<黒執事>

2006・12・20
一部改訂・画像追加2008・10・14

 「黒執事」は、Gファンタジーで2006年10月号から開始された連載で、Gファンタジーで久々に登場した期待の新人作品、といった趣きの作品です。作者は新人の枢やな(とぼそやな)
 この枢さん、昨年の同時期より「RustBlaster」と呼ばれる作品で連載デビューしました。しかし、この作品、当初の期待ほどには面白くなく、半年ほどの短期連載で終了し、その後しばらくの間誌面に登場することはありませんでした。同時期のもうひとりの新人・望月淳の「Crimson-Shell」がかなりの人気を得て、同じく半年で終了するも直後に新作の長期連載(「Pandra Hearts」)を開始、これも大きな人気を得たのとは対照的です。同時期の新人作家として、双方で明暗を分けてしまったと言えます。

 しかし、「RustBlaster」の終了後約半年を経て、第二作であるこの「黒執事」を開始します。これは、少々平凡な作風だった前作とは異なり、実に尖った面白さを持っており、当初からかなり読者人気が高く、スタートダッシュに成功します。元々は短期連載で様子見の予定だったようですが、この人気を受けてめでたく長期連載化が決定します。

 内容的には、昨今オタク系女子の間で人気の(?)「執事」を主人公に据えたマンガで、絵的にも耽美系の女性向けと言えるもので、スクエニ系でも女性向け要素の強いGファンタジーの誌面のイメージに近い作風であると言えます。しかし、内容的には、必ずしも女性に向けただけのストーリーにはなっておらず、むしろ(いい意味で)バカバカしい展開も見せる、実に個性的で尖った面白さを持つ作品になっています。


・「RustBlaster」から「黒執事」への流れ。
 さて、この「黒執事」の前に連載された、作者のデビュー作である「RustBlaster」とはどんなマンガだったのか。

 これは、少年たちが主人公の「ファンタジー学園もの」といった内容で、主人公たちがみなヴァンパイアであるという「吸血鬼もの」でもありました。そして、耽美的な画風で節々ににBL(ボーイズラブ)的な要素も垣間見える作品であったことが特徴的です。これは、元々女性読者が多く、かつて少女マンガ誌であった「ステンシル」からの移籍作品も多いGファンタジーの誌面には合っていたとも言えますが、それ以上に多くの読者に抵抗があったことも事実です。いくら女性寄りの誌面であるとはいえ、「ぱにぽに」や「To Heart2」のような男性に人気のある連載もあり、女性読者でも露骨なBLには抵抗を感じる読者は多く、Gファンタジーではあまり多くの読者に一般受けしない作風であったと思います。同時期の新連載であった「Crimson-Shell」が、その中性的な作風で人気を得たのとは対照的でした。
 また、BL要素以前の問題として、そもそも作品の内容も、おしなべて平凡であまり面白さが感じられませんでした。ファンタジーで学園ものと、Gファンタジーでは(あるいはスクエニでは)ありがちなジャンルであるとも言え、ストーリー的にも平凡で見るべきところは少ないものでした。そのため、連載当初から、(一部のBL好きの女性読者は例外として)さして話題を呼ぶことなく、半年ほどの短期連載で終了してしまいました。

 しかし、その終了からしばらく置いて、この「黒執事」が始まります。こちらは、絵から受ける耽美的なイメージはさほど変わりませんが、内容的にはBL色があまり感じられなく、さらには設定やストーリーも最初から相当に捻った個性的なものになっており、必ずしも(女性向けの萌え作品としての)典型的な「執事もの」にはなっていませんでした。これは、前作「RustBlaster」が受けなかった反省から、それとは異なる作風で作られたとも推測できるもので、そしてこの作風の転換は見事に功を奏した感があります。これで、Gファンタジーの読者に幅広く読まれる連載になり、かつ雑誌外にも幅広く大きな人気を獲得する非常に大きな成功作品となりました。


・有能すぎる執事のありえない活躍ぶりが笑える。
 まず、このマンガの面白いのは、見た目の美麗な絵柄とは裏腹に、とにかく(いい意味で)バカバカしい展開やコメディがふんだんに採り入れられていることでしょう。
 イギリスの名家であるファントムハイヴ家の御曹司・シエルに仕える執事・セバスチャンの、ありえないほどの超人的な活躍ぶりを描く、というのがその内容で、そのありえないようなバカバカしい超人的な活躍が最高に笑えるマンガになっています。実は、執事をネタにしたギャグ自体はさほど珍しいものではなく、むしろひとつの定番とも言えるかもしれませんが、それをここまで徹底的にやられるとやはり面白い。

 設定的には、執事が実際に存在していた19世紀イギリスの貴族の屋敷が舞台で、執事以外にも家令(ハウススチュワード)や庭師(ガードナー)、料理人(シェフ)、家女中(ハウスメイド)など、実際にあるべき当時の使用人たちも登場し、かつ執事の日々の有能な仕事ぶり、特に料理やデザート作りへの造詣の深さの描写が見られるなど、かなりまじめに執事を描いている点もあります。しかし、そのようなまじめな設定で、かつシリアスで美麗な絵柄で描かれた執事が、あまりにもバカバカしい非現実的な活躍を繰り広げるというギャップが面白い。連載第1回目から、そのようなギャグが冴え渡っており、これは作者の前作よりもかなり面白いな、と感じさせるもので、スタートダッシュとしては十分な面白さを見せてくれました。

 そして、その後の連載でも、黒執事の異様な有能ぶりや、あるいは黒執事に並んで登場する妙な個性派キャラクターの笑える言動を、ギャグ仕立てにしたエピソードがふんだんに見られ、それがこのマンガを実に個性的な作品に昇華しています。黒執事の決めゼリフ(?)である、「ファントムハイヴ家の執事たる者 この程度の事が出来なくてどうします?」「あくまで(悪魔で)執事ですから」も、毎回出てくるたびに笑えるセリフとなっており、このマンガの本質をよく捉えています。表紙などを見ると、一見して美麗で耽美的なマンガの印象を受けるのですが、決してそれだけの作品ではありません。実は誰もが気楽に笑って楽しめる懐の広さが、このマンガにはあります。


・シリアスなストーリーも重厚で読ませる。
 しかし、このマンガは、そのような執事の(いい意味で)バカバカしさを感じる笑える活躍を描く側面だけでなく、一方でシリアスなストーリーにも大いに力が入っているのがポイントです。
 やはり、「執事をネタにしたコメディ」というだけでは、これまでにも同類の作品がありますし、確かに面白いことは面白いが、それを繰り返すだけではいずれマンネリにもなるだろうと思っていました。しかし、連載開始してしばらくして、実は意外にもかなり本格的な設定・ストーリーが登場し、一気に盛り上がってきました。

 主人公の執事が仕えるファントムハイヴ家は、表向きは大手玩具メーカーを経営し、主人のシエルもそこの社長業を営んでいるのですが、実は裏ではイギリス政府(女王陛下)のために汚れ仕事を手がける「悪の貴族」であり、イギリスに害をなそうとする不逞の輩、とりわけ麻薬を持ち込もうとするマフィアを退治する役目を負っています。そして、そのマフィアにシエルがさらわれ、黒執事・セバスチャンがその超常的な能力で救出に向かうという、非常に興味深い展開が、連載第3話という極めて早い時期に登場します。

 そして、この話が実に面白いものでした。黒執事は、単に執事としての能力がすごいだけでなく、なぜか異常な身体能力・戦闘能力まで持ち合わせており(その理由はのちに判明しますが)、その凄まじくもありえないバカバカしさを見せる戦闘ぶりが非常に笑える一方で、黒執事・セバスチャンとその主人シエルとの間に交わされた凄絶な盟約と、その契機となった過去の忌まわしい出来事の一端が語られ、実は根底に非常に重い設定があることが判明します。単なる主人と執事という関係ではなく、主人は幼いながらに汚れ仕事を請け負う重責を持ち、執事はそれを強力な盟約の下に日々サポートするという、その重厚な設定は、このマンガを単なる「執事マンガ」に留まらない地に足の着いた作品に仕上げています。

 これ以降も、シリアスなストーリーが要所要所で見られますが、中でも、シエルの叔母にあたるアンジェリーナ・ダレス(マダム・レッド)にまつわるエピソードは、彼女自身の悲しい過去が明るみに出るだけでなく、それがシエルの忌まわしい過去の出来事とも繋がっており、実に読み応えのある優れたエピソードになっていたと思います。


・担当編集者・熊剛の辣腕ぶりも見逃せない(笑)。
 このように、このマンガは、コメディとシリアスの双方で読ませる優れた作品な作品に仕上がっています。外見だけなら耽美的なビジュアルの作品に見えて、実際に画力も非常に見るべきものがありますが、肝心の中身はひどく笑えるコメディ・ギャグがふんだんに盛り込まれており、一方でその裏では実は非常に重い設定・ストーリーもあるという、実に独特のテイストを持つ作品になっています。これほど個性的な作品へと昇華していったのは、ひとつには作者である枢やなさんの力によるところが大きいのですが、それに加えて、このマンガの担当編集者である熊剛(くまたけし)によるところもかなりあると推測しています。

 この熊剛という人は、Gファンタジーで知る人ぞ知る名物編集者で、なんでも本当に熊みたいな外見をしているらしいのですが(笑)、実は彼の手がける連載には良作が多く、その有能な仕事ぶりが光る編集者となっています。この「黒執事」でも、作品の持ち上げ方に光るものがあり、このマンガ独特の雰囲気作りに大きく貢献しているような気がします。

 そもそも、この「黒執事」というタイトル自体、この熊剛によるものです。このタイトルは、短く簡潔にして作品のイメージをこれ以上ないほどよく伝える、実に優れたものだと思いますが、これを見事に作りだした功績は大きい。このタイトルでなければ、ここまで注目を集めることはなかったでしょう。もっとも、最初に彼が持ち寄ってきたタイトル候補は、「執事=奴隷のようなもの」「執事に堕ちぶれて」「蟲ケラ執事」「汚れ執事」「破滅執事」「御執事様」など、どれも凄まじいものだったらしいのですが(笑)、最終的に「黒執事」というベストなタイトルを編み出したのだから、これには文句の付けようがありません。

 さらには、コミックスの帯や雑誌の柱に見られるあおり文もやたら面白い。特に、コミックス帯の最下段に書かれた一連の文句は、どれも非常に笑えるセンスに溢れたもので、「その執事、有能・万能・異能・最強・最高!」(1巻)、「その執事、完全無欠品行方正時々腹黒」(2巻)、「その執事、眉目秀麗 博学多才 残虐非道」(3巻)など、思わず笑える文句ながら黒執事の本質をもよく捉えたウィットに富んだテキストになっていると思います。アニメ化の時の告知文である「その執事、総天然色 動作流麗 毎週放送」というのも、大いに笑える文句になっています。

 そして、こういった辣腕編集者の面白いアシストによって、この「黒執事」の軽妙なコメディ調の面白さ、それが読者にも直に伝わるものになっていると思うのです。この熊剛の仕事ぶりは実に侮れません。


・女性人気だけでない、侮れない面白さを持つ快作。
 さて、以上のように、この「黒執事」、コメディとシリアスの両面がバランスよく織り交ぜられ、さらには優れたビジュアルを見せる画力も申し分なく、実に様々な点が光る優れた作品になっています。作者の前作と比べても、見違えるほどオリジナリティの高い個性的な作品となっており、これならばヒットするのも分かるというものです。

 もちろん、ヒットの大きな理由が、「執事」という女性マニア層に人気の高いモチーフと、その美形的なビジュアルを高いレベルで再現した絵柄のうまさにもあることは事実でしょう。しかし、このマンガの場合、決してそのような女性人気だけにとどまる作品ではなく、その独特の面白さは高く評価されるべきではないかと考えます。ある意味では、実にスクエニ的(エニックス的)な、つまり他の出版社の雑誌ではあまり見かけないような、ここならではの独創的な作品になっていると思います。

 かつて、作者の前作「RustBlaster」は、さほど人気を得ることなく終了し、同時期の望月淳による短期連載「Crimson-Shell」が成功を収めたのとは、全く対照的な存在となってしまいました。その後、望月さんの方が、好評を受けてすぐに次回作である「Pandora Hearts」を連載開始した一方で、枢さんの方はしばらく連載がなく、このまま立ち消えになってしまうのかとも思っていたのです。しかし、遅れて登場したこの「黒執事」が見事に成功し、言わば敗者復活のような形で、ついに雑誌の連載陣に加わることに成功し、しかも雑誌の中でも圧倒的大人気の看板作品にまで成長しました。これは、雑誌にとっては予想以上の成果であり、名実共に今のGファンタジーを支える最大の作品になったことは間違いありません。

 ところで、かつて同じGファンタジーで、同じく非常に高い女性人気を得た作品として、あの「最遊記」があります。ここ最近、この「最遊記」と「黒執事」を比較するような話があり、どちらの方が面白いかといった話も聞かれるようなのですが、わたしとしては、このふたつは大いに方向性が異なる作品で、単純に比較してもあまり意味はないと考えます。
 「最遊記」は、一部に笑えるコメディ的なシーンはあるものの、基本的にはシリアスなストーリーが中心の作品でしょう。キャラクターたちの真剣な掘り下げを中心にした、真面目な作風だと思います。対して、この「黒執事」は、バカバカしいノリのコメディ色がかなり強く出ている、いい意味で不真面目な作風であり(笑)、これはこれで軽妙で実に面白い作品に仕上がっているのです。こちらも十分な面白さを持つ作品だと思いますし、「女性に人気がある」という共通点だけで、安易に優劣を比較するべきではないでしょう。

 現在、この作品は連載開始当時からの圧倒的な人気を得て、スクエニ作品ではかなり早い段階でテレビアニメ化を達成しました。少々早すぎる気もしなくもないですが、アニメはアニメでかなりの話題と人気を得ているようで、かつこの作品の場合、アニメの放映にかかわらず原作のペースにさほど変化がなく、あまり影響を受けずにマイペースで連載を重ねているように見えるのが安心できます。これならば、素直にアニメ化を歓迎できますし、アニメが一旦終了しても、原作はそのまま長く連載を続けることができるのではないか。まだまだ今後の発展に素直に期待できそうです。


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