<ダズハント>

2006・2・8

単行本表紙 「ダズハント」は、筒井哲也の中編作品で、抜群の面白さを持つ、極めて完成度の高い傑作です。元は筒井さんのサイトで掲載されたウェブコミックですが、これが非常に高い評価を得て、のちにスクエニの手で紙媒体の単行本として出版されました。単行本として出版されたのは2005年ですが、ウェブ上では既に2002年の段階で公開されていました。
 基本的にはウェブ上のコンテンツをそのままの形で単行本化しており、下書きレベルの完成しきっていない原稿がそのまま掲載されているのが大きな特徴です。加えて、「ダズハント」と同じく作者のサイトで公開されている短編「多重夢」も併せて収録されています。この両者は、今でも作者のサイトでウェブコミックの形で読むことができます(もちろん無料です)。未読の方は、一度試しに読んでみてはいかがでしょうか。

 筒井哲也ホームページ「STUDIO221」


・目を見張る画力。
 筒井作品が高い評価を得る最大の理由は、なんといってもその最高レベルの画力でしょう。とにかくその精緻な筆致が素晴らしい。
 とにかく、まるで美術の素描画をそのままマンガに起こしたかのような、卓越した筆致とデッサンのうまさが目を引きます。彼の絵は、全体的に乾いた感のあるシンプルな画面構成で、徹底的に描き込まれたタイプの絵ではありません。しかし、これだけのシンプルな画面でありながら、そこには卓越した画力が感じられるのです。徹底的に描き込まれた絵ならば、それだけで誰もが「すごい」と思ってしまいますし、今評価されているマンガの絵でも、かなり多くがそのタイプの絵であることは否定できません。逆に、これだけのシンプルな絵でありながら、極めてレベルの高い筆致とデッサン力だけで人を引き付ける彼の絵は、もはや並大抵のうまさではないと言えます。

 先行する作品の「ダズハント」では、元ウェブコミックということで一部に完成されていない、下書きが残った絵がそのまま掲載されているのですが、そのために素晴らしい筆致とデッサンが素のままで表れており、むしろそのうまさが引き立つ感すらあります。マンガ家には学生時代に美術を専攻していた人も珍しくありませんが、筒井さんもそうなのでしょうか。とにかくその細部に渡るリアリティには大いに引き込まれます。
 特に人物の顔の造形が素晴らしいですね。その細部にわたる精緻な筆致は、まさに人間の内面まで克明に描写しており、その圧倒的な存在感は素晴らしいものがあります。
ナカニシヨシキ


・最高に面白いストーリー。
 そして、肝心のストーリーがまた面白い。これもまた作者の技量が冴え渡っています。
 特にこの「ダズハント」のストーリーの完成度は、筒井作品の中でも際立っており、そのあまりの面白さに、わたしなどは何度も何度も繰り返して読んでしまいました。単行本一巻に収まる中編作品でありながら、その面白さは突出しています。中編らしくテンポのよい展開に、それでいてきちんと伏線も張られていて、先へ先へとどんどん読み進められ、気が付いたら読み終わっていたという状態で、まさに理想的な中編作品でしょう。壮大な物語の長編作品もいいですが、このように短いながらに面白さが凝縮された作品には、また違った読み応えがあります。

 そして、筒井作品で特筆すべき点として、「異常なキャラクター」に対する魅力があります。一部のキャラクターが、ビジュアル的にも性格的にも異常さを醸し出しており、これがかなり笑えるのです。基本的に真面目でシビアな物語の中で、その異常性が一種のユーモアを生んでおり、読者の心を一瞬なごませる(笑)役割を果たしています。
 具体的な例としては、「ダズハント」では、ゲームの参加者として登場するマスクド・ボーガン男あたりがかなりのインパクトです。「ダズハント」の参加者は、どれも一癖もふた癖もある曲者ばかりで、彼らがその姿で本気になってゲームに興じる様は、はたから客観的に傍観すればかなり笑える光景ですね。
マスクド・ボーガン男


・ゲーム的な駆け引きも楽しめる。
 そして、この作品は、ある「ゲーム」をモチーフにしており、そのゲーム内での駆け引き、心理戦の面白さが作品の大きなウエイトを占めています。具体的には、「ダズハント」とは、携帯電話とGPSブラウザを使った市中殺し合いゲームですが、これには独特の「戦略性」「ゲーム性」が存在しており、それを駆使した駆け引きが最高に面白いのです。
 具体的には、この「ダズハント」というゲームは、それぞれのプレイヤーが持つGPSブラウザにプレイヤーたちの携帯電話(マーキー)の位置が表示され、それを目印に相手に接近し、手段を問わずに暴力で携帯の奪い合いをする殺し合いゲームなのですが、ここでは「表示されるのが携帯の位置」というのがポイントです(相手の本体[ボディ]ではない)。これによって、携帯をわざと手離して相手の虚をつく戦略が可能になります。もっとも「携帯を奪われるとアウト」というルールなので、命綱である携帯を手放す作戦にはリスクも生じます。このあたりの駆け引きの描写が面白い。
 それ以外にも、プレイヤーごとに様々な戦略パターンが存在していたり、携帯の機能によって戦略に制限が生じたりと、様々なゲームの側面が見られ、これらすべてを絡めたこのゲームの独特の駆け引きの描写が非常に面白く出来ています。
ダズハントにはいろいろな戦略がある。『チーム』『ハイエナ』マーキーとプレイヤーの位置は必ずしも一致しない。
 実際、この「ダズハント」で見られるゲームの描写は群を抜いており、ミステリー系作品や、あるいはバトル系作品で見られる「対決もの」が好きな人に対して強くおすすめできる内容になっています。既存の作品でも、この手の心理戦を扱った作品には、よく知られたメジャーな作品がかなりあるようですが、実はこの「ダズハント」も、それらにまったく引けをとらない面白さです。筒井さんは相当ゲームやコンピュータに詳しい方のようで、作者のゲームに対する知識の深さがそのまま作品に活かされています。


・純然たる暴力。
 そしてもうひとつ、そのゲームで見られる暴力シーンも最大の見所のひとつです。
 「ダズハント」の市中殺し合いゲームは、純粋に金銭と暴力の快楽のみが目的のゲームです。よって、このゲームの中で見られる暴力は、純然たる悪意ある暴力以外の何者でもなく、そこに愛や正義感、強さへの向上心のようなものは一切存在しません。この、悪意ある暴力を徹底的に描ききる作者の創作精神に最高にシビれるのです(笑)。
だから力ずくで奪うんだよ。・・・
 青年誌でバイオレンス描写はひとつの定番ですが、ここまで純然たる暴力を描くものは少数派でしょう。これには、暴力の醜さや非道さを訴える目的もあるのでしょうが、実際のところ、それ以上に異様な高揚感というか、純然たる暴力に対する憧憬のようなものまで感じてしまいます。もちろん、実際にこのような暴力をふるうことは出来ないわけで、だからこそこのような架空のフィクション作品で得られる暴力の快楽には強い憧れを感じるのです。
 個人的には、いわゆる「勧善懲悪」や「何かを守るため」といった理由づけで暴力を正当化するよりも、このように暴力の快楽や非道性を徹底的に描いた方がよいと思いますね。話によると、「悪者が暴れまわるテレビゲームより、かっこいいヒーローが敵を倒すゲームの方が、むしろ子どもの攻撃性を高める可能性がある」という研究報告も過去にあったみたいですし、そのような観点から見れば、このような作品の存在も大いに意義があるのではないでしょうか?


・端々に見える社会的なテーマ。
 しかし、この筒井作品において最も重要なのは、何と言っても社会的なテーマです。娯楽作品としても十分すぎるほど面白い本作ですが、それ以上に作者の現代社会への視線と、そして深い思想をも感じることが出来るのです。

 彼の作品では、犯罪の加害者と被害者を扱ったテーマがよく見られるのですが、それは「ダズハント」において特に顕著です。「ダズハント」の主人公のナカニシはかつての傷害事件の加害者であり、そして彼と対決するのがその事件の被害者である夏樹ちひろです。このふたりの対決を通して、犯罪における加害者と被害者というテーマが作品全編で語られます。作品すべてを通して、娯楽作品でありながらも同時に深いテーマ性も有しているという、実に多層的で奥の深い話になっているのです。単純な娯楽作品ではなく、深いテーマを扱った重厚な作品に昇華されている点がポイントです。


・社会的弱者への視線。
 そんな社会派のテーマの中でも、特筆すべき点として、社会的弱者の克明な描写が挙げられます。
 これは、筒井作品すべてで見られる特徴なのですが、彼の作品の場合、誰か個人が一元的に虐げられるというだけでなく、登場人物の多くが何かに追い詰められており、一見して強いと思えるような人物でも、意外な弱者としての側面を見せることが多いのです。この「ダズハント」の場合、犯罪の被害者であるちひろが弱者として描かれているのはまあ当然として、加害者であるはずのナカニシの方も弱者として描かれている点が最大のポイントです。
少年院上がりのナカニシは就職したものの・・・必ずしも社会復帰できるとは限らない
 最近では、「加害者の人権ばかりが守られ、被害者の人権が軽視されている」という世間の言論の風潮からか、そのような視点から加害者にあるべき制裁を加えるマンガ作品が目立つようです。「ダズハント」も、ある意味ではそういう側面を持っている作品なのですが、しかし必ずしもそればかりではなく、加害者の方の弱さもきちんと描いている点が特筆に価します。このあたり、筒井さんは社会的なテーマに対する見識の深さが違うと感じました。


・ウェブコミックから生まれた最高傑作。単行本化に感謝。
 以上のように、この作品は、抜群のストーリーと暴力描写、作中ゲームの心理戦の面白さで娯楽作品として最高に楽しめ、しかも深い社会的なテーマをも同時に有しているという、実に素晴らしい完成度の作品です。個人的には、これまでに読んできたマンガの中でも最高レベルの作品なのではないかと思っています。
 そして、このような極めて完成度の高い作品が、ウェブコミックという形でネットの片隅に埋もれていたというのは大変な驚きです。スクエニ(エニックス)は、昔から無名の新人を発掘するのがうまいのですが、その中でもこの筒井哲也の発掘は最大の成果だったと言えるでしょう。このような傑作がめでたく単行本化され、自由にページをめくってじっくり読めることに感謝したいところです。


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