<シューピアリア>

2006・5・1

 「シューピアリア」は、ガンガンパワードで連載中のファンタジー作品で、近年、ガンガンパワードで連載を始めた一連の新人作品の中のひとつです。作者はichtys(イクシス)。彼は、このパワードやあるいはガンガンWINGでいくつかの読み切りを掲載したのち、パワードで初連載作品であるこの「シューピアリア」の連載を始めました。

 ガンガンパワードは、ガンガンの増刊扱いで新人作家による読み切り掲載を中心とする雑誌ですが、そこで掲載される連載マンガは、ガンガン本誌に比べて個性的な作品が多く、一般メジャー誌を志向しているガンガンでは載せられないタイプの連載が多く見られます。この「シューピアリア」もその典型と言えるもので、作画的にも内容的にもかなりの異色作となっています。

 その後、2009年4月号でのガンガンパワードの休刊に伴い、Gファンタジーへの移籍が決定します。移籍後のタイトルは「シューピアリア・クロス」へと変更され、コミックスも新たに1巻から発売されることになったようですが、基本的にはパワード時代からの続きで何も変わっていません。確かに女性に好まれるタイプの絵柄とストーリーを持つ作品ではありましたので、女性読者の多いこの雑誌への移籍は妥当なところもありますが、反面決して女性向けだけの作品とも思えなかったので、この移籍先にはやや疑問を感じるところもあります。今後の動向が注目されます。


・耽美的とも言えるが、それに留まらない独特のビジュアル。
 このマンガは、まずその極めて特徴的な絵柄に目が付きます。
 キャラクターの絵柄だけを見ると、いわゆる女性向け、あるいは少女マンガ的な耽美系の絵の要素を備えており、しかもかなり特徴的でくせが強く、中性的でくせが少ない絵が好まれるスクエニ系では、かなり珍しいタイプの絵であると言えます。作者のichtysさんは、かつては少女マンガ的な内容の読み切りもいくつか残しており、その点では絵柄も少女マンガ的であることも納得できます。

 しかし、この作者の絵柄は、決して少女マンガ的・耽美的な要素には留まりません。実は、キャラクターよりも、むしろ背景、あるいは各種の効果が徹底的に描き込まれており、とにかく画面全体がびっしりと緻密な描き込みで埋め尽くされている印象があるのです。実際、この作者の描き込みレベルはかなりのもので、かつての読み切りで、廃墟と化した街を舞台にしたバトルアクション物(ガンガンWINGでの読み切り「神子」)では、その廃墟のビルの描き込みがあまりにも徹底しており、キャラクターよりもむしろ建物の描写の方に目が引かれてしまいました。この「シューピアリア」では、残念ながらそこまで建物が描かれたシーンは多くないのですが、それでもそのキャラクターのバックを埋め尽くすような背景・効果描写は健在です。この緻密なビジュアルは実に惹かれるものがあります。

 実際、このようなタイプの絵柄は、ガンガンパワード(Gファンタジー)はもとより、今のスクエニ雑誌全体を見渡してもほとんど見られず、この作品にとって最大のオリジナリティとなっています。


・勇者と魔王の珍道中。
 内容的には、まず「勇者」や「魔王」が存在する王道ファンタジーな設定ですが、その物語はかなり捻ったものです。主人公である勇者(エクサ)を殺そうと、正体を隠して近づいた魔王(シーラ)が、勇者の「モンスターを殺さない」という風変わりなポリシー(後述)に興味を持ち、その上勇者に惚れてしまい、勇者にくっついて旅を始めるところから物語が始まります。
 基本的に真面目な勇者と、常識外れで傍若無人な魔王との笑える掛け合いが中々面白く、さらに物語が進むと、勇者のパーティーの個性的な仲間たちも合流し、個性的な面子がコメディを繰り広げるといった面白さもあります。作者のギャグのセンスは中々のもので、これはこれでかなり面白い要素です。

 しかし、本来的には、この作品はコメディではありません。実は、このマンガは極めてシビアなテーマを持つ重厚な物語であり、上記のようなコメディの要素や、あるいは繊細で緻密な絵柄からは思いつかない本格的なストーリーを持っているのです。


・「なぜ、殺してはいけないのか」
 前述のように、この物語の勇者は、「モンスターを殺さない」という強固な信念を持ち、どんな状況においてもそれを守ろうとします。モンスターが人間に対する現実的な脅威として存在するなかで、その信念をあくまで貫き通す勇者の特異な生き方こそが、この作品の最大のテーマと言えます。しかし、「モンスターは殺さない」ながらも、なぜか「モンスターの首領である魔王は絶対に殺す」という意志も有しており(このあたりの事情は物語の後半に明かされます)、正体を隠して勇者に同行する魔王としては、非常に複雑な心境に立たされます。このあたりの微妙な魔王の心理が、勇者の思想に触れ続けることで次第に変化していく様が、この作品のもうひとつの見所です。
 毎回のエピソードで、「なぜ勇者がそのような信念を持つのか」ひいては「なぜ殺してはいけないのか」という疑問に対する理由が少しずつ語られ、このテーマに対しての作者の真剣な取り組みが窺えます。むしろ、この「殺さず」のテーマこそが作品の中心であり、それを解き明かすためのエピソードの積み重ねで物語が作られているといってよいでしょう。

 ところで、このような「敵を殺さない」という信念を持つキャラクター、あるいはそれを軸とした物語は、過去の作品でもいくつか散見されます。しかし、この物語の優れている点は、その「敵を殺さない」というキャラクターが勇者であるという点に尽きると思います。
 例えば、心の底から優しく誰も殺したことのない人間や、あるいは平和主義で活動している思想家などが、「殺さない」という主張をしても、それは当たり前だと言えます。しかし、「殺さない」を主張するのが勇者となるとどうでしょうか。勇者というのは、モンスターを退治するために任命された存在であり、すなわちモンスターを倒すことを人々に期待される存在なのです。それが「モンスターを殺さない」と主張するというのは、まさに周囲の人間に対する裏切り行為とも言えるもので、誰しも容易に受け入れられるものではありません。この、「勇者」という立場の特異性こそが、この作品のテーマのキーポイントとなっています。

 そして、その勇者の「殺さない」という主張に反対する人々の主張も、それはそれで一理あるところも大きい。そもそも、人々に選ばれた勇者がモンスターを殺す(退治する)のは、「為すべき任務」であり、それを為さないというのは、一種の契約違反とも言えるわけで、それを追及する人々の言い分には一理以上のものがあります。そして、モンスターに対して絶対的な恐怖を抱いている人々を論理で説得するのもまた難しい。
 もっとも、別の見方をすれば「モンスターを殺す力のある」勇者であるからこそ、「殺さない」という言い分にも説得力があるとも言えるのですが、実際にはそれ以上に理不尽な主張であると受け取られるのも、またやむを得ないところでしょう。


・魔物の血を引く子供を迫害するのは是か非か。
 このように、「モンスターを殺さない」ことを軸とした重厚なテーマが本作最大の魅力ですが、連載が回を重ねるごとに、この物語のテーマはさらなる広がりを見せています。
 連載の中で「モンスターの血を引く子供が迫害される」というエピソードがいくつかあるのですが、これはこれで非常にシビアに描かれています。モンスターの血を引くだけで人を迫害するというのは、明らかに間違った忌むべき行為ですが、それを為す人々の側にも一定の事情があり、そのあたりの主張も綿密に描かれている点が実に面白いのです。ただ単に、「迫害や差別はだめだ」と主張する話もそれはそれでよいとは思いますが、このように、あえて触れたくないような負の事情や人間心理を描くというのも相当な重みがあります。前述の「なぜ殺してはいけないのか」というテーマもそうですが、実はこのマンガは、見た目の繊細な絵柄からは想像できないほど、非常に厳しく重いテーマの数々を扱っているのです。


・ギャグ、コメディの存在にはギャップが。
 ただ、このようにあまりにも厳しい物語であるがゆえに、合間で繰り広げられる勇者一行のコメディ、あるいはギャグシーンとの間に相当なギャップも感じられます。 人によっては、ここまで真面目に話を作っているんだから、合間でのナンセンスすぎるギャグは不要なのではないか、と考えるかもしれません。実は、このマンガのギャグはギャグで相当面白く、特に「翁めぐみ」といういかれた造形のモンスターを使ったギャグは、あまりのバカバカしさにあきれかえるほどです。しかし、合間で読者を和ませる程度の軽いコメディならばともかく、ここまでの過激なギャグが必要かどうかは、少々意見の分かれるところでしょう。ギャグ自体は、決して悪いものではないのですが・・・。


・ガンガンパワードの隠れた秀作。
 しかし、この「シューピアリア」、独特の絵柄ながら非常に緻密で繊細なビジュアルと、それに反比例するかのような非常に重いテーマを扱った、実に中身の濃い秀作です。ガンガンパワードという季刊でのマイナー誌での連載であり、しかもくせの強い絵柄とキャラクター、重すぎるストーリーで、簡易に人気を得られる萌え要素に乏しいことも大きく、あまりにも話題性に欠ける作品である感は否めませんが、実は非常に読みごたえのある「隠れた秀作」だと思います。

 ちなみに、このマンガのコミックス一巻は、ガンガンパワードからのオリジナル連載初のコミックス化作品のひとつとして、他の3作品とともに同日に発売されたのですが、その3作品のひとつにあの「みかにハラスメント」が含まれており、これがその特異な内容で異常なヒットを記録する一方で、本当に内容のある作品であった「シューピアリア」の方がまったく注目されなかったのは、あまりにも理不尽であると言わざるを得ません。


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