<妖狐×僕SS>

2011・11・16

 「妖狐×僕SS(いぬぼくシークレットサービス)」は、ガンガンJOKERの創刊号である2009年5月号から開始された連載で、同誌の看板作品のひとつとなっています。同誌で最も早くアニメ化を達成し、その点でも今最も注目されている作品と言えるでしょう。

 作者は藤原ここあ。元々は休刊したガンガンWINGの主力作家であり、長期連載だった「dear」や、そのプレストーリーと言える「わたしの狼さん。」で非常に人気を博していました。とりわけ「dear」は、ガンガンWINGの中でもアニメ化を達成した「まほらば」(小島あきら)に匹敵するほどの大人気だったと思います。
 しかし、そのWINGは後期になって大きな不振に陥り、やがて休刊へと追い込まれます。「dear」も、雑誌の末期になって長い連載を終えて、その後の藤原さんは、しばらく単発の読み切りを手がけていましたが、新雑誌JOKERの創刊に際してついに新作を発表、それがこの「妖狐×僕SS」でした。JOKERは、当初から休刊したこのWINGやガンガンパワードからの移籍連載、あるいはそこからの移籍作家の新作を中心に誌面を構成していましたが、この藤原さんの新作は、その中でも最も大きな扱いをされていた作品のひとつになります。

 その内容ですが、「メゾン・ド・章樫」という高級マンションに住まう、妖怪の先祖返りたちの日々の生活と交流を描いたコメディ&シリアスストーリー。SS(シークレットサービス)のタイトルどおり、各部屋の住人にそれぞれSS(護衛)が付き(SSの方も妖怪)、2人1組でのパートナー的な関係、さらにはそんな妖怪の住人同士の交流を描く群像劇的なストーリーになっています。かつての「dear」に比べてもさらに落ち着いてじっくりと登場人物の心理を描く物語となっていて、作者の成長を如実に感じる一作となっています。


・読み切りでさらに実力を蓄え、満を持しての新連載。
 ガンガンWINGでの長期連載「dear」が始まったのは2002年。これは当初から大人気作品となり、他のWINGの人気作のどれよりも長く連載が続き、2008年になってついに完結しました。最後の頃は、WINGは混乱して大きくその質を落としており、その中でも数少ない優良連載として雑誌を支えていたと思います。
 「dear」(とそのプレストーリーである「わたしの狼さん。」)は、当初はコメディ色も強いものでしたが、連載を重ねるに連れてシリアスなストーリー、キャラクターの深い心理描写が洗練されていき、最後には名作となりました。アニメ化しなかったのが不思議なくらいで、終了時にはそれを惜しむ声を多数聞いたような気がします。

 その後の藤原さんは、しばらくの間WINGやガンガンカスタムで読み切りを執筆するようになります。「お嬢様と妖怪執事」「山田」「私は」の三編で、それらはのちに、ずっと以前の読み切り「ストレイ・ドール」と合わせて、1冊のコミックス「お嬢様と妖怪執事 -藤原ここあ短編集- 」としてまとめられています。
 このうち、「山田」だけは異様なギャグのノリと奇怪なキャラクターに満ちた怪作となっているのですが(笑)、一方で「私は」の方は、現実的な設定の下で切ないストーリーを描く感動的なストーリーとなっていて、「dear」を完結させた作者のさらなる成長を感じることが出来ました。この作品で見られた進化が、その後の「妖狐×僕SS」の高いクオリティにつながっていると見ていいでしょう。

 そして、もうひとつの読み切り「お嬢様と妖怪執事」。これこそが、のちの「妖狐×僕SS」に直接つながる原型のような作品となっています。作中に登場するお嬢様と執事、このふたりの関係が、「妖狐×僕SS」の主役ふたり・凜々蝶(りりちょ)と双熾(そうし)のオリジナルと見てよさそうです。この時には、お嬢様の方はまだ普通の人間で妖怪ではなかったのですが、連載ではこちらも妖怪となっており、連載化に際して設定の調整を行ったようです。


・妖館に集う個性的な住人たち。
 前述のように、この物語は、”妖館”とも呼ばれるマンション、メゾン・ド・章樫に住まう妖怪(の先祖返り)たちを主役としています。1人の妖怪につきそれぞれSS(シークレットサービス、護衛)が付くシステムのマンションですが、SSの方も妖怪であり、一部屋に住む二人一組の妖怪のパートナーとしての関係と、そして彼らが集まるコミュニティにおける交流が、ひとつの大きなテーマとなっています。

 4号室の住人とそのSSが、この物語の主役である白鬼院凜々蝶御狐神双熾の2人です。凜々蝶は、鬼の先祖返りにして旧家・白鬼院家の令嬢ですが、自分の家名ばかりが先に立つ評価に苛立ちを覚え、つい悪態を付いてしまうちょっと困った性格となってしまっています。しかし、根は優しく、悪態を付いてしまったあとに反省してしょんぼりしてしまうことから、「ツンしゅん」ヒロインなどとも呼ばれ(笑)、ここに今までにない独特の個性を生み出しています。
 双熾(そうし)は、九尾の妖狐の先祖返りにして、普段は礼儀正しい紳士的な振る舞いをしますが、反面天然黒(ピュアブラック)とも言えるような腹黒さを併せ持っていたり、あるいは凜々蝶を変態的に溺愛し、凜々蝶を引かせるくらいに付きまとうところが、大きな笑いを誘うこの作品最大のコメディシーンとなっています。

 3号室の住人とSSが、反ノ塚連勝雪小路野ばら。連勝は、一反木綿の先祖返りで、高校生でありながら見た目も性格も大人びていて、おおらかで面倒見のよい年上の兄貴的な存在となっています。一方で野ばらは、雪女の先祖返りで、普段はクールなお姉さんといった感じの女性ですが、女の子に対する趣向が変態的で、この時に発する「メニアック!」という口癖が、このマンガのひとつの名物になっています。

 2号室の住人とSSが、青鬼院蜻蛉髏々宮カルタ。蜻蛉は、凜々蝶と同じく鬼の先祖返りにして、かつては凜々蝶の婚約者であり、また双熾の主人でもあった男です。俺様で尊大な性格のかなりの変人ですが、大人としての優しさを垣間見せることもあり、やはり大人としてのキャラクター性が出ています。逆に、まだ子供っぽいキャラクターとして描かれているのがカルタ。がしゃどくろの先祖返りですが、普段はあまりしゃべらないぼんやりした性格で、食べることが大好きでいつでも何か食べていたりします。

 最後に、1号室の住人とそのSSが、渡狸卍里夏目残夏。渡狸(わたぬき)は、豆狸の先祖返りですが、まだ不良ぶっている未熟な少年として、周囲の大人たちからのいじられ役になっています。残夏(ざんげ)は、百目の先祖返りで、こちらはお調子者で掴みどころのない性格。飄々とした自由人のように見えて、実は他者をよく観察して見守る大人のキャラクターです。年齢も蜻蛉と並んで一番高い。

 彼ら8人が物語の中心となり、マンションを中心に日々の暮らしと交流を描いているのですが、これは以前の連載「dear」でのキャラクターの交流の姿と近いものがあります。それぞれが物語の主役とも言える奥深い設定を持つ、いわば群像劇的な物語性が強く出ています。が、今回のそれは、以前よりもさらに落ち着いて大人びたものになっていると感じます。全体的に分別の取れた大人のキャラクターが多く、普段はおちゃらけたところを見せつつも、芯はしっかりとした言動を見せて、年少者を導くような姿も見せる。これは、「dear」でも一部で見られた要素ですが、今回はそれをさらに発展させた重厚な物語になっています。


・凜々蝶と双熾の切ない心理描写に作者の成長を見る。
 さらには、キャラクター同士の繊細な心理描写にも、落ち着いた重厚な物語性を感じることが出来ます。中でも、主人公格である凜々蝶と双熾の切ない交流の姿、その繊細なつながりに、ひどく切なくいとおしいものが感じられます。

 凜々蝶と双熾には、生来のつながりはありませんでした。しかし、双熾が、凜々蝶と彼の婚約者だった蜻蛉との文通の代筆を担当することで、まだ見ぬ凜々蝶の姿をいとおしく感じるようになり、彼女に対する想いをつのらせていくことになります。また、双熾は、かつては幼少期は実家の風習により軟禁されていて、そこから逃れる形で蜻蛉の元に身を寄せていて、そんな自分の存在をひどく軽く見ていたのですが、凜々蝶との文通による交流でその心境も変わり、「自分を知ってほしい」という感情が芽生えるようになるのです。

 そうして、ついにこの妖館でふたりは出会い、共に過ごすようになります。普段は、双熾が凜々蝶に対して変態的な執着を見せるその裏で、実は彼にとっての凜々蝶は、自らを支えるかけがえのない存在となっていて、彼女に尽くすその献身的な姿に、ひどく切なくいとおしいものを感じます。凜々蝶の方も、やがては双熾のそんな姿を知って、その心をぐっと近づけていく。この切ない心理描写は、作者の以前の作品よりもさらに深いものとなっていて、物語の深化を感じることが出来ると思います。

 妖館のほかの住人もまた同じく、それぞれ妖怪の先祖返りとして切実な出自を抱えるものばかり。妖怪として人間社会でひっそりと暮らすという設定が、より深い物語を作り出しているように思います。


・「dear」と比較しての評価はどうか。
 ただ、確かに以前の作品、特に藤原ここあの代表的長編であった「dear」と比べても、さらにレベルの高い作品になっていると思うのですが、実際の読者の評価はどうでしょうか。
 実際のところ、この「妖狐×僕SS」よりも「dear」の方が面白かった、はまっていたという話をよく聞きます。確かに、この「妖狐×僕SS」も、コミックスの累計が100万部を超える大人気作品ではあるものの、「dear」の連載時の反響は、それ以上に大きなものを感じていました。「妖狐×僕SS」よりも、「dear」の方をアニメ化してほしかったという話題もよく聞きます。果たして本当のところどうなのか。

 真面目な話として、確かにこの「妖狐×僕SS」、以前よりも地味な作品になっていることは否定できないと思います。単純なキャラクター人気としても、三大ヒロインが大人気だった「dear」に比べると、今回はそこまで大きなキャラクター人気には乏しいと感じますし、また、以前はよく見られたはっちゃけた楽しいコメディやギャグシーンも、今回はぐっと少なくなり、全体的に落ち着いた作風になっているようです。分かりやすい単純な面白さ・楽しさという点では、かつての「dear」や「わたしの狼さん。」の方が上かもしれません。

 しかし、こちらの「妖狐×僕SS」も、決して悪いものではないと思っています。物語の深み・キャラクターの心理描写という点では、以前よりもさらに上回っていますし、余計な遊びの少ない、より大人向けの重厚な作品となっている。それでいて、ガンガンJOKERでもずっと看板作品となっていて、コミックスの売り上げも非常によく、ついにはアニメ化まで達成した。これは、純粋に真面目な作品性が評価された上での成果ではないでしょうか。

 一方で、「dear」の方をアニメ化してほしいという意見も、確かにその通りだと思います。こちらも、アニメ化されなかったのが不思議なくらいなほど面白い作品でした。「妖狐×僕SS」のアニメ化によって、こちらの方もさらに注目が集まればいいと思っています。


・物語の進展でさらなる面白さも。アニメにも期待。
 また、最近では、物語の設定が一気にリセットされ、第2章に入り、これまでとは異なるキャラクターの関係性と、それに戸惑い苦闘するキャラクターたちの姿も垣間見られ、さらに奥深いストーリーとなっています。彼らにとって最大の敵となる犬神という少年によって、ほとんどの住人が命を落としてしまい(生き残ったのは連勝のみ)、やがて20数年後にみな揃って転生するものの、かつてとは大きく境遇が異なっており、異なる関係性に戸惑い、かつての関係性を取り戻そうとしたり、また新たな境遇を受け入れようとするキャラクターたちの姿に惹かれます。

 そんな中でも、やはり主人公である凜々蝶と双熾との関係が、最も注目されるところでしょう。転生直後は、以前の記憶を失っていた凜々蝶が、次第にそのことを知るようになり、それでも変わらず自分に仕える双熾に対しての葛藤に悩む。このあたりのくだりは本当に面白いと思います。

 ひいては、このタイミングでアニメ化されたことも、いい効果を生むかもしれません。もともと、藤原ここあさんの作品は、「dear」や「わたしの狼さん。」の時代から圧倒的な人気があり、「dear」などはアニメ化されなかったのは不思議なくらいです。それが、ここに来てついにアニメ化を達成した意義は大きい。原作が非常に奥深い物語ということで、単なる萌えだけではない、真面目な作りのアニメ制作に期待したいところ。さらには、いまだ原作が物語の途中なのに対して、アニメがどのような展開をするかにも注目でしょう。これまでのスクエニアニメでは、原作途中でアニメ化されてオリジナル展開に入るのが常でしたが、この「妖狐×僕SS」では、少なくとも第1章だけは原作に忠実にアニメ化してほしい。原作の深いストーリーをアニメでも再現してほしいと思います。


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