<ソウルイーター>

2004・8・29
全面的に改訂・画像追加2007・5・22

 「ソウルイーター(souleater)」は、少年ガンガンで2004年6月号から開始された連載で、今のガンガンでも看板クラスの作品として、あの「鋼の錬金術師」に次ぐ扱いとなっています。作者は大久保篤で、かつてのガンガンで「B壱」という作品を掲載しており、この作品が連載第2作となります。内容は、典型的な「バトル系少年マンガ」で、今のガンガンの路線を最も忠実に踏襲するマンガのひとつとなっています。

 この連載が開始された当時のガンガンは、新連載が極端に少なくなっており、この2004年に関しては、なんと新連載がたったの2本しかありませんでした。しかも、もう1本は、ゲームコミックの「ファイナルファンタジークリスタルクロニクル」なので、オリジナルの新連載は、まさにこの「ソウルイーター」1本しかなかったことになります。これだけ新連載が少なければ、当然雑誌の連載本数も少なくなっており、あれだけ厚い雑誌でありながら、15本程度の本数しかありませんでした。
 実は、この当時は、前年10月から始まった「鋼の錬金術師」のアニメのが放映真っ最中で、それが超絶的な大ヒットを飛ばしており、掲載誌であるガンガンも「鋼の錬金術師」一色となっていました。もう表紙も毎号「鋼の錬金術師」、中身の特集も鋼・鋼・鋼・鋼・鋼ばかりで、それ以外のマンガの存在感はないも同然でした。「今のガンガンは『月刊鋼の錬金術師』」とか「『鋼の錬金術師』におまけのマンガがついている雑誌」とまで言われていたほどです。

 しかし、そんな雑誌の中で、この「ソウルイーター」は、数少ない看板候補の作品として、編集部からも強力に推進されていました。連載当初から、このマンガを大きく扱いたい編集者の意図は明白で、瞬く間にガンガンでも「鋼の錬金術師」に次ぐ扱いとなり、「『鋼』の後を継ぐガンガンの後継作品」としての地位を確立しようとする強い試みが見られるようになります。

 そして、そんな編集部の期待通り、このマンガは内容的にもかなりの面白さを見せ、ガンガンでも「鋼」以外で数少ない人気作品となります。ガンガンは、これまで数々の少年マンガ路線に沿った作品を打ち出してきましたが、『鋼』以外で成功したのは、おそらくはこの作品のみでしょう。以後、現在に至るまで、ガンガンの人気看板作品として連載を重ねており、次期アニメ化の最有力候補と目されてきましたが、しかしいまだそこまでの展開には達していません。最近では、以前よりやや連載の盛り上がりに欠ける感もあり、これ以上突き抜けることが出来るかどうか、それが当面の課題だと言えます。


・「B壱」から「ソウルイーター」への流れ。
 さて、大久保さんは、この「ソウルイーター」連載の1年ほど前まで、「B壱」という作品を同じガンガン誌上で連載していました。連載期間は、2001年11月〜2003年6月で、コミックスは4巻まで出ています。

 しかし、この「B壱」、作品自体が非常に面白く、評価も高かったにもかかわらず、最後は完全な打ち切りで終了し、読者の間で物議を醸しました。「なぜこのマンガが打ち切りになるのか」誰もが首を傾げざるを得ませんでした。当時のガンガンでは、あの名作「ドラゴンクエストモンスターズ」が同じように打ち切りになり、それ以外にもいくつもの良作が他誌にとばされるなど、あまりにも不可解な編集方針が続き、読者の不信感を増大させました。

 そして、肝心の大久保さんですが、「B壱」打ち切り後、今度はパワードやWINGにおいて、読み切り作品を何度か掲載するようになり、都合3度掲載されました。これは、のちの「ソウルイーター」につながる短編であり、しかもこの当時から、ガンガン編集部による規模な宣伝活動がすでに行われていました。そして、当初の予定通り(?)、この「ソウルイーター」で、ガンガンへの復帰を果たすことになります。これは本当に珍しいケースであり、他誌からガンガンへと帰ってきた作者は、ほとんど彼1人ではないかと思われます。が、彼の場合、最初からガンガン編集部の後押しを受けていたことは明白であり、その点でひどく例外的な存在であると言えます。しかも、ガンガンへ帰ってきてからも、その扱いはひどく優遇されており、それを見ても、なぜあの「B壱」を打ち切ってしまったのか、よく分かりません。もしかすると、最初から「ソウルイーター」の連載を前提にして、「B壱」の方を終了させたのではないかとすら思える節があります。

 また、このガンガンで始まった「ソウルイーター」本編は、この3度にわたる読み切りをベースに、それらの設定を統合したものとなっており、その点でも意外でした。具体的には、3度の読み切りそれぞれで主人公だった「マカ&ソウル」「ブラック☆スター&椿」「デス・ザ・キッド&リズ、パティー」が、そのまま「ソウルイーター」の主人公となっており、そのために非常にキャラクターの多い賑やかな作品となっています。


・作者のセンスが全面に出たビジュアル。
 さて、肝心の内容ですが、このマンガは、基本はオーソドックスな少年マンガ的展開を踏襲していながら、それ以上に随所で作者の個性溢れる感性が全面に出ており、ケレン味全開の娯楽要素に満ちた作品となっています。反面、これといったテーマ性、メッセージ性には乏しいと思われますが、純粋に娯楽要素だけでそれをカバーしているのだから大したものです。

 まず、真っ先に目に付くのが、作者の感性が全面に出た、スタイリッシュなビジュアルデザインの数々でしょう。
 まず、キャラクターの見た目からして、イカレたセンスに満ちています。主人公たちのケレン味溢れるかっこよさも魅力的ですが、主人公たちの教師となる学校の先生、そして敵として闘うキャラクターたちもまた、そのいずれもが作者のイカれたセンス全開で描かれています。
 そして、キャラクター以上に、背景の描き込み、特に建造物のデザインには凄まじいまでのイカれた感性が感じられます。これは、前作「B壱」以来の作者最大の持ち味で、今作でもそれは健在でした。そのような背景デザインがコマ一杯に所狭しと並べられた賑やかな作風こそが、「ソウルイーター」最大の見所といっても過言ではありません。

 そんなビジュアルイメージの中でも最たるものが、作品のトレードマークとなっているドクロマーク、そして擬人化された「太陽」と「月」のデザインでしょう。とりわけ、後者の太陽と月は、今やソウルイーターを象徴するイメージとなっており、ピンズなどのグッズにもなっています。


・イカれたセリフと効果音こそが、大久保篤の真骨頂。
 そしてもうひとつ、個性的なビジュアルと並んで、キャラクターが発するイカれたセリフの数々こそが、大久保篤作品の魅力です。そして、同じくセンス溢れるひとつひとつの効果音にも、注意を払って見るべきものがあります。

 連載開始直後で、いきなりそれが見られるのが、主人公たちが通う学校「死武専」の教師のひとり、ゾンビである死人(シド)先生でしょうか。見た目のビジュアルからして大久保篤的なセンスに溢れたキャラクターですが、そのセリフももちろん大久保流。「俺は〜な男だった」「聞くより習え」「この時限が終わるトキお前らも死ね」「お前の人生に墓をくれてやる」「授業も終わり・・・そろそろ死ぬか?」などのセリフ回しの数々は、まさにこの「ソウルイーター」のキャラクター性を露骨に再現しており、以後、このシドを皮切りに、同様のイカれたセリフ回しを貫くキャラクターたちが、次々と登場します。
 その中でも最たるものが、連載からしばらくして登場した、「フリー」と呼ばれる魔眼の狼男でしょうか。魔法を使う時の呪文である「ウールッフウルブス ウルフウルブス」という詠唱は、あまりにもソウルイーター的なセリフ回しだと言えます。

 セリフだけでなく、コマに散りばめられた各種の効果音にも、作者のセンスが払われています。「KILLコーンカーンコーン」という学校のチャイムの音などは、まさにその代表であり、キャラクターのセリフにもよく使われています。これもまた、ソウルイーターの世界観を象徴するものと言えるでしょう。


・ストーリーやアクションも惜しげもなく投入。
 そして、ストーリーやアクションといった定番の娯楽要素においても、高いレベルを維持しており、作品全体に娯楽要素が詰まっているような感じです。他のガンガン系少年マンガと比べても、エンターテインメント要素の密度が濃く、これがガンガンの「少年マンガ的」で、『鋼』以外で唯一成功した人気作品になったのも、大いに分かるというものです。
 しかも、ストーリーにしろアクションにしろ、序盤から力の入った見せ場とも言えるシーンが続いており、平凡な作品ならばあとの回のためにとっておくような、ぜいたくな展開・ぜいたくなアクションシーンを惜しげもなく投入している感が目立ちます。よほどこういったマンガを描くことに手馴れているのか、あるいはよほど自分のマンガに自信があるのか、とにかくこの序盤からふんだんに盛り込んだ娯楽要素の数々は、同誌の他の少年マンガとはやはり一線を画するものがあります。

 まず、ストーリーの展開がかなり速く、主人公の前にどんどん強敵が登場していきます。主人公たちが学校で修業を積んでいたのもほんの序盤のひと時で、主人公たちの最大の敵である、封印されていた「鬼神」を復活を目論む「魔女」たちが速くも登場、鬼神自体ものちに復活します(現在は逃亡中)。そして、当面の敵である「魔女」たちとの戦いも激しく続いており、しかも魔女同士でも争いが見られるなど、勢力間の駆け引きの描写にも力が入っています。
 そして、毎回のバトル、毎回のアクションシーンにとにかく力が入っています。各キャラクターたちが、のびのびと柔軟性に満ちた、動きのあるバトルを繰り広げるのが特徴的です。加えて、ひとりひとりの敵キャラクターがとにかく非常に個性的なため、そのバトル描写も相当に印象的なものとなっています。連載前の読み切りの時から続く、ブラック☆スターとミフネとの闘いなどは、そんなアクションシーンの中でも特に盛り上がるシーンと言えます。


・これ以上の発展が期待できるかが鍵。
 しかし、これだけの作者の実力を見せる作品ではありながら、連載がかなり長く続いてきた現在、やや勢いが停滞気味で、盛り上がりに欠けてきた印象もあります。

 そもそも、この作品は、あくまで娯楽要素中心で連載を引っ張ってきた作品であり、深いテーマ性やメッセージ性はあまり見られません。一部にキャラクターの意志の強さなどの描写が見られることがありますが、あくまで一部であり、むしろ、ケレン味溢れる外見や性格の方が、キャラクター性の中心を成しています。しかも、当初は、主人公である鎌職人のマカと、マカとペアを組む武器であるソウルとの「魂の結びつきの強さ(魂の共鳴)」や「重要なのは姿・形ではなく魂のあり方」という思想、あるいは「悪人の魂99個と魔女の魂1個を集めてデスサイズになる」という目的が強く打ち出され、作品のテーマの中心となっていたのですが、それが中盤以降は、相次ぐ敵対勢力との闘いの描写が中心となり、あまり語られなくなった感があります。

 そのため、純粋にストーリーやアクション、ビジュアルやセリフ回しなどの娯楽要素だけで、ここまで連載を続けてきたわけですが、さすがにこれだけで延々と連載を保たせるのは、実力派の作家でも相当に大変です。そのため、連載の始まったころは毎回ひどく楽しめて読めていたのが、連載を重ねるにつれ、繰り返されるストーリーやアクションに少しずつ新鮮さがなくなり、少々勢いがなくなってきたように思えるのです。分かりやすく言えば、「そろそろ飽きてきたな」というのが正直なところです。

 実際の展開でも、2005年にドラマCDが出て以来、これといって続く展開がありません。当初は、『鋼の錬金術師』後のガンガン次期アニメ化作品の最有力候補と考えられていましたが、いまだアニメ化の話はまったく聞かれず、その一方で「ながされて藍蘭島」の方が先にアニメ化を達成してしまいました。
 ガンガン編集部としては、当初からこの作品をひどく優遇し、『鋼の錬金術師』後のガンガンの次期看板作品として扱ってきました。しかし、それならば看板作品として、メディアミックスでの大きな展開は最低条件でしょうし、それが未だになんの音沙汰もないというのは、まだ当初の期待ほどには盛り上がっていない状態にあると言えます。確かに実力のある連載ではあるが、今ひとつど突き抜けた作品にはなっていない。今後これ以上の発展が期待できるか、現時点ではひどく微妙なところであり、それがこの作品(とガンガン)の将来を決することになるのでは、とも思われるのです。


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