<キッドアイラック!>

2012・12・1

 「キッドアイラック!」は、ヤングガンガンで2012年No.12から開始された連載で、近年よく見られるようになった「お笑い」をテーマにしたマンガとなっています。最近では、スクエニでも、特にこのヤングガンガンでも、お笑いを扱った作品を推し始めたらしく、この連載の直後にももうひとつ「少女芸人トリオ ごるもあ」という、お笑い芸人が主役のマンガの連載を始めています。

 作者は、長田悠幸。さらに、構成協力に町田一八の名前も挙がっています。長田さんは、かつては少年ガンガンで連載していた作家なのですが、そちらの作品は今ひとつだったようで、ガンガンONLINEへと移籍して連載を終了しています。今回は、ヤングガンガンに掲載先を移して心機一転といったところでしょうか。一方で、町田一八は、少し前までヤングガンガンの時代もの連載「新選組刃義抄 アサギ」でも構成協力に名前が見られており、今度はお笑いマンガに舞台を移しての活動となったようです。

 長田さんのマンガは、かねてより古きよき少年マンガの趣きがあり、熱血・骨太で力強いエピソードつくりとしっかりとした画力に見るものがありました。今回の「キッドアイラック!」でも、「お笑い」という一見してくだけたテーマにも見えますが、実際には極めて「熱い」ストーリーとなっていて、お笑いにかける主人公や周囲のキャラクターたちの熱意に引き込まれるマンガとなっているようです。ガンガンでの連載は成功したとは言い難いものがありましたが、今回のこれは紛れもない力作であり、是非とも成功してほしい一作だと思います。

 また、お笑いマンガとしても、登場するお笑いのスタイルに「大喜利」を取り上げた点が、ひどく目の付け所がいいと思いました。近年大きく人気を呼んでいるこのスタイルを、徹底的に楽しもうとするキャラクターたちの姿を見れば、「シンプルなお笑いの持つ面白さ・楽しさ」を存分に感じられると思います。


・マガジンからガンガンへ。力強い少年マンガを描き続ける長田悠幸。
 上記では、作者の長田悠幸は、元々ガンガンで描いていたと記述しましたが、しかしそのガンガン以前には、主に講談社のマガジン系雑誌でいくつも連載を重ねていました。

 デビューはヤングマガジンだったようですが、のちにマガジンSPECIALで「トト」という連載を開始、さらに週刊少年マガジンで、その「トト」のリメイクと言える「トト! the wonderful adventure」の連載を開始。これが最も知られている連載でしょう。どちらも、世界が滅びた未来の世界で、「装神具(アクセサリ)」というアイテムを巡ってトレジャーハントの冒険を行う主人公の姿を描いたもので、この時から比較的古いタイプの、力強い少年マンガの趣きを持つ作品を描いていたように思います。
 その後も、その「トト」とつながりを持つ連載「TRIBAL 12」を再びマガジンSPECIALで連載したり、あるいはこれは新潮社のコミックバンチで「天の覇王 北斗の拳ラオウ外伝」の作画を担当したりと活動を続けています。

 しかし、2008年になって、その講談社中心の活動が途絶え、代わって少年ガンガンで「RUN day BURST」の連載を開始。講談社のメジャー誌で主に活動していた作家が、スクエニのガンガンで連載開始というのは意外な展開で、一部で話題を集めたようです。
 この「RUN day BURST」も、やはり力強い骨太な少年マンガで、世界を股にかけるカーレースを舞台に、少年と青年たちがチームを組んでレースに挑む、すがすがしい作風の連載となっていました。読ませるエピソードの多い名作だと思いましたが、しかし思ったほどの人気は得られなかったようで、終盤にはガンガンONLINEへと移籍しての連載となりました。これは事実上の左遷とも言える扱いだったと思いますし、応援していたわたしとしては、ひどく残念な展開だと思ってしまいました。ガンガンは、少年マンガに力を入れている雑誌ではありますが、しかしこの「RUN day BURST」は、今人気を得ているタイプの少年マンガではなく、随分と古いタイプのマンガに感じられたのが、人気が奮わなかった大きな理由だったのかなと思ってしまいました。

 と、このようにガンガンでの連載は成功しなかった作者ですが、終了後しばらくして、今度はヤングガンガンでこの「キッドアイラック!」の連載を開始。まだまだスクエニでの活動は続くようで、これにはガンガンでの連載を評価していたわたしも、大いに嬉しく思ってしまいました。


・お笑いの道は苦難の連続。なお突き進む主人公の姿に強烈に引きこまれる。
 さて、この「キッドアイラック!」ですが、主人公はやおきん(矢追金次郎)と呼ばれる男子高校生。彼は、いわゆる不良の生徒で、普段から何度も喧嘩をするような日々を過ごしています。しかし、一方で幼なじみの江崎久里子とはいい仲の付き合いで、信頼のおける不良仲間も何人もいて、楽しいひと時をも過ごしていました。

 しかし、そんな高校の日常は、ある日久里子が暴漢に襲われたことで一変します。ひどいショックを受けた久里子は、完全に心を閉ざしてしまいます。部屋に閉じこもってしまった彼女の元に、やおきんは日々励ましに訪れますが、状況はまったく改善せず、久里子の母親からも「もういいよ」とあきらめの言葉をかけられてしまいます。
 ここで完全に絶望してしまったやおきんですが、そんな時に偶然耳にしたラジオのお笑い番組のネタを聞いて、こんな時でも自分が笑ってしまったことに気づきます。そして、久里子がお笑いが何よりも好きだったことを思い出し、それなら自分が笑わせてやると、お笑いの道へと突き進むことになるのです。

 しかし、お笑いの経験がまったくなく、またセンスもまったくなかった彼には、お笑いへの道は苦難の連続でした。最初に、学校のお笑い研究部を訪れて必死に入部を希望しますが、しかしそこの部長の森永の出したテストにはまったくいい結果を出せず、森永に鼻で笑われて入部を断られてしまいます。
 ここで再び行き詰ってしまったやおきんですが、しかしクラスメイトの湖池やよいが、ラジオのお笑い番組のハガキ職人であることを知り、今度はそちらの弟子になることを必死に頼みます。必死に断るやよいですが、しかしやおきんのお笑いにかける真剣すぎる努力を見て、ついに弟子入りを了承、ここにいてようやくやおきんはお笑いへの道を一歩進むことになります。

 しかし、それでもやおきんの苦難はまったく尽きませんでした。彼は、久里子を救いたいという一心でお笑いに励んでいるのですが、それを見た周囲の人たちには、ただ単に毎日笑っているようにしか見えなかったのです。そんな風に誤解されて冷たい言葉をかけられたばかりか、さらにはかつて喧嘩でのしていた他校の不良たちも学校に来襲、「久里子を救うまでは人を殴らない」ことを決めた彼は、まったく無抵抗で殴られるままになってしまいます。

 これで周囲の人間の信頼も失ってしまったと思った彼は、お笑いのネタもまったく受けず、完全に絶望してしまいます。はっきりいって、まさかお笑いマンガで、ここまで主人公が徹底的に追い詰められる展開になるとは、まったく予想していませんでした。お笑いの道はそこまで厳しいものなのか。このシビアでシリアスな展開と、そこから何度でも立ち上がっていく主人公の姿には、大いに心に響くものがあります。


・お笑いのジャンルに「大喜利」を選んだのはいい選択だと思う。
 そしてもうひとつ、作中で登場するお笑いに、近年顕著な人気を獲得している「大喜利」をあえて選んだのは、いいチョイスではないかと思います。

 「大喜利」とは、あるお題に対して、当意即妙の効いた解答を行って笑いを誘うお笑いのスタイル。これは、元は日本テレビの老舗番組「笑点」の人気コーナーですが、数年前からの落語ブームも手伝って「笑点」の人気が近年特に高まり、それに伴って「大喜利」というお笑いの形式にも単独で人気が集まっていき、特にウェブ上では各所で盛んに行われているようです。誰でも気軽に参加でき、工夫次第で即興の笑いを取って楽しむことが出来る。これが人気の理由でしょう。

 このマンガでも、この大喜利に関しては、かなり詳しい説明が行われています。前述のお笑い研究部の森永による説明では、大喜利とは、「幾通りものおもしろい解答を考えるのはもちろんのこと、それを繰り出すタイミングと順番を図りつつ、もっともおもしろく表現するには字で書くべきか絵で描くべきか吟味する。」「僕にとって大喜利とは”究極の知的ゲーム”」であると言います。
 実はこの森永、やおきんに対してはいやらしい言動のライバルとしても描かれていて、やおきんのお笑いレベルの低さを嘲笑して入部の誘いを蹴ったばかりか、大喜利のオフ会でもやおきんを陥れようとします。しかし、決してイヤミなライバルであるだけでなく、真剣に大喜利を突き詰める努力を見せ、ひどくストイックで求道的にお笑いを目指す姿勢には、それはそれで見上げるものがあると思います。

 一方でやおきんの方ですが、ネタが中々受けないことにも屈せず、オフ会で何度も解答を出し続けることで、ついには周囲のひとを巻き込んで、みんなが思い思いに解答を連発する、誰もが自由に参加できる最高に楽しい空間を作り上げています。森永のようにストイックにお笑いを追求するのもひとつの道ですが、このようにみんなが楽しめる空間を作り出せるのも、また大喜利の醍醐味のひとつではないか。このように、大喜利というお笑いジャンルのもつ様々な奥深い側面、その魅力を存分に見せようとするこの作品の試みは、大いに評価されると思います。


・確かな読み応えを感じる力作。お笑いマンガの新しい作品として期待できる。
 以上のように、この「キッドアイラック!」、お笑いをテーマにしたマンガながら、この作者らしいどこまでも骨太で熱いストーリーと、「大喜利」の魅力を真剣に追求する姿勢が強く感じられ、少年マンガとしてもお笑いマンガとしても読み応えのある作品になっていると思います。さすがに長田悠幸のマンガだけあって、作画もエピソード作りも卒なくレベルが高い。青年誌のヤングガンガンでもその雰囲気はまったく変わっておらず、これには大いに納得しました。

 また、お笑いマンガに新たに加わる一作品としても、面白い存在ではないかと思います。既存のお笑いがテーマのマンガとしては、かつての週刊少年ジャンプの連載で、現在はヤングジャンプで連載を続けている森田まさのりの「べしゃり暮らし」、久米田康治原作でアニメ化もされた人気作品「じょしらく」あたりが有名どころだと思いますが、この「キッドアイラック!」は、それらとは異なるタイプのお笑いマンガとして、期待できるのではないかと思います。

 また、このヤングガンガンを中心とした、スクエニのお笑いマンガの推進ぶりにも注目したいところです。前述したヤングガンガンのもうひとつのお笑いマンガ「少女芸人トリオ ごるもあ」(青稀シン)に加えて、こちらは姉妹誌のビッグガンガンの連載「くーろんず」(ダ・ヴィンチ・恐山)という作品もあります。これは、元はウェブ上の大喜利で著名だった作者によるマンガ連載で、大喜利的とも言える絶妙なネタの掛け合いが面白い作品になっています。先日は、この「キッドアイラック!」と「くーろんず」の作者を始めとした、ヤングガンガン作家を中心とした大喜利イベントが行われ、これは大いに盛り上がったようです。こうしたお笑いならではの企画を進めて、マンガを盛り上げていくのも面白いのではないでしょうか。

 (参考)長田悠幸&恐山の大喜利大会、空気読ませ主役チームが優勝コミックナタリー


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