<聖戦記エルナサーガII>

2003・3・9
全面的に改訂2006・4・9

 「聖戦記エルナサーガII」は、その名の示す通り、かの名作「聖戦記エルナサーガ」の続編です。「聖戦記エルナサーガ」は、かつてGファンタジー創刊時から長期に渡って連載されたファンタジー作品で、エニックス系コミックの中でも屈指の名作として広く知られています。「聖戦記エルナサーガII」は、まさにその名作の続編として、作者である堤抄子さんのファンを中心に、連載決定時から大きな期待を持って読まれました。


・舞台は現代へ。
 今回の続編での最大の変更点は、何といっても舞台が現代に移ったことでしょう。前作「聖戦記エルナサーガ」は、北欧の神話や風俗を効果的に取り入れた雰囲気溢れる中世風ファンタジーとして、その世界観の完成度も高く評価されていました。しかし、今作の舞台は、前作より数百年が過ぎ去り、高度な現代文明が星を覆う時代となっています。
 しかし、元々堤抄子さんは、「エルナサーガ」のようなファンタジーだけでなく、現代ものや、あるいは近未来でSF的要素の強い作品をも多く残してきました。むしろ数的にはそちらの方が多いかもしれません。そのため、今作に見られる現代社会の描写にも違和感は少なく、むしろ作者が真に本領を発揮する舞台になったとも言えます。さらには、堤さんのマンガには政治や宗教絡みの話も多く、前作「エルナサーガ」もかなりその要素が強い作品でしたが、今作では舞台が現代になったことで、さらにその要素が顕在化した感があります。全体を通して、かなり政治的・軍事的・宗教的な要素の強い話となっています。


・3人のメインキャラクター。
 前作の主人公・エルナは王家の姫君であり、敵国の王子であるシャールヴィと強固な結びつきを得て、ふたりで力を合わせて試練に立ち向かっていくというストーリーでした。主人公エルナは何の力も持たないながらも世界を救おうという強い意志を持ち、さらには彼女をバックアップするシャールヴィが膂力も魔法力もずば抜けた存在で、英雄的な強さを持ち、まさに二人ともヒロイックファンタジーにふさわしい顔ぶれでした。

 しかし、今作の主人公・エルナは市井に生きる普通の女子高生です。しかし、彼女は、かつての姫君・エルナの子孫で、やはり王家の姫であり、自らの出生を知らされずに市井に隠されて生きていたことが判明します。そして、今作のエルナも前作同様、自分の運命に懸命に立ち向かおうという強固な意志が感じられ、好感が持てる主人公です。
 そして、今回は彼女を守るパートナーがふたりいます。ひとりは彼女の家庭教師で独学で魔法を研究している大学院生のヴァル、もうひとりはエルナを主君として守ろうとする騎士・リョートです。しかし、今回はふたりともかつてのシャールヴィのような圧倒的な強さは有しておらず、それぞれが得意分野である魔法と剣技をもって互いにバックアップしつつ闘っていくという構図が前作と異なるところです。
 さらには、このエルナのでこぼこ従者とも言えるふたりの掛け合いが面白く、さらにはエルナとヴァルが恋人未満の微妙な関係で、そこにリョートが絡んでくることで毎回一波乱あり、恋愛関係でも前作以上に楽しめる構図となっています。


・極めて現代性の強いテーマ。
 しかし、堤さんの最大の持ち味は、なんといってもその深いテーマ性であり、今作は舞台が現代になったことで、さらにその要素が強くなりました。
 前作では、「戦記」というタイトル通り、世界規模で巻き起こる戦争がひとつの大きなテーマであり、主人公のエルナが戦争を無くす方法を模索して試練に立ち向かうストーリーでした。戦争の悲惨さや、その裏側で繰り広げられる権力者の醜さを正面から取り上げたことが、実に強く印象に残る作品でした。また、世俗的な権力だけでなく、世界的な宗教権力の腐敗を描いたのも特徴でした。

 今作でも、扱っているテーマは戦争なのかもしれませんが、その実態は極めて現代的なものとなっています。前作のような、大規模な軍事的衝突ばかりではない、むしろ現代において大きくクローズアップされた新たなる戦争の形態・・・そう、すなわちテロリズムです。そして、そのテロを引き起こしているのが、「聖修道会」という一種の新興カルト宗教であり、この点でも強く現代を象徴する設定となっています。


・現代における戦争─テロリズム─。
 そして、今作におけるテロの描写には非常に力が入っており、冒頭から幾度となく聖修道会の信徒によるテロ行為が繰り返されます。単なる軍隊同士のぶつかり合いである戦場ならばともかく、下手をすれば一般市民をも巻き込んでしまいかねないテロという行為に対しては、その対処は非常に難しく、主人公たちに多大な試練となって立ちふさがることとなります。前作でも、一部には市街戦等でそれに近い描写はありましたが、今作ではほぼすべての戦闘がそのような形態となって現れており、現代における戦争への対処の難しさを改めて知ることになります。

 しかし、このテロシーンが、作中で最も緊迫感溢れるアクションシーンとして、読者を楽しませる場面であることもまた事実です。冒頭の竜(!)と自動車とのカーチェイスに始まり、列車ジャックシーンでの魔法戦闘、王家の城での舞踏会での潜入者との戦闘など、どれも映画的な演出を意識したと言えるもので(のちに本当に映画を撮ろうとするテロリストが出てきますが)、作中で最も盛り上がるシーンとなっています。


・人は、いかにしてカルト宗教にはまるのか。
 そして、今作で最も重要なのが、主人公の敵となる組織が「聖修道会」という、一種のカルト宗教団体となっている点でしょう。
 戦闘シーンで相対する敵たちも、すべて団体の信徒たちであり、個々人によりその入信の動機や信仰の深さは様々ですが、皆一様に聖修道会の奇跡・教団が説く神の存在を信じており、場合によっては自らの命も辞さないその姿勢にはただならぬものがあります。

 このようなカルトの信徒たちの思想は、はた目にはあまりにも異常に見えるもので、教団の洗脳の結果到達した狂気の沙汰だと思ってしまいがちです。が、この作品では、そのようなひとりひとりの一見非常識に見える信徒たちが、なぜここまで教団の思想にはまっているのか、いや、そもそもなぜこのような教団の信徒になったのか、その過程が詳細に描かれている点が大きなポイントです。カルト宗教にはまる人間が、必ずしも理解できないような異常な感性を持っているわけでもなく、必ずしも人として弱いわけでもなく(ある意味では弱い点もありますが)、それぞれその入信の動機には考慮に値する事情がある。それも、人間個人の問題だけが起因ではなく、むしろ現代社会の歪みに端を発する事情こそが大きいとも訴えています。この作品は、そのあたりの事実を幾度となく詳細に描き出している点が非常に優れていると言えます。


・現代における魔法と竜。
 それともうひとつ、今作では舞台が現代でありながら魔法や竜(怪物)が登場するということで、「現代に魔法や怪物が甦ったらどうなるのか」というテーマが描かれている点も面白いところです。
 魔法や竜が当たり前に存在した前作と異なり、今作ではもはや魔法も竜も過去の伝承内での産物となり、誰もその存在を信じるものなどいない状態です。そんな中で、魔法や竜が突然出現したらどうなるのか、人々が一体どういう反応を示すのか、そのあたりの動向を詳細に示しています。
 具体的には、やはりほとんどの人がそんなものは信じられないという反応を示しますね。眼前に魔法や竜を目撃しても、それを信じることが出来ず、何かのトリックか見間違いだと思ってしまう。本来的には、自分の見た事実はきっちりと受け止めて、先入観を排除して検討するのが正しい(論理的な)あり方だと思いますが、中々そうはいかないのが人間のようです。


・テーマは面白いが、ストーリーはどうか。
 さて、以上のように、現代的なテーマという点では申し分のない本作ですが、では娯楽要素としてのストーリーについてはどうでしょうか。
 実は、これが手堅くまとまってはいるものの、全体としては弱く、いまひとつ盛り上がらなかった印象が強いのです。
 もともと堤さんの作品自体、ストーリーよりも作者独自の思想やテーマが強く見える作品が多いのですが、それでも前作「エルナサーガ」では、ストーリーの面白さも抜群で、特に前半のテンポのよい展開には大いに引き付けられ、一気に読んでしまえるものでした。
 しかし、今作ではそこまでの強いストーリーが感じられず、ひとつひとつのエピソードを手堅く消化していくような感じで、次々に先を読みたくなるような展開では無かったように思えます。まあ、「聖戦記エルナサーガ」以外の堤作品も全体的にそのような傾向が強いので、この作品も特に意外というわけではないのですが、それにしても今回は連載初期の頃からあまりに盛り上がりに欠けた印象が強い。

 そのためか、当初からこの作品はあまり大きな人気を得ることなく、堤さんのファン以外では話題になることも少なかったように思えます。前作も後半になるとストーリーの勢いが薄れ、このような状態になってしまったのですが、今作は全体を通してストーリーの躍動感に欠けてしまった。これはかなり残念な点に思えます。


・最後までブレイクできなかった作品。
 そして、そのまま盛り上がりに欠けたままで終盤を迎えましたが、やはり最後までブレイクすることが出来ず、そのまま終了してしまったように思えます。特に、最終回近辺はほとんどラストの盛り上がりも見られないうちに終了してしまい、かなりの物足りなさが残りました。
 いや、その前に中盤から終盤にかけての展開もかなり早くなっており、かなりの急ぎ足の展開で、もうその時点で短期での終了路線に変わってしまったように思えます。やはりあまりにも人気が無かったことが原因でしょうか。考えて見ると単行本の帯(オビ)も2巻以降さっぱり付かなくなりましたし(6巻では久々に付きました)、やはり人気や話題性はおしなべて低い作品だったなと感じます。「聖戦記エルナサーガ」と言えば、マンガマニアにはよく知られた名作中の名作ですが、今回は偉大な前作を超えることは出来なかったようです。

 最近の堤作品では、極めて思想性・テーマ性の強い話が多く、特に今作と平行して他雑誌(ゼロサム)で連載された「アダ戦記」などは、作者の科学・天文学(あるいは占星術)の知識や政治・社会思想が全面に押し出されたもので、あまりにも思想性が強すぎて娯楽性に乏しく、「これではさすがに売れないだろう」と思っていましたが、実際にその通りとなりました。「聖戦記エルナサーガII」は、まだそこまで透徹した作品ではなく、普通に読めるマンガにはなっていますが、それでもかつての前作に比べれば「なんとも地味な作品になったな」という趣きがあります。これはこれできっちりとした内容を持つ「通好み」の作品であり、個人的にも評価が落ちるようなことはないのですが、それにしてももう少しブレイクできる要素があればよかったと惜しまれます。


「連載終了・移転作品」にもどります
トップにもどります