<最底辺の男>

2012・4・14

 「最底辺の男」は、ガンガンJOKERで2011年12月号から開始された連載で、いわゆるサスペンスホラー作品となっています。かつ「最底辺の男」というタイトルどおり、人間の醜い負の側面を徹底的に描いており、個性的な作品の多い同誌の中でも、とりわけアクの強い作品になっています。

 作者は山口ミコト。これは、JOKERでの2番目の連載にあたり、少し前まで「死神様に最期のお願いを」という連載を続けていました。こちらも、かなりの力作だったと思うのですが、残念ながら中途でいきなり打ち切りとなり、非常に残念に思っていました。しかし、その数ヵ月後にこの「最底辺の男」を開始。その独特の作風はまったく変わっておらず、その健在ぶりに安心しました。

 肝心の内容ですが、文字通り最底辺とも言える生活を送っている村井雅彦という高校生の元に、ある日美人の転校生がやってきて、いきなり「彼女」だと宣言して付き合うことになります。しかし、その彼女は、実は存在しないはずの人間であった・・・。村井はその正体に怯えつつ彼女からの「依頼」に応えようとする、そんな話となっています。単に最低な人間を描くだけでなく、サスペンスホラーとしても面白い点は見逃せません。
 作画面でも、山口さんの作画は非常に丁寧で、醜い人間のねっとりとしたいやらしさがよく描けていると思います。その一方で、女の子はかなりかわいらしく描けて点も見逃せません。一見してかわいいように見えて、そのかわいさの裏にある恐ろしい正体をも連想させる、印象深い作画になっていると思います。

 現在のJOKERの中でも異色中の異色と思えるこの作品、これがこの先話題になるようなら非常に面白いですね。作者の前作は残念ながら打ち切りになってしまいましたが、こちらは最後まで連載を続けてほしいものです。


・人間の負の側面を描くのがうまい作家。
 作者の山口さんは、かつては2006年にガンガンの月例マンガ賞を「運命の最前線」という作品で受賞し、それ以前はジャンプの新人マンガ賞を受賞した経歴もあるようですが、本格的に活動を始めたのはこのJOKERになります。JOKERによって抜擢され、大きく成長した作家だと言えます。

 まず、創刊号である2009年5月号において、「あん☆りみてっど」という鮮烈な読み切りを残しています。これは、主人公のマンガ家の元にメイドのアシスタントがやってくるという、一見して萌えマンガのような始まり方をするのですが、しかし中盤から徐々に空恐ろしい展開となり、そのメイドが主人公を監禁・無理やり自分の求めるマンガを描かせようとする、まるで映画「ミザリー」のようなサイコホラー作品となります。最後の終わり方も陰惨極まりないもので、人間の持つ恐ろしさ・醜さを徹底的に描くその作風は、極めて鮮烈な印象を残しました。

 その後、約半年後の2009年11月号から、最初の連載である「死神様に最期のお願いを」を開始。これは、当初はガンガンONLINEでの読み切りだったのですが、好評を得てJOKERで連載化されたようです。家族を惨殺した疑いをかけられた主人公のもとに、死んだはずの妹が死神としてやってきて、ふたりで協力して真犯人を探すといったストーリーで、こちらはミステリー要素も強い作品となっていました。ミステリーのトリックや駆け引きも面白い作品でしたが、それと同時にやはり人間の醜さ、とりわけ悪意を持つ人間を描くのがとてもうまく、極めてダークな作品となっていたと思います。こういった人間の負の側面を執拗に描く作風こそが、山口さんの持ち味だと言えるでしょう。

 途中まで非常に面白い作品だったのですが、いよいよ肝心の犯人が判明するかと思った直前でいきなり連載中断となり、その後は読者にヒントを与えて犯人探しを委ねるダイジェストとなって終わりを迎えてしまいました。最後までいい作品で、このまま続くとばかり思っていただけに、これは本当に意外で残念な結果だったと思います。


・とにかく「最底辺の男」のいやらしさが最高。
 そして、このJOKERで3番目の作品となった「最底辺の男」ですが、これまで以上にストレートに醜い人間の姿を描く作品となっており、まさにタイトルどおり「最底辺の男」たる主人公の姿が実に印象的なものとなっています。

 主人公の村井雅彦は、家ではPCやAV機器で性的ないやらしい趣味に没頭し、学校でも底辺クラスの男として扱われて日々上のものに虐げられて過ごすという、まさに 典型的なダメ人間として描かれています。見た目も太ってメガネをかけたいかにもオタク風の風貌で、こちらも典型的ないやらしい姿の男として描かれており、連載の予告編でその姿を一目見ただけで、これは本当にとんでもないマンガだと思ってしまいました(笑)。

 この村井、アニメやマンガなどの趣味に走っている描写は見られないため(アイドルの映像を見ている姿はありますが)、いわゆるオタク的な趣味を持つという意味でのオタクではないかもしれません。しかし、その太ってメガネという特徴的な姿や、あまり人に見せられないようないやらしい性的な趣味に自分の部屋でふける姿や、学校でもダメ男として周囲から虐げられ、もちろん彼女などはまったくいないというその生態は、まさにオタク的な人間の姿をそのままなぞっているようです。しかし、今までもこのようなオタク的な人間の姿を描くマンガやアニメ、ライトノベルはいくつもありましたが、ここまでに醜い人間として描いた作品はあまりないような気がします。

 さらにこの主人公がいやらしいと思えるのは、そのどこまでも卑屈な精神でしょう。彼は、学校では虐げられた底辺クラスの人間でありながら、自分よりもさらに下の扱いを受けている山田という生徒の姿を見て、彼を嘲り、「自分は彼よりは上だ、最底辺ではない」と心の中で主張しているのです。この卑屈な精神こそが、まさに「最底辺の男」たる最大のゆえんではないでしょうか。


・単にいやらしいだけではない。ホラーサスペンスとしても非常に面白い。
 しかし、このマンガ、そんな風に単にいやらしい男の姿を描くだけのマンガでもありません。サスペンス調でホラー要素も盛り込まれた、謎めいたストーリーも本当に面白いのです。

 「自分は最底辺ではない」と思い込んで自分を納得させていた村井でしたが、そんな時に彼を狼狽させる事件が起こります。それは、彼が自分より下だと見ていた、山田にかわいい彼女が登場したこと。これによって、「彼女もいない自分こそが最底辺になってしまう」と思い込んだ彼は、周囲に「自分にも彼女がいる」と苦しい嘘をついてしまいます。

 これで窮地に陥るかと思われた村井ですが、ここで意外な展開が訪れます。かつて彼の幼馴染だったという、水沢遥という転校生がやってきて、村井の彼女だと宣言して彼と付き合い始めるのです。これで大いに喜ぶかと思った村井ですが、しかし真相は違いました。彼女は、存在しないはずの人間だったのです。
 かつて、水沢遥は、ある人物に殺されており、村井はそれを知る数少ない男でした。そのことを彼女に問い詰めると、偽物の水沢遥は、自分が嘘をついていたことを完全に告白します。そんな彼女を見て村井は、それでも「最底辺の男にならないために、自分の彼女になってくれ」と土下座して懇願するのです。

 これこそまさに最底辺の男の姿をまざまざと見せた村井でしたが、そんな彼に対して、偽物の水沢遥は「わたしがもし人間じゃなくてもいいのか・・・?」と脅しをかけます。ここにおいて、一気に恐ろしいホラー展開となり、「かつて死んだはずの女とまったく同一の姿となって登場した彼女は一体何者なのか」という恐怖がよぎるようになります。
 その後は、彼女の命令に従うままに、「いけにえとなる人間」を集めるように言われる村井。村井が連れてきた人間たちはいったいどうなるのか。無残にも化け物にむさぼり食われているのではと思われるシーンまで登場し、純粋なホラーとしても存分に楽しめる作品となっています。


・これは本当に面白いマンガ。今度こそ最後まで連載してほしい。
 その後の村井は、自分の連れてきた人間の末路を想像して恐怖に震える日々でしたが、しかし自分を唯一理解してくれた佐藤という女生徒が、化け物に喰われて死んだことをきっかけに、恐怖に怯えつつも彼ら人間を食い物にする化け物たちへの怒りがふつふつと沸き起こり、ついには彼らに対して叛旗を翻すことになるのです。

 この村井という男、確かにその生き様は「最底辺の男」そのものですが、しかし決して頭まで悪い男ではないようです。むしろ、卑屈ながら周囲の人間たちをよく見ていて、偽物の遥に対しても的確にその嘘を追及する賢さも見せています。そんな彼が、精一杯の策略と勇気をもって、ついに意を決して化け物に立ち向かうようになった。これは、意外なほど力強い展開で、この「最底辺の男」に共感を覚えるようなストーリーへと一気に盛り上がってきました。

 これまでの悲惨極まりないとも言える展開が、村井の精一杯の抵抗でこれから少しでも明るいものとなるのか。あるいは、かつての作者の読み切りのように、結局悲惨な末路となって終わるのか。これから先も見逃せないストーリーになっていると思います。待望のコミックスの1巻も5月に発売されるようですし、これは本当に楽しみなところです。

 それに、前作「死神様に最期のお願いを」が打ち切り的に終わってしまいましたし、今回こそは最後まで連載してほしいところ。実際、ここまでダークで人間の暗い負の側面を徹底的に描ける作家というのは、大変に貴重だと思います。JOKER最新号では、こともあろうにあの「いぬぼく」のキャラクターとコラボした予告マンガまで見られるこのマンガ(笑)、意外に茶目っけな遊び心もあるようで、そのあたりも見逃せないと思いますね。


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