<Pandora Hearts>

2006・11・18

 「Pandora Hearts(パンドラハーツ)」は、2006年6月号より始まったGファンタジーの連載作品です。雑誌では久々の新人による長期連載という点で注目を集めています。作者は新鋭の望月淳

 作者の望月さんは、この連載の直前まで、自身の第一作にあたる「Crimson-Shell」という短期連載を行っていました。これはこれでかなりの力作だったのですが、元から短期のシリーズ連載と決まっていたらしく、わずかに全6回の連載で終了してしまいます。その早過ぎる終了には、多くの読者から残念がる声が聞こえました。

 しかし、その作品の出来が編集部にも評価されたのか、連載終了直後に早々と次回作の連載が、それも今度は長期の連載が決定します。それが、この「Pandora Hearts」ですが、これも力作であった前作を一回り上回る良作であり、この連載を持って、ついに作者の望月さんも完全に雑誌に定着した感がありました。最近のGファンタジーは、どういうわけか新連載が少なくなっており、特に新人の作品が乏しい現状なのですが、そんな中でようやく貴重な新人がひとり現れたと言えます。


・ストーリー作りに全力を投入。
 まず、やはり前作と同様に、ストーリー作りへの作者の全力投入が感じられる内容になっています。
 前作「Crimson-Shell」からして、速いテンポで二転三転するストーリー展開が大きく評価されたのですが、今作でもその方向性は変わっていませんでした。序盤の第一話から展開が速く、主人公が様々な危難に見舞われ、めまぐるしく状況が変化します。1回の連載ページ数が多いことも手伝って、ストーリーの進行状況は非常にスムーズです。Gファンタジーの連載は、どちらかと言えばゆっくりと進む(あるいは中々進まない)マンガの方が多いような気がするのですが、その中でもこのマンガは珍しくストーリーの速さが目立ちます。
 私的には、このようなマニア向け娯楽作品では、なによりもストーリーの面白さを求める人が多く、少しでもテンポが遅い作品は嫌われる傾向にありますし、できれば速すぎるくらいのテンポでストーリーが進む方がよいと思っています。その点では、この作者のストーリー作りは、人々が求める作品ニーズに合っていると言えますし、実際にかなり評判もいいようです。

 肝心のストーリーの内容ですが、中世的な貴族社会を舞台に、主人公である名家の次期当主である少年・オズが、いきなり現れた謎の集団に身に覚えのない罪を宣告され、アビスという異世界に落とされるというものです。落とされた先でチェインという生命体の少女・アリスと出会い、共に脱出して自分たちの存在に掛けられた謎を追うという展開です。もっとも、単行本で一巻しか出ていない序盤では、まだまだ設定の説明とそれに関連したストーリー作りに終始したところもあり(特に第一話・第二話)、本格的に話が進み始めるのはその先ということになりそうです。


・序盤の設定説明は少々詰め込みすぎの感あり。
 そして、その序盤のストーリーに関しては、物語の基本的な設定が矢継ぎ早に示される内容が続き、少々詰め込みすぎの感があります。そのためにとっつきが悪くなっている印象も強く、これは少々問題かもしれません。

 もともと、前作「Crimson-Shell」が、短期連載であることを想定して、序盤から非常に速い段階ですべての設定の説明を済ませ、その後速いテンポでストーリーが進んでいたこともあり、その経験が次回作であるこの作品にまで反映されているような気がします。短期連載で終わるのならば、それでも十分でしょうが、はじめから長期連載予定のこの作品では、ここまで急いで説明を済ませる必要も無かったですし、あるいは多少テンポが落ちてもいいから、分かりやすさを重視した展開にした方が良かったように思います。読者の理解を助けるために、基本的な設定は少しずつ小出しにしつつストーリーを進めていった方が良かったのではないか。

 読者の反応を見ても、やはり序盤の数話(特に第一話・第二話あたり)でかなりひっかかった人が多いようです。四話収録の単行本第一巻では、基本的な設定の説明に終始したところがあり、それ以降から本格的にストーリーを楽しめるようなスタイルなので、そこまでをいかに乗り切るかが鍵でしょうか。


・前作をさらに上回った好感度の高い絵柄。
 そしてもうひとつ、このマンガの素晴らしいのは、その人目を引く絵柄でしょう。いかにもスクエニ的で中性的な絵柄であり、その点が非常に好感度が高い。表紙の絵を見るだけで、何人もの人が単行本を購入したという話を聞きます。別に萌え美少女の表紙というわけでもないのに、それでも人目を引くだけの力があります。Gファンタジーの連載だけあって、女性受けの要素が強いマンガではあるのですが、それ以上に中性的で男女を問わない、かつてのエニックスマンガの特徴を引き継いでいる感があります。

 表紙のようなキャラクターの絵だけではありません。背景も過不足なく描かれており、ゴシック調で白黒のコントラストが効いた世界観がうまく表現されています。ものすごく描きこまれた緻密な絵というわけでもないのですが、それでも肝心なところは細部まで描きこんでいる丁寧な仕事ぶりには好感が持てます。
 さらには、前作ではアクションシーンを中心に、まだまだ技術的にこなれていない雑なシーンがよく見られたのですが、今回はそのあたりが大きく改善されており、すべてのページにおいて安定した作画レベルを確立してきたように思います。まだ前作の連載開始から半年余りしか経過していないはずですが、それでこの上達ぶりにはかなりのものがあります。毎回ページ数も多く、作画にも力が入っており、作者が全力を投入している様子が顕著に窺える内容からも、そのレベルアップの理由が分かります。

 それと、キャラクターや背景の整った絵柄とはまた別に、ギャグシーンでは大きくデフォルメされた絵柄が見られ、それもまたよく出来ているのも大きい。単に綺麗な絵というだけでなく、デフォルメされたシーンもバランスよく描けています。とにかく絵の魅力が光るマンガだと言えるでしょう。


・この萌えレベルの高さは一見の価値あり。
 中でも、キャラクターの萌えレベルの高さは必見です。これもまた中性的なスクエニ(エニックス)マンガ独自の特徴であり、いかにもエニックス系(ガンガン系)らしい作品の象徴となっています。
 これは、単に男性向けの萌え系の美少女に偏ったものではなく、かといって女性向けの耽美系の美形キャラクターに偏ったものでもなく、男女双方が共に楽しめるバランスのよいキャラクターの絵柄です。似たような絵柄は、他の出版社のマンガでもちらほら見られますが、やはりスクエニ(ガンガン系)で最も顕著に見られるもので、その点を指して「これはいかにもガンガン系のマンガだ」といった意見が各所で聞かれました。

 もっとも、このようなマンガは、かつてのガンガン系雑誌では主流であったのですが、かつてお家騒動が起こって以来のスクエニでは、以前よりもやや少なめになり、特にガンガンやGファンタジーではあまり見られなくなりつつあります。今でも残っている例としては、ガンガンの「スパイラル」がまさにそれですし、一応「鋼の錬金術師」も男女を問わず受けているところを見れば、それに該当するかもしれません。それと、ガンガンWINGではまだかなり見られますし、お家騒動でかつての作家陣が去ったブレイドでも残っています。しかし、全体としてはかつてほどの統一感が無くなった感は否めません。
 だが、そのようなマンガが今、久々にGファンタジーに加わったのです。この意義は大きい。久々にかつてのエニックスらしい画風の新連載を見たように思います。


・力作という表現がふさわしい新人の一作。今後も期待できる。
 もっとも、前述の序盤の構成も含めてまだまだ完璧な作品とは言えず、新人らしい拙い部分もちらほら残っている作品ではあります。その点で、まだ優秀な作品とは言い切れませんが、しかし、作者の全力の努力は感じられる「力作」であることは間違いないと思います。内容面・作画面で共に、作者の精一杯の取り組みが毎回顕著に感じられる連載であり、個人的には今のGファンタジーで最も楽しみにしているマンガとなっています。

 実際、作者の望月さんは、昨今のGファンタジーでは久々に登場した新鋭であり、このところ雑誌を支えてきた長期連載の多くが終わりに近づきつつある中で、次代を担う連載作家の第一の候補であるかもしれません。そのため、前作である「Crimson-Shell」の連載が早期で終了した時には実に残念で、「せっかくの期待できる新人の連載が、早々と終わってしまった」と大いに落胆したのですが、それがこんなにも早い時期に復帰して、前作よりも一回り優れた連載を始めたというのは、本当に嬉しいことでありました。

 そして、Gファンタジーのみならず、スクエニ全体で見ても、いかにもガンガン系らしい特長を備えたこの作品は、実に貴重な存在です。このような作品はガンガン系でないと読めない。そのようなマンガが出てきたことは大きい。そういうマンガを描く活きのいい新鋭が、今ここにひとり現れたことは、大変な朗報であり、今後の活躍にも大いに期待できると思います。
 もっとも、今のところは、ガンガン系の中でも最もマイナーであるGファンタジーの連載で、しかも完全な新人作品ということもあって、雑誌外での知名度は非常に低い存在です。しかし、それでもこの新人の連載には見るべきものがあり、もっと知られてもいい作品、作家であることは間違いないでしょう。


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