<紅心王子>

2007・9・16

 「紅心王子(くれないおうじ)」は、少年ガンガンで2007年5月号から始まった連載で、最近のガンガンでは珍しいタイプの、少女マンガ的な作風と中性的な絵柄を持つ、雑誌内では異色とも言える作品です。作者は、新人の桑原草太

 桑原さんは、かつて2005年にガンガンパワードで二度ほど読み切りを掲載したことがありますが、2006年にはまるで音沙汰がなくなってしまいます。それが、突然2007年になって、ガンガン1月号で、久々の読み切り「スマイル・ゲーム」を掲載します。これが、新人の単発読み切りとしては50ページと分量が多く、内容的にも非常に読ませる出来栄えの作品となっており、ガンガンの読み切りの中では実にかなりの良作となりました。この読み切りが評価されたのか、その後、この「スマイル・ゲーム」の設定を若干アレンジした作品で連載を獲得します。それがこの「紅心王子」です。

 「スマイル・ゲーム」の時から、少年マンガと少女マンガの中間を行くかのような中性的な作風が実に印象的でしたが、連載になってもそれは変わらず、シンプルで涼やかな絵柄と、少女マンガを思わせる心情描写中心の穏やかな作風が実に印象に残ります。これは、最近のガンガンではほとんど見られなかったタイプの作品で、このような作品が連載化されるというのは、実に意外な決定でした。

 最近のガンガンは、「メジャーな少年誌」を志向する雑誌作りが顕著で、王道バトル系の少年マンガ、スポーツマンガや料理マンガ、美少女系のラブコメやエロコメ、スクエニブランドの力を駆使したメジャーゲームのコミック化作品などのラインナップが大半を占めています。そんな中で、このような中性的で少女マンガすら思わせるような作品は、あまりにも最近の方針からは異色であり、なぜこれが連載化されたのか、ガンガン編集部の決定には謎が多いです。ただ、最近は、これ以外にも従来の方針からは若干外れるような連載や読み切りが少しずつ見られるように思えるため、やや柔軟な方針に切り替えたと推測できるかもしれません。

 もっとも、作品そのもの扱いは大きいものではなく、大きな告知もなく何となく連載が始まり、開始後も雑誌の中堅層で地味に連載しています。その点では、やはり今のガンガンの主流からは外れている連載なのだなと実感できますが、しかしその内容には堅実にストーリー作りを重ねている努力が垣間見られ、実はかなりの良作となっている点は見逃せません。


・「天使(悪魔)試験もの」という謎ジャンル。
 「紅心王子」のストーリーは、魔界でプリンスとして一目置かれているさくら王子(さくら紅次郎)が、人間界に学校卒業のための短期研修にやってきて、人間相手に課題達成のために奮闘するというものです。魔界では圧倒的な実力と地位を持つ王子でしたが、人間界では誰も自分を王子としては扱わず、ごく自然に接してくる人々とのふれあいを通じて、次第に成長していく姿が、作品のメインテーマとなっています。

 そして、このような「天使や悪魔が人間界に研修や試験に来る」という話は、スクエニ系ではやたらと例が多く、すでに一ジャンルをなしている感すらあります。新人の読み切りでは特に頻繁に見られ、新人作品で同じく最も目立つ「退魔師もの」の次に多いのではないかというくらいです。連載マンガでもかなりの本数が見られ、最近では、このマンガと前後して、姉妹誌のガンガンパワードの方でも、「ハザマノウタ」と「天真愛譚 ANGELIC BULLET」という二本の新連載が始まったばかりです。かつての連載では、ガンガンWINGでかなり長く連載された「がんばらなくっチャ!」というマンガが、あまりにも印象的です。少女マンガ的なラブコメ要素の強い作品でしたが、それ以上にぶっ飛んだ暴力的なギャグと変人・変態に満ちたキャラクターによる萌えとエロの融合が果てしなく斬新で(笑)、異様な印象を残しました。

 ただ、この「がんばらなくっチャ!」だけは、かなり見るべき作品だったと思いますが、それ以外の同系のジャンルには平凡な作品が多く、今ひとつ人気を得られないままで終わるケースが大半でした。ガンガンパワードの新連載二本も、今のところ見るべき点は少ないように思えます。なぜこのようなジャンルにこだわるのか、スクエニ編集部の真意には不可解な点が多いところです。あるいは、新人にこのような作品を描く人が多いのを見ると、若年層にはこういった作品を面白いと感じる人が結構いるのでしょうか?


・しっとりと穏やかな作風、丹念な心理描写が好印象。
 しかし、この「紅心王子」。これは、この手のマンガでは久々に面白い作品と言えるかもしれません。
 これまでの同系ジャンルの作品とはやや印象が異なり、落ち着いた雰囲気でちょっとした出来事を丹念に描いていく作風が非常に好印象です。従来の作品では、天使や悪魔による試験ということで、人間を助けたり(天使の場合)、逆に人間に悪さをして堕落させたり(悪魔の場合)するケースがほとんどで、毎回のように大きな事件に発展し、敵役となる悪魔や天使と激しいバトルになるようなシーンもよく見られます(前述のガンガンパワード新連載ニ作品も、その傾向が強いです)。

 しかし、この作品の場合、そのようなシーンもあるにはありますが、それはあくまで一部であり、大半は、主人公のさくら王子が、それまでの「王子」と呼ばれていた扱いから離れ、ただの人として接してくる人間たちに戸惑いながらも、しかし少しずつそんな屈託のない人間たちの中に溶け込んでいく、その心境の変化をじっくりと描いています。少女マンガ的な要素も感じられる穏やかな作風で、とりわけヒロインである花(小梅田花)との関係が少しずつ近くなっていくあたりなどは、ほんの少しの恋愛要素も絡んで、実に微笑ましい作品になっています。

 とりわけ、連載の第二話で、さくらが花の家に下宿することになる話や、同じく第三話で、さくらと花が打ち解けて名前で呼び合うようになる話などは、本当にそれだけの話で、ストーリー的には大きな動きは全くありません。あらすじを説明すれば一行で終わってしまうような話なのです。

 しかし、それでいて、そこにいたるまでのキャラクターの心理を、丹念に丹念にじっくりと描いていきます。第二話では、降りしきる雨をしのいで花の家に連れ立って帰り、あっさりと自分の家に部屋を提供しようとする花の態度に戸惑いつつ、最後は打ち解けてそこに住まうことになります。そしてその最後、雨が上がり晴れた光景が窓の外に広がるシーンが、実に印象的です。第三話では、さくらだけでなく、花の方が壁を乗り越えてさくらに近づこうと努力する心境も細やかに描かれ、これは若干の重い心理を含みながらも、その壁を乗り越えたエンディングは、実に爽やかな一編となっています。


・このシンプルにして中性的な絵柄は非常に魅力的。
 そして、内容だけでなく、絵柄も実に爽やかです。この中性的な絵柄は、かつてのエニックス作品に良く見られた特徴であり、かつ、昨今の男性向け少女マンガでもよく見られる絵柄でもあります。
 キャラクターの描き方は非常にシンプルで、背景も決して凝ったものではないのですが、それでもマンガの絵として過不足なく読めるのが、最大の特長でしょう。余計な描き込みが少ない分、読みやすさが感じられ、かつ、仕上がりが丁寧で汚さを感じず、綺麗な作画になっているのが良いところです。これは、昨今のガンガンの作品が、仕上がりが汚く読みづらいものが多い中では例外的な作品で、非常に好印象を持って連載を受け入れることが出来ました。

 そして、何といっても中性的で魅力的なキャラクターたちが素晴らしい。前述のように、決して精緻に描き込まれたタイプの絵柄ではないのですが、それでもこの中性的なキャラクターたちは素晴らしい。少女マンガ的な作風でもあり、実際にこのような絵柄の少女マンガもあると思いますが、それ以上に、男性読者でも抵抗なく読めるような中性的な絵柄となっており、これは、昨今の男性向け少女マンガ雑誌(「コミックシルフ」や「コミックエール!」)などでよく見られる絵柄とも言えます。

 スクエニで言えば、かつて存在した少女マンガ誌の「ステンシル」の作品に近い絵柄で、とりわけそこで何度も活躍したあの「こがわみさき」さんの作画を彷彿とさせるところもあります。絵柄そのものは異なりますが、シンプルで余計な線が少ない作画で、爽やかで中性的なキャラクターを描いているあたりがよく似ています。こがわみさきさんも、その中性的な絵柄と内容が高い人気を集めている作者ですが、この「紅心王子」もまた、それに近い方向性を持つ作品ということで、同じような魅力で読者を惹きつけてくれるのではないかと、思わず期待してしまいます。今のガンガンでは、正直なところ主流ではない雰囲気の絵柄ではありますが、しかしそんな雑誌でこういうマンガが久々に現れたことは、大いに歓迎できることだと思います。


・地味ながらもかなりの良作。最近のガンガンの新連載では貴重な作品。
 このように、ガンガンではあまり大きな扱いではなく、内容的にも地味で大きな人気が出ないタイプの作品ではあるのですが、それでもかなりの良作であり、今後も期待できる作品であると考えます。ここ最近、2007年に入ってからのガンガンの新連載の中では、有望作のひとつであることは確かでしょう。

 しかし、このようなタイプの作品が、今のガンガンで新連載を迎えたというのは実に意外です。雑誌の編集者が「少年マンガ絵!そしてエロ!」などという発言を行い、実際にその路線に沿った作品が中心を占める雑誌の中で、それとはまったく毛色の異なる連載が、たったひとつではあるが始まりました。これは、今の路線からはかけ離れた作品であり、今のガンガンではまるで見られない作品です。いや、かつてのガンガンでさえ、ここまで少女マンガ的な作品は、あまり見られなかったかもしれません。

 むしろ、このような連載は、かつて存在した少女誌であるステンシルに掲載されるような作品かもしれません。かつてそこで何度も作品を掲載し、廃刊後はガンガンパワードに移籍して連載を続けているこがわみさきさんの作風に似ているのも、分かるというものです。かつてはエニックスで定番だったタイプの作品が、今になってぱっとガンガンで復活したというのも、中々に面白い現象です。
 あるいは、最近になって創刊が続いた、男性向け少女マンガ雑誌によく見られるような作品でもあります。これも、かつてのステンシルに近いタイプの雑誌だと言えますが、昔は(エニックス以外では)あまり見られなかったこのような作品作りが、各所で自然に見られるようになったというのも興味深い事実だと言えます。

 今後、この作品が、ガンガンで大きな人気を得る可能性は多くないでしょう。今のガンガンの路線では主流を占める作品ではなく、なんとなく地味に始まった感は否定できませんし、掲載順も後半寄りの中盤で固定化されています。しかし、それでも、かつての中性的でエニックス的な雰囲気を色濃く残すこの作品の存在は、非常に貴重であり、コアな読者にきっちりと評価されるべき作品であると考えます。


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