<春期限定いちごタルト事件>

2007・2・29

 「春期限定いちごタルト事件」は、Gファンタジーで2007年5月号より開始された連載で、1回のシリーズが数カ月置きに掲載される、不定期連載の形式を採っています。同名のライトミステリー小説を原作に持ち、そこに収録されているエピソードをひとつずつ掲載するという形になっています。作者は、原作が米澤穂信、作画を饅頭屋餡子が担当しています。

 原作の小説もかなり評価が高く、新鋭の作家によるライトミステリということで定評を得ているようですが、それをコミック化したこの作品も、丁寧に原作の雰囲気を再現しており、手堅い良作の印象を受けます。作画の饅頭屋餡子さんは、これ以前はスクエニのアンソロジーでたまに名前を見かける程度で、ほぼ完全な新人だと思われますが、それでもこの作品の作画は非常にこなれています。シンプルでひどくすっきりした絵柄で、さほど人目を引くものではないのは残念ですが、それでいてほどよく洗練された作画で、キャラクターの描写にも繊細さと奥深さが感じられ、実に好印象が持てます。

 しかも、この作画は、エニックスのマンガに特有の中性的な作画となっており、その点で今のGファンタジーでは貴重です。最近のGファンタジーでは、以前よりも女性向けの誌面になっているのか、女性に人気を得られるような作画のマンガが多く、この点で少々不満なのですが、この作品は違いました。読者を問わず誰もが抵抗なく受け入れられるくせの少ない作画で、非常に好感が持てます。

 加えて、このマンガは、Gファンタジーが2007年前期に行った新連載攻勢のひとつであり、その中でもほぼ唯一の成功作という点でも貴重です。この新連載攻勢は、そのほとんどが短期で終了するシリーズ連載であり、一部に良作は見られたものの、ことごとく数カ月の連載期間で終了してしまい、雑誌のラインナップに貢献することが出来ませんでした。しかし、この「春期限定いちごタルト事件」は、不定期連載で数カ月に1回の登場ながら、毎回堅実な内容で見せてくれる良作となっており、唯一雑誌に定着することが出来たようです。


・「春期限定いちごタルト事件」とは。
 このマンガの原作は、同名のミステリ小説で、近年登場した新鋭の作家として知られる、米澤穂信の代表作として知られています。発売は2004年。「小鳩君」と「小佐内さん」という、ふたりの高校一年生を主人公にしたミステリー小説で、日常のちょっとした事件を扱うライト感覚の作品ではあるけれども、本格的な推理も楽しめる秀作として知られています。
 このふたりの主人公は、探偵にでもなれるほどの推理の能力を持ちながら、なぜかその能力を隠し、ひたすら「小市民」であることに努めて日々を平穏に暮らそうとします。その、小市民たらんとする不可思議な努力の理由や、その目標に向けて互恵関係(協力関係)にあるふたりの主人公の微妙な関係など、推理要素以外にも見る点が多く、連作短編形式ながら少しずつ進んでいくストーリーにも惹かれるものがあります。

 なお、この小説のタイトル「春期限定いちごタルト事件」とは、作中で小佐内さんが大好きな、「『アリス』という洋菓子店で売られている『春期限定いちごタルト』」のことを指しており、別にいちごタルトにまつわる事件というわけではありません。つまり、この作品のタイトルは「春期限定・いちごタルト事件」ではなく、「春期限定いちごタルト・事件」なのです。これは、作者が意図的にミスリードの効果を狙った可能性の高い、ウイットに富んだタイトルです。

 そして、そのコミック版が、Gファンタジーにおいて不定期連載されることになりました。原作は、小さな5つのエピソードから成立していますが、そのひとつひとつの小編が、Gファンタジーで数カ月置きに掲載されています。これは、原作自体、さほどの分量のない小説ですので、毎号連載ですぐ終わらせるよりは、ある程度連載を伸ばそうという意図もあると思われます。また、原作小説の方が、すでに続編が出ており、今後も続編が予定されていることから、それとの歩調を合わせようと考えているのかもしれません。個人的には、数カ月置きという非常なスローペースでしか読めないのは少々残念であり、マンガの出来がいいだけに毎号の連載にしてほしいとも思っているのですが、それは難しいのかもしれません。

 コミックス(単行本)では、これまでに不定期連載された3つの小編「羊の着ぐるみ」「For your eyes only」「おいしいココアの溶き方」の3つを合わせて「前編」として第一巻が刊行されました。今度、原作の残り2つの小編も雑誌に掲載予定であり、そちらは「後編」としてコミックスにまとまる予定となっています。


・原作小説のイメージ・雰囲気を忠実に再現。
 肝心の内容についてですが、一見して派手さはないものの、非常に堅実に原作を再現していると見てよいでしょう。キャラクターの持つイメージや、作中に流れる微妙な雰囲気の空気、そして肝心要の推理・トリックの描写など、どれをとっても丁寧な作画で丹念に描いています。新人の作家とはいえ、絵も構成も卒なくまとまっており、一個の作品として完成されてます。

 まず、キャラクターの再現力が素晴らしいですね。特に、主人公の小鳩くんと小佐内さん、このふたりは本当によく描けています。小説ではイメージの掴みにくかったふたりですが、このマンガ版においては、ほどよくバランスの取れた絵で一個の個性を持った存在となっています。特に小佐内さんの方は、原作の方ではいまいちイメージが不明瞭だったと思うのですが、このコミック版では素晴らしく魅力的なキャラクターとなっており(後述)、このコミック版ならではの特長のひとつとなっています。それ以外のキャラクターでは、小鳩くんの友人である健吾が、高校生にしては必要以上におっさんに描かれていますが(笑)、イメージのギャップが気になるのはこのくらいでしょうか(これは、作者のコミックス後書きでもコメントされているようです)。総じてどのキャラクターも、かわいらしくバランスの取れた絵柄でよくその人となりを再現しています。

 そして、この小説では特有の要素である、独特な人間関係から来る微妙な空気、それもよく描いています。
 主人公の小鳩くん(小鳩常悟朗)と小佐内さん(小佐内ゆき)は、どちらも目立たずつつましく「小市民」として生きるという、ちょっと不可解な目標を立てており、その目標に向かって常に協力し、共に行動しています。作中の表現では、「恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある」となっており、そんな恋人でもなく、素直な友人関係とも言い切れない、極めて特異な関係、その交流における微妙な空気や距離感、それを逐一よく描いています。特に、主人公の小鳩くんが見せる微妙な表情やリアクションに、それがよく表れています。対して小佐内さんの方は、その神出鬼没で不可解な行動パターンも面白い。そんな行動で小鳩くんを翻弄する様子がよく描かれ、これが普通の学園ものとは一歩異なる独特のコメディシーンを生んでいます。


・扱う事件はほんの小さなものだが、推理は本格的。
 そして、ミステリーものとして肝心要の推理・謎解きの描写もよく描けています。
 この作品で扱う事件は、日常で起こる非常に小さな事件か、あるいは事件とさえも言えないようなちょっとした謎や疑問点でしかありません。しかし、そこで扱われる推理・謎解き要素は本格的なものが多く、ライト感覚の作品とはいえ、推理要素も十分な分量で楽しめるようになっている点が、高く評価されています。

 そして、このコミック版においては、その推理シーンが丁寧なビジュアルで描写されるようになり、謎解きの分かりやすさが一気に向上しました。これは、コミック化したことの最大の長所のひとつであるといえ、原作よりも格段に推理の行程が理解しやすくなりました。例えば、コミックス1巻収録のエピソード「For your eyes only」は、美術部の卒業生が残していった絵画の謎を追う話になっていますが、マンガではその絵画が何度でもビジュアルで登場するため、謎解きのイメージが非常にやりやすくなっています。

 しかし、そんな推理描写の中でも極めつけは、コミックス1巻のエピソードのうち最後に収録されている「おいしいココアの溶き方」でしょう。これは、原作でもその謎解きの出来が非常に良かった小編で、「カップ3つだけで3人分のココアをどうやってブレンドできるか」という、非常に些細な出来事ながら、いざ考えるとひどく頭を悩ませてしまうような問題に対して、主人公たちが様々に論理的な推理を巡らせる謎解きが大変面白く書けていました。
 そしてコミック版においては、この「カップにミルクやココアパウダーを注ぐやり方」が、ひとつひとつかわいい絵柄で丁寧に再現され、格段に分かりやすくなっています。原作小説では、もちろん挿絵などは一切ないため、自分で頭の中でカップの姿を想像して推理するよりありませんでした。しかし、コミック版では、そのカップがビジュアルではっきり表示されているため、推理が分かりやすく、明快で、かつ楽しく行うことが出来るようになったのです。実際、この「おいしいココアの溶き方」のトリックは、この作品中でも傑作中の傑作であり、最後に真相が明かされた時には、あまりの意外性と、それでいて十分納得できる結論で、思わずひざを叩いてしまいました。

 さて、その「カップ3つだけで3人分のココアをブレンドする方法」なのですが、これは実際にコミックス(か原作小説)を買って確認してみることをおすすめします。ちなみに、ここでの右(→)の画像での推理は、残念ながら間違っています(この方法だと、カップの三分の二しかココアが入らない)。


・この絵柄が最高に素晴らしい。
 そして、このコミック版のもうひとつの、あるいは最大の魅力は、なんといっても絵柄そのものに尽きます。饅頭屋餡子さんによる作画は、単に原作のイメージを忠実に再現しているだけでなく、絵柄そのものも実に魅力的なものに仕上がっていました。

 とにかく、この中性的な絵柄は素晴らしいの一言に尽きます。かつてのエニックスのマンガでは最大の特長であった、読者を問わず抵抗なく楽しめるような絵柄、それをまさにストレートに体現しています。くせの少ないシンプルな作画で、キャラクターも実にかわいらしい。それでいて、その内面もきっちり見せるうまさも垣間見られ、実に洗練されています。

 そして、この絵柄が、原作のキャラクターの魅力をさらに引き出していることは言うまでもありません。原作では、どちらも判然としたイメージが分からなかった主人公ふたりなのですが、このコミック版では、ある程度作画担当者による独自の解釈が入っているとは思いますが、それでも原作読者にも十分満足できるような魅力的な個性を生み出しています。特に、このコミック版での小佐内さんは、実にとんでもない萌えキャラクターと化しており(笑)、原作をもはるかに凌ぐ(かもしれない)素晴らしいキャラクターとなっています。このかわいいビジュアルで、いちごタルトなどの甘いスイーツをこよなく愛する可愛らしさをもちながら、一方で気配を殺して神出鬼没で抜け目のないめざとい性格がなんとも言えません。冒頭の小鳩くんの夢の中で見せる、さらりと黒いセリフもなんとも言えません(これは原作にはない)。

 そして、このような作画は、Gファンタジーの作品では本当に貴重なものとなっています。今のGファンタジーは、かつてより女性向けの要素がさらに強くなってしまったのか、女性のマニア読者が好むような耽美系の雰囲気を持つ作品も増えているように思えます。かつてのGファンタジーにも、ある程度その要素はありましたが、今の誌面は少々そのようなマンガが増えすぎている感があり、少々不安を感じています。そんな中で、この「春期限定限定いちごタルト事件」は、男女問わず誰もが楽しめる作品のひとつとして、とても優秀なものがあると思えるのです。


・2007年新連載の隠れた良作。続編にも期待。
 以上のように、この「春期限定いちごタルト事件」、不定期連載で雑誌の掲載頻度が低く、一見して派手さのない地味なビジュアルからも、あまり大きくは注目されてはいませんが、それでも実は極めて卒なく描かれた良作であり、新人の作画担当者が実によい仕事をやっている作品であると言えます。2007年のGファンタジーの新連載の中でも、実はかなりの優秀な作品ではないでしょうか。特に、同時期に開始された短期連載が、数カ月の掲載だけで次々と終了する中で、不定期連載とはいえここまで連載を継続できたのは大変な朗報であり、コミックス1巻まで無事たどり着けたのも大いに喜ぶべき成果であると言えます。

 ただ、今後も不定期連載予定で、数カ月に一度しか読めない状態が続くというのは、少々不満かもしれません。とても優秀な連載だと思えるので、できれば毎号連載まで発展してほしいところなのですが、原作がさほどの分量がないところを見ると、まずそれは不可能でしょうか。余力があれば、コミック版オリジナルのエピソードを掲載しても面白いと思いますし、あるいは、この連載の合間に、饅頭屋餡子さんによる別の作品でも読んでみたいところです。

 ただ、この「春期限定いちごタルト事件」の原作は、すでに続編である「夏期限定トロピカルパフェ事件」が出ており、この「春期」のコミック版の出来が上々であることを考えても、その後の「夏期」のコミック化にも大いに期待できます。「春期」の5つの小編すべてを完結させた後に、是非こちらの続編のコミック化にも取り組んでほしい。原作ではさらにストーリーが進んでおり、主人公ふたりの過去の話も少しずつ明かされているようです。この「春期」の段階では、まだまだこのふたりがなぜ「小市民」的な行動を取るようになったのか、その過去の経緯があまり語られておらず、特に小佐内さんについてはまったくと言っていいほど分かっていないのですが、それが「夏期」では少しずつその真相に向かって進んでいるようです。これは大いに楽しみな要素ですね。


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