<魍魎の揺りかご>

2011・12・8

 「魍魎の揺りかご(モウリョウノユリカゴ)」は、ヤングガンガンで2010年No.9から開始された連載で、同誌で「鬼燈の島(ホオズキノシマ)」を連載していた三部けいのヤングガンガンでの新しい連載となっています。「鬼燈の島」は、2008年から2009年にかけて1年間ほど連載しており、その完結から約1年後にこの「魍魎の揺りかご」が始まる形となっています。前作も増刊で外伝が掲載されるなど中々好評だったようで、その評価を受けての次回作の連載となったようです。完全にこの雑誌に定着したと見てよいでしょう。

 作者の三部けいさんは、元は角川系の雑誌で連載しており、あるいは最近でも角川の月刊少年エースやエースアサルトの方で「カミヤドリ」とその続編「神宿りのナギ 」の連載を続けていました。ただ、そちらの連載は現在止まっており、現在(2011年)では、こちらのヤングガンガンの連載が唯一の定期連載となっているようです。元は角川系の雑誌を中心に活動していたものの、最近ではスクエニのヤングガンガンの方に活動の主流が移りつつあると見てよいかもしれません。

 さて、この「魍魎の揺りかご」ですが、洋上に浮かぶ豪華客船を舞台に、そこに閉じ込められた高校生たちを主役にしたパニック・ホラーと言える作品となっています。突然の事故で船は転覆、上下が逆さまになった客船からの皆は脱出を試みますが、なぜか得体の知れない不気味な殺人鬼たちが船内を徘徊し、彼らに襲い掛かり、しかも健常な者も”感染”して殺人鬼と化してしまうという、一種のゾンビものの作品となっています。設定自体はオーソドックスかもしれませんが、ストーリーは重厚で面白く、脱出を目指して船内を探索することで次第に判明していく事件の真相、そして生き残った生徒たちが殺人鬼から逃れるために繰り広げる駆け引きに見ごたえがあります。

 さらには、自らも感染して殺人鬼と化してしまった、あるいは感染してしまったのではないかと、不安に怯える生徒たちの負の感情の描写も見所です。前作「鬼燈の島」も、そうした疑心暗鬼に囚われた登場人物たちの心理が大きな見所でしたが、それはこの「魍魎の揺りかご」にもしっかりと受け継がれています。


・重厚な作品を描き続ける作家。
 三部けいの商業誌での活動は、はるか90年代の前半にまで遡ります。新人として手塚賞やアフタヌーン四季賞などを受賞したのち、電撃(メディアワークス)に活動の舞台を得て、ライトノベル「ブラックロッド」のコミカライズを担当したのが、最初の連載だったようです。その後、いくつかの作品を経て、2000年から富士見のコミックドラゴンで、作者の代表作となる「テスタロト」の連載を開始。中世的ファンタジー世界が舞台のガンアクションもので、重厚なバトルファンタジー作品として非常に読み応えのある作品に仕上がっていました。

 ところが、2003年にコミックドラゴンがドラゴンエイジへとリニューアルされる際、このマンガは移籍されることなく中断してしまうのです。理由はよく分からないのですが、どうも新雑誌の路線に合わなかったのではと考えられる節があります。ドラゴンエイジは、当初より萌え系の作品が雑誌の中心となり、このような本格ファンタジーは求められていなかったのではないかと。同時期に、他にも、伊藤勢や大森葵のファンタジー作品も中断してしまっており、そのことを裏付けています。

 しかし、富士見書房での連載は中断してしまいましたが、今度は同じ角川系の少年エース(角川書店)で、もうひとつの代表作である「カミヤドリ」の連載を開始。こちらは、現代的な世界を舞台に、「カミヤドリ」と呼ばれるウイルス感染者との戦いを描いた作品となっており、やはり本格派の現代ファンタジー(もしくはSF)と言える作品となっています。2003年から2006年まで連載され、さらに続編となる「神宿りのナギ」がエースアサルトと少年エースで連載され、こちらは2010年まで続いています。

 いずれも、中心となる作風は、骨太なファンタジーやSF作品であり、これまで長く力のこもった作品を描き続けてきた実力派作家と言えます。一方で、ヤングガンガンでの連載「鬼燈の島」とこの「魍魎の揺りかご」は、いずれも現代の日本を舞台にしており、より現実に即した設定の作品となっていますが、その重厚な作風は変わっていません。


・沈没する豪華客船を舞台にしたパニックホラー。いわゆるゾンビもの作品とも言える。
 この物語の舞台は、修学旅行の高校生たちが乗り合わせた豪華客船。地上8階・地下3階の壮大なスケールの船でしたが、しかし何らかの事故に巻き込まれて転覆、上下が完全に逆さまになって沈没し始めます。この時点で多くの死者が出たばかりでなく、さらには船内に狂った殺人鬼たちが大量に出没、生き残った者たちに襲い掛かるようになります。そんな、沈没する船と襲い来る殺人鬼の恐怖の中で、生き残った生徒たちが、なんとか閉ざされた船内から脱出を試みようと必死に奮闘する、そんなパニック・ホラー、もしくはサバイバル・ホラーと呼べる作品となっています。

 殺人鬼たちは、理性と呼べるようなものはすでになく、しかも異様な回復能力と人の肉を食べようとする本能を併せ持ち、船内で生き残った者たちに次々に襲い掛かります。さらには、殺人鬼に咬まれたり血を浴びたりしたものは、感染していつかは自分も殺人鬼になってしまいます。これは、映画でよく見られるゾンビものを踏襲した設定で、ゾンビ映画のゾンビにほど近い設定の存在だと考えていいでしょう。すなわち、豪華客船という密室空間を舞台にしたゾンビもの作品だと言えます。

 作者独特の濃く太い絵柄で描かれる殺人鬼と人間との攻防は、凄みと迫力が感じられ、ホラーものとして非常によく描けています。また、生き残りをかけた生徒たちの必死の奮闘や他者との駆け引き、感染した者が抱く不安と恐怖の感情など、ストーリー面でも見所は多く、純粋に面白い。設定自体は過去のゾンビものを彷彿とさせるもので、目新しさはそれほどでもないかもしれませんが、内容は非常に充実しており、このジャンルでの良作のひとつに加えるに十分な作品となっています。


・船からの脱出・生き残りをかけての奮闘、駆け引きが面白い。
 まず、船に閉じ込められ殺人鬼の恐怖におびえる生徒たちが、なんとか状況を把握して、精一杯の努力でここから脱出しようと奮闘する姿に見ごたえがあります。一緒に行動する生徒たちの中には、互いに協力して弱いものもかばいつつ進もうとする人道的な者たちもいれば、生き残るために非情な判断を下し、仲間を切り捨ててでも進もうとする者や、あるいは自己の利益を優先して他人を利用しようとする者もいます。

 物語の主人公格である滝川優矢、ヒロイン格とも言える鮎川真琴らが中心となったパーティーは、出来る限り弱いものもすべて救って脱出しようとする、基本的にはよき一行として描かれています。滝川は無口だが根は優しい性格、鮎川も自分よりも他人を優先するやはり優しい性格の持ち主です。彼らは、車椅子の男子生徒である縞田、盲目の女子生徒の鈴原らをしっかりとかばいつつ、荒れて進むこともままならない船内でなんとか道を切り開こうとします。

 その一方で、非情な判断で使えない仲間、感染が疑われる仲間を容赦なく切り捨てて進もうとするのが、不良生徒の芹沢が率いる一行。リーダーの芹沢が非情な性格で、誰もそれに逆らえず彼の決定を恐れつつ先に進んでいます。芹沢は、仲間が感染していないことの証明のために、全員の腕に十字架の焼印まで押すような行為まで行い(感染して殺人鬼になったものは、異常な回復能力ですぐ傷が治るため、焼印が消えることでそれと知れる)、殺人鬼に襲われた時にも都合のいい生徒を平然と囮にします。

 また、自己の利益のために、単独行動に走る春日という生徒もいます。元は滝川らのパーティーに同行していたのですが、あまりに冷徹で合理的な性格から滝川とは折り合いが悪く、ついには一行から離れて船内を単独で動き、対立する芹沢を倒すために何も知らない女生徒たちを巧みに利用しようとします。

 このように、誰もが脱出を必死に試みる緊迫した船内の中でも、それぞれの性格、抱く思惑の違いから、まったく違ったスタンスの行動に走ってしまう。そんな異なる立場の彼らが邂逅することで、織り成される葛藤や駆け引きの描写が、実に面白く描けています。狡猾な春日が、女生徒たちを言葉巧みに仲間に引き込むエピソードなどは、その言葉の駆け引きのうまさに、(ある意味)感心してしまうようなシーンとなっています。


・負の感情に囚われた生徒の暗い姿にも見るべきものがある。
 そしてもうひとり、滝川らのパーティーの一員だった宮村華菜(カナ)という生徒が、この物語でも最もクローズアップされた存在となっています。彼は、殺人鬼によって感染してしまい、仲間に感染が発覚することを恐れて数々の卑劣な行為を行い、ついには彼らに襲い掛かるまでになります。

 彼女は、元から身勝手であまりいい性格ではなかったようですが、自分の傷が不自然に治る様を見て、感染の恐怖に怯え「なぜ自分だけがこのような目に」と思い込み、さらに卑怯な性格となって、他の一行の不幸まで望むようになります。
 殺人鬼に追われて扉に逃げ込もうとしている鮎川の前で、わざと扉を閉めて彼女を見捨て、自分の感染を疑う縞田を車椅子から下に突き落とし、春日を罠に嵌めてエレベーターの縦穴に落とそうとしたり、背後から襲いかかろうとするなど(これはいずれも気付いた春日に返り討ちにされる)、その行為は非常にあさましいものがあります。最後には完全に殺人鬼と化してしまい、滝川らに襲い掛かって肉を食べようとするまでになります。

 こうした行為は、まさに醜いものでよき人間が取るべき行動ではありませんが、しかし自分が感染したことでおびえ、負の感情に囚われてしまった人間の姿として、そうした暗い感情をリアルに描くのも、ひとつの作品のテーマとして意義があるのではないでしょうか。作者の前作「鬼燈の島」でも、クワダテという変態教師の抱く暗い感情に見るべきものがあり、彼を主人公にした外伝が描かれたほどです。今回の「魍魎の揺りかご」でも、滝川や鮎川、芹沢や春日以上に、このカナの陰鬱な姿こそが、作中で最も強い存在感があったような気がするのです。最後には、滝川に止めを刺され、なおもしぶとく生きていたものの次第に意識が薄れ、ついには死んでいきます。そこで、今までひたすら抱いてきた暗い感情が、薄れ行く意識と共に視界が暗闇に閉ざされる中、ついには途絶えて消えうせてしまう。悪い人間だったとはいえ、そこに一抹の儚さを感じることが出来る屈指の名シーンになっていたと思います。


・ヤングガンガンの中でも毎回読み応えのある良作のひとつ。
 以上のように、この「魍魎のゆりかご」、転覆した豪華客船内でのパニック・ホラー、ゾンビホラーとしてよく描けており、今のヤングガンガンの中でも存在感のある良作となっています。作者の前作「鬼燈の島」もかなり評価されていたようですが、今回はそれ以上に盛り上がっているように感じます。前回はサイコホラーのような雰囲気で、精神的な恐怖が中心でしたが、今回は比較的オーソドックスなゾンビものホラーとなって、分かりやすい見た目の恐怖とアクションシーンが豊富に見られることも、さらなる人気の理由のひとつではないでしょうか。

 最近のヤングガンガンは、以前にもましてこのような本格派の重厚なストーリーの作品が盛り上がっているようで、雑誌の中心に配置されることも珍しくありません。2011年の最終号であるNo.24では、この「魍魎の揺りかご」に前後して「牙の旅商人」「死がふたりを分かつまで」「FRONT MISSION DOG LIFE &DOG STYLE」と、いずれも読み応えのある本格派ファンタジーやバトルアクションものが連続して掲載されており、その誌面の密度の濃さに思わず唸ってしまいました。こうしたヤングガンガンの良作陣のひとつの中に、この「魍魎の揺りかご」も完全に組み込まれたと見てよいでしょう。

 また、これまでは角川の雑誌を中心に活動していた三部けいが、この作品で完全にスクエニのヤングガンガンに定着したことも意義深いものがあります。かつて、コミックドラゴンの力作だった「テスタロト」が中断に追い込まれた時はどうかと思ったのですが、その後少年エースで「カミヤドリ」というもうひとつの代表作を連載することが出来て、さらには新天地のスクエニでもこのように優秀な新作を連載し続けています。最近ではこのスクエニの方に活動の中心が移った感もあります。この連載も、いまだストーリーは中盤ながらその盛り上がりには確かなものがあり、これからの展開にも存分に期待できそうです。


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