<ハーメルンのバイオリン弾き〜シェルクンチク〜>

2009・7・13

 「ハーメルンのバイオリン弾き〜シェルクンチク〜」は、ヤングガンガンで2008年3号から開始された連載で、かつて10年に及んだガンガン創刊号の長期連載「ハーメルンのバイオリン弾き」続編となる作品です。前作「ハーメルン」が終了したのが2001年であり、それからかなりのブランクを置いてのまさかの続編開始となり、これにはファンを中心に多くの読者に驚かれました。連載に先立って、増刊ヤングガンガンにおいて、本編から10年後のエピソードが「外伝」として掲載され、その後この外伝からさらに数年後の話として、この「シェルクンチク」の連載が開始されました。

 作者は渡辺道明。2001年、お家騒動前後以来のスクエニ(エニックス)は、かつての人気作家を再起用したり、あるいはかつての人気連載の続編や外伝を掲載したりと、そういった企画を積極的に採るようになります。この渡辺道明も、「ハーメルン」の連載を終えてしばらくして、「PHANTOM DEAD OR ALIVE(ファントム デッド オア アライブ)」という軍事・戦闘機もののマンガをガンガンで連載。しかしこれは成功せず、以後スクエニを長い間離れ、この「シェルクンチク」によってまさかのスクエニでの連載復帰となりました。

 しかも、かつて「ハーメルン」が連載されたガンガンでの掲載ではなく、青年誌のヤングガンガンでの掲載となりました。同系の復活作品では、あの「ロトの紋章」の続編「紋章を継ぐものたち」の連載がヤングガンガンで、一方で「南国少年パプワくん」の続編「PAPUWA」の連載はガンガンでと、双方の雑誌で続編の連載が見られますが、この「シェルクンチク」は前者、ヤングガンガンでの連載となりました。しかし、その作風は前作とさほど変わらず、特に青年誌に載るような高年齢の大人向けの作品とは思えません。むしろ「かつてガンガンで『ハーメルン』を読んでいた読者で、今は大人になった層に向けてヤングガンガンで連載する」という掲載理由が大きいように思われます。

 内容はまさに前作の続編ですが、作中でかなりの時間が経過しており、前作の主要人物で登場するのはごく一部のみ、活躍するのは前作の主人公の子供やその同世代の若者たちで、完全に世代交代が完了した次世代の物語となっているようです。しかし、一方でハーメルンらしさ、渡辺道明らしさは健在で、比較的前作の作風に程近い内容を維持しており、かつストーリー・ギャグの双方で中々のレベルを保っているようです。この続編は成功と見ていいかもしれません。

 なお、タイトルの「シェルクンチク」とは、チャイコフスキーの組曲としても有名な「くるみ割り人形」を表すロシア語であり、この物語の主人公の名前(シェル・クンチク)ともなっています。


・「ハーメルン」以後の渡辺道明の軌跡。
 前作「ハーメルンのバイオリン弾き」は、ガンガン初期の頃からの大人気作品で、途中でアニメ化もされ、最終的には10年に渡る長期連載となりました。序盤の頃の人気が特に顕著で、逆に中終盤以降は読者によってやや評価の分かれる作品となりましたが、それでも総じて最後まで高い人気を維持して最終回を迎えました。しかし、これだけの長期連載を終えた渡辺さんのその後は、決して芳しくありませんでした。

 まず、ハーメルン終了直後のエニックスで、あの「エニックスお家騒動」が起き、大きな混乱で渡辺さんの復帰も危ぶまれるような状態となります。しかし、意外にも騒動後極めて早い時期での復帰となり、2002年から「PHANTOM DEAD OR ALIVE(ファントム デッド オア アライブ)」という軍事・戦闘機もののマンガをガンガンで連載開始します。これには、「王道系の少年マンガ作品を復活させたい」という騒動後ガンガンの編集部の意向も非常に大きかったと思われます。
 しかし、この「ファントム」、いかんせん作品の完成度が芳しくなく、ストーリーの進み具合の遅さや、軍事面での描写のリアリティのなさが不評で、いい反応を得ることが出来ませんでした。この作者独特のギャグシーンも不発で、これは中盤以降の「ハーメルン」もそうだったのですが、シリアスなストーリーの腰を折る役割しか果たせませんでした。

 このような不評を受け、2004年に完全な打ち切りとして終了してしまいます。その後の渡辺さんは、長らくスクエニから離れてしまい、マッグガーデンの方から出された子供向け雑誌「プレコミックブンブン」の方で連載を行うなどしますが、注目度はまったく低く、もはやスクエニからはなかば忘れ去られた存在となっていました。

 それが、2007年において、まずガンガンで突然に久しぶりの読み切り作品を掲載。これは不評に終わりましたが、同年の末になって、今度は増刊ヤングガンガンでまさかの「ハーメルン」外伝を掲載。そして翌2008年初頭から、この「シェルクンチク」の連載を開始。なかば忘れ去られていた作家が、かつての人気作の続編でまさかの再連載という、衝撃的な復活劇となりました。


・前作の主人公の息子がストーリーの中心で、主人公の謎を巡るストーリーが興味深く読める。
 そして、続編としての肝心のですが、前作のラストにおいて登場した、主人公ハーメルの息子たちが、この物語の中心となっています。
 まず、主人公のひとりであるグレート。大魔王の血を引いていたハーメルの息子の中で、最もその血の影響が濃いとされ、かねて幼い頃より数々の差別や迫害をも経験しており、血の暴走でいつ凶暴化するかもしれない爆弾をも抱えており、それをいかに克服するかが最大の課題となっています。このような、「大魔王の血の克服」というテーマは、まさに前作のハーメルの抱えていたテーマそのものであり、このマンガが「ハーメルン」の続編だと言える最大のポイントであることは間違いないでしょう。

 そして今回、その血の克服において極めて重要な人物が、もうひとりの主人公でありマンガのタイトルにもなっている、シェル・クンチクです。魔法使いになるために、魔法学校に入るためにやってきたまだ小さい少年で、「大いなる潜在能力を秘めている」と言われながらも、なぜかまったくその能力を発揮できないで苦しんでいます。そんな彼が、グレートのために献身的に身を挺してかばう姿、このふたりの絆の強さが最大の見所といえます。前作では、ハーメルの暴走を止める最大の理解者は、ヒロインのフルートだったのですが、今回はもう一人の主役とも言える少年ということで、前作と異なるこのマンガのポイントとなっているようです。

 そしてもうひとつ、このシェルの方にも出自に謎があり、それを巡るストーリーにも興味が湧きます。見かけは純真な子供そのもので、精神的にも優しい心の持ち主なのですが、その奥には深い闇をも有しているようで、魔法の潜在力があるのに魔法がまったく使えないという点にも、大きな疑問が湧きます。このあたりの謎を巡る展開も、ストーリーの大きな焦点となっており、読者を引き付けるには十分の役割を果たしているようです。


・スフォルツェンド王国を巡る動向にも注目。
 さらには、今回の舞台は前作で中心的な国家だったスフォルツェンド王国であり、その国と周辺で怪しい動向を見せる魔族の間とのストーリーも見所となっています。

 前作の登場人物は多くないですが、それでもかつて大いに活躍した魔法兵団長・クラーリィと、執事のパーカスは健在のようで、要所でその変わらぬ辣腕ぶりを披露してくれます。ふたりとも今回は魔法学校の関係者ともなっており、学校に入学したシェルやグレートの動向を見守るひとつ上の存在として描かれています。

 加えて、今作ならではのキャラクターとして、グレートの兄であるリュートの存在も大きい。前作で登場したリュートと同名で容姿も非常に近いながら異なる人物であり、彼もまた魔族の血を引く兄弟として、あるいはスフォルツェンド魔法学校のエリート部隊の一員として、グレートやシェルをサポートする大きな役割を果たしています。グレートと対を成すクレバーな姿を見せる兄弟として、あるいは前作の重要人物をそのまま想起させる姿と名前とで、読者の間で印象的な存在となっています。

 そして、彼らが強固に守っているはずの王国に迫る、魔族たちの姿もストーリーの重要な要点となっています。主人公たちが通う魔法学校とはまた別の場所、国家の辺境のようなところでも密かに繰り広げられる魔族の不穏な行動と、それに目を光らせ機敏に対応するクラーリィやパーカスたちの姿が、前作からつながる緊迫した魔王との戦い、その再発の発端となるようです。


・ギャグが今回面白いのも評価できる。
 このような、興味が持てるストーリー展開に加えて、今回はギャグもかなり楽しめているのも評価できるポイントだと思います。

 前作「ハーメルン」では、序盤の頃はギャグがむしろ中心で、爆笑できる狂騒的なギャグこそが、まさにハーメルンという作品そのものでした。しかし、中盤以降、作品がシリアス度を増すにつれ、その要素は希薄になり、たまに登場するギャグシーンが逆に浮いてしまい、読者の間で賛否を巻き起こす結果になりました。これは終盤までまったく変わらず、 しかも作者の次回作である「ファントム」の方でもその欠点が露骨に表れる形となってしまいました。

 しかし、今作「シェルクンチク」では、ようやくギャグの面白さが戻ってきたようで、ハーメルンらしい狂騒的なギャグシーンが、今度こそ味わえていると見てよいでしょう。本来ならばシリアスで深刻な問題であるはずの、グレートの魔族としての覚醒・暴走や、シェルの魔法の力がまったく発揮されない姿でさえ、ギャグシーンにかかれば完全に笑えるネタとして扱われる。このギャップの見事さが渡辺道明の最大の持ち味であり、それが今回は作品の面白さを倍化させる、いい方向へと遺憾なく発揮されています。

 今回においてギャグがうまく成功しているのは、「魔法学校」という設定も大きいかもしれません。前作のように中盤以降苦しい旅を続ける展開とは異なり、魔法学校での個性的な生徒によるコメディ的なシーンもふんだんに投入される。この、ある種「学園もの」とも言える、明るさも垣間見える設定が、今回のギャグがストーリーの腰を折らずにうまく展開出来ている大きな理由になっているような気がします。いずれにせよ、ギャグが本来の面白さを取り戻したのは、「ハーメルン」という作品にとって大きな幸運であり、今回の続編が成功出来ているひとつの原因となっています。


・続編では貴重な成功となるか。ガンガンで連載されなかったのは少々疑問。
 以上のように、この「ハーメルンのバイオリン弾き〜シェルクンチク〜」、あの「ハーメルンのバイオリン弾き」のまさかの復活続編として、開始時は大いに注目されましたが、幸いにも中々の良作に仕上がっているようで、うまくスタートしたと見てよさそうです。前作の要素もうまく絡めつつ展開される興味深いストーリーと、今回はうまく機能しているギャグシーンの双方が相まって、前作にほど近い作風を達成した、よくまとまった続編になっていると思います。今後も、今のような展開がたゆまず進んでいけば、この手の続編では貴重な成功作品になるのではないでしょうか。

 ただ、ひとつ気になるのは、このマンガがガンガンで連載されなかったことです。前作とあまり作風が変わっておらず、特に青年誌的な要素もない連載であり、これがガンガンで連載されないというのは、少なからず疑問に感じてしまいます。冒頭に書いたような「大人になった昔の読者のために青年誌で連載する」と言う目的も分からなくもありませんが、それならばターゲットにしているのは前作読者が中心であり、今回からの新規の読者を獲得しようという意志にあまりに乏しいような気がします。
 そもそも、ガンガンの編集部の方では、このマンガを自分のところで連載したいという意志はなかったのでしょうか。今のガンガンにとって、このマンガはもはや必要ないと判断したのでしょうか。だとすると、わたしのような昔からの読者にとっては、随分と寂しいことだと思うのですが・・・。今のガンガンは、お家騒動直後からはかなり方針が曲がってきているとはいえ、それでもまだ一部で王道少年マンガを求める方針は健在のように見えます。それならば、このマンガを連載してもよかったのではないか。それに、ガンガンでの復活連載の方が、話題性や作品の知名度でははるかに上でしょう。ヤングガンガンでの連載では、いまひとつ話題性で伸び悩んでいるようにも見えるのです。

 しかし、あえてヤングガンガンで成功を目指すことにも意味はあるのかもしれません。ヤングガンガンでは、先行して「ロトの紋章」の復活続編「紋章を継ぐものたち」の連載が始まってもう長期連載となっていますが、相変わらずいまひとつ芳しくない状態が続いています。それならば、この「ハーメルン」の続編の方がうまくいってほしいという気持ちもありますし、これがうまくいくすることで、「復活した続編の成功」という、よき前例を作ってほしいと思うのです。


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