<FRONT MISSION DOG LIFE & DOG STYLE(新章)>

2011・11・3

 この作品については、かつて2回に渡って大々的な記事にしたことがあります。オムニバス形式で連載されるこの作品、その時には、「エピソード1」から「エピソード4」までが終了していて、そのいずれもが素晴らしい出来栄えだったため、エピソード1・2を前編、エピソード3・4を後編という形で、2つの大きな記事として書きました。

 FRONT MISSON DOG LIFE & DOG STYLE(前編)
 FRONT MISSON DOG LIFE & DOG STYLE(後編)

 しかし、その後もまだまだ連載は続き、エピソード5「英雄の十字架」、エピソード6「Unlucky Days」を経て、その後のエピソード7「羊飼いの帰還」が、2年以上の連載に及ぶ一大長編となり、最高に読ませる大傑作となっています。かつては、これも長く続いたエピソード4「楽園の果実」編が素晴らしい出来栄えで、これこそが最高傑作!と思ったものですが、しかしこの「羊飼いの帰還」は、それをもさらに超える一大傑作となっています。これは是非とも書く必要があると思いました。

 もちろん、「英雄の十字架」「Unlucky Days」も非常に面白い話となっていて、いまだこの「FRONT MISSION DOG LIFE & DOG STYLE」のクオリティの高さには感心させられるものがあります。作者(原作担当)の太田垣康男さんは、このようなハイレベルのシナリオをコンスタントに提供し続け、最近では絵の仕事の方でも初の同人本を出すなど、その創作意欲の高さには見るべきものがありますね。


・修羅の道を突き進む男を描く「英雄の十字架」編。
 傑作エピソード「楽園の果実」編を終えてまもなく始まった第5のエピソード「英雄の十字架」編。しかしこれがまた素晴らしい出来栄えだったのです。毎回毎回この作品のクオリティの高さはとどまるところを知りません。

 今回の主役となるのは、ジョニーとアレックスというふたりの士官。彼らは士官学校時代の同級生であり、軍でも同じ輸送ヘリ部隊に所属。ヴァンツアー(ロボット)を前線に送り込む任務についています。しかし、ジョニーは資産家ラウル家の跡取りで同じく資産家の娘であるエマとの結婚したばかり、一方でアレックスは紛争で親を亡くし、教会の孤児院で育てられてきたと、その出自は大きく明暗を分けています。

 このふたりは、普段は仲良く任務についていたのですが、ジョニーが危険な任務についた時にアレックスの心に暗い感情がよぎります。このまま事故にみせかけて機体から落とせば、不遇だった自分の願いがかなえられるのではないかと。アレックスは、その心の赴くままに、ジョニーを機体から落とし、自分はそのまま帰還します。
 帰還後のアレックスの行為も、さらなる悪の道へと突き進むようなものでした。ジョニーの結婚相手だったエマを手に入れるべく、彼女の父親である将軍に気に入られるべく、戦場でめざましい戦果を遂げるのです。一方でエマの方は、ジョニーを失ったことで若くして未亡人となり、さらには資産だった土地も戦争で敵に奪われるなど、不幸の道を一気に進んでいきます。そんな彼女をアレックスは籠絡し、彼女を襲ったホームレスを殺して救うことで罪を共有する仲となり、ついに自分の手に収めることになるのです。

 最後に、さらに自分とエマの関係を父親に認めてもらうべく、さらなる戦果を求めて激戦区へと赴くアレックス。そこで、乗っていた機体を破壊され、過酷な戦場へと生身1つで投げ出されたアレックスは、信じられないものを見ます。それは、死んだはずのジョニーの亡霊でした。彼の亡霊に恐怖して、さらには周囲の敵兵まで亡霊だと思い込み、必死に彼らを撃ち殺しながらさらに奥地へと進むアレックス。亡霊に恐怖し銃弾が飛び交う中を辛くも生き延びたアレックスは、奥地にあった半ば破壊された敵軍の建物の中で、重傷を負いつつも横たわって生きているジョニーを発見します。死んだと思い込んでいたジョニーが、まさかこんなところで生きていたとは。アレックスは、自分の野望をかなえるべく、全く躊躇せずにジョニーの体と周囲にガソリンをまき、建物ごとすべてを大爆破、そのまま敵軍を壊滅させ帰還することになるのです。
 しかし、帰ってきたとき、エマは罪の重さに耐えられず自殺。アレックスは、そんなエマの姿を見ても、さらにはジョニーら殺した兵士の亡霊に「呪いあれ」と囁かれつつも、まったく心変わりすることなくさらに自らの覇道を突き進んでいくことになります。

 しかし、なぜ、アレックスは、ここまで悪の道へと突き進んだのでしょうか? ジョニーを殺そうとするまでのアレックスは、むしろ気の弱い純朴な青年で、資産家ジョニーの境遇をうらやましいと思いつつも、彼を殺そうとまでするような男ではなかったと思います。ジョニーを機体から落とした時のアレックスも、一瞬魔が差したとしか思えないものでした。
 本当の問題は、アレックスのこれまでの境遇にあるのではないでしょうか。戦争で孤児となって孤児院で育てられたという、まさに戦争によって不幸になったとしか思えない境遇。一方でジョニーは、軍の将軍の娘と結婚するという幸福絶頂の状態。つまり、こちらは戦争によって高い地位を得た上流階級といってよい。一方は、戦争によって不幸になり、そしてもう一方は戦争によって幸福になる。このような目に見えて不平等で不均衡な状態を、アレックスは毎日毎日ずっと感じていたのではないでしょうか? 今風に言えば、戦争によって生じた「格差」でしょうか。これもまた、戦争によって引き起こされたひとつの大きな事実の側面であり、彼もまた、戦争という大きな魔物に翻弄されたと言えるのだと思います。


・犬塚の意外な活躍を描くインターミッション「Unlucky Days」。
 「英雄の十字架」もまた大作でしたが、その後に来る第6のエピソード「Unlucky Days」は、このマンガでは珍しく3回の短い連載で終わる短めの話となっています。しかも、これまで物語の裏の黒幕として動いてきたジャーナリストの犬塚が主役で、彼の体験したちょっとしたエピソードを描くという点で、一種の幕間の話(インターミッション)と言えるものとなっています。

 相変わらず最前線で過激な戦争映像を撮り続ける犬塚ですが、滞在していた町が戦争の渦中となり、持っていた機材を破壊されことごとく失い、滞在していたホテルまで破壊されて居場所もなく、お金を下ろせるATMすらなく、しかも次のバスまで3日という状態に追い込まれた犬塚。そんな中で犬塚が転がり込んだのは、郊外に展開される難民キャンプでした。
 そこで、犬塚は、日本から来た鶴田美由紀という女性と出会います。難民のために積極的にボランティアを行う彼女の行為は素晴らしいもので、普段は悪辣な犬塚もその感化を受けるまでになります。犬塚のことをジャーナリストだと知った美由紀は、自分たちを取材してほしいと依頼し、犬塚もそれに応え、わずかに持っていた携帯を難民たちに向け、彼らのメッセージを発するビデオレターを撮ることになるのです。さらには、瓦礫の中からめぼしい機材を発掘し、難民の子供たちの協力を得てテントの布で巨大なスクリーンを展開、そこにビデオを映して皆に見せることになります。今は戦争で難民となっている人々、しかしそのひとりひとりが故郷に大事な人たちを残し、彼らに対して「自分たちは無事だよ」とビデオを通して訴える。こんな境遇でも活き活きとした人間の生活を見せる人々の姿がオーバーラップするそのシーンは、心の底から感動できる名シーンとなっています。

 この作品の中でも、珍しく人道的で善き行動に溢れたエピソードとなっているこの話ですが、最後の結末は悲惨です。美由紀や難民たちから大いに感謝された犬塚が、バスでキャンプを後にしてわずか1日。U.S.N軍の誤爆により難民キャンプは壊滅。犬塚が戻ってきた時には、空爆の巨大な穴が無数に広がるばかりで、誰ひとり生きているものはいませんでした。そんな光景を前にして、しかし「またいつもどおり戦争の映像を撮るだけ」と話して歩き始める犬塚の姿に、戦争の恐ろしさ・むなしさと、その中でも飄々と生きる犬塚のしたたかさを感じることの出来る、印象深いラストとなっています。


・モラルハザードの進む日本の姿があまりに印象的なスタートとなった「羊飼いの帰還」。
 「英雄の十字架」は、O.C.U軍の正規軍のエピソードで、インターミッション的な「Unlucky Days」を挟んで、その後に来るエピソード「羊飼いの帰還」も、再びO.C.U軍の話となります。しかし、正規軍ではなく、独自の行動で捕虜の救出を図る傭兵部隊が主役となっています。

 物語の始まりは、日本の東京。主人公の常木楷(ツネキカイ)は、この大都市の一角でタクシードライバーとして働いている、一介の中年男性として描かれています。しかし、彼は、かつての日防軍(我々の世界で言う自衛隊)のエースパイロットであり、しかし海外に派遣されていた折、弟の新(シン)が現地の村人200人を虐殺し失踪するという重大極まる事件を起こし、それによって兄の楷も責任を追及され退職、今でも公安に失踪した弟とのコンタクトをマークされながら、しがないタクシードライバーとして過ごしている状況です。

 そんな彼の日々の仕事の描写、これがまずとても興味深いものとなっています。彼が乗せる客は、女社長とその部下の会社員、ギャル系の女子高生、ゲームに没頭する予備校生、ヤクザ風の経営者、風俗の女性、金持ちだが不仲の夫婦、会社員とその愛人・・・。最後には若者二人の強盗に出くわしますが、彼は持ち前の戦闘技術であっさりと返り討ちにしてしまいます。
 その彼に会いに来たのが、かつての日防軍時代の上官だった木暮少佐と呼ばれる男。彼は、自分たちの傭兵部隊に加わらないかと誘いにきたのです。U.S.N軍に捕らわれた捕虜の奪還作戦への参加要請。その捕虜の中にはあの新がいるかもしれないと・・・。そして、この時の彼のセリフが非常に印象的です。「女子供を肥え太らせるだけの薄っぺらな消費社会 肝を抜かれた男どもの性欲が氾濫する街・・・ ゆっくりと死滅に向かうモラルハザードのこの国にいるよりも 俺は戦場の方が心が和む」
 夜にきらめくビル街の遠景とともに語られるこの言葉は、今の日本の姿をこれ以上ないほどよく表現していると思うのですが、どうでしょうか。常木が乗せたタクシーの客の姿にも、それはいちいちよく表れています。もちろん、このような薄汚れた一面だけが、日本の東京の姿ではないとは思いますが、しかしこのようにモラルハザードが進んで退廃した一面を、今の日本は確実に持ち合わせていると思うのです。このシーンは、今まで以上に直接的に日本の姿をよく捉えています。

 その一方で、常木が傭兵として遠征する前に帰った、生まれ故郷の田舎の様子には、ほっと心和むところがあります。常木の祖母は今でもうどん屋をやっていて、久々に帰ってきた彼の姿を見て喜び、常木の方も祖母のために看板を直す仕事をして喜ばれます。そんな中で描かれる、寂れてはいるがいまだ自然が残るのどかな田舎の光景は、古きよき日本の姿を惜しみなく出していて、感極まるほどの美しい郷愁を覚える名シーンとなっています。


・「羊飼い」たちの素晴らしい活躍に胸が躍る。
 さて、そうして再び過酷な戦場へと、傭兵として舞い戻った常木楷ですが、ここでかつての戦場で見せた時とまったく変わらぬ、素晴らしい活躍を見せることになります。

 常木がかつて戦場で呼ばれていた愛称は羊飼い。これは、無能な羊(=能力の低い兵士)たちをうまく導いて生還させるその力を指しての愛称で、今回も、集まった傭兵集団の中でも特に能力の低い一団の指揮を任され、彼らをたびたびうまく先導し、絶体絶命の危機を何度も乗り越えることに成功するのです。最初のうちは、常木を警戒し嫌っていた傭兵たちも、その卓越した手腕と命を救われた恩義から大いに信頼を高め、ついには互いに過去の身の上の話し合うほど親密な一団となり、任務達成に向けて一丸となって挑むことになるのです。このくだりは本当に感動するもので、羊飼いの戦場での卓越した軍事能力と、彼を中心に落ちこぼれの傭兵たちが見せる必死の活躍、そして見ていて胸が熱くなる傭兵同士の信頼関係と、どれを取っても素晴らしいシーンとなっています。

 さらには、そんな彼らの前に立ちはだかる強大な敵との闘いも熱い。彼らの最大の敵として登場するのは「クイーン・オブ・マッドネス」という超高性能のヴァンツァー。その圧倒的な戦闘力に翻弄されつつも、必死に奮戦する傭兵部隊のバトルシーンこそが、このエピソードの最大の山場のひとつとなっています。さらには、その「クイーン」のパイロットは、なんと捕虜になっているはずの弟の新だということが判明。そんな彼の姿に楷は驚愕し、手を差し伸べるもかなわず逃してしまう。これは作中でも屈指の名シーンと言えるでしょう。

 これまでの「フロントミッション」のエピソードも、いずれも劣らぬ名作揃いでしたが、今回はストーリーの面白さに関してはさらに上回っていると感じます。「羊飼い」と呼ばれる主人公の勇姿、寄せ集めの傭兵部隊たちの奮戦ぶり、それに立ちはだかる強大な敵、とひとつの戦争ものとして非常に面白く仕上がっています。


・なぜ彼は虐殺を黙認したのか。
 そんな羊飼いの勇姿を中心に、高揚していくストーリーの中で、ひとつ大きく影を落とすエピソードがあります。彼ら傭兵部隊が、村の住人を虐殺する陰惨極まるエピソードがあるのです。

 過酷な任務の遂行中に、現地の村を見つけた彼ら生き残りの傭兵部隊は、補給のために食料や物資を差し出すように村人に強要します。これ自体不当な強奪行為であり、本来許されることではないのですが、問題はその後。この強要行為により、傭兵部隊と村人との間の緊張状態が高まり、一触即発の状態となり、ついには武力で勝る傭兵部隊が暴走、村を焼き払い村人を一人残らず虐殺してしまうのです。リーダーの常木は、それに積極的に関与したわけではありませんが、ほぼ傍観の状態で黙認してしまいます。

 元々、常木楷は、弟の新の起こした虐殺によって軍隊をクビになり、しがないタクシードライバーとして公安に監視されつつ過ごしてきたわけです。そんな彼が、なぜここで虐殺を黙認したのか? これは、楷自身の達観したような言動で明らかになります。
 つまり、このような緊迫した戦場では、このような虐殺は起こるべくものであり、仕方のないところもあると。「かつては新の行動は理解できなかったが、今になって自分も同じ状況に直面して、ようやくそれが分かった」と、そのようなことを話すのです。

 そして、このシーンこそが、戦争というものの恐るべき実態を、これ以上ないほどよく表していると思うのです。この「フロントミッション」という連載、単に戦争での戦闘を描いた戦争ものではなく、「戦争の様々な側面を描く」ということが、もっと大きなメインテーマとなっています。それを、今回は、「非日常の過酷な戦場で起こってしまう虐殺行為」のシーンであますことなく描いています。虐殺という行為は決して許されるわけではありませんし、「戦争だから仕方がない」などというつもりもありません。しかし、そんな行為すらちょっとしたいさかいが原因で簡単に起こってしまう。それが、まさに戦争の持つ恐ろしい現実ではないか。そう訴えているのだと思うのです。


 さて、現在(2011年11月現在)も、この「羊飼いの帰還」編は続いており、クライマックスに向けてますます盛り上がりそうです。これからも、あるいはこのエピソードが完結した次の話でも、さらにこのような「戦争の現実」を描き続けてくれるのではないかと期待しています。


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