<Lの季節 プレミアムストーリーズ>

2008・11・4

原作ゲームソフト  かつて、エニックスから「プレミアムストーリーズ」というゲームアンソロジーのシリーズが出ていたことがありました。当時のエニックスでは、「スーパーコミック劇場」というアンソロジーシリーズもあり、こちらの方が出版点数も多く、アンソロジーと言えばこちらが主流だったのですが、それとは別のシリーズが存在していました。これは、主にガンガンWINGの編集部によって企画・編集されたという特徴があり、特に初期の頃は、編集者の趣味がかなり強く出たゲームのラインアップになっていました。

 そんなプレミアムストーリーズの第一弾が、この「Lの季節」であり、これが思った以上にレベルの高いアンソロジーになっていました。さらに、「Lの季節」という、さほど有名ではないゲームを原作に据えたことが大きな特徴で、これに編集者の趣味が大きく関わっていたようです。すなわち、当時のWINGでは、1ページ使って編集者がこのゲームの良さを語りまくるコーナーがあったくらいで、それがこのアンソロジーの直接の制作動機になっているようで、しかも原作ゲームの発売からわずか1ヵ月後という、非常に早い時期に出版されています。つまり、発売前からこのゲームにひどく目をかけていたWINGの編集者が、発売元に積極的に働きかけていきなりアンソロジーを作ってしまったのです。

 そして、そんな経緯で作られただけあって、執筆者の多くがWINGの連載陣、及び当時WINGが育成していた新人たちで占められており、そのクオリティは非常に高いものがありました。当時のWINGは、人気のある実力派作家が多数在籍しており、そんな作家たちが多数執筆に参加する、実に贅沢なアンソロジーになりました。今回の記事では、その優れた内容について詳しく語りたいと思います。

 ちなみに、同時期にもうひとつほど編集者が入れ込んでいたゲームが存在し、こちらはかなり有名な人気ゲームであった「Kanon」でした。これは、「Lの季節」に次いで2番目、3番目のプレミアムストーリーズとして刊行されます。こちらもかなり質が高いのですが、これについてはいずれ別の機会に語りたいと思います。


・まずは桜野みねねの表紙からスタート。
 まず、当時「まもって守護月天!」の連載が絶好調で、ガンガンWINGでも「常習盗賊改め方ひなぎく見参!」の連載を行っていた桜野みねねが、このアンソロジーの表紙を描いています。このふたつの連載以外の絵を、桜野さんが描くことは当時珍しかったので、これは中々貴重な絵です。そして、当時は連載が人気だっただけでなく、絵のレベルも最高期であり、その絵で描かれる「Lの季節」の絵も、非常にレベルの高いもので、この表紙だけでひどく映えるものがありました。

 描かれたキャラクターは、星原百合(右)と舞波優希(左)が対称に並び、真ん中に妖精のリリスが来るという構図ですが、実は原作のストーリーの上では、この3人はさほど接点がなかったりします(特に百合と優希)。しかし、この星原百合と舞波優希は、共にゲーム中で一、二を争う人気キャラクターなので、純粋に人気のあるキャラクターを桜野さんに描かせたというコンセプトは納得できます。

 絵柄自体は桜野さんの絵そのもので、原作の絵(渡辺明夫)とは異なりますが、それでもこの時期の端整な絵柄には惹かれるものがあります。ちなみに、この表紙絵、抽選プレゼントのテレホンカードになったのですが、これがのちに異様な高値で取引されることになったようです。なんでも、原作の方のどの限定特典テレカよりも、このテレホンカードの方が値段が高かったようで(笑)、まさかあの渡辺明夫の絵を超えるとは、当時の桜野さんの人気ぶりの一端をこれ以上ないほど強く示す出来事でありました。

 なお、表紙を桜野みねねが手がける一方で、目次イラストを箱田真紀、裏表紙イラストを浅野りん・藤野もやむ・冬季ねあが手がけており、まさにイラストだけで当時のWINGオールスターといった感のある贅沢な誌面となっていました。

表紙


裏表紙 ・浅野りん・藤野もやむ・冬季ねあの豪華な連載作家陣。
 そして、桜野さんは表紙だけで中のアンソロジーは執筆していないのですが、代わりに今回は裏表紙も手がけた3人のWING連載作家である浅野りん・藤野もやむ、そして冬季ねあが揃って執筆しています。

 このうち、浅野さんの作品は、当時の端整な絵柄が強く出た雰囲気のいい作品にはなっているものの、ページ数がひどく短いものに終わっています。逆に、藤野さんの作品は、ページ数も多めで藤野さんらしいほんわかしたエピソードになっていて、これは非常に好印象でした。このアンソロジーの中でも最も優れた作品のひとつに数えられるでしょう。藤野さんの作品の主人公は、舞波優希という少女ですが、まだ小さく幼さを感じるそのキャラクターは、「ナイトメア☆チルドレン」のカカオを始めとする藤野さんオリジナルのキャラクターに通じるところもあり、なるほどこのキャラクターを主人公に選んだのは、いかにも藤野さんらしい選択だと言えました。

 そして、このふたりほど有名ではないのですが、しかし外せない連載作家として冬季ねあさんがいます。当時は「ファイアーエムブレム 聖戦の系譜」のゲームコミックを掲載しており、のちのエニックスお家騒動後もWINGに残り、長い間数々の連載を重ねていく作家です。知名度こそ低いものの、この当時からかなりの実力を持っていた作家で、それはこのアンソロジーにもよく表れており、笑えるコメディと情感豊かなキャラクター描写が楽しめる優れた作品を描いています。
 また、この冬季さんの作品は、星原百合をメインヒロインにしているのがなにげに評価が高い。実は、この星原百合、原作ゲームでは圧倒的な人気を誇る、間違いなく一番人気のキャラクターなのですが、このアンソロジーでは、彼女がメインで登場するのはこの作品だけなのです。これは、原作のファンにはひどく残念がられました。

浅野りん 藤野もやむ 冬季ねあ


 
・小島あきら・藤原ここあの新人作家ふたりの作品が素晴らしい。
 そして、これら連載作家以上に、このアンソロジーで光っていたのは、当時のWINGではまだ連載を持たない新人だった、小島あきら・藤原ここあのふたりの作家です。

 特に、小島あきらのこのアンソロジーでの活躍ぶりは突出したものがあり、なぜかひとりだけ2本も話を描いています。なぜ小島さんだけが2本描くことになったのかよく分かりませんが、その2本がどちらも面白いのでまったく問題ありません。
 1本目は天羽さんメインの話で、上岡くんとのほのぼのした交流が描かれた、実に小島さんらしいゆる萌えな作品になっていました(笑)。当時のオリジナル読み切りや、のちの「まほらば」とまったく同じような作風を、このアンソロジーでも見ることが出来たのです。そして2本目、これは弓倉姉妹をメインにした話で、こちらは賑やかなコメディが中心の笑いに満ちた作品になっています。その上で、最後にはちょっとしんみりしたシーンが挿入されるなど、こちらも小島さんらしい作品作りが楽しめる逸品でした。個人的には、この2本目が、そのアンソロジーの全作品の中で最も面白かったと思います。

 そして、このアンソロジーが、小島あきらの出世作のひとつになっていると思えます。この当時から、良作のオリジナル読み切りを何度かWINGに掲載していましたが、それらの作品と比べてもまったく劣らず、アンソロジーの中で最大の存在感を示しました。実際、このアンソロジーの中では、浅野さんや藤野さんをも凌いで最も面白かったのではないかと思えます。そして、これがのちのWINGでの連載獲得に直接つながっているのではないかとも思えるのです。そしてこの後も、この「プレミアムストーリーズ」で良作を手がけた新人作家が、何人も連載を獲得することになります。

小島あきら(1)

 そしてもうひとり、藤原ここあも忘れてはいけません。藤原さんものちに連載を獲得する作家のひとりですが、その先駆けとなったこのアンソロジーでも、いかにもこの人らしい話を描いています。舞波優希の兄・聖邪が主役なのですが、本来なら美形キャラの彼が、妹を守るためにひたすら暴走を繰り返しまくる、異様なノリのマンガになっていました。絵はかわいいのに、内容は完全な原作壊し系のギャグ連発で、美形男性キャラが徹底的にギャグの対象にされるという、まさに藤原ここあならではのこのアンソロジー最大の怪作になっていたと思われます(笑)。

小島あきら(2) 藤原ここあ


・その他の新人作品もレベルが高く、粒が揃っていた。
 そして、これ以外の新人も全体的に読める作家が多く、粒が揃っていた印象があります。

 まずは、のちにGファンタジーで「まじかる☆アンティーク」や「ToHeart2」などのリーフ系コミックを連載することになるきたうみつな。こなれたコミック化作品を描くことで定評がありますが、このアンソロジーでも中々手馴れた作品を描いていて、テンポがよく楽しいコメディに仕上がっていました。ちょっとページ数が少なく、ラストがあっさりと終わりすぎなのが残念ですが・・・。

 そして、立川陽之介の存在は見逃せません。のちに、マンガ賞受賞作で「幻想夜話」という少女マンガ的で叙情的な作品を残すのですが、それ以前に描かれたこのアンソロジーでも、その落ち着いた作風が既に見られ、全体的にコメディやギャグの多いこのアンソロジーの中で、雰囲気を大切にじっくりと読ませるタイプの作品として貴重でした。またこの時点では発展途上ですが、後に見せる繊細な画力の片鱗が感じられるのも見逃せません。決して目立つタイプの作品ではありませんでしたが、個人的にこの作品の穏やかな作風は非常に気に入りました。むしろ、この方が原作ゲームの雰囲気にも近いかもしれません。唯一、流水音のスカートが長すぎる(原作の設定と違う)点のみ違和感があったのが残念でした。

 あとは、このアンソロジーで北条晶が執筆している点は見逃せません。最近では「はっぴぃママレード。」「お父さんは年下」などの4コママンガを執筆している中々の人気作家ですが、こんな昔のアンソロジー作品がここで見られるとは意外です。最近ではやたら萌える絵柄の作家になっていますが(笑)、この当時はまだまだ技術的にはさほどでもなく、昔の素朴な時代の作品を拝むことが出来ます。

きたうみつな

 これ以外の作家もおおむね読めるコメディ系作品を描いており、全体を通して外れがないのが大きな特長でした。まさに粒が揃っている印象で、派手さはないものの安心して読むことの出来る良質のアンソロジーとなっていました。

立川陽之介 北条晶


・WING、エニックス全盛期を象徴する優秀なゲームアンソロジーだった。
 このように、ゲームアンソロジーとして実に優秀だったこの「Lの季節 プレミアムストーリーズ」、当時のガンガンWING、あるいはエニックスの全盛時代の実力がそのまま出たような一冊となっています。人気・実力が揃っていた連載作家が多数参加し、有望な新人作家の実力にも見るべきものがあり、それ以外の作家もすべて読める作品を手がけるなど、非常に安定していました。全体を通して「これは良くない」と思えるような作品がひとつもないことが何よりも優れており、ページのどこを開いても安心して読むことが出来ました。この「Lの季節」、原作ゲームがさほどメジャーな人気を得られなかったこともあり、アンソロジーもこれを含めて2冊しか出ていないのですが、そのうちの1冊の出来が非常に良かったのは幸いでした。(*なお、もう1冊はソフトバンクから出たもので、こちらにはあの河内和泉さんが執筆していますが、彼女以外は質が壊滅的で、ひどく出来の悪いアンソロジーになってしまっていました)。

 そして、この「Lの季節」を最初の一作として、これ以後に出版される「プレミアムストーリーズ」も、最初の頃は安定して質が高く、どれも読めるアンソロジーに仕上がっており、その毎回の良作ぶりは見るべきものがありました。そこまで質を高く維持できたのは、ひとつには当時のエニックスの作家がおしなべて実力が高く、しかも掲載作品数を絞って優秀な作家を厳選したこと、そしてもうひとつは、企画者である編集者の、対象となるゲームに対する思い入れの強さにあったと思います。この「Lの季節」はその最たるもので、本来ならばマイナーでアンソロジーが企画され難い原作ゲームに対して、最初からひどく積極的に働きかけ、非常に早い時期にアンソロジー化したのです。これは、人気のあるゲームを選んで出すという、普通のゲームアンソロジーとはまったく異なるコンセプトであり、そのこだわりのアンソロジー制作姿勢は大いに褒められるべきでしょう。

 しかし、そんな「プレミアムストーリーズ」も、あのエニックスお家騒動後は質が大幅に転落し、選ぶゲームにもこだわりがなくなってしまい、ごく普通のゲームアンソロジーになってしまいました。そして、そのままいつの間にか立ち消えになってしまいます。今思えば、この「プレミアムストーリーズ」は、エニックスのあの時期だからこそ出せた良作シリーズだったと、実に懐かしく思い出してしまうのです。

箱田真紀


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