<探偵になるための893の方法>

2008・1・27

 「探偵になるための893の方法」は、ヤングガンガンで2007年13号から開始された連載で、一風変わった探偵・推理物作品として、ヤングガンガンでは中堅どころに位置している作品です。作者は、原作に我孫子武丸、作画に坂本あきらを起用しています。

 ヤングガンガンは、今のスクエニでは最もラインナップが充実している雑誌だと思えますが、この2007年の新連載については、数自体がまず少なく、そして大きな人気を得たものも少なく、この1年やや停滞した感がありました。ただ、その中でも、かろうじて合格と言えるのが、この新連載ではないでしょうか。探偵ものとはいえあまり推理には重点は置かれず、軽妙なストーリーとキャラクター、コメディで楽しませる作品となっており、絵も綺麗でそちらでも楽しめる作品となっているようです。

 そして、原作者があの「かまいたちの夜」のシナリオで有名な我孫子武丸ということで、その点でも注目すべき作品かもしれません。しかも、原作小説からのコミック化ではなく、我孫子氏がこの連載のために脚本を書き下ろしており、中々に贅沢な企画であるとも言えます。とはいえ、我孫子さんは他にもマンガの原作をいくつか手がけていますので、今回もいつもどおりの仕事と言えるかもしれません。
 対して、作画担当に坂本あきらの名前が挙がっていますが、こちらはもうかなり前からスクエニで活動を続けているマンガ家です。Gファンタジー・ガンガンWINGの両誌で連載を行っており、ヤングガンガンでも過去にいくつか短期連載を手がけています。絵がうまいせいか、原作付きのコミックを担当することが多い のが特徴の作家でもあり、今回もまさに原作付きコミックの作画担当として抜擢されました。

 ヤングガンガンでは、このような実力派の原作者と作画担当者を組み合わせ、優れた良作を作り上げた企画が多く、非常に好感が持てます。あの「BAMBOO BLADE」がその代表的な存在ですし、それ以外にも「JACKALS」「死がふたりを分かつまで」「戦線スパイクヒルズ」など、雑誌を支える中堅作品を数多く輩出しています。このマンガも、それらの先行作品に並ぶことができるでしょうか。


・坂本あきらとは。
 さて、この作画担当の坂本あきらさんなのですが、前述のように絵がかなりうまい反面、今ひとつストーリー作りに恵まれないのか、あるいはそれ以外にも不運が重なっているのか、過去に担当した連載はどれも今ひとつ消化不良で終わっています。

 まず、Gファンタジーで2003年から2005年にかけて連載されたのが「ゆらふるべ」という作品で、これには原作者として河村塔という方がついていました。坂本さんは純粋に作画のみの担当で、内容は原作者の個人的な趣味が全面に出まくったマニアックな内容で、あまりに難解すぎて多くの読者にとってとっつきにくく、坂本さんの派手な作画の印象のみを残しただけで、大きな成功を得ることが出来ませんでした。これは、原作の方に大いに問題があったと言える作品で、坂本さんには不運だったと言えます。

 そして、これと完全に同時期のガンガンWINGで、2002年末から2005年にかけて連載されたのが「BEHIND MASTER」という作品で、これは真田十勇士をモチーフにした忍者バトルアクションで、こちらの方は原作者は存在せず、坂本さん単独の作品となっていました。卓越した絵でバトルアクションがよく描けており、内容的にも重厚なストーリーを展開しており、こちらは決して悪い作品ではなかったと思います。しかし、その当時のWINGは「まほらば」の最盛期で、同系の似た雰囲気の作品(ゆるやかな雰囲気の萌え作品)が雑誌の中心となっていたためか、「BEHIND MASTER」のようなバトルものは、あまり大きな注目を集めることがなく、地味な連載に終始してしまいました。最後は打ち切りとまでは言えないものの、中途半端な終わり方だったように思います。

 このように、かつての坂本さんは、同時期にふたつも長期連載を手がけ、一方では作画担当としてもかなりの仕事をしたにもかかわらず、不運にもどちらも大きく成功したとは言えませんでした。しかし、そのふたつの連載終了後に、今度はヤングガンガンの編集者の目に留まったのか、こちらで短期連載を手がけるようになります。元々、坂本さん作画は、青年誌的な高年齢向けの雰囲気も強いものでしたし、こちらでの連載ならいけると判断されたのかもしれません。2006年内に「東京グラディエーター」(原作付き)、「ミステリートレイター 南原天」(単独作品)と、ふたつほど短期連載を行いますが、どちらも短期終了後に本連載化されることはなく、こちらでもここまでは不成功に終わりました。そして、最後に辿り着いたのがこの「探偵になるための893の方法」で、ここで再び連載作品を獲得する運びとなったようです。Gファンタジー・ガンガンWINGと来て今度はヤングガンガンでの連載ですが、今のところこのマンガも、過去の作品同様に地味な展開に終始しているようで、中々不遇さは解消されないようです。



・絵は今回も確かに綺麗。
 この作品の大まかなストーリーは、「かつてヤクザの跡取り息子だった切れ者の会社社長・御厨(みくりや)が、ヤクザ時代の手下たちや大学時代の同僚を社員として、客の依頼に応じて探偵稼業を行う」といったようなもの。主人公は、御厨の大学時代の同僚である中島という男ですが、そこそこの才能はありそうだが押しが弱く職を転々としている若者で、典型的なヘタレ的青年として描かれています。彼が久々に御厨に出会い、定職に就けないでいることを相談すると彼の会社に誘われ、元ヤクザな強面の社員たちとおっかなびっくり働くことになります。切れ者の御厨も、その元で働く元ヤクザたちも、どれもアクの強い個性派揃いで、あるいは主人公の中島もまた相当な変人であり、こんなひとりひとりのキャラクターの魅力が光るコメディ全開の作品になっています。

 そして、今回もやはり坂本さんの絵はよく描けています。これまでは少年誌でバトルアクションやSF・ファンタジーものを盛んに描いてきましたが、このような青年誌での現代物作品でも、ごく無難に作画をこなしています。また、坂本さんは少女マンガ的で女性向けの絵を描くことも多く、かつてのGファンタジーでの連載はその傾向がそれなりに強かったのですが、このヤングガンガンの連載では、さすがにそのような要素はさほど見られません。現代物で探偵物という設定にあわせてか、かつてのファンタジー・バトルアクションものの作画に比べればやや落ち着いていますが、それでも洗練されたキャラクターデザインと、画面全体に気を配った描き込みは健在でした。カラーイラストも非常に映えるものとなっています。

 このように、作画面ではおしなべて優秀な作品なのですが、先日発売されたコミックス(上記の画像)では、表紙が黒を貴重としたデザイン要素の強いもので、坂本さんの作画があまり強く表れておらず、書店でも非常に地味で目立たないものだったのが、実に残念でした。なぜこのような表紙にしてしまったのか、よく分かりません。これでは一見してどんなマンガなのかすらよく分からないでしょうし、書店で手に取る人も少ないのではないかと思ってしまいました。


・推理要素は少ない。特異なキャラクターたちが見せるコメディ調ストーリーが本領か。
 そして、肝心のストーリーの中身なのですが、推理もので探偵(業に携わるもの)が主役とはいえ、事件の推理要素は多くなく、今のところほぼ一発ネタ的なトリックが中心です。はっきり言えば読者が推理するようなシーンは多くなく、それよりもむしろ、個性派のキャラクターたちが見せる賑やかなコメディこそが、作品の中心を成していると見てよいでしょう。

 元ヤクザの子息で切れ者の美形キャラである御厨の強烈な個性もさることながら、その下で働く元ヤクザ三人組の姿がコミカルで面白い。他のヤクザたちが皆社会復帰した中、どうにもこうにも使い物にならなかった筋金入りのヤクザ3人組が、見た目ヤクザのノリ丸出しで働いているそのギャップこそが、このマンガの本質だと見てよいでしょう。一見してヤクザにすぎない男たちが、青年社長となった切れ者の跡取り息子の元で、なぜか何でも屋として活動している。このようなギャップに溢れた姿が面白いのです。
 一方で主人公の中島も相当な変人で、なぜか資格の取得を趣味にしていたり、突然社内で般若心経を唱えてお祓いを始めたりと、まともそうにみえてあまりまともではない(笑)。そんな彼もまた御厨の一風変わった指示に戸惑いつつ何でも屋の片棒を担いでいます。普通ならあまり役に立ちそうもないような面々が、御厨という切れ者の指示に従うことで、依頼の解決に向けて思わぬ活躍をする。このあたりのコミカルな描写がとても面白いのです。

 あるいは、エピソードの設定、シチュエーションにも面白さがあります。連載最初のエピソードである「ゴミ屋敷から偶然発見された殺人遺体」の話などは、トリック自体はさほど凝ったものではなかったものの、ゴミ屋敷という特異な環境に閉じ込められた遺体というアイデアは中々のものだったと思います。それにしても、いきなり連載最初でゴミ屋敷とは、あの社会派のテレビ業界マンガ「ムカンノテイオー」と立て続けのゴミ屋敷ネタで、ヤングガンガンはゴミ屋敷と何か縁があるのではないかと思いました(笑)。


・中々面白い連載だが、ヤングガンガンの中では今ひとつの作品か。
 以上のように、この「探偵になるための893の方法」、ミステリー要素も入ったコメディストーリーという点で、中々に読める作品ではないかと思います。ヤングガンガンの2007年の新連載は、数的にも内容的にも不作の感は否めませんでしたが、この作品は素直に読める良作だったと言えるかもしれません。

 ただ、それなりに面白くはあるものの、今のヤングガンガンの中では、さほど目立つ連載でもなく、今ひとつ地味な状態にとどまっています。気軽に楽しめるコメディという点では合格ですが、ミステリーものとしては推理要素に乏しく、キャラクターも特に萌え要素があるわけでもないのが響いているのでしょうか。御厨のような切れ者美形キャラは、女性読者には人気があるかもしれませんが、男性読者が大多数のヤングガンガンではさほどの人気を集めることもないでしょう。前述のように、コミックス一巻の装丁もひどく地味でぱっとせず、あれではまず新規読者が手に取るとも思えないのも不運でした。書店への入荷数もかなり少なかったようで、あまり熱心に売ろうという意志が感じられませんでした。これでは、我孫子武丸の熱心なファンでもなければ、まず読むことはないのではないか。

 個人的には、原作の我孫子さんも作画の坂本さんも、相当な実力の持ち主だと思いますし、このふたりを合わせて連載を行うという企画には、大いに納得できるものがあります。これまでのヤングガンガンでは、このような実力派同士の組み合わせで成功した例はいくつもあり、今回もそれに連なるさらなる成功作品となってもおかしくはありません。ただ、現時点では、残念ながらまだ今ひとつ雑誌内で目立たない連載にとどまっているようにも思えるのです。雑誌ではセンターカラーを獲得したこともありますし、誌面ではそれなりに評価されているようですが、しかしコミックスの売れ行きはさほどでもないという、ちょうど「ムカンノテイオー」に近いものも感じます。ヤングガンガンで、萌え要素のない地味な連載となると、このあたりの位置に落ち着いてしまうのかもしれません。

 そのあたりの状況を見ると、今回の坂本さんも、これまでの作品同様、さほど成功できないで終わる可能性は高いように思えます。かつてのガンガンWING の連載も、熱心な雑誌読者からはかなりの定評があったのですが、全体的な人気はいまひとつで終わりました。今回もまた、雑誌の片隅で地味にラインナップを支えるという、そういった扱いにとどまるように思えるのです。


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