<隠の王>

2005・2・27
一部改訂・画像追加2006・10・29
全面的に改訂・画像追加2008・10・6

 「隠の王(なばりのおう)」は、Gファンタジーで2004年6月号から開始された連載で、長らく連載を重ね、今のGファンタジーでは非常に人気のある看板作品のひとつとなっています。テレビアニメ化も無事に果たし、コミックスも10巻に迫りながら、まだまだストーリーの勢いは衰えていないように思われます。

 作者は、鎌谷悠希(旧名:釜谷悠希)。この連載を始める前から、同誌で精力的に読み切り作品を掲載し続けており、長らく実力を蓄えた後、満を持して連載を獲得する流れとなりました。読み切り時代から、その実力には非凡なものが感じられましたが、初連載となったこの「隠の王」では、読み切り時代からさらに一皮向けた印象で、絵的にも内容的にもまったく申し分のない作品となりました。

 タイトルの「隠(なばり)」とは、忍び(忍者)の世界を表した言葉であり、その通り現代に生きる忍びたちの葛藤を描く物語になっています。主人公となる中学生・六条壬晴(みはる)が手に入れてしまった禁忌の力を巡り、対立する忍びの一派たちが闘い、あるいは協力し合い、禁忌の力を巡る駆け引きが繰り広げられますが、このとき主人公の味方となる一派だけでなく、対立するいわば敵側の忍びたちも丹念に描かれているのが最大のポイントです。そのため、ひとりひとりのキャラクターが重厚なドラマを見せる、優れた群像劇となりました。主人公である壬晴もまた、敵側に属する忍びの少年である宵風(よいて)に共感し、味方となる一派を抜けて敵側に所属するなど、思いもよらぬ行動を見せます。

 女性読者の多いGファンタジーの連載で、かつその絵柄やキャラクターの造形から、女性に対する人気の高い作品でもありますが、実際には誰にでも薦められる非常に重厚な物語となっており、今のGファンタジーの中でも屈指の作品となっていることは間違いありません。しかも、巻を重ねるにつれて飛躍的に盛り上がる展開を迎え、特に主要なキャラクターが一堂に集うコミックス7巻、及び主人公とその大切な存在となった壬晴と宵風の行動を丹念に描く9巻などは、まさに珠玉とも言える優れたエピソードとなっています。


・読み切りから格段に向上した絵のレベル。
 上記の通り、かつて鎌谷さんは、このマンガの連載以前に、多数の読み切りをGファンタジーにコンスタントに掲載していました。当時は「釜谷」というペンネームでしたが、その精力的な執筆活動は、Gファンタジーの新人の中でも特に目立つものがあったと記憶しています。これらの読み切りは、のちに短編集「リベラメンテ」として一冊のコミックスにまとまっています。

 彼女の描いていた読み切りは、少年マンガ的なアクティブな活動を見せる物語もあり、一方で叙情的で少女マンガ的な雰囲気を持つ穏やかな作品もあり、舞台もファンタジーだったり現代日本だったりと多岐に渡っており、実にバラエティに富んだ世界を見せてくれました。中でも、個人的に気に入っているのが、「Lamp Shade」という作品。田舎に越してきた主人公の少女が、行燈(あんどん)作りの職人の青年の下に通うようになり、その独特の感性に惹かれていくという、優しく叙情的な雰囲気を持つ話になっていました。また、「宿宮司」という作品は、「隠の王」の元となったと言えるもので、自身の心の中に「魄魅」という妖(あやかし)のような存在を宿らせることが出来る少年宮司の活躍を描く物語でした。この「心の中に人外の存在を宿らせる」という設定が、「隠の王」で主人公に宿る「森羅万象」の原案になっています。ストーリーやそれ以外の設定はまったく異なる話ですが、こうした設定の一部が連載に生かされていると言う点は、中々に興味深いと言えるでしょう。

 ただ、この読み切り時代の作品は、絵的にやや今ひとつのところがあり、特に初期の頃は既存の作家の影響を強く受けたところが目立ち、オリジナリティの点で今ひとつでした。具体的には、ジャンプ系作家である鈴木央(すずきなかば)の影響が強く、それに近い絵柄を顕著に感じさせ、かつ全体的に雑多な描き込みが過ぎてやや読みづらい印象も与えていました。
 しかし、それは読み切りを重ねるにつれて次第に改善されていき、そしてその後の初連載作品となった「隠の王」では、もはや既存の作家の影響は完全に一掃され、作者独自の絵柄が完成された感があります。その上で、絵の描き方がシンプルですっきりしたものになっており、実に読みやすく洗練されたものに進化しました。背景の描き込みがシンプルになり、見やすい画面になったことで、キャラクターの存在感も増しています。


・壬晴と宵風の邂逅が物語の中心。
 さて、この「隠の王」の内容に移ります。

 主人公の壬晴は、何事にも無関心の中学生だったのですが、そんな彼の内部に「森羅万象」なる禁忌の力が宿り、それを狙って忍びの一派たちが襲ってくるようになります。また、森羅万象自体も何らかの意思を持っており、壬晴の意思を無視して暴走を試みるなど、非常に危険な状態に陥ります。
 壬晴が通う中学校の教師・帷(とばり)は、萬天という一派に属する忍びで、壬晴を護り、森羅万象の力を誰にも悪用させないよう封印することを考え、そのために壬晴にも忍術を学ぶように提言します。同級生で同じく忍びの虹一(こういち)や、風魔の里からやってきた侍の少女・雷鳴(らいめい)も、壬晴に行動を促します。最初のうちは無関心ゆえにこばんでいた壬晴ですが、やがて少しずつ心を開き忍術も学ぶようになります。が、そんな彼にとって大きな出来事となるのが、敵側の忍びの一派・灰狼衆(かいろうしゅう)に属する宵風という少年でした。

 宵風は、かつて生来の特殊な体質が原因で過酷な目に遭い、命を失いかけたところを灰狼衆に拾われ、「気羅」という禁術の使い手にさせられます。それは、自らの命を敵に打ち込む強力無比な能力でしたが、使うたびに使用者の命を削り、五感を失い着実に死へと近づいていく過酷なものでした。そんな宵風は、自らの存在意義や生への意識が希薄で、そんな能力も無造作に使ってしまうのです。しかし、壬晴の森羅万象に相手の記憶をかき消す力があることを知り、「自らの存在を抹消」を願って敵である壬晴に接近してきます。

 壬晴の方も、自らの消去を望む宵風に自分がかつて抱えていたのと同じ寂しさを感じ、同情して宵風を救いたいと願い、ついには萬天を抜け、宵風と共に 灰狼衆の方へと合流するまでになります。最初のうちは、敵対するもの同士として、ぎこちない付き合いだったこのふたりが、互いに相手のことを知ることで次第次第に打ち解けていき、ついには互いの心を知り合い、深い絆を深めていく。そのふたりの心理の微細な変遷が、長い連載を通して何度も緻密に描写されており、このマンガで最大の見所となっています。


 中でも、コミックス第9巻において、最後にふたりが灰狼衆を抜け、逃避行の旅の中でさらにふたりの心の絆が深まっていく様子は、実に感極まった描写に満ちた名シーンが続く、この物語でも最大のクライマックスのひとつとなっています。


・個性的なキャラクターひとりひとりに焦点が当たる、卓越した群像劇。
 しかし、このマンガの見所は、決して壬晴と宵風ふたりだけではありません。「森羅万象」を巡って、あるときは対立し、またあるときは接近する、忍びの各派閥に属するひとりひとりのキャラクターたち、彼らに焦点が当たる重厚なストーリーも見逃せません。

 彼らは、森羅万象に対する思いも様々で、あるいは各キャラクター間で個人的な葛藤や信頼の事情を持ち、たとえ同じ一派に属していたとしても、決して一枚板の存在ではありません。主人公の壬晴が宵風に引かれて灰狼衆に入ったのがその最たるものとも言えますし、他にもそのような内部での葛藤・対立や、あるいは異なる一派の間での意外な信頼関係など、実に様々な人間模様を見せてくれます。

 中でも、物語の前半で大きく語られたのが、萬天にやってきた清水家の侍・雷鳴と、その兄で現在灰狼衆に所属する雷光が織り成すエピソードです。かつて、この兄妹は、ある事件をきっかけに袂を分かち、現在では異なる一派に属しています。雷鳴の方は、一方的に雷光を敵視しているのですが、それはかつて雷光が事件の真相を黙して語らずに去ったという事情がありました。闘いを通じて、そのことが次第に明るみに出る中、最後には分かり合える接点を見つけ、ついにふたりの闘いは終結しますが、その後も同じ派に属することはなく、互いを認め合いつつ再び別れていきます。このふたりのエピソードには、雷光に心酔する付き人の少年・俄雨との関係も絡み合い、非常に深い話になっていました。


 そして、このように各キャラクターに優れたエピソードが続いていきますが、その集大成と言えるのが、コミックス6巻後半〜7巻において語られる甲賀の本拠地「アルヤ学院」でのエピソードです。萬天・灰狼衆・風魔に加え、新たに登場した勢力・甲賀の忍びたちが一同に介し、禁術を巡って様々な駆け引きを繰り広げるこの話は、各キャラクターそれぞれに見所が用意された卓越したエピソードとなっており、実に面白いものがありました。中でも、ここでその異様な活躍が凄まじい印象を残した、虹一の存在は見逃せません。これまでは今ひとつ影の薄かった(笑)、この萬天の忍びが見せたその残虐性と不死身性は、あまりにも鮮烈なものがありました。

 そして、この物語で最後に見せる、アルヤ学院長シリウス・ハシバの最期も見逃せません。彼は、学院すべての生徒に愛されるような優しい人徳者でしたが、しかし不死身の病に冒されており、かつ学内で対立する教師に、自分が所有する禁術書を狙われ窮地に陥りますが、最後には生徒たちの手で救われ、穏やかな死に様を見せることになります。忍者の養成学校という、厳しい環境の学長でありながらも、生徒たちにそれ以上の愛を持って接した彼の最期は、愛する大勢の生徒たちの眼差しに見送られた、これ以上ないほど穏やかで美しい最期でした。この珠玉のエピソードのラストを飾るにふさわしい名シーンだったと言えます。これまでも実に優秀だったこの作品ですが、この7巻のエピソードは、一気に名作の域にまで登りつめるに十分なものがありました。


・壬晴と宵風、このふたりの絆が最高に達する逃避行も素晴らしい。
 このように、7巻で一気に最高潮に達した感もあるこの作品ですが、その後に訪れる9巻のエピソードが、これもまた素晴らしいものになっていました。これは、先ほども触れたように、灰狼衆を抜けた壬晴と宵風の逃避行を描くもので、もはや宵風の命が尽きようかという間際の、最後の絆の深さを見せてくれます。次第に弱っていく彼をいたわりつつ進む壬晴と、完全に壬晴を信頼出来るまでになった宵風は、ヒッチハイクしたトラックの荷台で、お互いの心情をすべて吐露します。その時運転席から聞こえてきた歌(「遠き山に日は落ちて」)で、ふたりの心が完全に重なり、互いに笑いあうそのシーンは、その美しい広々とした叙情的な光景とあいまって、実に感極まる珠玉の名シーンとなっていたと思います。7巻で一度最高潮を迎えたこの作品で、今一度、それをも上回るようなシーンが見られるとは思いませんでした。

 そして、もうひとつ、この9巻でクローズアップされるキャラクターとして、雪見の存在が挙げられます。彼は、灰狼衆に所属する忍びで、首領の命に忠実に精力的に任務をこなし、表の世界でもフリーライターの仕事を卒なくこなすなど、垢抜けた大人の男として、もっとも現実的な思考を持つものとして描かれていました。しかし、彼が宵風の世話役を任せられ、共に暮らして彼の面倒を見るようになってから、少しずつ心境に変化が生まれていきます。最初のうちは、異様な姿を持ち積極的な交流も持とうとしない宵風を、半ば距離を置いて見ていましたが、時が経ち共に暮らす生活に慣れ彼の事情を知るにつれ、次第に彼に感情を寄せるようになり、誰よりも彼のことを考えるようになります。

 そして、宵風と壬晴が灰狼衆を離脱した頃、雪見も首領の命を半ば無視する形で単独行動を取るようになり、宵風の出自を求めて心当たりのある町々を巡るようになります。そして、最後の候補となった町で、彼はついに宵風のかつての痕跡を見つけ出し、そこで彼の義理の弟と再会、さらに彼がかつて通っていた海辺の教会へとたどり着き、その中でついに彼の面影を見出すことになるのです。このシーンは、しんと落ち着き穏やかな光が差し込む教会の内部の雰囲気とあいまって、これまた非常に感極まるものとなっており、このコミックス9巻でもうひとつの最高と言えるシーンとなっています。ついにそこにたどり着いた時に見せた、彼の淡々とした表情は、その内部の感情の高まりを強く感じることができると思います。


・Gファンタジーの中でも最高レベルの実力派作品。アニメ化はもう少し待ってほしかったところ。
 以上のように、この「隠の王」、元から実力の高かった作者が最大の力を発揮した、非常にレベルの高い作品となっており、特に巻を重ねてからの盛り上がりには特筆すべきものがあります。連載初期の頃から、確かな面白さを持っていた本作ではありましたが、コミックス7巻で最高潮を迎えて以降は、もはや完全に「名作」の域に達したと見てよいでしょう。Gファンタジーでは、これ以外にも確かな実力を持つ長期連載が何本か見られますが、その中でも純粋にトップレベルにあると見てよいのではないか。ここまでの大胆な成長が見られたのは、当初の期待以上の僥倖でありました。

 そのようなレベルの作品で、読者人気も文句のないものがあったことから、2008年テレビアニメ化を達成したのも必然であったと言えます。アニメ作品はJ.C.STAFFの手によるもので、一定以上のクオリティがあったことも確かですが、しかしまだ原作がクライマックスに達していない段階でのアニメ化であり、原作とは異なるアレンジが加わってしまったのが残念なところです。個々のエピソードや設定に少しずつ微妙な違いがあり、とりわけ、原作で最高潮を迎えた7巻の展開にかなりアレンジが加わっていたことと、重要だと思われるキャラクターが登場しなかったり扱いが低かったりすることがかなりの問題で、そしてそれ以上に最大の問題は、エンディングに至る展開が完全にオリジナルのものとなり、原作9巻以降で見られる壬晴と宵風の関係が完全に変わってしまったことでしょう。これはこれで「もうひとつの物語」としてあるいは評価できるのかもしれませんが、それにしても原作の物語が素直に語られなかったのは極めて残念なことであり、少々アニメ化のタイミングが早かったと思われます。

 最近のスクエニは、アニメ化をひどく積極的に進める傾向にあり、早め早めの相次ぐアニメ化企画が目立ちますが、この作品に関しては、原作の物語を、最低でもクライマックスまで一通り消化してから、満を持してアニメ化を試みてほしかったところです。長期連載のアニメ化として、半年以上の長い期間でじっくりとアニメ化してほしいほどの作品であり、今回のアニメ化は少々もったいなかったと思います。

 とはいえ、原作の方は健在であり、ついに壬晴と宵風との一連の物語が終了した後も、さらに次へ向けての展開に興味深いものがあります。今後も、さらなる優れた展開が期待できると思いますし、連載最後まで見逃せない名作となりそうです。


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