齢層の読者の確保」と「反キャラクター路線」の改革路線とは全く適合せず、やはりGファンタジーへと飛ばされてしまったのです。
 そして、この行為もまた当時の読者に非常な衝撃を与え、「ツインシグナル」「刻の大地」と、相次いでガンガンの中心的な作品を飛ばした編集部の方針に対して、疑問と不信の声が上がり始めます。

 (余談ですが、このふたつのマンガの移転と同時期に、あの「まもって守護月天!」の突然の中断がありました。これは、あくまで作者の個人的な都合によるもので、ガンガン編集部の方針ではありませんでした。しかし、このガンガンでも最大人気を誇ったマンガの突然の中断が、「ツインシグナル」「刻の大地」の移転という、編集部の強引な改革と重なった影響は大きく、当時の読者はやはり非常に混乱しました。何しろ、ガンガンでも中心的な作品が3つも相次いで消えたのですから無理もありません。これにより、熱心な読者の多くが、ガンガンに対して冷めていく気配を見せ始め、ガンガンの先行きに一気に暗雲が立ち込めてきます。)


・そして、強引な打ち切り。
 しかし、編集部の強引な改革はこれだけでは終わりません。今度は、他雑誌への移籍に留まらず、人気連載をいきなり打ち切りにするという行為を行ないます。「ヴァルキリープロファイル」の連載開始1年での打ち切りです。
 「ヴァルキリープロファイル」はエニックスの同名ゲームのコミック化作品であり、原作ゲーム同様に、重厚な世界観とビジュアル、そして非常に重いストーリーを全面に打ち出した、かなり高い年齢層の読者を意識したマンガでした。実際、当時の読者の間でも、「これはガンガン向けではなく、むしろ読者の年齢層の高いGファンタジー向けの作品ではないか」という声が上がっていたほどです。そして、この作品もまたガンガン編集部の少年マンガ路線とは全く適合せず、今度はなんと打ち切りを余儀なくされてしまいます。
 このマンガは、連載開始当初は長期連載を想定していました。そのため、原作ゲームの最序盤から丹念にコミック化しており、ゆっくりとしたペースでじっくりと話が進められていたのです。
 ところが、連載開始半年(6話終了)の時点で、このマンガの1年(全12話)での打ち切りが決まってしまいます。そのため、それ以降の展開はいきなり急ペースなものとなり、もはや同じマンガとは思えないほどの速さでストーリーが進んでいき、あっという間に最終回を迎えてしまいます。つまり、前半の半年の6話と、後半の半年の6話とでは、話のペースから内容から何もかもが全く違うのです。当然、前半6話で張られた伏線もまるで回収できていません。単行本では、1巻に前半6話、2巻に後半6話が収録されていますが、1巻と2巻の内容が天と地ほども違うのです。こんな悲惨なマンガはガンガンでは他に例がありません。

 この「ヴァルキリープロファイル」の作者・土方悠氏は、この連載の前に他出版社で重厚なファンタジー戦記ものを完結させ、その評価も高い作家でした。そして、そんな彼女が満を持してこの連載を受け持ったわけですが、それがこんなひどい終わり方をするとは誰が予想したでしょうか。おそらく、彼女こそが、ガンガンの改革路線の最大の犠牲者だと思われます。

 ところで、この「ヴァルキリープロファイル」の連載開始は2000年の2月です。先ほど述べたとおり、この作品は当初長期連載を想定していました。ということは、その時点でのガンガン編集部は、少年マンガの復活という改革路線は採っていなかったことが窺えます。
 ところが、同じ2000年の5月には、もう「ツインシグナル」をGファンタジーに移籍させています。つまり、もうこの時には改革路線に移行していたわけです。ということは、ガンガンのこの改革路線は、2000年の2月から5月の間の、3か月の短い間に決定されたことが推測できます。このように、当時のガンガンの誌面を精密に調査すれば、編集部の改革の動きをかなり厳密に推測することができるのです。


・そして、強引な新連載攻勢と誌面の刷新が始まる。
 このように、いくつかの主要連載を強引に終了させたガンガンは、その穴を埋めるべく、大量の新連載を投入します。この新連載攻勢は、2000年後期〜2001年前期のかなり長い期間に渡って行なわれ、これによりガンガンの誌面の雰囲気は一変します。
 具体的には、「清村くんと杉小路くんと」(土塚理弘)、「マジック・マスター」(黒沢哲哉+阿白宗可)、「スサノオ」(増田晴彦)、「爆裂機甲天使クロスレンジャー」(松沢夏樹)、「ARTIFACT;RED」(木村太彦)、「ドラゴンクエスト エデンの戦士たち」(藤原カムイ)、「パンツァークライン」(神田晶)、「HIGH球!いんぷれっしょん」(真三月司)といった新連載陣です。
 これらの新連載の中では、特に「増田晴彦」と「藤原カムイ」のふたりの作家に注目です。このふたりは、両者ともガンガン初期に連載を行なったベテラン作家であり、王道少年マンガ路線の作品で活躍した方々です。当時は、初期のガンガン路線の復活を求める声が一部の読者の間で日増しに高まっており、「増田氏のような初期の作家を復活させてほしい」という声も一部で聞かれていました。そして、ガンガン編集部としてもそのような声を受けいれて、このふたりのベテラン作家の起用に踏み切ったものと思われるのです。
 そして、このふたりの作品を筆頭に、全体的に少年マンガ路線を意識した新連載ばかりで構成されており、この新連載攻勢によって、ガンガンの誌面の雰囲気が大幅に変わります。
 この中には、「清村くんと杉小路くんと」「マジック・マスター」「ARTIFACT;RED」のような意欲作もあるのですが、全体的には今までのガンガン作品の路線からは大きく外れており、不自然なまでに少年マンガを意識した作品ばかりで、やはり当時のガンガン読者に大きな疑問と不信の念を抱かせます。さらには、これらの新連載が全体的にパッとしないものばかりで、ガンガンの誌面全体の質が低下した感は否めなくなります。

 さらにガンガンは、この新連載攻勢と同時期に、企画ページの大幅な刷新を行ないます。具体的には、雑誌巻頭のカラーページを大幅に改訂します。今までの企画ページを切り捨て、その代わりに数十ページにも及ぶ、大量のゲーム紹介ページを立ち上げます。これは、ゲーム紹介の語り口から見ても、明らかに低年齢の読者向けに作られており、「大量の子供向け企画を載せる、コロコロコミックのような低年齢向け雑誌」を目指したことは明白でした。
 そして、当然ながらこれは当時の読者の大反発を招き、「マンガとは全く関係のない大量の紹介記事で、全く意味のない企画だ」「ページの無駄だ」「こんなものをやるくらいなら、ひとつでもマンガを多く載せたほうがいい」という声が相次ぎ、半年も経たないうちに中断されてしまいます。
 このことからも、当時の編集部が、極めて強引な低年齢層読者の確保を狙ったことは明白であり、少年マンガ路線を意識した大量の新連載と合わせて、ガンガンの誌面は大きく揺れ動き、読者たちも編集部の方針を図りかねて混乱し始め、中にはガンガンから離れる人も出始めます。

 しかし、混乱したのは読者だけではありませんでした。ガンガン編集者の中でも、このような性急で強引な改革についていけず、反発する人々が現れてくるのです。そして、それら一部の編集者が、最終的にはとうとうガンガンを見限り、編集部から離脱してしまいます。これが、あの有名なブレイド組の離脱騒動(エニックスお家騒動)であり、これによりガンガンの混乱は頂点へと達します。

 次回は、このブレイド騒動の顛末と、その後のガンガンの経緯を現在まで追っていきます。


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