<激流血 〜over bleed〜>

2008・7・29
一部改訂・画像追加2009・2・19

 「激流血 〜over bleed〜」は、ヤングガンガンで2007年14号から始まった連載作品で、2008年21号まで約1年あまり続きました。そして、これは同誌の中でも極めてバイオレンス要素の強い異色作と言える作品で、比較的短い連載期間ながら極めて鮮烈な印象に残る作品となりました。ヤングガンガンは、これ以外にも青年誌的な暴力描写が見られるバトル系作品はこれまでも何本も見られましたが、ここまで過激で凄惨な描写が見られる作品は、さすがに他には見当たりませんでした。暴力だけでなく、高校生によるいじめの描写にも凄まじいものがあり、これらは多くの読者にとってひどく抵抗の強いもので、さすがに一般的な人気を期待できる作品ではありませんでした。ヤングガンガンの中でも、極めてコアな作品で、一部のマンガマニアや、青年誌的な過激な描写に抵抗のない読者にのみ受け入れられた作品と言えます。

 作者は、28ROUNDという表記となっていますが、これは個人のマンガ家ではなく、作画担当と原作担当によるグループ名のようです。作風はひどく過激なものがありますが、作者たちはかなり真剣に作品作りに取り組んでいるようで、真面目な製作姿勢には好感が持てます。特に、作画担当者である朴重基による繊細な作画は、他の格闘ものには見られないタッチがあり、この作品ならではの独特のイメージ作りに大いに貢献しています。

 しかしながら、当初からの予想通り、このマンガは決して幅広い読者に売れるようなマンガではありませんでした。連載開始当時から、雑誌の巻末の方で埋もれるように掲載を重ねており、人気の上からはこのまま早期終了してもおかしくなかったように思います。しかし、地道に連載を重ねるうちに、次第にその実直な面白さが認められるようになり、かつ中盤以降ぐっとストーリーが盛り上がってきて、ついには雑誌の中盤から前の方に掲載されるようになり、その存在がついに認められたように思えます。

 ただ、コミックスについては、長い間発売されず、ようやく連載開始から1年が過ぎて、1・2巻同時発売という形で発売されることになりました。このような発売形式は、どうもこのような売れ線でないマンガに採用されるようで、ヤングガンガンではあの「ムカンノテイオー」でも見られました。しかし、その入荷部数は極端に低く、ほとんど出回っていないように感じられました。雑誌ではようやくその地位が認められたものの、コミックスの扱いでは不遇が続いているようで、ほとんど人目に触れないような作品に留まっています。そして、これは連載終了時まで基本的にはまったく同じ扱いが続き、雑誌外の読者にはあまり知られないままで終わってしまいました。これは大いに残念なことであったと言わざるを得ません。


・この凄惨ないじめの描写。
 このマンガは、主人公である西嶋圭(けい)が、凄まじいいじめに耐えかねて自殺を決行するシーンから始まります。圭は、高校で元空手家の不良・高橋のいじめを受け続け、その後友人である明(あきら)と共に飛び降り自殺を決行するのですが、自分は生き残ってしまい、明の方も行方不明になるという悲惨な結果になってしまいます。その後、学校になんとか復帰した後も、そのことで陰口を叩かれ、その上で不良の高橋まで学校に戻ってきてしまい、再び酷いいじめを受けるという日々が舞い戻ってきます。
 そして、この自殺前に受けていたいじめと、再び今受けることになったいじめと、その双方が描かれているのですが、そのいじめの描写が凄まじいの一言です。 作品の解説文では、「陰湿ないじめ」「過酷ないじめ」などと描かれていますが、その表現すら生ぬるいほどで、それを通り越して「凄惨」という言葉がふさわしいほどの過激な描写を見せてくれます。これまで、様々ないじめ表現のあるマンガや小説を読んできましたが、このマンガの悲惨ないじめの描写は、間違いなくそのトップクラスに入ります。

 そしてもうひとつ、このいじめと並んで、圭の身に起こる見逃せない境遇があります。それは、「両親の酷薄な態度」です。圭の両親は、いじめを受けるような情けない息子に用はないと思ってるのか、あるいはそれ以外にも原因があるのか、息子であるはずの圭を完全に見限り、まったく接しようとしません。そのため、圭は家庭においてもまったく居場所がなく、「何をしても生きている実感が湧かない」という状況にまで陥っており、再び自殺を試みようとするまでになっています。

 この両親の態度は、先日起きた通り魔事件のいくつかを想起させるところがあり、あるいはいじめを受けていたという事実でもそうで、事件や自殺を起こす青少年の過酷な現実を描いているようで、非常に興味深いものがあります。


・ネットでの中傷も丹念に描く。
 そしてもうひとつ、現実世界でのいじめに加えて、ネット上での中傷も実に克明に描いており、そちらも見逃せないものがあります。
 圭は、自分たちが自殺するシーンをビデオカメラに収めており、それをいじめ相手の高橋らを告発する目的で残しました。しかし、なぜかその画像がインターネット上に流出してしまい、自分たちが自殺するシーンが、面白いネタ画像としてネットで笑いものにされてしまいます。それは、動画としてあるサイト(「激流血」)にアップされており、そのことを友人の紹介で知った圭は、激しいショックを受けます。

 そして、その「激流血」というサイトは、そんな過激な画像を集めて公開するアングラ的なサイトであり、そこに集まるコメントも卑俗なものばかりで、しかもそれがやたらリアルなのです。一見して動画サイトである「You Tube」を元にしていることは明らかで(このマンガの開始当時は、まだニコニコ動画はさほど有名ではなかった)、そこに寄せられるコメントは、いかにもネット上の掲示板でよく見かける中傷コメントの特徴をきっちり再現しており、実にリアルです。作者たちは、よくネットの負の側面を調べていると感心しました。

 そして、その「激流血」が特に力を入れているのが、過激な格闘動画であり、街中で行われる喧嘩(ストリートファイト)を撮影してアップすることが繰り返し行われていました。圭は、その動画の中で特に強いとされるファイター「武念」に、かつて共に自殺して行方不明になった明の面影を見出し、彼こそが明だと確信、彼に会いたい一心で「激流血」にバトル希望のコメントを書き込み、誘いに乗ってきたファイターたちと闘いを繰り返すことになります。
 しかし、ここでも圭の無鉄砲な素人同然の闘いぶりに中傷のコメントが殺到し、その異様な闘いぶりから「狂犬」とあだ名されることになります。

 そして、このネット上での出来事も、やはり現実の通り魔事件を思い起こさせるものがあります。いじめに両親にネットと、奇しくも今の社会事件をも思い起こさせるリアルな作品となりました。


・この過激な凄まじいバイオレンス。
 そして、その圭や、圭が目標とする最強ファイター・武念、あるいは圭をいじめる元空手家の高橋、さらには圭に興味を持って集まってくるさらなるファイターたちとの格闘バトルが繰り返される展開へと突入するのですが、この格闘シーンでのバイオレンス(暴力)描写が凄まじい。単なるバトルものとは一線を画する残虐な表現の嵐で、ほかのヤングガンガンのバトルものともまるで印象が異なります。唯一、かつてあった筒井哲也の作品にあった暴力表現が、これに近いものがあります。

 とにかく「激流血」という表現がふさわしい、鮮烈な流血シーンの連続であり、この作者独特の緻密で繊細な作画で、非常に「濃い」「ギタギタの」暴力シーンになっています。そのしっとりとした液体(血)がすべてをねめつけるような暴力描写は、このマンガならではのものでしょう。拳や蹴りが身体にめり込むときの痛みをしっかりと描き切っており、その点で非常にリアルなものを感じます。非常に残虐な描写で多くの読者には抵抗が強すぎる作風ですが、しかしこの作画レベルの高さは見逃せません。このマンガの濡れたような繊細な作画は、ちょっと他のマンガでは見られないもので、コミックス1巻にコメントを寄せている沙村広明氏も「何という線の色気だ」と表現しています。この独特の緻密な線の描き込みに満ちた絵柄は、読者の心に強烈な印象を残します。格闘シーン、キャラクター、背景と、そのすべてにこの作画は及んでいます。

 加えて、純粋に格闘の描写もリアルなものがあり、特に動きのあるシーンがよく描けています。圭が使うことになるボクシングの闘いはまさにそれであり、相手の攻撃をかわして瞬間的に爆発的なパンチを叩き込むスピード感も見逃せません。格闘ものとしても非常に優秀だと思われますが、作者たちはこのマンガのために実際にボクシングや空手を体験したようで、その真面目な製作姿勢は大いに評価されるべきものがあります。


・主人公の危うい成長ぶりから目が離せない。
 そして、「激流血」で闘いを繰り返す圭の成長ぶりこそが、この作品の最大の見所となっています。しかし、それは、読者に大いなるカタルシスを与えると同時に、あらぬ方向へまでいってしまう危うい不安さまで残します。単なる少年マンガ的な成長物語とはまるで違うのです。

 圭は、自分自身にも格闘の才能(動体視力の良さや、冷静な思考能力)があり、かつボクシングをやっている親友・広太の指導を受け、自分もボクシングで闘う道を選びます。広太は、彼自身かつていじめに遭う圭を前に何も出来なかった自分を恥じており、弱かった自分を変えるためにボクシングを始め、圭をも強力にバックアップします。主人公に加えて、この広太の奮闘ぶりも見逃せないものがあります。また、自分を唯一慕ってくれる保健の先生で格闘マニア・小比類巻先生の的確なアドバイスも、彼の大いなる助けになります。

 そして、彼らのアドバイスをひとつひとつ真剣に採り入れ、実戦を繰り返すうちに、圭は着実に成長していき、精神的にも大いなる変化が見られます。特に、主人公がかつて苦痛から逃げて自殺まで決行した自分を見直し、ついには「もう逃げない。苦痛から。」と力強く宣言するシーンは、実に見ごたえがある名シーンとなっています。
 そして、そのまま自分にいじめを繰り返す高橋に一糸報いる機会が訪れ、ついに激闘の末に高橋をパンチで叩きのめして殴り倒すシーンは、まさに爽快の一言に尽きます。

 しかし、その闘いから、圭の心境に異変が起きます。彼は、闘いで殴り殴られる快楽に目覚めてしまい、もう闘いの連続から逃れられなくなってしまうのです。彼は、かつて凄惨ないじめに遭い、両親からも見捨てられ、生きる実感を感じずに自殺への道を進みました。しかし今、この格闘の苦痛において自分が生きる実感を得て、もうそれこそが自分の生きる唯一の道になってしまうのです。

 それを最も感じるのが、強敵を前にして徹底的に殴られながら、それでも「殴られても前に出る」と言ってひたすら前進、相手を叩きのめすシーンです。このセリフは、必ずしも勇気を持って前に進む前向きな精神を表現したものではないでしょう。これは、殴られる苦痛によって生の実感を覚える快楽と、もうこの闘いで死んだって構わないとする恐れを知らない無謀な精神と、そのふたつがないまぜになった凄まじい精神状態を表しているのではないでしょうか。一見して少年マンガ的な熱血を表現したセリフに見えますが、実はそれとは正反対のネガティブな精神に満ちたセリフで、これもまたこのマンガならではの「名言」と言えます。


・中盤以降のストーリーの盛り上がりも素晴らしかった。最後にやや失速した感があったのは残念。
 そして、連載中盤以降は、「激流血」絡みのストーリー展開の面白さも見逃せなくなりました。格闘サイト「激流血」は、武念という正体不明のファイターを抱えている上、なぜかひたすら圭を追い求めて動画をアップしたり、それでいて国家機関レベルのセキュリティが成されているなど、謎に満ちたサイトであり、その謎に迫るストーリー展開が見逃せなくなります。武念とは異なる「無念」なる男も影で暗躍しているようで、彼の正体もまた興味深いところとなりました。

 そして、その「激流血」のライバル勢力として「W.T.O」なる過激格闘グループも登場、そのリーダーで「狂犬」と呼ばれている男との邂逅、そしてバトルという展開になり、こちらでもヒートアップしていきます。ヤングガンガンの誌面でも、これまでは巻末での掲載でくすぶっていたものが、このあたりからいよいよ雑誌の中盤から時に前に方にまで掲載されるようになり、本気で盛り上がってきたのです。そもそもあまりにも抵抗の強い作風で、長い間低迷した連載だった点は否めませんが、いよいよその奥にある真の面白さが認められたと考えるべきでしょう。

 そして、時期を同じくしてついにコミックスも発売され、連載開始約1年後にして、1・2巻同時発売の運びとなりました。しかし、このコミックス、本誌での盛り上がりとは反比例して、まったくもって出回っていません。やはり、最初から売れ線でないことは明白な作品で、最初から売れるはずのない作品として扱われているようで、これはあまりにも不遇だと言えます。
 実は、ヤングガンガンにはこのような作品が多いのです。このマンガと同じようなコミックスの発売の仕方だった「ムカンノテイオー」がまさにそうですし、それ以外にも似たような扱いのマンガはかなりあります。人気を得やすい萌えや明るいバトル中心のマンガが高い人気を得ている一方で、こういった人気を受けにくい作風でありながら、地道に真面目に連載している良作もあるのです。読者としては、こういった作品にもしっかりと目をむけ、きちんと評価するべきではないでしょうか。

 その後、圭は熾烈な激闘の末に狂犬を撃破し、ついに捜し求めていた武念の元にたどり着き、ついにラストバトルを迎えます。これこそがこのマンガのクライマックスなのですが、ストーリー的には意外に思ったほど盛り上がらず、最後でやや失速した感があったのは残念でした。むしろ、その手前の狂犬との闘いの方が、盛り上がりが最高潮に達していたと思えます。実際、この狂犬との闘いはストーリーの盛り上がりも凄まじく、ここで一足早く頂点に達してしまった感がありました。そのため、その後の武念との邂逅が、狂犬との激しすぎる激闘を終えた後の余韻のようにも感じられ、比較的静かな終わり方になってしまったような気がします。

 しかし、最後にやや失速した感があるのは残念でしたが、それでもこのマンガの完成度には見るべきものがあり、やはりひどく優秀なマンガだったことは間違いありません。コミックスこそ大きな売り上げ・人気を得ることはできませんでしたが、本誌では大いに盛り上がってきた連載としてしっかりとその存在を認められ、確かな良作ぶりを示したのです。たとえ、対外的に知名度が低いままでコミックスの部数も低かったとしても、これは大いに意義のある連載だったのではないでしょうか。


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