<獣神演武>

2007・10・1

 「獣神演武」は、ガンガンパワードで2006年12月号(隔月刊第3号)より開始された連載で、スクエニではひどく珍しいメディアミックスを前提とした作品です。作画をあの荒川弘が担当しているのが最大の売りとなっており、そして原案に黄金周(ホワン・チン・チョウ)なる名前が挙がっており、この正体が長らく不明だったのも、一部で話題を呼ぶことになりました。

 内容的には、中国・韓国では定番人気ジャンルである「武侠もの」をそのまま踏襲したかのようなものだったため、「黄金周」という中国的な名前からして、本当に中国の人が原作を担当しているのかとも思われましたが、実際にはそうではありませんでした。その後連載が数回経過したガンガンパワードで、いきなりアニメ化が告知され、その時黄金周の正体も公開されたのです。それによると、この「黄金周」は単独の作者ではなく、荒川弘を含む原作者グループであることが判明、その中に「スタジオフラッグ」というアニメ制作会社も名を連ねており、これが最初からアニメ化も視野に入れた企画だったことも判明するのです。つまり、最初からアニメ化前提のメディアミックス企画であったことは明白でした。しかし、それにもかかわらず、雑誌の扉やコミックスの表紙では、作画担当者である「荒川弘」のみが大きく扱われ、「鋼の錬金術師」の荒川弘の名前ばかりを強く押し出して、読者人気を得ようとしていることも明らかな状態となっています。

 肝心の内容ですが、本当に武侠ものそのまま、といった感じの作風で、日本で言えば時代小説、あるいは王道少年マンガ的な要素ばかりが全面に出ており、正直なところありきたりの感は拭えませんでした。とりわけ、荒川弘の名前に惹かれ、「鋼の錬金術師」のような深い内容を期待していた読者にとっては、ひどく期待はずれだったと見てよいでしょう。それ以外の読者にもさほど注目はされておらず、雑誌側がアニメ化を強く押し出して大々的に扱っている割には、あまり大きな動きにはなっていないように感じられます。


・不可解なメディアミックス企画。
 ここ最近のスクエニは、従来はほとんど見られなかった、アニメとコミックを合わせたメディアミックス企画に参入するようになりました。そのほとんどは、他社のアニメ作品を自社のガンガン系雑誌でコミック化するという流れで行われています。例としては、ヤングガンガン連載の「天保異聞妖奇士」、ガンガン連載の「精霊の守り人」、Gファンタジー連載の「地球(テラ)へ・・・」などがあります。

 そして、この「獣神演武」もまた、この手のメディアミックス企画のひとつと言えますが、しかし、その実態は大きく異なります。この作品の場合、まずスクエニでのマンガ連載が最初にあり、それからアニメ化へと進んでいくという流れで、あくまでスクエニ中心でメディアミックスが進んでいるという点です。これまでの「他の会社のアニメ作品に乗っかって、それをコミック化する」という企画とは異なり、一歩進んでスクエニ自らが企画の中心になっていると言えます。そして、その中心として扱われているのが、「鋼の錬金術師」で絶大な人気と評価を獲得している荒川弘。彼を作画担当に置くことを、この企画最大の売りとしているわけです。

 元々、このマンガの原作は、荒川さんが挿絵を手がけたネット小説が元になっているらしく、そのことも踏まえて、「7年の構想期間を経て発表された作品」となっています。おそらくは、「黄金周」と名乗るグループの中のひとり(複数人かも)が手がけていたネット小説が、そのまま原作になっているのでしょう。雑誌における作者名の記載では、「(作画)・荒川弘 原案・黄金周 シナリオ・社綾 美術設定・草薙」となっており、元々のネット小説が、コミック化・アニメ化に合わせて新たな脚本でリメイクされているようです。

 このような経緯を見れば、荒川弘さんもある程度原作に関わっており、単にいきなり作画担当に抜擢された、というわけでもないようです。しかし、実際の作品では、やはり荒川さんの仕事は作画面に留まるものとなっており、脚本(ストーリー)や基本設定は完全に別人の仕事であると言わざるを得ません。「鋼の錬金術師」の作風とも大幅に異なっていることも確かです。しかし、それにもかかわらず、荒川弘の名前ばかりを全面に押し出し、それで人気を得ようとする雑誌編集部、及びアニメ制作者の姿勢は、あまりにも疑問です。


・あまりにもありきたりなストーリー。
 そして、最大の問題なのは、メディアミックスの端緒たるこのコミック連載が、あまりにも平凡でつまらないことです。たとえ「荒川弘」を売りにして人気を得るにしても、肝心の内容さえ面白ければ問題ないでしょう。しかし、その内容がいかにもつまらないために、本当に荒川弘の名前だけのマンガになっているようです。

 とにかく、基本となるストーリー、設定が平凡の一語に尽きます。「武侠もの」とは、近世以前の(ファンタジー的な)中華的世界を舞台に、剣術や武術の達人たちが英雄となって活躍するような物語の総称で、日本で言えば時代物の英雄小説(「真田十勇士」や「里見八犬伝」など)に相当する作品だと考えればよいでしょう。中国や韓国、東南アジア諸国では定番の大衆物語として高い人気を保持している一大ジャンルです。そして、この「獣神演武」も、まさにそのジャンルのあり方を完全に踏襲しています。中華風世界で、北斗七星になぞらえた7人の英雄が活躍する物語で、とりわけ主人公とそのライバルを特に強い2つの星になぞらえ、その元に5つの星の英雄たちが集って闘うさまが物語の中心となっています。

 こういった設定だけでも定番の範疇を出ず、平凡で面白みに欠ける感は否めませんが、肝心のストーリーもこれまた決して面白くありません。熱血主人公が持ち前の元気さと正義感で突き進む王道ストーリー、その元に集う定番の仲間とヒロイン、卑劣な敵役の登場、主人公の元から武器が奪われる展開、権力の圧制に苦しむ民衆を主人公たちが救う定番のエピソード、仲間の師匠が敵にあっさりと殺されるこれまた定番のエピソード、怒りで暴走した主人公をヒロインが止めるというこれまた定番の展開・・・。いくら定番王道ジャンルである武侠ものの作品とはいえ、ここまでありきたりだとまったく面白さが感じられません。日本で言えば低年齢向けの王道少年マンガ、それももう一昔前に流行りが終わってしまったような作品で、本当に荒川弘の作画だけで保っている作品になってしまっています。脚本担当者の実力不足に加え、この企画自体も最初から定番、王道の域を出ない平凡なものだったのも、大きな原因ではないかと思われます。このメディアミックスの企画自体が、まず大きな問題だったのではないか・・・。そう思わせるには十分な出来の作品でした。

 それにしても、作画担当の荒川さんは、果たしてこの作品を面白いと思っているのでしょうか。荒川さんの実力からすれば、このマンガの内容の平凡さは分かりきったことだと思われますし、その見方を押し殺して作画を担当しているのではないかと懸念されます。


・キャラクターも類型的で魅力に欠ける。
 ストーリーだけではありません。マンガにおいては最重要視される、キャラクターの魅力にも明らかに欠けています。ストーリーがありきたりでも、ひとりひとり個性的なキャラクターの活躍が見られれば、それはそれで作品として満足ですし、最悪の場合キャラ萌えだけでも作品を持たせることはできます(さしていい作品にはならないでしょうが)。しかし、このマンガの場合、キャラクターにもまったく魅力が感じられないのだから、もうどうしようもありません。

 とにかく、武侠もの、というか王道少年マンガによく見られるステロタイプなキャラクターばかりで、「この作品ならでは」と言えるような、個性的なキャラクターにひどく乏しい印象です。熱血を地でいくような主人公(暴走モード搭載)、お転婆で勝気なヒロイン、主人公をサポートするクールな仲間キャラクター、同じく軽い性格で場を盛り上げる仲間キャラクター、卑劣で狡猾な悪の手先、実直な主人公の師匠、そして圧倒的な力と冷淡さを持つライバルキャラクター・・・と、どこをどう取ってもステロタイプなキャラクターばかり。よくここまで典型的なキャラクター像を並べたものです。いや、ひょっとすると、最初からこのような「王道」的なキャラクター作りを意識しているのかもしれません。

 しかし、いくら王道と言っても、ここまで個性に欠けるのは考え物です。到底魅力を感じないありがちなキャラクターばかりで、どうも最初から王道的な役割がきっかり決まっているかのようで、いわば「枠にはめてキャラクターを作っている」印象すらあります。同じ王道系でも、端々で個性的な言動が垣間見られるキャラクターならば、そこに魅力を感じられるのですが、そのような様子はほとんど見られません。ありきたりすぎるストーリーと合わせて、このようなステロタイプ極まりない作品作りは大いに疑問です。「7年の構想期間を経て発表された作品」とあることを考えると、そもそも一昔前の王道作品を踏襲することしか頭にないようにすら感じられます。


・荒川弘の絵は確かにレベルが高いが・・・。
 以上のように、内容的にはさして見るべきところのない平凡な作品ですが、唯一、荒川弘の作画だけは、さすがにかなり見られるものとなっています。「鋼の錬金術師」の連載と比べても遜色ない完成度で、さすがにきっちりと仕事を仕上げてくるものです。何でも中国に取材旅行もしたらしく、そのためか建造物や街並などの背景描写にも確かなものが感じられます。

 しかし、確かに絵については十分合格ですが、「この絵だけでこの作品を引っ張っていくのも難しいのでは」と同時に感じられるところもあります。
 そもそも、荒川弘さんのマンガの絵は、極めて卒のない完成度を有してはいますが、決して強烈に人目を引く絵ではないとも言えます。徹底的に緻密な描き込みで読者を圧倒させる、あるいは雰囲気のある背景描写や鮮烈な色彩表現で魅了するような、「まず絵で見せる」ような作家ではない。むしろ、絵柄自体は非常にスタンダードで、ごく一般的な少年マンガ的作風の、シンプルにして汎用性の高い絵柄です。これはこれで卒のない優れた仕事なのですが、しかし、作画だけを全面に押し出して売りにするような作家ではないように思えるのです。同じエニックス系で言えば、圧倒的なスケールの描写で読者を圧倒した「ロトの紋章」の藤原カムイや、魅力的な背景描写と色彩表現で読者を魅了する「AQUA(ARIA)」の天野こずえのような、まず作画が前面に出てくるような作風ではない。そういう作家を作画担当に起用して、その作画だけで読者を引きつけるのは、いかにも無理があるのではないか。

 個人的には、書店でこの作品が表紙のガンガンパワードや、コミックスの一巻を見かけても、強く惹かれて手に取ってしまうほどの訴求力には乏しいように思えます。絵で惹きつけるというよりは、単に「『鋼の錬金術師』の荒川弘の新作」というだけで、読者人気を得ようとしているに留まっていると思えるのです。


・企画自体が大いに疑問。これで読者・視聴者の支持が得られるとは思えない。
 以上のように、この「獣神演武」、平凡でありきたりを極めたかのような内容に終始し、荒川弘の作画以外はほとんど見所のない作品にしかなっていません。これが、今のガンガンパワードで最大の一押しマンガとして、新連載当初からこれ以上ないほどの編集部の推進を受け、表紙や巻頭カラーにたびたび登場する扱いを受けているのは、あまりにも違和感ばかりが目立ちます。そして、それだけの編集部の攻勢を受け、荒川弘の名前を全面に押し出している割には、さして人気や話題を得られていないように見受けられます。これでは、荒川弘という才能を浪費させているだけではないでしょうか。

 そして、このマンガの場合、作品自体の完成度の低さに加えて、このような企画そのものに問題があると考えます。最初からアニメ化前提のメディアミックス企画で、荒川弘の名前だけを最大の売りにしているようでは、のっけからあまり期待できなかったのが正直なところです。しかも、その上肝心の内容までまったく伴っていなかったため、そのような作品がいきなりアニメ化するという告知を受けるに至って、さらに不信感を増大させる結果となりました。
 同じアニメ化作品でも、従来のように、連載作品が人気を得てアニメ化を達成するのならば、多かれ少なかれ歓迎できるのですが、このような、最初からアニメ化前提の企画には、まるで魅力を感じることはできません。多くの連載作家たちが、アニメ化を目指して日々連載しているその隣で、最初からアニメ化が決まっている作品が登場し、まったく面白くないにもかかわらずいきなりアニメ化を達成する。それどころか、DSでのゲーム化まで決まっているという有り様です。これは、日々頑張っている連載作家たちにとって、あまりにも理不尽なやり方ではないでしょうか。そして、もちろん読者の側にとっても、これが気持ちのいいやり方のはずがありません。これまでのスクエニ(エニックス)では、このようなメディアミックス企画はまったく見られなかったのに、一体どういうことでしょうか。

 しかも、この「獣神演武」のアニメ、あの「瀬戸の花嫁」の後番組として始まります。「瀬戸の花嫁」は、スクエニのガンガンWING連載のマンガですが、こちらが読者の人気を地道に得てアニメ化を達成し、アニメの出来も非常に良かったのに、その後に来るのがこの「獣神演武」のアニメでは、あまりにも後味が悪すぎます。「瀬戸の花嫁」の好評ぶりで視聴者が得たテンションを下げてしまいかねない決定です。
 もちろん、「獣神演武」のアニメが面白ければ問題ないのですが、ここまで原作コミックが面白みに欠けるところを見ると、アニメ化してもまずそれほど面白い作品にはならないだろうと考えられます。せっかく他の作品が頑張っているのに、その足を引っ張るような企画をガンガンが行うというこの状況。今のガンガンは果たして何をやりたいのか、極めて疑問の尽きない一作であると言えます。


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