<時代に取り残されたガンガン>

2006・5・7

 このサイトでは、以前から一貫して「今のガンガンはよくない」という主張を繰り返してきました。その最大の理由は、編集部の進める「メジャーな少年誌を目指す路線」で投入された連載陣の多くが、質の劣るつまらない作品であったという点に尽きます。
 しかし、問題はそれだけに留まりません。ただ単に「作品の質が低かった」「実力のある作家がいなかった」というだけではないのです。もし、ここ最近のガンガンにいい作家が集まっていて、連載マンガの質が高かったとしても、それでもなお大して成功していないだろうと推測できるのです(もちろん、多少はその方がマシでしょうが)。
 本当の問題は、その編集部による「メジャーな少年誌を目指す路線」自体が極めて安直なもので、それが作家や作品、雑誌の面白さを損ねていることです。これでは、どんなにいい作家が集まったところで、大して面白い雑誌にはならないでしょう。これから、今のガンガンの「メジャーな少年誌を目指す路線」が、いかに安直で雑誌の面白さを損ねているのか、それを詳細に書いていきたいと思います。


・ガンガン編集長のインタビューを再検討してみる。
 ここで、今のガンガンの編集方針を最もよく表している記事として、かねてよりこのサイトで何回も参照した、ガンガン編集長のインタビュー記事を今一度見てほしいのです。これは、2004年の年末に行われたインタビューですが、今のガンガンにもそのまま通用すると思います。このインタビューの内容は、すべてに渡って指摘したいことがたくさんあるのですが、今回はその中でも、次の一文をクローズアップしたいのです。

 「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」のマンガ化というカラーを守りながら、スポーツや料理など一般的なジャンルを増やそうと模索中です。

 これこそが、今のガンガンの誌面の方向性を象徴する一文だと思われます。特に後半の「スポーツや料理など一般的なジャンルを増やそうと模索中です」という発言が最も重要です。実は、これこそが今のガンガンの質の低下の最大の理由だと思われるのです。


・なぜいまさらスポーツに料理なのか。
 一言で言えば、「なぜいまさらスポーツや料理なのか」という疑問に尽きます。確かにスポーツや料理などのジャンルのマンガは、長らく少年誌においてメジャーなジャンルのひとつとして、雑誌の一角を常に占め続けてきました。しかし、それはもはや一昔前までの話。今ではもうかつてほどの存在ではないのではないでしょうか。もちろん、今でもスポーツマンガや料理マンガは少年誌で散見されます。しかし、昔のように、それが「雑誌の看板になる」ようなことは少なくなっています。むしろ、今では傍流になっていると言ってよい。なんでこんなジャンルのマンガにわざわざこだわるのでしょうか。


・少年誌も常に変化している。
 どうも、ガンガンの編集者たちは、「少年誌も常に変わっている」という事実を分かっていない節があります。少年誌のメジャーなジャンルというものが、いつの時代にも普遍的に存在するとでも思っているところがある。実は、これは大変な間違いです。
 例えば、かつての80年代のジャンプでは、王道バトル系少年マンガが全盛を極めていました。これはかなり長く勢力を維持しましたが、90年代以降、さすがに人気に陰りが見え、変わってバトル系とは異なるタイプの作品が対立軸として現れ、新たな人気を獲得するようになります。もちろん、王道バトル系の少年マンガもなくなったわけではなく、コンスタントにその存在を維持していますが、それでもかつてのジャンプのように「雑誌の大半がバトル系」というような雑誌はメジャー系でもすでに見られなくなっており、むしろバトル系のマンガと、それとは異なるジャンルのマンガが並存している雑誌の姿が一般的なものとなっています。

 このように、単に「メジャーな少年誌」といっても、その内容は時代とともに変化しているのであって、その中身であるマンガのジャンルもまた、常に変化しているのです。かつては人気だったジャンルのマンガが時代とともに廃れたり、かつては見られなかったジャンルのマンガが新たに人気を獲得したりといったことは珍しくない。むしろそれが当たり前でしょう。したがって「メジャーなジャンル」というものも時代によって変わるのです。時代を問わない不動のジャンルというものが、常に雑誌の大半を占めるというような認識は間違っています。


・実は、かつてのエニックス的なマンガが他の少年誌でも増えている。
 そして、実はかつてのエニックスの雑誌は、従来のジャンルに捕らわれない作品を数多く登場させ、新しいタイプの作品を積極的に作り出していたところがあります。その成果で、従来のメジャーな少年誌との差別化に成功し、新しい読者層を獲得して成功を収めました。90年代の新興出版社の中では、最も成功したところだと見てよいでしょう。
 そして、このようなエニックスが作り出した新しいタイプの作品が、今になって他の少年誌でも多数見られるようになってきたのです。つまり、他の少年誌が多かれ少なかれエニックスの後を追うような形になった。これは非常に重要な動きです。

 具体的には、まず多かれ少なかれキャラクターの人気を重視するようになったことですね。一言で言えば萌えですが、従来ではあまりにもマニアックでオタク向けとして避けられていたようなマンガが、今では特に抵抗なく平然と載るようになっているのです。
 象徴的なのが、あの「週刊少年チャンピオン」でしょう。「チャンピオン」と言えば、少年誌の中でも特にアクが強く、極端に男性向けの「漢」をイメージするような骨太なマンガを多数載せることが特徴です。そのチャンピオンが、5、6年前から露骨に「萌え」を狙った作品を載せるようになったのです。これは、マンガ読者にとってはかなりの衝撃で、時代の変化を象徴するような出来事でした。露骨に美少女萌えを狙ったマンガを複数連載し、あまつさえ巻末の読者ページに「でじこ」を採用したのです。この大胆な路線変更は、読者の間で賛否両論の議論を巻き起こしました。
 「週刊少年マガジン」の変化も大きい。かつて、95年に赤松健のデビュー作「A・Iが止まらない!」が連載され始めた時は、この手の萌えマンガに対する抵抗がかなりあったようで、あっという間に他誌に飛ばされてしまいました。当時の編集者も「まだこの手のマンガをマガジンに載せるのは早すぎた」と後から発言しているほどです。しかし、今はどうでしょうか。同じ赤松健の作品である「ラブひな」「ネギま(魔法先生ネギま!)」はどちらも長期連載していますし、「ネギま」に関しては、もはや雑誌の看板となっています。こうなると、もはや時代の変化、情勢の変化は明らかでしょう。
 「週刊少年サンデー」もそうですね。元々サンデーは(あるいはマガジンも)、「ラブコメ」という形の美少女萌え系作品が強い雑誌でしたが、最近ではさらにそれが顕著になり、さらにマニアックな方向性に傾いた感もあります。何といっても「ハヤテのごとく!」の存在が大きい。このマンガの萌えレベルの高さとマニアックなネタ全開の作風は、オタク層にバカ受けし、今までにない読者を獲得した感があります。最近では「あいこら」や「聖結晶アルバトロス」などもかなりのマニアックな人気を獲得しています。

 萌えだけではありません。かつてよりマニアックな路線、従来では受け入れられなかったような個性派の作品も増えてきました。いや、単に増えるばかりでなく、それが雑誌の中でもかなり高い人気を獲得するケースが多いのです。
 「週刊少年ジャンプ」の「デスノート(DEATH NOTE)」がその最たる例ですが、このような、従来では雑誌の片隅でマニアックな人気を獲得するような作品が、いまでは雑誌の看板として大人気を獲得する。そのような時代になっているのです。
 前述の「ハヤテのごとく!」の存在はここでも大きい。この萌えに加えてマニアックなネタ全開のこのマンガは、そのネタの魅力でも大人気を獲得しました。そして、このようなネタをメインにした作品が、他でも人気を獲得するようになり、マガジンでは「ハヤテ」の作者の師匠の最新作である「さよなら絶望先生」、ジャンプでも「太臓もて王サーガ」というパロディネタ全開の異色作が人気を集めています。このようなマンガは、一昔前ならばマニアックすぎてメジャー誌では載らないか、載っても雑誌の片隅でコアな人気を得るに留まるところだったでしょう。しかし、今では雑誌の中でも1、2を争う人気マンガとして大人気を獲得している。この違いは非常に大きい。


・今のガンガンの路線は何なのか。
 このように、今の少年誌では、一昔前から比べると誌面はかなり変化しており、従来では見られなかった、あるいはマニアックでさして大きな人気のなかった作品が、人気を得るようなことも珍しくなくなっています。メジャーな少年誌といえども少しずつ変化しているのです。

 しかし、それとは対照的に今のガンガンは、そのような新しいタイプのマンガを取り入れようという姿勢が感じられず、むしろ一昔前に流行ったマンガばかりを載せようとしているのです。それも、かなり多くの連載作品でそのような方針が感じられ、どれもこれも新鮮味のないマンガばかりになっています。
 具体的には、まず「王様の耳はオコノミミ」という料理マンガがその代表です。これは、2004年にシリーズ連載され、2005年に入ってからの本連載に入った作品ですが、わたしは、この新連載企画を前にして、「なぜいまさら料理マンガなのか」真剣に考え込んでしまいました。確かに料理マンガは少年マンガでのメジャーなジャンルのひとつではあるのですが、最近ではかつてほど多くの作品が見られなくなり、例外的に「焼きたて!!ジャぱん」が少年サンデーで人気を得ている程度で、一昔前(80年代・90年代)ほどの作品数は見られなくなっています。それなのに、なぜ今になって料理マンガの連載をする必要があるのか。

 スポーツマンガについても同じことが言えます。最近のガンガンでは、執拗にスポーツマンガの読み切りを繰り返して掲載し、何とかして連載にこぎつけて人気を得たいという思惑が顕著に感じられるのですが、なぜいまさらスポーツマンガにこだわる必要があるのか。確かに、スポーツマンガに関しては、今でもメジャーな少年誌にもコンスタントに存在しています。しかし、これも一昔前ほどの大きな存在ではないでしょう。スポーツマンガが雑誌の表に出てくることが以前よりも少なくなっており、「スポーツものが少年誌の中心」とは言えなくなっています。むしろ、スポーツよりも人気を得ているマンガが雑誌の看板になっているケースが圧倒的に多い。それなのに、なぜガンガン編集部はそこまでスポーツマンガにこだわるのか。

 一部に見られる「ハーレム系のラブコメ」もそうですね。具体的には「ながされて藍蘭島」と「悪魔事典」ですが、これらの連載が2002年に始まった時、わたしは「なぜいまさらハーレムマンガなのか」ここでも真剣に考え込んでしまいました。大体ハーレムものは90年代のマガジンで、前述の赤松健作品である「A・Iが止まらない!」「ラブひな」でほぼ決まった感があり、「ラブひな」以降は次第にジャンル自体が下火になっている時期でした。それなのに、なぜハーレムものをいまさらいくつも連載させるのか。

 このように、今のガンガンは、新しい流れについて行こうという意志がまるで感じられず、むしろ「一昔前にメジャーだったマンガ」をいまさら取り入れようとしているとしか思えないのです。なんというか、「とりあえず目に付くメジャーなジャンルの作品を連載することで、雑誌のメジャー化を目指そう」という編集部の安直な姿勢が感じられてならないのです。


・マンガの内容も昔の作品をなぞるだけ。
 連載マンガのラインナップだけではありません。ひとつひとつの作品の内容にもまるで新鮮味が感じられません。
 前述の料理マンガである「王様の耳はオコノミミ」などは、「料理による対決」「オーバーすぎるうまさの表現(過度のリアクション)」と、過去の少年マンガ系料理マンガのスタンダードをひたすら踏襲するばかりで、まったく平凡でありきたりな作風に留まっています。はっきりいってこのマンガ、「焼きたて!!ジャぱん」や「ミスター味っ子」あたりの二番煎じにしか感じられない作品となっています。まるで、既存の料理マンガの内容をそのままなぞっているかのような作風です。
 スポーツマンガもまた然り。ガンガンで幾たびか掲載されたスポーツものの読み切りは、どれもジャンプあたりでよく見られるようなありきたりなものばかりで、まったくもって平凡極まりない作品に留まっています。これまた既存のスポーツマンガの内容をそのままなぞっているかのような作風です。
 ハーレムマンガもまたその通りでしょう。「藍蘭島」にしろ「悪魔事典」にしろ、これほどまでにどこかで見たような(どこでも見られるような)、ストレートに二番煎じなマンガも珍しいのではないでしょうか。既存のハーレムマンガをなぞることが使命なのでしょうか。

 このように、今のガンガンの「メジャーを目指すマンガ」は、どれもこれも既存の作品をなぞるばかりで、新しい作品を作ろうという意志がまるで感じられないのです。ここまでは述べませんでしたが、メジャー志向の王道少年マンガもこれに該当します。「666〜サタン〜」も、「女王騎士物語」も、その王道ぶりを強調するばかりで、まったくもってジャンプあたりの少年マンガの内容をなぞるかのような作風に終始しています。
 しかし、これこそが、むしろ今のガンガン編集部の目指す方針なのでしょう。「メジャーなジャンルのマンガの内容をそのまま取り入れることで、メジャーな少年誌を目指そう」という安直な方針ばかりが感じられます。その結果、今のガンガンは、このような極めて平凡で既存作品をなぞるだけの連載ばかりになってしまったのです。

 そして、このような編集方針では、いくら実力のある作家を集めたところで、大した雑誌が出来るとは思えません。「既存の作品をなぞる」ことが目的で、その方針を作家に強要するわけですから、そこから斬新で面白い作品が出てくるわけがありません。いくら実力のある作家がいたところで、その実力をほとんど出せずに終わってしまうのです。
 今のガンガンが面白くなくなった理由を、「いい作家、いい新人がいないからだ」という人がいますが、それは決して正しい意見とは言えません。今のガンガンでは、いくら作家(新人)に実力があったところで、それをまったく発揮できないような方針になっているのです。そしてこれこそが、今のガンガンが不振に陥っている最大の理由なのです。


・これで本当にメジャー化が出来るのか。
 それにしても、ガンガンの編集者たちは、このような安直な方針で、本当にガンガンのメジャー化が出来るとでも思っているのでしょうか。「スポーツや料理など一般的なジャンルを増やす」ような安直なやり方で、本当にメジャー化できるのか。

 ガンガンの編集者たちは、メジャーな少年誌というものを「一般層に受けるジャンルのマンガを載せ続ける雑誌」としか考えていない節があります。確かに、それは一面では合っていると思いますし、広く一般に受け入れられる作品を提供し続けるのがメジャー誌の定めではあります。
 しかし、メジャー誌は、単に一般に受けるものを載せ続けるだけでなく、常に新しいタイプの作品を取り入れようとも考えているのではないでしょうか。従来の雑誌のカラーとは異なる、斬新な作品を取り入れて、新しい読者を開拓していく。このようなことは、メジャー誌でも当然行っています。先ほど挙げたジャンプの「デスノート」はその最たる例ですが、実は、ジャンプという雑誌は、このような異色の作品を取り入れようという努力は常に行っています。もちろんその一方で、そういった作品が、アンケート人気によって無常にも打ち切られたり、バトル系に方針転換させられたりといった悪しき例も数多く存在しています。が、それでも新しい作品を取り入れようという姿勢は常に維持しており、その中には見事読者に認められて一定以上の評価を得る作品も珍しくありません。
 マガジンでも同じような試みはあります。かつて、95年前後のマガジンでは、新しい試みの作品を積極的に取り入れた時期があり、前述の赤松健の「A・Iが止まらない!」もそういった作品のひとつでした。残念ながら、この作品は、当時は読者の抵抗が強く、他雑誌への移転を余儀なくされましたが、その後の時代において、赤松健による同系の作品「ラブひな」「ネギま」は見事雑誌に定着し、雑誌の中核連載としてマガジンを支える存在にまで登りつめました。かつて、新しい試みの作品を取り入れた努力が、のちの時代になって実を結んだのです。この例ひとつとっても、新しいタイプのマンガを取り入れ、今までにない新しい誌面を作り出していく努力が雑誌には必要だということが分かると思います。

 ところが、今のガンガンでは、このような「新しいタイプのマンガを取り入れよう」という姿勢がまったく感じられず、従来のメジャー誌で見られた「一般的なジャンル」の作品を、そのままなぞるかのように追従するだけの雑誌になってしまったのです。これでは、今のメジャーな雑誌にも大きく劣っています。マイナーで知名度の低い雑誌が、「メジャーな少年マンガ雑誌」を目指すわけですから、それを実現するには、現存するメジャー誌を大きく超えるか、少なくともそれに匹敵するだけの面白さが必要なはずです。ガンガンは、メジャー誌よりも知名度の低さで大きく不利な立場にいるわけですから、その不利を覆すほどの圧倒的な実力が必要だと考えます。しかし、実際には、メジャー誌を覆すほどの面白さを持つどころか、単に「一般的なジャンル」をなぞるだけの誌面に成り果て、その面白さは格段に劣っているのです。これではまるで話になりません。これで既存のメジャー誌を押しのけて自分がメジャー化するなど、まさに夢のまた夢といったところでしょう。


・そして、ガンガンは時代に取り残された。
 こうして、「一般的なジャンル」のマンガを取り入れるという安直な雑誌作りに終始したガンガンは、ついに今になって完全に時代から取り残されてしまったのです。
 ガンガンが取り入れようとした「一般的なジャンル」のマンガ、一昔前ならば確かに人気のあるジャンルだったでしょう。しかし、少年誌も時代とともに少しずつ変化しています。その変化で、従来になかったタイプのマンガが新たに人気を得る一方で、一昔前の人気ジャンルが下火になってしまったのです。ガンガンが露骨に取り入れようとした、料理マンガやスポーツマンガ、ハーレムマンガなどのマンガは、今となってはかつてほどの勢いはなく、そんなジャンルのマンガを取り入れようとしたガンガンも、今や完全に時代から取り残されました。

 いや、「時代から取り残された」というよりは、これはむしろ因果応報かもしれません。「一般的なジャンル」「メジャーなジャンル」のマンガをそのままなぞって取り入れるような、安直な姿勢を続けるガンガンに対して下った「当然の報い」ではないでしょうか。

 そして、今になって人気を得てきた新しいタイプのマンガが、実はかつて充実していた時代のエニックスが創り出したタイプの作品に近いというのも、これまた大いなる皮肉かもしれません。結果的に、今のメジャーな少年誌がかつてのエニックス的な作品を追いかけるような形になった一方で、当のエニックス(スクエニ)の中心雑誌であるガンガンは、逆に一昔前に逆行したかのような方針を採り、一昔前の人気ジャンルをなぞるだけの雑誌作りに終始してしまい、ひとりだけ時代から取り残されました。まさに、かつてのエニックスの成果だけを他誌に奪われ、自分たちの方は安直な姿勢にこだわってそのまま衰退してしまったと言えるのです。これもまた、今のガンガンにこれ以上ないほどの皮肉な形で下った「当然の報い」だと言えるのです。

 それにしても、前述の編集長インタビューで、松崎編集長は「95年ごろから読者の年齢層が上がり、誌面が特定層の好みに傾いてしまった。けれど、この方向では読者の広がりに限界があることは分かっていました」などと発言していますが、今では、その「特定層の好み」とも言えるマニアックなマンガが、メジャーな雑誌でも幅広く人気を集めているわけです。編集長は「この方向では限界があることは分かっていました」と発言していますが、一体なにが分かっていたのでしょうか。今となっては、この発言は、自身の間違った方針に対する最大の皮肉となっているようです。


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