<新選組刃義抄 アサギ>

2009・7・12

 「新選組刃義抄 アサギ」は、ヤングガンガンで2009年2号から開始された連載で、タイトルどおり新選組を扱った「新選組もの」のマンガ作品となっています。この時期に数多く開始された新連載攻勢の一環であり、その中でも現時点では最有力のマンガのひとつとして、編集部から強力に推進されているようです。

 作者は、原作が山村竜也、作画に蜷川ヤエコ。原作の山村竜也は、新選組を中心に時代物の著作を多数手がけ、大河ドラマ「新選組!」の時代考証を担当したこともある作家のようです。また、かつてのTBSアニメで、このヤングガンガンでもコミック版が連載された「天保異聞 妖奇士」においても時代考証を担当していたようで、そのあたりのつながりからヤングガンガンと関係が生まれ、今回の連載を持つ契機となったのかもしれません。
 そして、その「天保異聞 妖奇士」のコミック版を連載したのが、作画担当の蜷川ヤエコであり、かつて同じ作品に関わったふたりが、ここに共同でひとつの作品を制作することになりました。蜷川ヤエコは、「天保異聞 妖奇士」のほかにも、同じくTVアニメ「モノノ怪」のコミック版をもヤングガンガンで連載しており、そのいずれもが高いビジュアルレベルの作画で優れた評価を獲得しています。そして、今回もその高いビジュアルレベルは健在で、極めてハイレベルな人物描写を始めとする作画の緻密さ・繊細さには見るべきものがあります。
 そして、原作の方もそれに負けず劣らずの優れた仕事をしており、しっかりとした時代考証の元、骨太なアクションと繊細な心理描写で見せるストーリーの面白さには見るべきものがあります。内容・作画共に非常にレベルの高い作品に仕上がっており、新選組ものという定番でありふれたジャンルの作品ではあるものの、その中でも特筆すべき作品になっていると見てよいでしょう。

 ヤングガンガンでは、これまでも実力派の原作者と作画担当者を組ませて、優れた良作をいくつも生み出してきましたが、このマンガも紛れもなくそのひとつに加わったと見て間違いないでしょう。このようなヤングガンガン編集部の卓越した企画能力には、相変わらず注目すべきものがあります。


・実力派新人・蜷川ヤエコの軌跡。
 作画担当の蜷川ヤエコさんは、かつて第5回スクエニマンガ大賞で「いじめ当番」で特別大賞を受賞した、スクエニ生え抜きの新人のひとりで、受賞作からしてシビアで高年齢向けのストーリーが印象的でした。当初から青年誌向けのイメージの強い作家であり、一回だけガンガンWINGで読み切りを掲載したことはあったと思いますが、それ以外はすべてヤングガンガンでの掲載を行っています。この作家にとって適切な執筆場所であると言えるでしょう。

 そして、読み切りの掲載を何度かおこなったのち、先ほども書いたTVアニメ「天保異聞 妖奇士」のコミック版で初連載を開始します。このコミック版、TVアニメ以上に優れた作画能力を示し、その緻密な絵柄、特に人物の描写には透徹したものが感じられ、これがアニメから入ってきた読者にも非常に評価されました。内容は、当初はアニメに準拠したエピソードを描いていたのち、コミック版オリジナルのエピソードが見られ、これはこれで完成度の高いストーリーとなっていたのですが、残念ながらTVアニメの方がいまいち人気が奮わず、1年予定のところが半年で打ち切りとなり、それに合わせてこのコミック版も早期での終了を余儀なくされてしまったようです。良作だったたけに惜しい終わり方でした。

 その後の蜷川さんは、今度は同じく時代もののTVアニメ「モノノ怪」のコミック版を、同じヤングガンガンで掲載。これは、原作であるTVアニメも、鮮烈なビジュアルで大いに話題になったのですが、コミック版もそれに負けず劣らずの素晴らしい作画を展開します。特に、アニメでも顕著だった独特の色彩感覚を思う存分ふりまいた鮮烈なカラーページは、その完成度で最高に近いレベルにまで達しており、この作家の作画能力の高さを見せ付ける作品となりました。

 このように、これまでの連載はすべて原作付きの作品ではあるものの、いずれも作画能力では折り紙つきで、その実力には既に定評がありました。そして今回の「新選組刃義抄 アサギ」でも、まったく変わらぬ作画レベルを見せることになったのです。


・今回も作画の力が素晴らしい。
 前作「モノノ怪」では、カラーページでの色彩表現の素晴らしさがとりわけ印象に残りましたが、今回の「アサギ」では、どちらかと言えば本文のモノクロページの方により作画の力を感じます。カラーイラストが比較的シンプルな作画になっているのに対して、本文ページの作画は、緻密に細かく描かれた描線が、独特の雰囲気を強くかもし出し、見るものを強く惹き付けるものを持っているからです。その点では、コミックスの表紙だけではちと物足りず、中身を読んで初めてその作画レベルの高さが理解できる作品になっているようです。

 とにかく、緻密に描かれた筆致が素晴らしい。精細なキャラクターの表情や、それを中心にした雰囲気溢れる画面作りには、本当に惹き込まれるものがあります。「天保異聞 妖奇士」の頃から同じような緻密な筆致は見られましたでしたが、今回の作品は今まで以上にレベルアップしています。動きのあるアクションシーンの完成度にも見るべきものがあり、細かい集中線とぼかしの表現で、人物の一瞬の動き、その瞬間を素晴らしくよく再現しています。この作画レベルは本当に驚くべきものがあり、ページの隅々まで全体を通して見ても、作画の崩れた部分がまったくなく、その安定感は抜群です。

 加えて、人物の造形が実にバランスよく出来ている点も評価したいところです。この作品、コミックスの発売に際して他のスクエニの戦国もの作品とセットでの販売企画が行われているようで、いわゆる歴史好きのマニア女性に対しても売り込もうとする方針が顕著です。確かに、このマンガのキャラクターの多くは、女性にも好まれやすい美形的な、顔立ちの整った姿で描かれてはいますが、決してそれだけではありません。それと同時に、時に力強さや泥臭さをも感じる優れた作画になっており、抵抗を覚えるような絵柄のくせもひどく少なく、必ずしも女性のみに好まれる作画にはなっていないようです。
 そもそも掲載誌のヤングガンガンは、男性の読者が多数を占める雑誌であり(9割が男性とも)、そんな雑誌に掲載しても十分にやっていけるバランスの取れた絵柄になっています。この繊細さと泥臭さが同居した整ったキャラクターの作画は、ヤングガンガンの男性読者でも問題なく読めるものになっていると思います。


・沖田・藤堂の逼迫した心理を丹念に描く卓越したストーリー。
 もちろん作画だけではありません。原作の山村竜也によるストーリーも、極めて堅実によく出来ています。新選組ものの作品は無数にありますが、その中でもこの作品は、史実の一側面を丹念に切り取ってじっくりと描くコンセプトが優れており、読者の意表をつくような意外性のある展開、場面こそ少ないものの、その分実直にひとつひとつの場面が丁寧に描かれ、人物たちの姿、その内面の人となりも、ひとりひとり精細に描かれています。

 また、この「アサギ」では、数ある新選組隊士の中でも、特に沖田総司・藤堂平助・斉藤一の三人を中心に描くコンセプトになっているようです。ただし、物語の序盤ではまだ斉藤は登場せず、まずは沖田と藤堂の行動と、それに伴う細かい心理描写が丹念に描かれています。

 この物語の沖田は、剣の腕では卓越したものを持ちながら、日々自分の身の置き場所について悩み、自分がいかなる存在なのか考えつつ行動する、思慮に満ちた青年として描かれています。傍目では凄まじい剣の腕を持つ天才的な姿を見せながらも、当の本人の中では逆に「自分は剣でしか身の置き所がない」と思いつめるところがあり、そのために倒幕派の剣士との闘いにも強く結果を求め、必要以上に闘いに入れ込んでしまう。そんな予想以上に切羽詰った姿、等身大の青年の抱く逼迫した心理が実によく描かれているのです。

 そのような逼迫した心理は、藤堂平助の方にも見られます。藤堂は、長い間沖田と行動を共にし、剣の修行をも共にする仲でありながらも、剣の腕ではまったく太刀打ちできず、いくら必死に修行してもまったく追いつけない自分に、多大なる焦りを覚えています。沖田と行動を共にしながらまったくかなわない、ただくっついているだけの「腰巾着」的な存在だと自分を卑下するところがあり、それが肝心の闘いでも行動に出てしまって、沖田に率先して結果を出そうと先走ってしまうのです。そんな藤堂の持つ切迫した焦燥感、沖田の強さに憧れながらも同時に嫉妬にも似た感情をも抱いてしまう独特の心境、その心理の動きが精密に描かれています。


・倒幕派剣士との邂逅がもうひとつの中心。
 そして、そんな沖田と藤堂を中心に描かれる新選組隊士たち、彼らの最大の敵となるのが倒幕派の「人斬り」とも呼ばれる凄腕の剣士たちであり、彼らの側の動向と、隊士たちとの邂逅と戦闘、それがこの作品の最大の見所となっています。原作者の言葉でも、「倒幕派とのバトルを軸に、時代考証のしっかりした新撰組の漫画を描きたい」となっており、これが新選組ものとしてこの作品の大きなコンセプトとなっているようです。

 まず、凄まじい腕を持つとされる人斬りたち、具体的には岡田以蔵田中新兵衛の姿が、実によく描かれています。単に抜群の戦闘力を見せる戦闘シーンだけでなく、その内面の人物描写に見るべきものがあるのです。岡田以蔵は、凄まじい剣の腕を持ち、剣でしか生きられないような生き方をしていながらも、あまりの強さに満足して闘える相手がおらず、日々鬱屈した感情の元に過ごしています。そんな彼が沖田に出会い、ようやく出会えた好敵手を前に、高揚した感情を抑えきれずに闘いにのめりこむその姿は、ちょうど沖田と対極する存在として描かれており、いわば「裏の主役」的な存在となっています。
 その以蔵を支える相方である田中新兵衛の姿も面白い。鬱屈した姿で描かれる以蔵とは正反対に、人斬りでありながら垢抜けたおおらかな性格で、以蔵を支える精神的な支柱としての人物像のみならず、「自分は以蔵より強い」と言ってのけるほどの剣の強さをも併せ持つ、強靭なキャラクターとしても描かれています。

 そして、やはり新選組とのバトルシーンが素晴らしい。特に、沖田と以蔵とのバトルは、このマンガのバトルの中でも最も見ごたえのある名シーンとなっており、ギリギリの剣戟が交錯する一瞬の応酬、血と汚れにまみれつつも闘う泥臭いキャラクターの姿は、蜷川ヤエコの作画ならではの精細かつ大胆な魅力に溢れるものとなっています。


・ヤングガンガン新連載攻勢の中でも最大の期待作。
 このように、この「新選組刃義抄 アサギ」、実力派の原作者が描くしっかりしたコンセプトのストーリーと、作画担当者による極めて高いビジュアルレベルで構成された、本当に完成度の高い優れた作品となっており、ここ最近のヤングガンガンの新連載の中でも、間違いなく最も期待できる作品となっているようです。編集部の推進ぶりも相当なものがあり、同時期に連載が始まった作品の中でも、これだけが一足早くコミックス化されたことも、期待の大きさを表していると言えるでしょう。

 もっとも、この作品が例えばアニメ化まで達するほどの大きな反響を得るかというと、今の時点ではやや未知数であるとも感じます。新選組ものというだけでも、ありふれた定番のジャンルで、他に同系の作品が無数にあるだけに、よほどのものがない限り注目を集めるのは厳しいのではないか。かつ、ヤングガンガンの他の人気作品のように、美少女や萌え要素があるわけでもなく(それどころか女性キャラクターがひとりも出てきません)、いわゆる「地味」な作風に終始していることも、やはり厳しいかと思えます。歴史ものにはまっているマニア女性層に売り込もうという方針もあるようですが、今のところそれほど大きな動きにはなっていないようです。

 しかし、それでもこのマンガの完成度は素晴らしいものがあり、他のヤングガンガンの作品に決して劣るものではありません。それに、昨今のヤングガンガンは、このような地味ながらも内容のある充実した作品が多く、こういった雑誌を実直に支える作品の姿でも見るべきものがあります。実力派の原作と作画担当者を合わせて良作を生み出すという、ヤングガンガンならではの優れた企画力も存分に出ており、やはりこの雑誌は本当にあなどれません。

 折りしも、このマンガとほぼ同時に始まった新連載攻勢で、同じような方向性(本格的なバトルやストーリー)を持つ「TOKYO BARDO」や「レキオス -LEQUIOS-」らもすべて良作となっており、この時期の新連載の充実ぶりは本当に見逃せません。次々とアニメ化企画が進み、作品のストックが尽きるのではないかと思えるヤングガンガンですが、いまだにその勢いはまだまだ衰えることを知らないようで、今後も引き続き注目すべき雑誌だと思われます。そして、その中でも現時点で最大の完成度を持つこの「アサギ」こそが、最大の注目作だと言えるでしょう。


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