<D線上のアリス>

2006・9・1

  「D線上のアリス」は、ガンガンWINGの連載作品で、2004年11月号から2006年5月号まで掲載されました(全19回)。作者は、ガンガンWING生え抜きの新人である伊原士郎ですが、作品の雰囲気は他のWING作品とはあまりにもかけ離れた異質のもので、連載中はそのあまりにもあまりにもな内容で、読者の間で相当な物議を醸しました。

 その内容とは、WINGのほかの連載にはないエロのオンパレードで、作者の悪ノリをそのまま体現したはちゃめちゃなギャグも多く、そのシュールな内容は多くの読者を困惑させ、当時のWINGの誌面ではただひとつ徹底的に浮きまくった存在でした。


・とりあえず男性向けエロのオンパレード。
 まず、このマンガがあまりにも異質なのは、どうみてもエロ、それも露骨に男性向けのエロの連発という構成です。これがあまりにも露骨かつ不自然で、しかも少年誌を超えるのではないかというような描写も多数見られ、多くの読者を当惑させるのに十分でした。
 ここでいう男性向けのエロとは、女性でも受け入れやすい萌え系のライト感覚のエロ描写とは一線を画する、エロ全開の裸や乳やエッチな下着などが乱舞するアクの強いものです。このようなエロ描写は、青年誌のエロ作品や、少年誌でも男性向けの要素の強い雑誌(チャンピオン系とか)では珍しくないのかもしれませんが、およそ女性読者も多い中性的な作風のWINGでは完全に異質なもので、あまりにも場違いな感は否めませんでした。
 これは、一部のラブコメやエロコメが好きな読者には好意的に受け入れられたものの、やはり大部分の読者にとっては極めて抵抗の強いもので、当時のWINGの中でも、よくも悪くもひどく印象に残るものとなってしまいました。


・ナンセンスなキャラクター、ナンセンスなギャグ。
 そして、さらに読者を困惑させるのが、このマンガを占める異様なノリです。とにかく変態的なキャラクターがバカバカしいノリのギャグを繰り広げまくる展開で、作者の悪ノリが全面に出ている作風となっています。
 主人公の死神・ラパンからしてかなりの問題児で、彼はひたすらにエロい死神として描かれ、人間界に屍人退治に来ながらも、手違いで人間の女の子(アリスという女学院生徒)に乗り移ったことを喜びまくり、女生徒の体を悪用してエロ三昧の行為を繰り広げます。わたしは、これまでに何度かこのような「男女の入れ替わり」を扱ったマンガを読んできましたが、ここまで女の子の体を完全に肯定し、まったく元の体に戻る気のない主人公は見たことがないです。ここまで変態的なエロ全開の主役というのも珍しいのではないでしょうか。

 主人公の周りを固めるサブキャラクターたちも、どれもこれも変態的な性格の持ち主が多く、これが主人公の仲間だけでなく、敵役の屍人や死神までがみなそんな感じです。そんな彼らが、バカバカしいノリの狂騒的なギャグを始終やりまくるというストーリーで、そんな作者の悪ノリがあまりにも全面に出たその内容は、多くの読者にとってエロ以上に抵抗の強いものでした。

 中でも、主人公・ラパンにつきまとうウメ(梅之助)というキャラクターが最大の問題で、男なのに男であるラパンに惚れまくり、ラパン同様の女の子の体に乗り移って強引に迫りまくるという、あまりにもひどすぎる設定のキャラクターでした。このウメが登場する時は、ほぼ完全にバカバカしいノリのギャグにしかなりませんでした。


・絵のレベルが低いのが難点。
 そして、内容だけでなく、絵のレベルが低いのも難点です。キャラクターの造形にしろ背景の描きこみにしろおしなべてレベルが低く、それでいてごちゃごちゃとした画面で見づらさのみが目立ちます。
 そして、絵のレベルが低いために、最大の売りであるはずのエロシーンがあまり見栄えがしないのも大きな問題です。さらには、このマンガは「死神の屍人退治」というアクション要素もひとつの売りなのですが、このアクションシーンも決してレベルが高いとは言えないものです。
 はっきり言えば、「エロ」にしろ「アクション」にしろ、確かな画力があってこそ初めてその魅力が伝わるものであり、本来エロやアクションをやるならば、当然持っているべき画力が備わっていないというのはきつい。このマンガの場合、そのおしなべてレベルの低い絵によって、作品から受ける印象が非常に粗雑なものとなっています。

 いや、そもそも、このマンガにもそれなりの画力が備わっていれば、そこまで評価は下がらなかったはずなのです。ストーリーがつまらなくても、エロとアクションという娯楽要素がよく出来ていれば、それだけで作品として価値はあるでしょうし、単純な娯楽全開の作品として読めた可能性も高い。しかし、肝心のエロとアクションを見せる絵が弱すぎるために、どうしようもなく評価を低くせざるを得ない作品となってしまっています。


・ほとんどの読者には受け入れられなかった。
 ただ、このマンガを評価する人も存在します。単純に、少年誌らしいラブコメやエロコメとして見れば、ありがちとはいえそれなりの作品であるかもしれません。そのあたりを素直に楽しんでいる読者もいるようです。
 ただ、やはり前述のように、少年誌を逸脱するほどのエロ描写や、あるいは全体的な絵のレベルの低さ、作者の悪ノリが全面に出た狂騒的なギャグ等に抵抗を感じる読者は多く、万人に受け入れられる作品ではないことも事実でしょう。実際のところ、このマンガを評価する読者は決して多くありませんでした。

 加えて、このマンガが、あのガンガンWINGで連載されたことも大きな問題です。ガンガンWINGは、ライト感覚の中性的な萌え作品が中心の雑誌で、一部に「ゆる萌え」とも呼ばれる、ゆるやかな日常を描く癒し系の萌え作品が人気を集めている雑誌です。女性読者も多く、男性読者でも露骨なエロを嫌う読者が大半であり、そんな雑誌でこのようなエロ全開の作品を連載するというのは、あまりにも場違いな行為でした。実際、当時の雑誌読者の間では、このマンガは完全にキワモノ扱いされており(笑)、雑誌の中でも(悪い意味で)別格扱いでした。いくらWING生え抜きの新人作品であっても、これをWINGで連載するというのはあまりにも問題が多すぎたと言えます。


・「みかにアリスフェア」の悪夢。
 しかし、そんな読者の思惑とは正反対に、なんとこのマンガは、コミックス1巻発売時に書店でフェアを行ってしまうのです。こんなマンガのフェアが行われるというのは、ちょっと考えにくいことであり、果たしてこのマンガでいいのか、そもそも一体誰が企画したのか、企画に賛同した書店の店員は何を考えているのか、このマンガのフェアを開催して店員や客は恥ずかしくないのか、といった数々の疑問がわたしの脳裏を飛び交いました。

 しかも、一部店舗では、あの「みかにハラスメント」とコラボレーションを組んで、「みかにアリスフェア」と称する大々的なフェアまで開催してしまいます。この「みかにハラスメント」というマンガは、この「D線上のアリス」すらもはるかに超えるかのような凄まじいエロに満ちたマンガであり、そんなマンガと合わせてフェアを行うというのは、あまりにも露骨にエロのみを全面に出すことを意識した悪ノリもはなはだしいものでした。

 しかも、この「みかにハラスメント」の方があまりにも話題になりすぎて、この「D線上のアリス」の方はほとんど話題にならなかったというのも、大いなる皮肉です。このマンガだって、少年誌の枠からはかなり逸脱したエロを持っていると思うのですが、しかし「みかに」の方はこれすらもはるかにぶっちぎったエロマンガだったわけで、この「みかにアリスフェア」自体が、当時のスクエニマンガの放埓ぶりを如実に示す出来事であったと言えるでしょう。


・悪い意味で記憶に残る大迷作。
 しかし、フェアを行ったからといってこのマンガの評価が上がるわけはなく、その後も低空飛行の連載が続き、1年半ほどの短い連載期間で終了してしまいました。いや、むしろ1年半も「連載してしまった」ことが大問題であり、果たしてそこまで連載を続けるべきマンガだったかどうかははなはだ疑問です。連載期間が短かった割にはコミックスが4巻まで出ていますが、これは毎回の連載ページ数が多かったためです。本来ならば、連載ページ数が多いのは喜ぶべきことなのでしょうが、このマンガは内容があまりにもひどかったため、毎回のページ数の多さが単なるいやがらせにしか感じられませんでした。

 そして、これは当時のWINGにおいて、悪い意味でひどく記憶に残る作品となった感があります。当時(2004〜2005年)のWINGは、看板作品である「まほらば」を筆頭に、2002〜2003年初頭から続く連載陣──dear・天正やおよろず・瀬戸の花嫁・機工魔術士・ショショリカ・かんばらなくっチャ!・天眷御伽草子・BEHIND MASTERなど──が揃って健在であり、かつてのブレイド騒動以前のWINGにこそ及ばないかもしれませんが、かなり誌面は安定していたように思います。作品のイメージもよく統一され、WINGという雑誌のカラーが鮮明に映えていた時代でありました。
 その、まさにそんな時に、この「D線上のアリス」という異質なマンガが、誌面に「乱入」してしまい、充実した雑誌の中で一抹の不安要素と化してしまった感があります。そのため、当時のWING愛読者には到底受け入れられる存在ではなかったばかりか、「このマンガのためにWINGの誌面が崩れるかもしれない」という不安まで与えてしまったのです。

 実際には、当時のWING連載陣は、その後も(2006年に新連載攻勢による誌面刷新が始まるまでは)すべて健在であり、誌面が揺らぐことは全くなかったのですが、そのために、この「D線上のアリス」の孤立した異質ぶりが、ますます際立つ形となりました。まさに、この「D線上のアリス」、安定した一時期のWINGにおける最大の迷作として、長く読者の記憶に残る存在となってしまったのです。


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