<荒川 アンダー ザ ブリッジ>

2011・8・25

 「荒川 アンダー ザ ブリッジ」は、ヤングガンガンで2004年の創刊号から連載されているマンガで、タイトルどおり、荒川の橋の下(河川敷)に住む個性的な住人たちの掛け合いを描くギャグマンガとなっています。外見からして印象的なキャラクターが多数登場する賑やかな作品で、ギャグの切れも抜群に面白く、創刊後たちまち雑誌の中心となる人気連載の一角となりました。

 作者は中村光。元々は、同じスクエニでガンガンWINGの方でデビューし、そちらでは約1年半ほどすでに連載していました。しかし、この時代から一定の評価こそ得ていたものの、人気の面ではいまひとつ奮わず、比較的短い期間で掲載終了となってしまいました。それが、このヤングガンガンに移籍して、今度こそこちらで大きく成功することになったのです。

 そして、この「荒川」で評価を得た中村さんは、のちに講談社のモーニング2で連載を開始することになり、その作品「聖☆おにいさん」が爆発的なヒットを飛ばし、一躍有名な作家となりました。モーニング2はコアなマンガ読者には評価の高い雑誌ですが、まさかスクエニ出身の作家がこのハイレベルな雑誌でそこまで成功するとは思いませんでした。今の中村さんの作品で、最も有名なのはこの「聖☆おにいさん」でしょう。

 しかし、ヤングガンガンの「荒川 アンダー ザ ブリッジ」も負けてはいません。ヤングガンガンのアニメ化展開で他の連載が次々とアニメ化を達成する中、遅れて2010年になって満を持してのアニメ化達成。制作を担当したのはあのシャフトで、個性派の新房昭之監督の元で、原作の面白さを忠実にアニメに落とし込み、こちらでも非常に高い評価を獲得します。アニメは早々と第2期まで放映され、放映後にはどういうわけか今度はTVドラマ化と実写映画化まで達成してしまいます。スクエニのマンガで実写ドラマ・映画となったのは、史上初ではないでしょうか。今では、スクエニの数あるマンガの中でも、最も幅広くメディアミックスを達成した作品になっています。


・「中村工房」から「荒川 アンダー ザ ブリッジ」、そして「聖☆おにいさん」へと至る軌跡。
 前述のように、最初に中村さんが登場したのはガンガンWING、それもお家騒動で主要な作家のほとんどが抜けた直後の時期でした。この時期、抜けた連載陣の穴を埋めるべく、数多くの新人作品が連載を始めました。その中の一人がこの中村光さんで、自身の名前を冠した「中村工房」というギャグマンガを開始するのです。
 この「中村工房」、のちの連載とは異なり、オムニバス形式のマンガとなっていて、1話完結のスタイルで様々なシチュエーションのギャグが楽しめる意欲作でした。この頃から確かな面白さがあったのですが、しかしWINGではいまひとつ奮わなかったのです。作者自身、インタビューで「この頃は本当に人気がなかったんですよ。担当さんが特に目をかけてくれて連載してました」というようなコメントを残しています。当時のWINGは、いわゆる「ゆる萌え」系の作品が主流となりつつあった時代ですから、それとはタイプの異なる中村さんの作品は、やや読者の好みから外れていたのかもしれません。

 そんなわけで、最後まで大きな話題となることなく、2003年末には連載は終了します。その後しばらく間をおいて、約1年後にヤングガンガン創刊号からこの「荒川 アンダー ザ ブリッジ」の連載を開始。こちらの方は大成功を収めることになります。青年誌であるヤングガンガンの方が相性がよかったのかもしれません。あるいは、前作のようなオムニバス形式を改め、舞台をひとつにして固定の人気キャラクターを多数生み出したことも、成功した理由でしょう。なお、この「荒川」には、「中村工房」に登場したキャラクターがアレンジされて多数再登場しており、古くからの作者のファンにはうれしい仕様となっています。

 その後、ヤングガンガンの連載はコンスタントに続いていくのですが、2007年になって、今度は講談社の「モーニング2」に招かれ、そこで「聖(セイント)☆おにいさん」という連載を開始。これが面白いと大評判を呼び、爆発的な大ヒットとなるのです。このマンガ、ブッダとイエスが、立川の安アパートの一室で暮らす日常コメディで、高貴な人物であるはずのブッダとイエスが庶民的な言動を取る姿が、多くの読者の爆笑を誘ったのです。2009年には手塚治虫文化賞短編賞受賞し、多くの本に取り上げられ、この年を代表する作品のひとつにもなりました。

 このように、初期の頃の隠れた秀作と言える「中村工房」から、掲載誌を変えて見事に成功した「荒川 アンダー ザ ブリッジ」、そしてさらなる大成功を収めた「聖☆おにいさん」と、中村光の取った成長の軌跡には見るべきものがあります。また、いずれの作品も共通していると思われる作風があり、それはなんといっても個性的なキャラクターたちでしょう。中村さん自身、やはりインタビューで「わたしのギャグマンガは、まずなんといっても個性的なキャラクター」といった趣旨の発言をしています。


・やはり個性的な荒川の住人たちのキャラクターが最高に面白い。
 前述のように、中村さんのギャグマンガの最大の肝は、本人も答えているとおり個性的なキャラクターだと言えますが、中でもこの「荒川 アンダー ザ ブリッジ」は、中村さんの作品の中でもそのキャラクターの個性の多彩さが最もよく表れたマンガだと言えるでしょう。荒川に住む住人は、誰もが一度見たら忘れられないような強烈な性格や外見を持ち、しかも連載が進むに連れてその住人たちがどんどん増えていきました。読者に大変な好評を得た人気キャラクターも多数にのぼります。

 そんな中でも物語の中心となっているのは、主人公の市ノ宮 行(リク)と、ヒロインのニノ。リクは、大企業の御曹司でありながらひょんなことからこの荒川に住むことになり、それまでのエリート人生から一転して数奇な生活を送ることになってしまいます。彼自身、「他人に作った借りを返さないとストレスで喘息を引き起こしてしまう」特異な体質を持ち、それをネタにしたギャグが初期の頃は盛んでした。しかし、荒川で自由に生きる人々と暮らしていくうちに、そのような体質も改善されたのか、次第に見られなくなります。そして、住人のなかでは比較的常識人なことから、以後は作中でほぼ唯一のツッコミ役として、そのオーバーなリアクションで笑いを誘うキャラクターになっています。
 ヒロインのニノは、この作品の物語のカギを握る人物であると言えるでしょう。常識の通用しないいわゆる電波系と呼ばれるキャラクターとして描かれ、自らを金星人と名乗り、人間離れした行動を取ることもしばしばです。しかし、彼女は、時に何かを考えさせるような意味深なつぶやきを発したり、やがてはリクと心を通わせて恋人同士になるなど(後述)、ただ面白いだけのキャラクターにはなっていません。

 荒川の住人の中で、外見で異彩を放っているのが、村長でしょう。村長は、常に河童の着ぐるみを着ている謎の変人ですが、「自分は河童である」と言う主張をかたくなに崩さず、しかしそれでいて住人たちの間では人望があり、リーダー的な役割を努めています。なんだかんだで荒川の住人たちの中心にいる彼は、その奇妙な着ぐるみ姿からひどく印象的なキャラクターであり、アニメ化の際には真っ先に実写化され、アニメの宣伝担当に任命されています。ある種、この作品のイメージキャラクターと言っても過言ではありません。
 星は、常に星形のマスクを被っている男で、ギターを片手に珍妙な歌をよく歌う荒川一のミュージシャンです。その珍妙なマスクとギタリストとしての姿が妙にマッチした、これもまた村長と並ぶ荒川のイメージキャラクターと言えるでしょう。また、リクにとってニノを巡る恋敵でもあり、よく喧嘩しつつ互いに絶妙な突っ込みを入れあう悪友のような存在となっています。

 数あるキャラクターの中でも読者人気ナンバーワンを誇る?のが、屈強な姿をしたシスターです。筋骨隆々の長身の美青年で、元傭兵で修道服の下に常に軍服を着込み、銃火器を抱えて発砲しようとしたりトラップを仕掛けたり、本来のシスターのイメージからはかけ離れた、そのギャップが楽しいキャラクターとなっています。そして、その男前で豪快な姿と性格から、とりわけ女性読者には非常に人気が高いらしく、前述のとおり荒川キャラクターの中でトップクラスの人気を誇っています。
 そのシスターのライバル?と言えるのがマリアでしょうか。サド気の極度に強い毒舌の女性で、荒川の住人の多くが恐れ、シスターですら屈指のライバルとして認める存在です。シスターも、彼女の毒舌にだけは弱いようで、屈強なシスターが毒舌で悶絶する姿は、荒川で最も印象的なシーンでしょう。

 彼ら以外にも、常に白線を引いて、その上を移動する妙な趣味を持つシロ(白井)、謎の鉄仮面をかぶっている小さな兄弟・鉄人兄弟、葉っぱのようなアホ毛が特徴の少女・P子、シスターを追ってやってきた孤児院育ちのツインテール少女・ステラ、まげをゆって「拙者」「ござる」という時代がかった口癖でしゃべるTシャツの青年ラストサムライ、オウムのマスクを被った渋い口調の青年・ビリーと、とにかく外見からして異様に個性的なキャラクターが数多く登場し、それぞれが常識はずれの行動やバカバカしい掛け合いを繰り広げ、リクの必死の突っ込みを受ける。この賑やかな作風こそが、まさに中村光のギャグマンガの真骨頂ではないでしょうか。


・単なるドタバタギャグだけではない。哀愁漂う雰囲気、切ない連載を絡めたストーリーももうひとつの魅力。
 しかし、荒川の面白さは、こういった賑やかなギャグだけではありません。意外なほどどこか哀愁漂う雰囲気、儚さや悲しさを感じるストーリーなど、単なるギャグマンガ以上の深みを感じるのです。

 まず、こんな外見からして異様に個性的な、変人と言ってもいいキャラクターたちですが、その誰もが、何らかの過去の事情を持ち合わせ、荒川に流れ着いてきたという経緯を持っていて、普段は河川敷でバカ騒ぎをやっているように見えて、その背後にはどこか人生の重みのようなものが感じられるのです。その背中に哀愁を感じてしまう。そんなキャラクターが多い。
 その典型と言えるのが、荒川のイメージキャラのひとり、星でしょうか。彼は、今でこそ星の被り物をして河川敷でギターを弾いていますが、しかしオリコンで1位を取るほどのプロのミュージシャンでした。しかし、作詞・作曲の才能には恵まれず、プロデューサーに代わりに制作してもらうような状態で、そんな自分を疎ましく思っていたのです。そんな時、荒川河川敷で即興の歌を歌っていたところをニノに褒められ、彼女に惹かれて河川敷に住むようになったのです。そんな過去を持つ彼の姿は、星のかぶりものという滑稽な外見にもかかわらず、どこか哀愁に満ちた人生の深みを感じることが出来るのです。

 もうひとりの着ぐるみキャラクター、村長にも同じようなことがいえます。村長は、星のような詳しい過去はいまだ語られていませんが、こうしてわざわざ着ぐるみを着て河童になりきり、河川敷の住人たちのリーダーとして生きている姿を見ると、やはり過去に何かこれはというようなエピソードがあって、こうして河童として荒川河川敷に流れ着いたのではないか考えてしまいます。こうした過去にあったであろう出来事とそこから醸し出される哀愁の雰囲気は、彼ら以外の荒川のどの住人からも、みな感じることが出来ると思います。

 それともうひとつ、この物語を印象的なものとしているのは、主人公のリクとヒロインのニノ、二人の間で展開される恋愛描写でしょう。そう、このマンガは、主人公とヒロインとの恋愛マンガでもあるのです。今まで大企業の御曹司としてエリートとして育てられたリクと、河川敷の一角で金星人としてどこか超然とした日々を送ってきたニノ、最初のうちはニノの常識離れした言動に戸惑うリクですが、しかしニノが純粋な心を持っていることを少しずつ理解していき、徐々に心を通わせていく。その交流の姿は、見ていてとても切ない。河川敷という居場所を見つけたふたりの世界は、いつかたやすく壊れてしまうのではという儚さを感じるのです。

 また、このような哀愁漂う雰囲気や、切ない恋愛描写は、作者の中村さんが女性だからこそ描けたところもあると思います。ネット上の読者のレビューでも、「作者の中村さんが女性だからか、ギャグマンガだけどそこかしこに女性ならではの細やかな感性が感じられる」とか、そういったコメントを何度も見かけたことがあります。ギャグマンガだけど、女性ならではの細やかな人間描写、切ない恋愛ストーリーを味わえる。それこそが「荒川」のもうひとつの魅力ではないでしょうか。


・中村さんにはこれからも末永く活躍してほしい。
 以上のように、この「荒川 アンダー ザ ブリッジ」、中村さんならではの個性的なキャラクターたちによる賑やかなギャグに加え、哀愁漂う雰囲気や切ない恋愛要素まで織り込まれた、単なるギャグにとどまらない深みのある優秀な作品になっています。短い間隔で繰り広げられるショートギャグの連発が小気味よく、かと思えばキャラクターの持つ奥深い人となりや切ない交流の姿を垣間見ても、そこに何かしら感じるものがあります。ギャグマンガとして抜群に面白く、さらには単に笑えるギャグ以上の感動を味わうことが出来る、非常にレベルの高い作品になっていると思うのです。ヤングガンガンで創刊号からの人気連載になったのも納得の作品ですね。

 そして、今では、作者の中村さんは、あの「聖☆おにいさん」が爆発的にヒットし、この「荒川」も相次ぐアニメ化にドラマ化・映画化と、スクエニでも最も成功した作品になっています。まさに、今のスクエニでも最大の人気作家のひとりであり、コアなマンガファンを中心に非常に評価の高い作家になってしまいました。モーニング2の「聖☆おにいさん」と、このヤングガンガンの「荒川」の2大連載で多忙な日々を送る中、しかしこれまで盛んにサイン会を行ったり、頻繁にインタビューに答えたりと、ユーザーフレンドリーなところも好感が持てますね。

 奇しくも、この記事を書いている時(2011年8月)に、中村さんの産休の告知がされ、モーニング2の「聖☆おにいさん」のしばらくの休載が決まりました。おそらくは「荒川」の方も休載が決まるのではないかと思われます。どちらの連載も盛り上がっている今、このタイミングでの休載は少し残念ですが、しかしこれだけの実力を持つ中村さんですし、ほどなくしてまた帰ってきて、またいつものペースで連載を再開するのではないでしょうか。無事な出産とみんなが待ち望んでいる連載への復帰を期待したいところです。「荒川」は今ドラマ化真っ最中で映画化も控えている状態ですが、雑誌での連載はあくまでマイペースで、末永く続けていってほしいと思っています。


「ヤングガンガンの作品」にもどります
トップにもどります