<悪魔事典>

2007・3・18

 「悪魔事典」は、少年ガンガンで2002年2月号より開始された連載作品で、2004年12月号にて終了するまで、三年近くに渡って連載されたマンガです。長期連載とまでは言えないものの、かなり長めの中期連載と見てよいでしょう。作者は新人の巣山真也

 作者の巣山さんは、この読み切りの前に、投稿デビュー作品である「こわれたものはなおしましょう」という作品を残しており、これは優しい作風と個性的なテーマが感じられる優秀な読みきりでした。しかし、初連載作品となるこの「悪魔事典」は、うってかわってオーソドックスな押しかけ型のハーレムラブコメとなっており、その作風には著しいギャップがありました。そして、このマンガは、ハーレム系ラブコメ作品としてあまりにも平凡にすぎ、しかも作画も途中から大いに乱れ、ほとんどの読者が激しい違和感を持つなど、完成度は著しく低いものであったと言わざるを得ない作品となっています。正直、このレベルの作品が3年近くも連載を続けたことは非常に不可解であり、当時のガンガンの質の低下を象徴する作品となってしまった感があります。

 なお、このマンガのタイトルは、「悪魔事典」であって、「悪魔辞典」ではありません。非常に間違えやすいタイトルなので、これには注意する必要があります。


・萌えマンガ三連読み切りで真っ先に連載化。
 このマンガは、元々は2001年12月号に掲載された読み切りでした。当時のガンガンは、あの「エニックスお家騒動」の直後であり、残った編集者たちが誌面の変革を盛んに行っていた時期でしたが、「悪魔事典」の読み切りも、騒動以前のガンガンではほとんど見られなかった内容であり、まさに誌面の路線変更を象徴するような内容でした。
 その読み切りの内容とは、のちの連載版同様に典型的な美少女ラブコメであり、今までの雑誌のイメージとはかけ離れたその内容に、多くの読者が当惑を隠しきれませんでした。しかも、この読み切りを端緒にして、ほとんど同じコンセプトを持つ美少女ラブコメの読み切りが、立て続けに3本も掲載されてしまうのです。

 具体的には、まず2001年12月号にこの「悪魔事典」、2002年1月号に「ながされて☆藍蘭島」(のちの「ながされて藍蘭島」)、そして2002年2月号に「これが私の御主人様」と、三カ月連続で萌え要素を全面的に打ち出したラブコメの読み切りが掲載されてしまいます。しかも、これら3つの読み切りすべてが、ほどなくして次々と連載化されてしまうのです。
 これらの作品は、大手メジャー雑誌では定番の、「少年誌系のラブコメ」を目指したものと思われ、以後のガンガンでは、このようなメジャー志向の萌え系ラブコメが顕著に見られるようになってしまいます。しかし、それらの中にレベルの高い作品は決して多くありませんでした。

 そして、この「悪魔事典」ですが、これら3つの読み切りの中で、真っ先に連載が開始されてしまうのです。個人的な評価ですが、この3つの読み切りのうち、この「悪魔事典」が最も劣っていると感じたため、そんなマンガが真っ先に連載を始めたことは、あまりにも違和感が強いものでした。
 また、読み切りの掲載からほどなくしていきなり連載が始まったのもかなり不可解で、「最初から既に連載は決まっていたのではないか?」と思われる節もあります。以後のガンガンでは、このような「連載を前提にした読み切り」と思われるケースが数多く見られるようになりますが、この読者を半ば無視したかのような形式には、ひどく疑問を感じざるを得ません。
 そして、のちの経緯を見ても、残りの2つの作品はいずれもかなりの人気を集め、どちらもアニメ化まで達成したのに対して、この「悪魔事典」だけはまったく成功せず、評価も非常に低いままで終了した感があります。まさに連載開始当時の危惧がそのまま形になってしまったわけで、このマンガの連載決定そのものにも疑問が及ぶことになります。


・あまりにも平凡にすぎる美少女ラブコメ。
 このマンガの評価の低いのは、まず第一にその内容があまりにも平凡すぎることが要因です。
 「さえない少年の下に、次々と人外の美少女たちが押しかけてくる」という、ハーレムラブコメの典型的な存在で、このマンガの場合、押しかけてくる相手が「悪魔」なのですが、しかしそこに既存の作品とは異なるオリジナリティは感じられません。むしろ「人と人外の者との交流」という定番の設定を押さえるのみの作品に終わってしまったように思えます。

 基本設定だけでなく、個々のストーリーの出来もよくありません。毎回毎回のストーリーの工夫が乏しく、同じようなエピソードの繰り返しに終わっています。まずドタバタのコメディ・ギャグで前半・中盤を押さえ、最後にちょっと感動させるエピソードが加わって終わりという、定番の展開をことごとく踏襲しています。これが毎回のごとく続くため、連載序盤のうちはまだそれなりに読めていたのが、中盤、後半へと移行するにつれ、次第に読もうとする意欲を失っていきました。

 しかも、その繰り返しの展開を少しでも緩和し、作品の人気を維持するためか、テコ入れに次々と新しい美少女キャラクターを登場させるようになり、これが更なるクオリティ低下の原因となりました。美少女キャラクターばかりが増え、しかも新キャラクターを投入するごとに、そちらにばかり比重が傾いた構成を採用したため、序盤からのキャラクターで出番が極端に少なくなってしまった者もいたほどです。連載を続けるごとに場当たり的に新キャラクターを投入した結果、ますます内容が乱れていったのです。


・完全に崩壊したキャラクター作画。
 しかし、このマンガに関しては、内容以上に絵の方が問題です。事実、このマンガの中盤以降の絵の乱れ方は、あまりにも顕著なものがあります。
 読み切り時代から、画力ではさほど特筆すべきところはなかった巣山さんですが、しかし、「悪魔事典」連載序盤のうちは、まだまだ平均的ながら安定した作画を維持しており、肝心の美少女キャラクターもごく普通にかわいいと感じられました。

 しかし、これが中盤以降、とんでもない方向へと作画が壊れてしまいます。キャラクターの作画があまりにもひどく、中でも頭の大きさが異様になり、ある時は極端に縦に長くなり、そしてそれ以上に横幅まで大きくなり、肩幅よりも頭の方が大きいという異様な作画へと進化(退化?)していきました。この絵柄は、ほとんどの読者が気持ち悪いと感じざるを得ないものでした。

 そもそも、このような「美少女系の萌えマンガ」では、なにをおいてもまず「かわいい女の子(美少女)」を描ける能力が要求されます。ストーリーやテーマなどの内容以上に、まず最低限かわいい美少女を描ける力は必要なのです。しかし、「悪魔事典」では、もはや女の子がかわいいとは感じられなくなり、むしろ気持ち悪いとまで感じるような外見に劣化してしまいました。これは、この手の萌え系ラブコメでは致命的とも言える状態で、これによりこのマンガのクオリティは致命的なものとなった感があります。

 また、頭の大きさだけでなく、それ以外の絵柄についても全体的なクオリティが低下していき、外見的な魅力も著しく劣っていきました。この時期に始まったガンガンの連載は、全体的に作画レベルが芳しくないものが多く、雑に感じられる絵が目立つ誌面だったのですが、「悪魔事典」はその代表的な存在となってしまいました。
 それに加えて、前述のように、内容面でも平凡で同じようなエピソードの繰り返しに堕してしまい、新キャラを次々に場当たり的に投入することでさらに混乱していきました。そして、連載の最後の1年あたりは、作画的にも内容的にもあまりにもひどい状態が続き、まさに末期的な状況を呈するようになってしまいました。


・こんなマンガが3年近くも続くガンガンという雑誌の実態。
 しかし、そんな内容にもかかわらず、このマンガはなんと3年近くもの長きに渡って連載が続いてしまうのです。これは、あまりにも問題のある連載継続で、連載末期のガンガンでは、このマンガを支持する人も非常に少なくなっていました。

 そもそも、連載前の読み切り、もしくは連載序盤の頃から、内容的には平凡で決して積極的に連載を続けるようなマンガには見えませんでした。そして、連載の中期、特に後半以降は、作画的にも内容的にも完全にクオリティが崩壊してしまい、ほとんどの読者に呆れられるような状態にまでなりました。しかし、それにもかかわらず連載がまったく終わらないのです。
 結局、お家騒動直後の2002年2月号から、3年近い年月が経った2004年12月号まで延々と連載が続きました。これは、あの名作であった「浪漫倶楽部」や「ナイトメア・チルドレン」の連載期間をも超えています。いや、連載があまり長引かない傾向にあるエニックス雑誌では、これより短い期間で終了した良作は、もっと数多くあります。しかし、「悪魔事典」が、これらの作品よりも優れているとは到底思えません。

 実は、お家騒動後のガンガンでは、このように、「さして面白くない連載がいつまでたっても終わらない」という傾向が強くなり、「悪魔事典」の連載は、まさにその典型的なものとなった感があります。同時期には、あのどうみてもひどいギャグマンガだった「タケピロのハッスル列島」の連載もあり、これも「悪魔事典」の連載と完全に並行して、延々と長く続きました。そして、これらの連載が続いている間のガンガンでは、他にもつまらないと思われるマンガの連載ばかりが長引き、逆に面白いと思える連載ばかりが打ち切り、もしくは他誌に移籍になるなどして、雑誌のクオリティが大きく落ち込んでいったのです。

 また、「悪魔事典」連載の最後の1年となる2004年。この年はさらに特別で、この年のガンガンは、1年間を通じてたったの2本しか新連載がありません。ガンガンのような大規模な雑誌で、1年間に2本しか新連載がないというのは非常に珍しいことで、そのあまりにも消極的な新作の投入姿勢には、大いに疑問を感じざるを得ませんでした。そして、その一方で、「悪魔事典」のような作品が延々と連載を続けていたわけで、このマンガの連載継続自体が、この時期のガンガンの実態をよく表していると言えます。


・作者の個性や実力を奪った作品でもある。
 そしてもうひとつ、このマンガは、作者である巣山真也の本来の個性を奪った作品ではないかとも考えられます。
 もともと、巣山さんの連載前の読み切り「こわれたものはなおしましょう」は、作者の優しさと独創的なテーマが感じられる非常に良質の作品でした。このマンガは、第2回新世紀マンガ大賞で入選を受賞していますが、それも納得できる内容の作品でした。
 ところが、この「悪魔事典」は、その読み切りの内容を完全に裏切るかのような、平凡かつ低レベルの萌え系ラブコメ作品に終始してしまい、その内容には完全に失望せざるを得ませんでした。どうしてこんな連載を行うことになったのか、入選受賞作品と比較してあまりにギャップのあるその内容に、多くの読者は戸惑いを感じざるを得ず、「あの『こわれたものはなおしましょう』は、決してこんなマンガではなかったのに」という声も幾度か聞かれました。

 そして、「悪魔事典」終了後の巣山さんは、ガンガンパワードやガンガンで「H0 ホーリィゼロ」「はにかみ」といった読み切りを残していますが、これらの内容は完全に今ひとつで、もうこの時点で完全に実力が失われた感がありました。「H0 ホーリィゼロ」は、萌え系のラブコメではないものの、その完成度は低く、絵のレベルもさして上達していません。そして、「はにかみ」は、「悪魔事典」を彷彿とさせるような萌え系ラブコメで、これも非常にレベルの低いものでした。そして、その後はもう作品を見ることもなくなってしまいました。正直なところ、「悪魔事典」というつまらない作品の執筆を長く続けたために、作者の実力は完全に磨耗し、すべて失われた感は否定できません。

 お家騒動以後のガンガンは、このような「萌え系のラブコメ」と、もうひとつ「メジャー少年誌を意識した王道少年マンガ」を極端に強く求めるようになり、そういった作品を新人に描かせるケースが目立つようになります。しかし、そのような作品作りは、作者の持つ本来の個性を殺すことが多く、成功することはほとんどありませんでした。この「悪魔事典」も、まさにその典型であり、この作者の巣山さんもまた、あのただひとつの素晴らしかった読み切りの記憶のみを残して、その後は平凡な作品の連載を強要され、その個性と実力を完全に奪われ、ついにはそのまま消えてしまったのです。


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