<ムカンノテイオー>

2007・6・27

 「ムカンノテイオー」は、ヤングガンガンで2006年13号より始まった連載で、この雑誌では比較的少数派の「職業もの」、それもテレビ局を舞台にした「業界もの」として、同誌の中では中堅どころに位置する作品です。作者は玉置一平。元々は他出版社の青年誌でマンガを描いていたらしく、また、PSゲームの「クロス探偵物語」のキャラクターデザインやグラフィック監修を担当したこともあるようです。加えて、取材協力に「HTロクシス」なる名前が挙がっていますが、このマンガのリアルなテレビ局の描写には、彼の力が大いに貢献しているように思えます。

 元々、ヤングガンガンは、コアなマニア読者を対象とするマニアックな連載マンガが多く、それも従来のスクエニ系作品にほど近いタイプの作品が人気を集めています。しかし、この2006年中期あたりから、そのような方向性とは一線を画する、一般の大手青年誌にも載るような、比較的スタンダードな青年マンガも多く見られるようになりました。この「ムカンノテイオー」は、その中でも最も作品のレベルが高く、最大の(あるいはほぼ唯一の)成功作となり、この手のマンガが受けにくい誌面の中では、かなりの健闘を見せています。

 しかも、連載を重ねるにつれ、このマンガの「テレビ局の裏側」を精緻に扱った描写が注目を集めるようになり、単なる職業もの・業界ものとは一線を画するリアリティが、かなりの話題を呼ぶようになりました。毎回、マンガの連載ページに付属して掲載されているコラムも、一般の人では知らないようなテレビ局の内情が克明に記されており、その点でも非常に興味深い連載となっています。最近では、テレビ局に勤めている実際のスタッフのコメントが掲載されるようになり、誰もが揃ってこのマンガのリアリティを絶賛しています。

 しかし、それだけのコンスタントな成功を収めているにもかかわらず、どういうわけかコミックスが一向に発売されませんでした。話数はとっくの昔にたまっているはずなのに、なぜかコミックスが出ず、「もしかしてこの手の(マニア読者に受けそうにない)マンガは、スクエニではコミックスを出させてもらえないのでは」と勝手に推測していましたが、連載からほぼ1年が経過した2007年6月、1・2巻同時発売という形で、ようやくコミックスが世に出る形となりました。もっとも、コミックスは出たものの、ヤングガンガンでも到底売れ線とは言えないマンガであることは否めず、書店でもネットでも注目度は低い状態が続いています。が、そんな世間の動向とはまったく正反対の、極めて意欲的な良作であることは間違いありません。


・「一般の読者には拾いきれないほどの情報量で、業界内部の話が濃くリアルに描かれている。」(34歳・制作会社所属ディレクター・男)
・「オンエア時間が近づくにつれ高まっていく、スタジオの緊張感と高揚感。生放送の雰囲気をこの作品で味わってほしい。」(26歳・タイムキーパー・女)

 このマンガのストーリーは、主人公で暴走族のリーダーの藤田平蔵(23歳ニート)が、とあるきっかけから、東京のテレビ局の制作プロダクションで働くことになり、そこで業界の内情を知ってときに怒りを覚えつつも、尚も自分の意思で精一杯働いていくというものです。何も知らない素人だった主人公が、業界内部の事情を知りつつ成長していくという、この手の「職業もの」では定番中の定番とも言えるストーリーで、それだけを見ればさほど目新しさはないかもしれません。

 しかし、このマンガは、それ以上に見るべきものがあります。本当に見るべきは、「テレビ局の裏側を克明に描いた、リアリティあふれる描写」。これに尽きます。
 とにかく、テレビ局の仕事の場面を描いた1シーン1シーン、そのすべてにリアリティがあります。テレビ局内部の制作ルーム、生放送の行われるスタジオ、取材先の店舗や旅館、騒乱極まる事故現場の様子など、どれも本当に正鵠に描いている。作者の絵柄自体は、極めてシンプルな青年誌的なもので、細部まで徹底的に描きこむようなタイプの絵ではないのですが、そのシンプルな画面においてなお、そこには確かなリアリティが感じられるのです。
 これには、作者の絵の力だけでなく、取材協力者による確かな取材力にも一因があるのでしょう。どうやってここまで取材しているのかよく分かりませんが、その再現力には相当なものがあります。

 中でも、生放送直前から、本番中にかけてのスタジオの描写。これはかなり面白い。放送中の緊張感や高揚感だけでなく、カメラに映らない裏側の様子や、同じくCMに入った時の意外な光景など、「なるほど、実はそんな感じなのか」と非常に興味深く読むことが出来ます。


・「視聴率はやっぱり大事です。柳P&中川Dのヒゲコンビ万歳!」(42歳・某局プロデューサー・男)
・「織田はカッコつけすぎ。こんなヤツ実際にいたら嫌われる。妬みじゃないぞ!」(33歳・某局ディレクター・男)
・「小春はいずれ、取り返しのつかない事をしでかしそうで怖いです。こんな子、実際にいました。」(28歳・ミキサー・女)
・「司会者は裏表ある人が多いが、このマンガの加山も同様のようだ。目は笑ってるけど、腹黒そうなところが最高!」(38歳・放送作家・男)

 情景描写だけではありません。登場するキャラクターたち、とりわけテレビ局のスタッフたちの描写が、また強烈なリアリティを感じさせます。外見といい、内面の性格といい、「本当にこんなヤツがいそうだよなあ」と思うようなキャラクターばかりで、これがまた一手に惹きつけられます。プロデューサーやディレクター、AD(アシスタントディレクター)などの主要スタッフは当然として、ビデオエンジニアや音響エンジニアなど裏方の技術スタッフ、現場ロケに欠かせないカメラマンやドライバー、果ては番組のアナウンサーや司会や芸人に至るまで、どのキャラクターにも、すべてにおいて圧倒的なリアリティがあります。

 唯一、主人公の平蔵だけは、元暴走族のヤンキーという異質の存在で、かつ、彼の幼馴染で平蔵の破天荒な行動に影響を受ける女性アナウンサーの恵(立花恵)と合わせて、このふたりのみがやや浮いた存在となっていますが、それ以外のキャラクターは、誰も彼も本当にいてもおかしくないようなスタッフばかり。とりわけ、圧倒的な存在感を誇る強面の制作ディレクター(中川)と、テレビ番組の裏を仕切る局プロデューサー(柳)のヒゲコンビ、やり手の中堅でスカしたイケメンディレクター(織田)、男まさりの敏腕女ディレクター(千夏)、いつもおどおどして失敗を繰り返すドジで無能なAD(小春)、表面は笑顔だが裏の顔は黒いニュース司会者(加山)あたりは、テレビスタッフの真の姿をあまりにもよく捉えています。この真に迫るキャラクターの数々こそが、このマンガが圧倒的なリアリティで業界関係者にも絶賛される、最大の理由であると言えそうです。


・「ディレクターたちのセリフに、憎たらしいくらいに納得がいく。テレビの仕事はキレイ事だけじゃやっていけない。清濁併せ呑む覚悟が必要だ。」(45歳・制作会社所属ディレクター・男)
・「裏側リアルに描きすぎ!取材やりづらくなるから、ちょっとは手加減してください(笑)」(33歳・フリーレポーター・男)

 そして、このマンガの真に面白いのは、「テレビ局の仕事の裏側、その負の部分を徹底的に描いている」点に尽きると言えるでしょう。やらせや捏造の不祥事が当たり前のように報道される昨今、我々読者(視聴者)にとっても、このようなテレビ制作の内幕は最大の関心事のはずです。それを余すことなく描いている点、それこそが、このマンガの評価できる最大のポイントであることは間違いありません。

 とにかく、テレビスタッフの吐くセリフ、それも、プロデューサーやディレクターのような、曲がりなりにも上にいる方の人間が、汚いやり方を平然と口にする、そのセリフの数々、それがまたどれもこれも腹が立ちながらも納得できてしまうのです。「汚いやり方だが、本当にそういう仕事なんだろう」と思わせる説得力があります。
 とりわけ、昨今問題になっている「やらせ」「捏造」。これが生まれる根幹となっているテレビ局内部の実情、それが克明に描かれている点があまりにも興味深い。局のプロデューサーには、無理なことを承知で「やれ」と現場にプレッシャーをかける人物が多く、それを受けたディレクターの方は、なんとかしようとするが、もちろん現実にはそう毎回うまくはいかない。そこでつい、やらせを行ったりうそをついたりしてしまうケースがある・・・。そのあたりの、やらせや捏造が生まれるその過程、その瞬間をひとつひとつしっかりと切りだして描き切っている。その徹底的なまでの露骨な描写には、思わず唸ってしまうところがあります。


・「『無冠の帝王』の意味をこのマンガで知りました!(笑)」(38歳・某局ディレクター・男)

 しかし、そのようなテレビの負の面を描くだけではありません。このマンガは、テレビの持つ真の力、それも、報道のなすべき最も大切な仕事「権力の監視」の重要性を、ひどく強く訴えている側面もあるのです。

 そもその、このマンガのタイトルである「ムカンノテイオー(無冠の帝王)」。これは、本来はマスコミのことを表す言葉です。立法・行政・司法などの政府機関には属さないが、それに匹敵するほどの大きな力を持つ存在。いわゆる「第四の権力」。その別名が「無冠の帝王」なのです。頭に冠こそないが、政府機関等の権力者に匹敵する、いわば帝王のような力を持つからこそ、常に権力の監視を行い、かつ、自分自身が持つ権力に飲まれないように、自制と自戒の念を込めて活動する必要があるのです。

 そのことを強く表したエピソードが、警察権力による事件のもみ消し疑惑を、主人公の平蔵ほかテレビクルーたちが一丸となって暴こうとする話です。これは、連載でも序盤のクライマックスとも言える話で、大いに盛り上がりました。この話をもって、このマンガの実力が認められ、雑誌に定着したと言っても過言ではありません。この話では、テレビ局に関する描写だけでなく、警察による不祥事の描写にもかなりのリアリティが感じられ、このマンガが、実はかなり真面目な社会派作品であることを、強く印象付ける好エピソードとなりました。話の最後で、織田ディレクターの口から「無冠の帝王」の真の意味が明かされ、大見得を切ってマスコミの本来の役割を主張するそのくだりでは、本気で感動してしまいました。


・「いわゆる『ギョーカイもの』はウソばっかだけど、この作品は本物!!」(30歳・ロケバスドライバー・男)
・「我々『裏方』の仕事までしっかりと描写されていて、とても嬉しく思いました。」(23歳・技術会社所属ビデオエンジニア・男)

 そしてもうひとつ、マンガ本編と同等の存在として、毎回の連載で最後に掲載されるコラム記事「テレビの裏側丸分かりトーク」の内容が、これまた本当に興味深く、面白い。

 これは、主人公の平蔵とマンガ内の一キャラクターとの対談形式で構成されるコラムで、その回の連載内容に即して、テレビの実情を明かすコーナーです。そして、そこに書かれている内容は、我々一視聴者が知らないような、テレビ制作に関わるディープな事柄ばかりで、毎回毎回本当に面白い。付け焼刃でない真の事実を知ることができます。「テレビ局には、テープの中身を消す専用の機械があって、一本のテープを繰り返して使っている」「テレビで使われるテープは、業務用のものが主流で、30分テープで5000円以上する高価なものもある」などという事実は、本当に番組制作の一端の事実でしかないのですが、それでも普通の視聴者はまず知らないようなことで、それをこのコラムで知った時には、本気で感心してしまいました。それ以外にも、毎回細かいところまで突っ込んだ事実を書きまくっており、「よくここまで知っているな。この記事を書いてる人って何者?」と思うこともしばしばあります。個人的には、ある意味マンガ本編よりも楽しみにしているページであり、毎回の連載でこれが最大の楽しみになっていました。

 しかし、このような雑誌掲載のコラムは、コミックスでは収録されない場合が多く、コミックス発売においてそのことが最も心配でした。しかし、このマンガでは、コミックスにもこのコラムがきっちりと、それも連載時と全く同じ構成できっちりと収録されており、一安心しました。これでコミックスの価値がさらに高まったと言えるでしょう。はっきりいって、このコラムを読むためだけに、コミックスを買ってもよいほどです。コミックスへの収録を決定した編集者の英断に、本気で感謝したい。


・「天気が悪いだけで怒鳴られ、蹴られたりするのがAD。階段走るのは基本。平蔵ガンバレ!」(24歳・バラエティー番組AD・男)
・「平蔵の怒りは『視聴者』の怒りだ。テレビ業界の人間は、真剣に受け止めていかなければならない。」(25歳・ナレーター・女)
・「テレビ業界に数多く存在する構造的な問題を、この作品が浮き彫りにしていってくれることを期待します。」(45歳・テレビカメラマン・男)

 以上のように、このマンガの完成度、とりわけテレビ業界の内情を描ききったリアリティには、計り知れないものがあり、ヤングガンガンでもトップクラスの良作であることは間違いありません。なんとなく連載が始まった感のあるこのマンガですが、正直ここまで成長したのは意外中の意外で、まさに嬉しい誤算であり、連載が完全に軌道に乗った昨今、さらなる飛躍も期待できる作品になっています。

 また、このマンガの扱う「テレビ」というテーマが、今では極めてタイムリーなものである点も、実に評価が高いところです。やらせや捏造の発覚は日常茶飯事、テレビやマスコミに対する不信が日増しに高まる昨今、このようなテレビの内情を徹底的なリアリズムをもって描いたこのマンガの存在は、本当に貴重です。これほど今の世に求められているマンガは、そう多くはないでしょう。

 しかし、その一方で、このマンガは、一般の青年誌では定番の職業ものとは言え、マニア読者中心のスクエニ系雑誌では、決して売れ線とはいえず、そのために大きな話題になっておらず、先のコミックス発売でも注目度は低いままになっています。書店でもネットでもほとんど動きはなく、入荷冊数もかなり低く抑えられているようです。これは、非常に残念な状況であると言わざるを得ません。
 とりわけ、ネット上においては、ネタで話題になりそうなマンガばかりが売れる傾向が続いており、マンガの大手サイトやニュースサイトでも、採り上げるのは萌えマンガやエロマンガ、ネタになりそうなマンガが多くを占め、そのようなサイトで採り上げられたマンガが、ネット書店で集中して爆発的に売れる現象が続いています。一方で、このような萌えやエロ、ネタ要素のないマンガは、「地味」であるとされてしまい、ネットではまるで採り上げられない状況です。これでは、「ムカンノテイオー」のような作品が、大きな知名度を獲得するのは難しいかもしれません。

 しかし、このマンガは本当に優秀です。これほどのマンガは多くありません。また、このマンガは、本来はあまりこの手のマンガが出ない、スクエニ系から出たことも、意義が大きいのではないでしょうか。コアなマニア向けのマンガ雑誌、出版社に見えて、意外にもそれから外れた連載がちらほら見られ、そんなマンガもいつの間にか人気を獲得している。かつてのスクエニ(エニックス)では、そのようなことは珍しくありませんでした。この「ムカンノテイオー」のようなマンガが、いきなり現れるから、スクエニは面白い。


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