<鋼の錬金術師>

2001・11・9
全面的に改訂2005・7・29
一部改訂・画像追加2007・2・28

 言わずと知れたガンガン史上最大のヒット作です。連載開始は少年ガンガン2001年8月号。もともと原作のスタート時から突出した高い人気と評価を得ていましたが、TVアニメとともに空前の大ブレイクを果たし、エニックス系(スクエニ系)コミックではあの「ロトの紋章」すらはるかに凌ぐ大人気を獲得しました。もはやエニックスの枠に留まらない大きな作品になってしまった印象があります。ガンガンを、あるいはエニックスの雑誌を読んでいなくとも、「鋼」だけは読んでいる、あるいはアニメ版を見たと言う人は多いのではないでしょうか。いや、ひょっとすると今はそういう人の方が多いのかも知れません。


・最有力新人が期待通りの活躍をした作品。
 「鋼の錬金術師」の作者は荒川弘さんですが、彼女は「鋼」連載以前から超実力派の新人として知られており、エニックスの新人マンガ家の中でも大本命の存在でした。その荒川氏の投稿受賞作にしてデビュー作が、読み切り作品「STRAY DOG」で、これが掲載されたのが99年でした。その後数年の間は、読み切り作の執筆やアンソロジーへの参加、衛藤ヒロユキ(「魔法陣グルグル」の作者)のアシスタント稼業などを経て、2001年になってついに「鋼の錬金術師」の連載開始。その後の活躍はもはや言うまでもないでしょう。
 個人的には、99年にマンガ賞を受賞してから、2001年の連載デビューまでが、かなり長いような気がしますね。ほぼ2年近い月日が経過しています。実際、「これだけの実力派の新人なんだから、もっと早く連載させればいいのに」とやきもきしながら当時を過ごしていた記憶があります。あの当時は、ガンガンが全盛期から大きく移り変わる激動の時代で、99年の荒川さん登場時と、2001年のデビュー時ではガンガン自体大きく変わってしまいましたが、そんな中で荒川さんがどんなことを思って過ごしていたのか、一度聞いてみたいところです。


・錬金術という新鮮な設定と深く重いテーマが光る。
 ずばぬけた実力派の作家が描いているだけあって、「鋼」の魅力はテーマやストーリー、ビジュアルや設定と多岐に渡っており、どれをとっても高い完成度を誇るのですが、個人的にはその中でも、「錬金術」という新鮮で魅力的な設定と、そして深く重いテーマが最大の魅力だと考えています。

 まず「錬金術」という作品の核となる設定の力が光ります。ファンタジー物の定番としての「魔法」とは一味違う、より現実的で神秘的な魅力を持つ「錬金術」をモチーフにしたことが大きい。他にも錬金術を採り上げたマンガはいくつかありますが、「鋼の錬金術師」ほど本格的かつストレートに採り上げたものはありませんでした。そして、これが当世のマンガ読者にとっては大変に魅力的なものだったのです。なにしろ、「鋼」の連載開始時からガンガン読者の間では錬金術が一種のブームとなり、さらにアニメ化以降で一般層に知れ渡ってからは、世間でも錬金術が大きなブームになるなどの現象が起きるほどで、「錬金術」というモチーフの魅力の大きさが窺い知れます。

 そして、その「錬金術」という設定を核とした「深く重いテーマ」が最大の魅力です。これこそが「鋼」の本質とも言えるもので、一部には「少年マンガらしからぬ重さ」と評され、少年読者のみならず、高年齢層の大人の読者をも一手に惹きつける原動力となりました。
 その重いテーマを象徴するものが「何かを得るには何かを失わなければならない」という「等価交換」の法則でしょう。実は、この「等価交換」、本来は錬金術とは関係のない法則なのですが、それを「物を変成する(卑金属から貴金属へ)」という錬金術の行為と組み合わせ、マンガ独自の錬金術設定を作り上げたことが大きい。これにより「何かを得るには何かを失わねばならない」「自らの為すことが重ければ重いほど、それ相応の代価が失われる」「したがって、一度行なった過去の過ちは容易には取り戻せない」という深く重いテーマを語ることが出来るようになったのです。


・ストーリーやビジュアル面での仕事も素晴らしい。
 しかし、「鋼」の魅力はそれだけではありません。前述の通り、荒川さんのマンガ家としての実力はずば抜けており、ストーリーの構築やビジュアル面の完成度においてもぬかりはありません。

 まず、ストーリーの展開が実に巧みです。毎回のように盛り上がるシーンがあり、「次を読みたい」と思わせるストーリー構築のうまさは圧巻です。荒川さんの頭の中では、既に最後までのプロットは出来上がっているようですが、それを丁寧に毎回見せ場と引きを作りながら連載として構築する実力は、やはり並大抵のものではありません。
 また、ストーリー展開だけでなく、個々のエピソードの作りこみも非常にうまい。なんてことはない悪者退治の単純なエピソードですら、それを面白く読ませる話作りのうまさが光ります。単なる息抜き的な外伝エピソードですら、「鋼」では本編同様のレベルで存分に楽しむことが出来る。これは大きい。
 また、ストーリーとは別に、随所に織り込まれる「ギャグ」の面白さも見逃せません。荒川さんは、ギャグやコメディを描かせても評価が高く、重いテーマが中心の「鋼」ですら、その明るいギャグは健在です。そのため、基本的に非常に重い作品でありながら、随所に織り込まれた明るいギャグが巧みなエッセンスとなって、硬軟のバランスのとれた良作となっています。

 そして、ビジュアル面での「絵」の魅力も大きい。決して描きこみまくったビジュアル重視のマンガではないのですが、しっかりしたキャラクターのデザインと、効果的に描きこまれた背景描写の巧みさで、シンプルながらも見ごたえのある画面構成を作り出しています。動きのあるアクションシーンも卓越したうまさがあります。そして、随所に見られる映画的な演出がまた光ります。コマ割りを駆使した映画的な場面展開、そして映画的なカメラワークを意識した構図と、映画好きの作者のセンスが見られる作品となっています。
 さらには、荒川さんの絵柄が、中性的でありながら骨太で力強い点も合わせ持ち、男性読者から女性読者まで幅広く受け入れられるものだったのも大きい。これが、「鋼」が幅広い読者層に高い人気を獲得する大きな要因となりました。


・核となる大きな魅力と、作者の実力による完成度が合わさった傑作。
 わたしは、世の中の良作には大きくふたつの種類があると考えています。ひとつは「欠点は多いが、それ以上に何か圧倒的な魅力がある作品」。そしてもうひとつは「全体的に欠点の少ないタイプの、完成度の高い作品」です。

 「鋼の錬金術師」の場合、この両方の要素を兼ね備えているのが最大のポイントです。つまり、「『錬金術』という新鮮な設定」と「深く重いテーマ」という圧倒的な魅力に加え、超実力派のマンガ家である荒川さんがストーリーやビジュアル面でも非常に完成度の高い仕事をしている。「圧倒的な魅力」と「高い完成度」と、その両方を完備している、なんとも贅沢な作品であると言えるでしょう。ここまで圧倒的な人気を獲得したのも必然だったと言えます。


・行くところまで行った「鋼」は今後どうなるのか。
 こうして圧倒的な人気を獲得した「鋼の錬金術師」ですが、いまやガンガンの連載を飛び出て、行くところまで行ってしまった感があります。1000万部を越える単行本の売り上げは、普段ガンガンやエニックスを読まない一般の人々が大半を占めているでしょうし、TVアニメの人気も、ここ数年のアニメの中では圧倒的に突出しています。そして、劇場映画においても、原作つきアニメとは思えないほどの大きな健闘を見せています。もはやエニックスのマンガとは言えない存在になってしまったかもしれません。

 ただ、ここまで話が大きくなると、今後の荒川さんと「鋼」の行く末が少々気になります。実際、アニメ化以降の荒川さんの仕事の大幅な増加によって、一時的に「鋼」の連載のクオリティが落ちた点は否定できませんでしたし(それでも大きく崩れなかったのはさすがですが)、さらには、今のガンガンが「鋼」以外さほど振るわない誌面であるため、ガンガン編集部の「鋼」に対する期待と要求が今後ますます増え、荒川さんの肩に掛かる負担がさらに大きくなることも予想されます。

 個人的には、荒川さんの実力がやはりずば抜けているので、そう大きな心配はないと思いますが、それでも初期の頃の「鋼」と比較して、今は少々ストーリーに寄り過ぎているところもあり、やや難しい局面に差し掛かっているとも感じています。今後、「鋼の錬金術師」が無事に連載を続けることを祈ってやみません。




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