<レール・エール・ブルー>

2010・3・27

コミックス1巻表紙  「レール・エール・ブルー」は、ガンガンJOKERの2009年9月号から開始された連載で、豪華寝台特急「エール・ブルー」号のスチュワード(客室乗務員)たちの華やかな活躍と地道な奮闘ぶりを描く、職業ものとも言える作品になっています。ガンガンJOKERの中ではちょっと珍しいタイプの作品ですが、青年誌に掲載されるような作品とも異なっていて、キャラクターの描写にも力の入ったJOKER、スクエニらしいマンガになっています。キャラクターの美形的な容姿、見せ方から、この雑誌の中では若干女性に好まれるタイプかなと思われますが、内容的にはバランスが取れているようにも思われます。

 作者は、唐沢一義。かつて、第11回スクウェア・エニックスマンガ大賞で特別大賞を受賞した新人作家で、それ以前にも月例マンガ賞新GIガンガン杯で佳作を受賞したこともあります。今回が初連載作品の新人で、JOKERが創刊以来盛んに打ち出している新人によるオリジナル連載のひとつとなりました。創刊からやや遅れて始まったため、他のマンガよりまだ注目度で下回っているところもあったと思いますが、連載が進むにつれ次第に人気も出てきて、安定した連載になってきたようです。

 主人公は、ガーニャという18歳のまだかわいらしい少年で、新人見習いのウエイターとしてこの列車に乗り込んでいます。彼は、実はこの「エール・ブルー(蒼い翼)」号のオーナーである運営する会社の跡取り息子であり、家訓として現場で社会勉強をするという目的で、新人の乗務員として働くことになっています。そんなまだ初々しい新人の奮闘ぶりと、彼を厳しくもしっかりと導いていく先輩の乗務員たちの頼もしい姿、真摯な仕事に対する態度と列車のお客様に対して尽くす優れた姿勢がよく描かれています。個々のエピソードにはさほど派手さはありませんが、乗務員の仕事とお客様とのふれあいをきめ細やかに描いていて、真面目なストーリー作りが顕著に感じられます。

 ガンガンJOKERの中では、大きく男性読者に好まれる作風ではないためか、コミックス1巻刊行の今の時点では、あまり大きな話題にはなっていないように見受けられますが、新人作家に奮闘がよく感じられる力作になっているようなので、もっと注目されてほしいものです。


・パリ−ベニス間を結ぶ豪華列車が作品の舞台。
 この作品の舞台となる豪華寝台特急「エール・ブルー」号は、フランスのパリとイタリアのベニス(ヴェネツィア)を1泊2日で結ぶ列車という設定となっていて、これは現実に存在する豪華列車「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス(VSOE)」をモデルにしているのはないかと思われます。

 この手の豪華列車と言えば、アガサ・クリスティのミステリー小説でも有名な「オリエント急行」がよく知られていますが、これは(主に)パリからトルコのイスタンブールを結ぶ列車で、19世紀末から長い歴史を誇っていましたが、近年は大きく縮小され、最近の2009年には完全に廃止されてしまったようです。

 しかし、そのオリエント急行で使われた列車を復元させ、1982年から運営を開始したのが、「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス(VSOE)」です。これはロンドン−ベニス間を結ぶ路線となっていて、往年のオリエント急行を再現した豪華な内装とサービスが大きな特徴であり、乗客の要望に対応するキャビンアテンダント(客室乗務員)が同乗したきめ細かいサービスも存在しています。これが、今回の作品に登場する客室乗務員たちの元になっていると思われます。また、この路線は、ロンドン−ベニスがフルラインですが、パリ−ベニス間を1泊2日で搭乗するプランも一般的で、これも作品の直接の設定となっているようです。このパリ−ベニス間の豪華な旅の様子は、テレビの「世界ふしぎ発見!」でも紹介されたことがあり、記念として列車内にあるポストから手紙を差出すことが可能であるなど、他にはない様々なサービスの姿が見られたのが印象的でした。

 そしてこのマンガでも、豪華列車内部の様子や、客室乗務員たちの普段の業務の数々、お客様との交流の姿など、実際にあるであろう豪華寝台特急の姿を、よく捉えて丹念に再現しているように思われます。少年誌的な作品とはいえ、このあたりの描写には余念がなく、実際にある豪華列車内での仕事ぶりをよく描いたマンガとしても、興味深いものがあるのではないでしょうか。

コミックス1巻40ページ


コミックス1巻34ページ ・お客様のご要望に応えるアテンダントの任務に、新人乗務員が懸命に挑む。
 このマンガの主人公のガーニャは、新人としてまずはウエイターとして配属されますが、まずは新人らしく雑用の掃除の仕事から始まります。先輩である乗務員、アルベール・ラリックの指導の下で懸命に仕事に励む彼ですが、アルベールは厳しい性格で、中々雑用以外の表に出た仕事をさせてくれません。ガーニャは、最初はそんな先輩の厳しすぎる態度に反発も覚えるのですが、しかし、日々の仕事を通じて彼の本当にお客様のことを考えて真摯に行動する姿勢を目の当たりにし、さらには影では自分をしっかりとサポートしてくれていることを知り、彼に感謝してさらに仕事に励むことになります。

 そんなアルベールの、あるいはこの「エール・ブルー」のアテンダントの仕事の姿勢をよく表した言葉として、「俺たちは決して”non”とは言わない」という言葉があります。ある日、ガーニャは、お客様の女性から、娘に渡すバースデーケーキの予約を忘れてしまった、なんとか娘を喜ばしてあげたいけど─と頼まれます。それを聞いたガーニャは、「申し訳ありません特別メニューの注文は乗車時にやっていただく決まりとなっています。」と応えて丁重にお断りの返事をするのですが、直後にアルベールからこの対応を厳しく責められ、その時に上記の言葉をかけられます。

 ガーニャの対応は、実際にある決まりをそのまま客に伝えたもので、普通に考えれば決して間違いではないかもしれません。しかし、お客様の願いをそのままの形ではないにしても、その意を汲んで対応することは可能であり、それこそが「エール・ブルー」に求められるサービスであると言われます。このことを聞いたガーニャは、自身の行動を反省し、今度こそお客様の願いをかなえるために工夫を凝らして、苺が好きだと言う娘さんのためにオリジナルのメニューを考え出し、それを用意して食事の時に特別の場を設けて提供することで、ついにお客様の最高の笑顔を引き出すことに成功するのです。


・個性的なスタッフたちだが、仕事に対する姿勢は真摯な姿を見せる。
 その時に、新人であるガーニャの奮闘を影でサポートするのが、先輩であるアルベールでした。娘さんのためのケーキの用意に精一杯だった彼に代わって、母親のためのケーキもしっかり用意し、さらには、新人であるガーニャが仕事をしやすいように、列車内各所に話をつけておいたのも彼だったのです。ただ単に仕事に厳しいだけでなく、自身もしっかりとガーニャをサポートし、お客様の最高の喜びを引き出すための努力に余念がない。その仕事ぶりは非常に真摯なものがあります。

 これは、列車内で登場する他のスタッフにもみな言えています。アルベールのライバルとして登場するクレン・ウェルナーは、なぜかアルベールとは仲が悪いらしく、アルベールの後輩であるガーニャにもいやみを言ったりもしたのですが、しかしその仕事の有能さではアルベールにも負けてはいません。足が疲れて眠れないという女性客のために、あらかじめ名簿で顧客の情報を確認して、その方が抱えていたアレルギーに当たらないように、ラベンダーの足湯を提供する。この時、一度は顧客情報を確認しなかったガーニャを責める姿勢も見せるのですが、実は行き違いで名簿がふたつ出来てしまっていたことをのちに知り、自身の非を素直に詫びる姿勢も見せます。

 あるいは、厨房で働く下積みのシェフのバートは、普段は陽気で大雑把な性格で、女性には弱いという欠点も持っていますが、それでも一旦仕事で料理に取り組んだ時は真剣そのもので、いい料理のアイデアを思いついて仕事に没入する普段とは異なる姿をも見ることが出来ます。これは、他の先輩シェフも同様で、普段は体育会系的ながさつなところも見せるのですが、一旦厨房に入って調理に取りかかれば、そこでは非常に繊細な仕事ぶりが見られます。

コミックス1巻153ページ

 このように、個性的で時には欠点や問題点も抱えるスタッフたちではありますが、仕事に入ったときの真剣そのものの姿勢には、大いに好感が持てるものです。このマンガが単なるコメディではない、一歩踏み込んだ真面目な作品作りが感じられるのも、このあたりの描写が大きな役割を果たしています。


コミックス1巻169ページ ・男の子(娘?)ガーニャのかわいさは異常。
 さて、ここで突然話は変わりますが、このマンガは、どちらかと言えば女性に好まれるかもしれないと冒頭で書きました。メインキャラクターの多くが男性で、キャラクターたちの端正で美形的な描き方が顕著でもあり、キャラクター的な観点で見れば、JOKERでは少数派の女性向け作品と言えるかもしれません。他のJOKER新人作品、例えば「プラナス・ガール」や「ヤンデレ彼女」「黄昏乙女×アムネジア」などと比較しても、それらの多くが男性向けのコメディになっているのに大して、その違いは顕著です。

 しかし、その一方で、この主人公の男性(男の子)キャラクターである、ガーニャのかわいさには際立つものがあると思うのです。作者自身、コミックスの後書きで、「読者に性別をよく聞かれる」と書いているほどで、ぱっと見たところ男の子だけど女の子のようなかわいい見た目をしています。はっきり言ってしまえば、このガーニャはとにかくやたら萌えます。作中でも「本当は女だったりしない?」と言われるくらいで、本当に性別が分からないような外見になってる。いわゆる「女装美少年」「男の娘」ではないと思うのですが、これはこれで決して悪くない(笑)。

 今のところ、このマンガは、他のJOKERの作品に比べれば、まだ少し読者の注目度が低いような気がしますし、例えば「プラナス・ガール」の人気がこのところ非常に高まっているのと比較すると、いまひとつ反応が物足りないような気がします。しかし、この男主人公の萌えレベルの高さは本気で見逃せません。こちらのキャラクターの方も、もっと注目されてしかるべき人気を得てもいいのではないでしょうか。


・作者のきめ細かい真面目な執筆姿勢が感じられる良作。
 以上のように、この「レール・エール・ブルー」、豪華列車の乗務員たちの仕事ぶりを描くという、JOKERではちょっと珍しい方向性の作品だと思いますが、彼らの真摯な仕事ぶりを丁寧に描いた作品として、これもまた新人の力作のひとつに数えられると思います。JOKERのほかの新人作品からはやや遅れて始まったのですが、これもまた良作ラインナップのひとつに加えてもよさそうです。乗務員たちのきめ細かい対応、お客様とのふれあいを描くという点で、あまり派手なアクションのある作品ではないのですが、それでもそのエピソードには毎回ひどくじんと感じさせてくれるものもあり、気持ちのよい読後感を持つ良作になっていると思うのです。

 その一方で、意外にもキャラクターの魅力も見逃せません。メインキャラクターが男性中心で、どちらかといえば女性読者に人気の出そうな(美形的な)容姿のキャラクターが多いので、男性読者にはやや縁が遠い作品になっているような気もしますが、しかし、実はいかにもスクエニらしい中性的な作画にもなっていて、それは主人公ガーニャのかわいらしい姿に、最も強く表れていると思うのです。ちょうどかつてのWINGの連載にほど近いイメージを感じますし、Gファンタジー連載作品ほどには顕著に女性向けの作品とは思えず、むしろバランスの取れた見た目の作品になっていると思うのです。

 しかし、このマンガ、今のところ若干ながら人気で劣るところもあるのではとも感じてもいます。やはり、他のマンガに比べると、今のところ男性読者の反応がやや鈍いように見えます。コミックス1巻発売時にも、他の人気マンガの多くが複数の書店で特典フェアが行われたのに対して、このマンガの特典フェアは女性客に強いアニメイトだけ。このあたりでも、この作品の世間での見方がよく分かるような気がします。これではちょっと残念だと思いますね。雑誌ではセンターカラーを獲得することも珍しくないほど、誌面に定着していますし、もっと注目されて積極的に読まれてもいいと思います。

コミックス1巻扉ページ


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