<”文学少女”と死にたがりの道化>

2009・5・24

 「”文学少女”と死にたがりの道化」は、ガンガンパワードで2008年8月号から始まった連載で、同名の小説のコミック化作品に当たります。他にも数々のコミカライズが見られるガンガンパワードの中でも、開始当初からかなりの好評を博し、翌年4月に発売されたコミックスの1巻も高い評価を獲得したようです。

 作者は、原作は小説の作者である野村美月、そして作画を高坂りとが担当しています。高坂りとと言えば、かつてガンガンでお家騒動の最中の2001年に、魔女っ子ものコメディ「プラネットガーディアン」で連載デビューを果たし、当時の新連載の中でも高い人気を博しました。この作者の作品で最も知られているのはこれでしょう。
 しかし、ガンガンの誌面とはやや折り合いが悪かったのか、連載終了後の次回作はパワードでの掲載となり、そちらで「たそがれのにわ」というシリアスなファンタジー作品を手がけます。これは個人的にはかなりの良作だったと思うのですが、しかし今ひとつ人気では奮わなかったようで、短期の連載で終了、その後しばらくはスクエニでの掲載はなくなります。しかし、その後も他社(エンターブレイン)の「comic B's-LOG」では「世界征服チルドレン」というコメディを隔月ながら長らく連載しており(現在も連載中)、その後晴れてスクエニのパワードにもこの「”文学少女”」のコミカライズという形で復帰することになりました。

 原作はライトノベルの中でも非常に評価の高い一作で、今回のスクエニでのコミック化にも相当な注目が集まったようです。中でも久々にスクエニに帰ってきた高坂さんが、作画を担当することになったのはかなり意外な決定で、当初はどうなのかなとも思っていたのですが、これが思った以上に完成度が高く、原作の雰囲気をよく再現した優れたコミカライズとなっていました。最近では、スクエニでも他社のライトノベルのコミカライズや、PCのノベルゲームのコミカライズが非常に盛んですが、その中でも出色の出来となっていることは間違いありません。

 現在では、掲載誌のパワードは休刊し、新創刊したガンガンJOKERへと移籍されて連載が続くことになりました。旧パワード時代は隔月刊の雑誌掲載で、掲載ペースが遅いのが難点でしたが、ガンガンJOKERになって月刊での連載となり、晴れて毎月読めるようになったのは嬉しい限りです。スクエニ各誌から良作を集めた感のあるJOKERの中でも、特に優れた連載作品となっているようで、同誌で最も期待できる作品のひとつではないでしょうか。


・いまや珍しくなくなった「他社のライトノベルのコミック化」。
 このところ、スクエニでは、いやスクエニ以外の出版社においても、「他社のライトノベルを自社の雑誌でコミック化する」という企画が珍しくなくなりました。以前から、ライトノベルを自社の雑誌でコミック化する企画はたくさんありましたし、今でもまったく珍しくないのですが、「他の出版社の雑誌にコミック化を任せる」というのは、当初はあまりにも意外にも思えたことでしたが、以後同じような企画が次々と続くことになります。

 最初にそのような企画が見られたのが、なんといっても少年ガンガンでの「とある魔術の禁書目録」の連載化でしょう。原作はメディアワークスの電撃文庫でも屈指の人気シリーズで、これを自社の雑誌、例えば電撃大王などで連載するのならば自然なのですが、それをあえてスクエニのガンガンで連載する、という決定は、多くの読者に驚かれました。これと同時に、同シリーズの外伝的な作品である「とある科学の超電磁砲」が電撃大王で同時連載されるのですが、これも意外でした。本編の方が他社のガンガンで、外伝の方が自社の電撃大王で連載化されたのです。これが逆だったらまだ自然だったと思いますが、実際にはこの方式で連載化されました(のちに、最初はガンガンのみでの企画だったが、その後大王での外伝の連載が追加されたことが判明します)。

 そしてこの「禁書目録」の連載は大きな成功を収め、同時連載の外伝も合わせて高い人気を獲得します。そして、この頃からこれと同様の「他社のライトノベルのコミック化」企画が見られるようになったのです。
 この「”文学少女”と死にたがりの道化」もその中のひとつで、エンターブレインの「ファミ通文庫」の人気シリーズを、スクエニのパワードで連載化されることになりました。実は、このファミ通文庫の作品は、特に他社でコミック化されることが多いのですが、これは同じエンターブレインに、ファミ通文庫のライトノベルを連載化するに適したマンガ雑誌がないことも大きな理由でしょう。しかし、エンターブレインは角川系の中の出版社のひとつですし、なのに同じ角川系の角川・電撃・富士見などの雑誌で連載せず、このスクエニの雑誌で行うことはやはり意外な気がしますが、今ではこれが当たり前の企画なのでしょう。ファミ通文庫の作品は、同じく他社であるメディアファクトリーの「コミックアライブ」でも「まじしゃんず・あかでみい」のコミック化が行われています。


・高坂りとの作画が原作の雰囲気をよく再現している。
 このコミック化の優れた点は、まずなんといっても、作画が原作をよく再現していることでしょう。久々のスクエニ復帰だった高坂りとさんが、実にいい仕事をしています。
 原作小説で挿絵イラストを担当しているのは竹岡美穂ですが、彼女のイラストはいかにも中性的な雰囲気を持つ絵柄で、それを再現する作家はスクエニでは何人も見られます。高坂さんもそのひとりとは言えますが、ただスクエニでは比較的くせの強い絵柄でもあり、もちろん竹岡さんの絵柄とも異なりますし、この作家ではそのまま原作の雰囲気を再現するのは難しいのでは・・・と最初は思っていました。しかし、これがふたを開けてみれば、これ以上ないほど原作の雰囲気をよく再現していたのです。

 絵柄そのものは異なるはずなのですが、作品から受ける雰囲気はまさにそのままで、意外にもキャラクターから受ける雰囲気までごく近いものになっています。原作のふんわりしっとりしたキャラクターのイメージを完璧に近いまでによく表現しています。この作者ならではのくせは多少残っていますが、それでも他のコメディ重視の連載(「プラネットガーディアン」や「世界征服チルドレン」)に比べると、やや頭身が高く落ち着いたキャラクター造形となっており、原作の雰囲気を再現するに遜色ないものとなっています。

 一方で、この作者ならではのコメディ場面でのコミカルな表現、やや頭身が低くデフォルメされたキャラクターも描かれていて、楽しいコメディの雰囲気をもよく表現しています。落ち着いたしっとりした雰囲気が感じられる場面と、笑って楽しめるコメディの場面と、その双方がよく描かれていて、メリハリがよく効いていています。

 さらには、淡い色彩で描かれたカラーイラストがまた素晴らしい。これは、コミックスでも中間にわざわざカラーページを取っているところもあるほどで、ほんのりと描かれた薄く淡い色彩表現が、この物語の雰囲気を素晴らしくよく再現しています。このカラーページこそが、このマンガの最大の見所のひとつかもしれません。コミックスでは、多くがモノクロページになっていて、すべてが再現されていないのが残念なところです。


・キャラクターの魅力が実によく描けている。
 そして、そんな高坂さんの手で再現された原作キャラクターの中でも、やはりタイトルの”文学少女”こと天野遠子先輩の魅力には素晴らしいものがあり、いやこれは原作の時からそうだったのですが、高坂さんの手で時にシリアス、時にコミカルな作画を見せてくれるコミック版では、絵という形で多彩な表情を見せてくれます。

 主人公の井上心葉(このは)が入部した文芸部の部長にして、自称”文学少女”を名乗り、しかも本や小説の原稿を食べて生きる妖怪(?)であり、その無邪気で天然な性格で主人公を引っ張りまわす姿がたまらなくいとおしいのです。喜怒哀楽に合わせてころころと変わる多彩な表情が、コマごとに生き生きと描かれています。
 特に、自分が好きな文学者の小説や、あるいは心葉に書かせた三文小説の原稿を、いちいちそのおいしさを食べ物になぞらえながらうっとりとした表情で力説し、そして至福の表情でむさぼり食う(笑)姿がなんとも言えません。その姿が時にすっきりした絵柄で時にデフォルメされた絵柄で、ひとコマずつ丹念に描かれています。これもまた、この”文学少女”ならではの最大の見所と言えます。
 そして、その天然かつおせっかい焼きの性格から、頼まれ事に積極的に首を突っ込み、しかも肝心なことは心葉にやらせて彼を引っ張りまわす様がまたなんともいえません。なんというか、「天然の先輩にいろいろ頼られる」という楽しさを惜しみなく再現したキャラクターだと言えるでしょう(笑)。

 そんな遠子先輩の相手役となる主人公・井上心葉もまた、興味深いキャラクターとなっています。かつてなんとなく出した投稿小説が大ヒットし、覆面の少女小説家としてデビューしたはいいものの、周囲の期待からくる重圧のストレスに耐えられなくなり、その一作だけを残して小説家をやめざるを得なくなります。そして、高校生になった今では、もうおだやかに何事もなく生きていこうと決心しています。そんな彼が、たまたま文芸部に入って遠子先輩に出会い、彼女の頼みを聞いて小説を書き、あるいは文芸部への頼みごとを聞いたりしているうちに、少しずつその沈滞した心に変化が生じていく。その奥深い心理の変遷も丹念に描かれています。

 そんな文芸部にラブレターの代筆を依頼した下級生の少女・武田千愛(ちあ)や、心葉の同級生にして図書委員・琴吹ななせらの姿もよく描けています。特に、同級生のななせは、この巻だけを見る限りでは心葉にとってえらくつらくあたる少女になっていますが、その一方で素直になれない繊細な感情(いわゆるツンデレ)もよく出ていて、非常に魅力的なキャラクターになっています。このような少女の微細な心理描写の再現には、原作小悦の作者である野村さんが、女性であることも大きく寄与していると思われます。


・文学を直接モチーフにした構成こそが最大の魅力ではないか。
 しかし、そのようなキャラクターを中心にしたラブコメ的なシーンや、あるいは文芸部に舞い込む依頼から生まれるミステリー要素など、そういった楽しみも見逃せませんが、それ以上にこの作品を良作たらしめているのは、やはりタイトルにある「文学」の要素を直接取り入れていることではないでしょうか。それも、単純に文学作品や文学者の知識が得られるだけでなく、登場する文学作品のテーマを強く取り入れた作品作りが見られるところが、非常に大きいと思われます。これは、娯楽要素を中心としたほかの多くのライトノベル作品には、中々見られないものです。

 まず、遠子先輩が食事のたびにつづる文学者やその作品の名前、そしてそれがいかに素晴らしいかを語るシーンが面白い。文学作品の面白さを熱を入れて語る先輩の様子からは、作者の並々ならぬ文学への愛着が伺えます。

 そして、各話ごとに、特定の文学者の作品を深く掘り下げ、それを元にした奥深いストーリー、とりわけキャラクターの心理描写が展開されるところが、最も興味深いところでしょう。
 例えば、作品で最初に描かれるエピソードでは、あの文豪・太宰治の「人間失格」が大きくクローズアップされます。元々この作品は非常に人気のある小説で、読んだことのある人もかなりいると思いますが(最近も新しい装丁の文庫が話題になりました)、それでもこのライトノベルというジャンルにおいて、物語の冒頭からこの極めて暗く陰鬱な内容を直接的に扱うような構成は、ひどく珍しいことではないかと思うのです。

 心葉は、文芸部にラブレターの代筆を依頼に来た武田千愛のために、日々苦心してラブレターを書く羽目に陥ります。そのラブレターを出す相手は、「片岡愁二」という弓道部の先輩らしいのですが、その先輩の姿がどうしても見えません。しかも、ある日その先輩から返ってきたという手紙を手に入れますが、そこに書いてあった内容は、自分が当たり前の人間の感性を持ち得ない恐ろしい存在で、それを知られるのが怖くて毎日を嘘で塗り固めた道化として生きてきて、ついには人を殺してしまったという、陰惨かつ絶望に埋め尽くされた独白で埋められていました。
 この手紙を遠子先輩に見せたところ、これは太宰治の「人間失格」からの引用が数多く見られる、「人間失格」のパロディのような内容であると知らされます。太宰もまた、他者と異なる自分に恐れと羞恥の感情を抱き、自分を偽り道化として生きており、それを自伝的小説「人間失格」に余すことなく記述していたのです。果たして、自分を太宰に直接投影するような、こんな異様な告白文を書く片岡愁二とは、一体何者なのか・・・?

 このように、特定の文学作品が直接ストーリーに関わってきて、その内容を直接読者に提示するという物語の構成において、単にその文学作品の知識が手に入るのみならず、その中に見られる登場人物の克明な心理が、しいてはその文学の持つ本格的なテーマ、思想性までもが真剣に語られる、極めて重厚な作品になっていると思うのです。原作の小説においては、この作品を読んで実際に「人間失格」や太宰治に興味を持ち、原典を読んでみたくなった、あるいは実際に読んだという読者もかなりいるようで、これはとても意義深いことではないでしょうか。


・最近のコミカライズ作品の中では白眉の出来。JOKERでも最も期待できる一作。
 このように、この「”文学少女”と死にたがりの道化」、元々非常に評価の高かった原作を、作画を担当した高坂りとさんが実にうまく雰囲気を再現して描いた、優れたコミカライズ作品になっています。久々に登場したスクエニの雑誌で、しかも作者としてはおそらく初となる原作付きのコミック連載の仕事で、ここまで優れた作品を見せてくれるとは思いませんでした。これまでの高坂作品の中でも、これが最もいい作品になっているかもしれません。

 とにかく、ここまでうまく原作のイメージをうまく表した作品は、そう多くはないでしょう。原作とは絵柄は異なり、多少作者ならではのくせが残ってはいるのですが、それでも原作の魅力を素晴らしくよく再現しています。あるいは、単に原作を再現するのみならず、元々あった高坂作品のカラーもうまく採り入れた形となって、さらに優れた作品が出来上がっているようにも思われます。カラーページの美しさなどは、まさにこの作者ならではのもの。このコミック化企画は大成功だったと見てよいでしょう。

 そして、原作の持つ「”文学”」をテーマにした奥深い内容が、またこのコミックをより高いレベルの作品に押し上げています。物語の冒頭から、いきなり陰鬱な文学作品の本質を提示するその印象的な構成は、他の同系の作品ではまず見られないものです。ラブコメやミステリーなどの娯楽要素も魅力ですが、それだけではない奥深いテーマの追求が、この作品には見られます。これは、元々の原作からしてそうなのですが、このコミック化では鮮烈な黒を主体とした画面構成で、その切なく重苦しい心理がさらに印象的に読者の心に迫ってくるように思われます。いろいろと場面や心理を想像して読み進める原作小説も素晴らしいですが、それを印象的なビジュアルで見せてくれるをもつこのコミック版の魅力も捨てがたいものがあります。いずれにせよ、その重厚なテーマまでよく再現したコミック化作品であることは言うまでもありません。

 そして、このように極めて優れた内容が見られるこの作品は、掲載誌のJOKERの中でも、最も優秀な作品のひとつとなっているとみてよいでしょう。新創刊されたJOKERは、 この作品と同じくパワードから移籍され、すでに大人気を獲得している「ひぐらし」「うみねこ」の各シリーズや、WINGの人気作家陣だった小島あきらや藤原ここあの新連載が、最大の看板作品として扱われているようです。これらの作品も確かに面白いのですが、個人的にはこの「”文学少女”」が今後最も期待できる作品だと思っています。パワード連載時の冒頭のストーリーは若干スローペースな展開でしたが、JOKERへの移籍で月刊連載になって掲載ペースが上がったのも好材料です。掲載誌の移籍で、今後の連載の楽しみがさらに膨らんだと見てよいでしょう。


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