<アラクニド>

2011・3・25

 「アラクニド」は、ガンガンJOKERで2009年12月号より開始された連載で、殺し屋たちの抗争をモチーフにした異色のバトルアクションとなっています。同誌には、他に「アカメが斬る!」を初めとして、バトルアクションと思われるマンガはいくつかありますが、このマンガは、その独特の濃い絵柄とシビアな内容から、異色と言ってもよい作品になっていると思います。

 作者は、原作が村田真哉、作画がいふじシンセン。いふじシンセンは、この連載の少し前に、JOKERのマンガ賞で入選を果たした新人作家なのですが、村田真哉の方は、以前ヤングガンガンでやはり原作担当で「JACKALS(ジャッカル)」という作品を連載しています。この「JACKALS」、舞台設定などは今回の「アラクニド」とは大きく異なるものの、マフィア組織に属する殺し屋や賞金稼ぎ同士のバトルや、濃い骨太な絵柄、シビアで残酷な描写など、様々な点で共通したところがあり、今回の連載につながるものがあることは間違いないでしょう。ある種、原作者の作風が、今回も継続して出てきたものであると言えます。

 加えて、前作「JACKALS」が、筋骨隆々な無骨な成年男子たちが主役だったのに対して、今回は高校生の女の子が主人公で、学園ものの要素もあるなど、そういった点で前作よりも高い人気を獲得しているようです。これは、掲載誌であるヤングガンガンとJOKERとのカラーの違いもあるのでしょう。ヤングガンガンでは、硬派系の青年誌系バイオレンスアクションであったのが、今回は、そういった要素も多分に残しつつ、キャラクターや舞台設定的にも人気の出る要素が加えられ、マイナーに終始した前作よりも高い人気を獲得しているようです。

 この記事では、多分に今回の連載につながる前作「JACKALS」との比較も交えつつ、この「アラクニド」ならではの独特の面白さ、その異色ぶりを解説していこうと思います。かなり人を選ぶところも多い”濃い”マンガになっているとは思いますが、それこそがこのマンガの大きな魅力ではないかとも考えています。


・ヤングガンガンでも1、2を争うバイオレンス作品だった「JACKALS」。
 村田真哉さんは、「アラクニド」でも「JACKALS」でも原作者という役割ですが、元々は自分でもマンガを描いていました。デビュー当時、いくつかの読み切り作品を残しているのですが、それらも同じような作風で、殺し屋のようなアウトローなキャラクターたちがバトルを繰り広げるバイオレンスな作風だったと記憶しています。
 しかし、当時の村田さんは、内容はともかく作画に関してはいまひとつのところがありました。全体的に絵が硬くぎこちなく、動きを描き切れていないところがあり、若干の読みづらさもあったと思います。そんな彼を、あえて原作者として採用したのが、ヤングガンガンの編集部でした。ヤングガンガンは、ストーリーはいいが絵に難がある作家を原作者に据え、逆に絵の達者な作家に作画を担当させ、両者を組み合わせて良作を作る企画がうまいのですが、これもそのうちのひとつだったと言えます。
 このとき、作画担当者に抜擢されたのが、韓国作家のキム・ビョンジン。元々は、ヤングガンガンの創刊時に、あの「FFXI」のコミカライズを行っていましたが、どうにもこれが不評だったのか、わずか3回で打ち切りになってしまいました。しかし、作画自体のレベルには捨てがたいものがあったため、ここで作画担当に抜擢されたのだと思われます。こうして生まれたのが「JACKALS」でした。

 この「JACKALS」、南北戦争後のアメリカを舞台にして、マフィアや賞金稼ぎたちが鎬を削るバイオレンスアクションで、首が飛んだり身体が真っ二つになるような残虐な描写が目立つ荒々しい作風でした。ヤングガンガンは、以前より青年誌的なバイオレンスアクションものを盛んに採り入れるようになりましたが、このマンガはその最たるものでした。キム・ビョンジンの作画も、力強く無骨な作画で迫力のアクションを描いていて、バトルシーンには見ごたえがありました。各キャラクターたちが、それぞれ個性的な武器を操ることが特徴で、武器ごとの特徴的なアクションが最大の売りとも言えました。
 反面、アクションの動きの連続性にやや乏しいところが欠点ともいえ、キャラクターのアクションが各ポーズごとに止まって見えるところがあり、時にそのポーズがひどく珍妙に見えることから、とあるブログで「まるでセクシーコマンドーのようだ」と書かれていたこともあります(笑)。(ちなみに、これは「アラクニド」にもある程度言えているところがあります。)しかし、総じてよく描かれた力作ではありました。

 それよりも、むしろ問題だったのは、あまりにも無骨すぎて、読者の好む作風からは離れすぎていたのではないかということです。ヤングガンガンでは、女の子(美少女)が主役のバトルものやスポーツもの、コメディなどが人気の中心ですし、あるいは同じバイオレンスアクション系の作品の中で比較しても、ちょっと見た目が荒々しすぎて人を選んでしまったかもしれません。また、19世紀アメリカの猥雑なダウンタウンが舞台というのも、あまり読者の関心を引かなかった一つの要因かもしれません。ヤングガンガンの編集部は、当初から外伝を増刊に盛んに掲載し、センターカラーも何度も任せるなど、決して軽視した扱いはしていませんでしたが、それでもまとまった人気を得るのは最後まで難しかったようです。コミックスは最終的に7巻まで数え、長期連載といってもよかったと思いますが、このマンガを今でも覚えている読者は、そう多くはなさそうに思えるのが残念なところです。

 こうして、ヤングガンガンでの連載では、力作ではあったものの成功したとは言い切れなかった村田真哉ですが、今度はガンガンJOKERの方で抜擢され、同じくバイオレンスアクションものといえるこの「アラクニド」の原作を担当することになったようです。今回もバイオレンスアクションという作風には共通するものが窺えますが、舞台が現代日本になり、主人公は女子高生になるなど、大きく設定は変わっていて、JOKERの読者の好みに合っているように思われます。これが、前作よりも成功した大きな理由でしょう。


・主人公の悲惨な境遇と過激な殺人描写が極めて鮮烈。
 このマンガの主人公は、高校一年の女子・藤井有栖(アリス)ですが、彼女は一年前に母親を自殺で亡くし、引き取られた先の叔父には家で虐待を受け、学校ではひどいいじめに遭っているという、悲惨な状態に置かれていることがまず描かれます。特に、ここでのいじめの描写は、かなり残酷でえげつないものがあります。スクエニでは、最近このような学校でのいじめの描写のあるマンガがいくつか見られるのですが、その中でも特にこのマンガのいじめの描写は露骨です。かつて、ヤングガンガンで、「激流血」という、これも主人公がいじめに遭うマンガがあったのですが、そちらと比べると、このマンガは、女子によるいじめを扱っていて、その陰湿ぶりがさらに強調されているように思えます。

 そんな風に家でも学校でも悲惨な状態にあったアリスですが、叔父が闇金融に多額の借金をして、とある「組織」に狙われて殺されたことで、彼女の運命はさらに過酷なものとなります。叔父を殺した組織の殺し屋「蜘蛛」に、無我夢中で抵抗したところ、思わぬ戦闘能力を発揮し、心変わりした蜘蛛によって殺し屋としての才能を見出され、彼の元で殺し屋としての訓練を受けることになるのです。
 その後、蜘蛛自身の望みもあって、彼を殺して乗り越えることで一人前の殺し屋として認められた彼女ですが、組織に属することは拒み、そのせいで組織が放つ刺客に日々狙われることになります。このような、ただの高校一年が背負うにはあまりにも過酷な運命を描いていることが、このマンガの大きな特徴となっています。こうした過酷な状況を乗り越えていく主人公の成長ぶりが、ひとつの大きなテーマとなっていて、そのあたりは前向きで明るい側面もあるのですが、反面、連載序盤からの描写が極めて陰惨なために、やはり若干人を選ぶマンガになっているかもしれません。

 殺し屋たちが、持ち前の能力を駆使して殺し合いをするアクションシーンも、独特の過激さがあります。「蜘蛛」の能力を使う主人公を筆頭に、登場する殺し屋たちは、誰もが節足動物の能力を駆使していて、その人間離れした異様な能力、時に気持ち悪いとも思える能力描写に目を奪われます。モチーフとなっている節足動物の生態を解説するシーンも露骨で、人によっては(すなわち虫が苦手な人にとっては)、こちらのシーンの方がむしろ抵抗が強いかもしれません。


・しかし、一方で笑いを誘う要素も織り込まれているのではないか。
 このように、基本的には非常に濃い作風で、主人公を取り巻く酷薄な運命や、殺し屋たちによる過激な殺し合いバトル描写など、JOKER連載の中でも過激でシビアな作品になっています。いふじシンセンによる作画も、線が太く硬質で骨太な絵柄で、こうした印象を強めているように思われます。
 しかし、その一方で、このマンガには、意外にも読者に笑いを誘う要素も含まれているのでは?と思っています。それは、主に殺し屋たちの能力と、その能力を駆使したバトル描写においてです。

 この作品に登場する殺し屋たちは、いずれも常人をはるかに超える能力を有していますが、そのモチーフが節足動物で、そのモチーフに即したあまりにも人間離れした異様な技を使うために、それがむしろ滑稽に感じられることがあるのです。それでも、主人公が使う「蜘蛛」の技や、あるいは「蟷螂(かまきり)」「蠍(さそり)」などの殺し屋たちの技は、いかにも自然界に属するハンターの技ということで、そこにはかっこよさも感じるのですが、これが「ゴキブリ」や「カマドウマ」ともなってくると、その能力描写は異様さの方が先に立ちますし、その戦闘シーンにはむしろ笑いを誘うところがあります。あるいは作者の側でも、意図的にそのような笑いを誘う要素を盛り込んでいるのでは?と思える節があります。
 これは、元ネタである節足動物の生態を語るシーンでも強調されます。ゴキブリの素晴らしい回避能力を語るシーンでは、いかにゴキブリが素晴らしい知覚能力と運動能力を持ち合わせ、人の手から走り去って逃げるかという点が、リアルなゴキブリの作画と共に徹底的に紹介され、その詳細な解説ぶりに思わず笑ってしまいました。これは、作者の側で明らかに笑いを誘っていると言えるでしょう。

 さらには、そういった能力は別にしても、登場する殺し屋たちの個性にも、時に異様なものが見られ、それも笑いを誘う一因になっているかもしれません。特に、カマドウマの能力を持つ殺し屋は、人が引いてしまうような異様な正義感を持つ上に、主人公が殺した蜘蛛を敬愛してやまないホモとして描かれ、このあたりの異様な個性にも思わず笑いがこぼれてしまいました。

 こうした、シビアなバトルマンガでギャグ的な笑いを誘うシーンがあるマンガとして、あの「北斗の拳」があるのではないかと思います。「北斗の拳」は、基本的にはシビアで暴力的な世界で展開されるシリアスなバイオレンスアクションですが、一方でやられ役のザコが「あべし」「ひでぶ」という異様なやられ声を発してやられていったり、「お前はすでに死んでいる」という主人公のセリフのままにいきなり敵が死んでいったりと、明らかに笑える箇所もふんだんに織り込まれていたと思います。中にはハート様のようなカルト的な人気を博す個性的な敵キャラクターで出てくるほどで、これも「北斗の拳」のもうひとつの面白さでした。この「アラクニド」も、基本的にはシビアで過激なマンガではありながら、このようにどこか笑いを誘うシーンを盛り込んでいることで、ある種読者に親しみを抱かせる、もうひとつの魅力を生んでいるように思いました。


・かなりアクの強い作品だが、JOKERで成功してよかった。
 以上のように、このアラクニド、かなりアクの強い作品ではあると思います。村田真哉さんの作品自体、以前からずっと殺し屋のようなアウトローが暗躍するシビアな世界で、残酷なバトル描写を中心に描いてきました。その上で今回は、主人公を取り巻く虐待やいじめ、殺し屋組織からの執拗な攻撃など、心理的にもダークでえげつない要素が序盤から大量に出てきますし、その上でキャラクターが使う殺しの技が、節足動物の能力がモチーフという設定で、しかも蜘蛛とかサソリとかゴキブリとかカマドウマとか、どうみても気持ち悪いとしか思えない虫ばかりが登場し、ご丁寧にもリアルなビジュアル付きで元ネタの虫の解説を行うシーンも毎回のごとく出てきます(笑)。

 そして、バトルシーンでも、そんな能力のままに、奇怪なポーズを取って技を繰り出すあたり、まるでセクシーコマンドーでもやっているかのような異様なシーンの連続であり、こうしたアクションのあり方は、人によって多少好みが割れるでしょう。まさにすべてにおいてアクの強い作品であると言えます。それを再現するいふじシンセンの作画も、非常に太く硬質な描線と肉感的なキャラクターの描き方で、そのアクの強さをさらに強調しているようです。

 そんな内容なので、果たしてこのJOKERで人気が出るのか、うまく連載が続けられるのか、当初はちょっと心配もしたのですが、どうやらそれは杞憂に終わったようです。雑誌での掲載順も落ち着き、センターカラーも多く、コミックスも順調に巻を重ねています。毎回一部店舗で特典が付いたりと、コアな読者の注目度も決して悪くない。このあたりは、前作のように濃い男性キャラクターばかりでなく、高校生の美少女を主役に置いたことも大きかったようです。ヤングガンガンでは、あまりにも売れ線からかけ離れた内容から、さすがにマイナーな扱いに終始してしまいましたが、今回は、そのあたりうまくバランスを取って成功できたようです。

 JOKERでは、他にもオリジナルの新作で面白い作品が次々と出てきていますが、これもまたそれに連なる作品のひとつだと言えるでしょう。それも、ヤングガンガンでは成功し切れなかった原作者の作品が、この新天地であるJOKERで成功できた意義は大きい。デビュー作の当時は、あまりに濃い内容から、中々人気を得るのは難しい作家かなと思っていたのですが、しかしここまでアクの強い作風でも、きちんと人気を得られることをここで実証した。これは非常に大きな成果だと思っています。


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