<ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編/綿流し編/祟殺し編>(前編)

2006・6・27

*後編記事はこちらです。

 「ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編/綿流し編/祟殺し編」は、同名のPCゲームソフトのコミック化作品です。原作である「ひぐらしのなく頃に」は、一連の連作シリーズで次々と続編をリリースする方針を採っていますが、このコミック化作品である「鬼隠し編/綿流し編/祟殺し編」は、そのシリーズ中最初の三部に当たる作品で、それぞれがスクエニ系の別雑誌に同時に連載されました。ゲームコミックの例に洩れず、原作であるゲームをそれぞれの担当の作家が作画する形でコミック化されました。原作者は(当然ながら)原作PCソフトの製作者である竜騎士07(りゅうきしぜろなな)ですが、作画担当者はそれぞれの作品で異なり、三部の作品を三人の作家がコミカライズする形式を採っています。具体的には、「鬼隠し編」を鈴羅木かりん、「綿流し編」を方條ゆとり、「祟殺し編」を鈴木次郎が担当しています。

 通例、このような分担形式を採用すると、どうしても個々の作品ごとに完成度の良し悪しが出てしまいがちなのですが、この企画においては、三人の作家がそれぞれ十分に良質な仕事を成し遂げており、どれひとつとっても過不足ない実に優秀な作品群となっています。この三人の実力はもとより、優秀な作家を三人も選び出した企画自体も非常に優れていたと言えます。


・原作ゲーム「ひぐらしのなく頃に」と、そのコミック化の経緯。
 原作ゲームである「ひぐらしのなく頃に」は、いまや非常に有名な存在となっており、その内容を知っている方も大勢いるかとは思われますが、それでも一応ここでその概略を記しておきます。

 「ひぐらしのなく頃に」は、PCで起動するソフトウェアであり、商業化されずに同人ソフトとしてリリースされた(されている)作品です。ゲームソフトとして扱われており、ジャンルとしては「サウンドノベル」「ビジュアルノベル」等の呼称で呼ばれる、いわばノベルゲームにあたります。ただし、同系のノベルゲームでは普通に見られる「選択肢」というものが存在せず、純粋に一本の物語を楽しむ要素が非常に強い作品です。元々は同人誌即売会(コミックマーケット)で発売されたものですが、発売後徐々にその評判がネット上で広がり、続編が出るたびにその人気は加速度的に広がり、ついには誰もが知るほどのメジャーな作品にまで成長してしまいました。
 ノベル(小説)のジャンルとしては、ミステリー+ホラーといったところでしょうか。「雛見沢」というひなびた寒村を舞台にした連続殺人事件の謎を追う、というのが基本的なストーリーです。そして、このミステリーとしての評価が高く、その推理の本格性と、難易度の高さが大いに話題を呼びました。そして、同時にホラーとしての要素も強く、こちらでも高く評価され、「日常の突然の豹変」「迫り来る目に見えない恐怖」で多くのプレイヤーを引き込みました。
 しかし、そのような内容以上に重要なのが、この「ひぐらしのなく頃に」が、オムニバス形式の連作シリーズを採用していることでしょう。これは、同一の設定の下に、それぞれの作品で異なるストーリーが展開するというもので、個々の作品を単体で楽しみつつ、同時に他のシリーズをプレイすることで、さらなる物語の全体像が見えてくる、というものです。そして、この仕掛けが非常に斬新で、多くのプレイヤーを激しく引き込みました。連作シリーズの続編が出るたびに、うなぎのぼりに人気が上昇していったのも、ひとえにこの要素があったからに他なりません。

 そして、そのような人気の高まりを受けて、様々な関連商品が次々とリリースされる状態になっていったのですが、ついに、スクエニの手でコミック化までされることが決定しました。2005年3月のことです。当時は、もうすでに原作はシリーズの5作まで出ていたのですが、うち最初の三部作を同時にコミック化することが最大の目玉でした。スクエニから出ている雑誌のうち、「季刊ガンガンパワード」で「鬼隠し編」を、「月刊ガンガンWING」で「綿流し編」を、「月刊Gファンタジー」で「祟殺し編」を連載することが決定。このとき、「なぜスクエニの中心雑誌である『月刊少年ガンガン』で連載しないのか」「『ガンガンパワード』だけ季刊であるが、他のふたつの作品と連載ペースを合わせられるのか」等の不安もあったのですが、実際に連載を開始してみると、それらはまったく問題なく連載が進み、連載のペースも狂うことなく三部のコミックスが同時に発売され、そのすべてが大人気を獲得しました。これは、原作ゲームの人気が最大の理由ですが、それと同時に、コミック化作品の完成度が、どれひとつとってもことごとく優れていたからに他なりません。


・三者三様の作家陣。
 さて、前述のように、この三部作をそれぞれ異なる作家がコミック化の担当にあたったのですが、それぞれの作家の出自は大幅に異なっており、まさに三者三様の呈を成しています。

 まず、「鬼隠し編」担当の鈴羅木かりんさんですが、彼女は元々スクエニ(エニックス)系の作家ではありません。他社でゲームコミックやゲームアンソロジーで活躍していた方らしいのですが、純粋な連載はゲームコミック一本のみ、あとはゲームアンソロジーの執筆ばかりと、そもそもあまり大きな活動はしておらず、純粋なマンガ家としてはかなり経歴の浅い作家でした。完全な新人とは言えないものの、実質的に新人に近い作家であったと言えるかもしれません。
 スクエニの作家でないばかりか、経歴自体もあまり分からないということで、その実力は未知数であり、連載開始前はその仕事ぶりをまるで予測できない作家でした。しかし、いざ連載を始めて見ると、実に卒のない、優れた仕事をする作家であったことが判明します。

 次に、「綿流し編」担当の方條ゆとりさんですが、彼女は、かつて数年前に「ガンガンWING」で「迷想区閾」(メイソウクイキ)というオリジナルのマンガを連載しており、こちらは新人の作家というわけではありません。しかし、この「迷想区閾」、どうにもこうにも中途半端な作品で、さほどの人気もなく短期連載で終了してしまい、しかもその後、雑誌で作品が載らない状態が続いていました。それが、今になって「ひぐらし」の担当作家としていきなり抜擢されたというのは、かつての連載を知る者としてはかなり意外な出来事であり、かつて恵まれなかった作家が日の目を見ることになって嬉しい反面、「かつてさほど成功せず、しかもその後ブランクを抱えていた作家を今更採用して大丈夫なのか」という一抹の不安も拭えないものでした。しかし、この作家もまた、予想以上に優秀な仕事ぶりを見せてくれたのです。かつてのオリジナル連載時よりも明らかに実力は上がっていて、完全に一皮向けた印象すらありました。

 そして最後に、「祟殺し編」担当の鈴木次郎さんですが、彼女は(ペンネームは「次郎」だが実は女性作家)、Gファンタジーに現役で「壮太くんのアキハバラ奮闘記」というマンガを連載中であり、しかもそれがかなりの人気を呼んでいるという状態でした。しかも、このマンガ以外にも過去に優れた連載をこなした経緯があり、その点から見ても、最も安定した内容を期待できる、三人の中でも最大の実力派の作家でした。彼女に関しては他のふたりのような不安はなく、まずこの作家なら確実な仕事をしてくれるだろうと期待していましたが、実際にその通りとなりました。唯一、雑誌で別のマンガを既に連載中という状態で、スケジュール的に厳しいのではないかという危惧はありましたが、これもまったく問題ありませんでした。


 以上のように、コミック化担当に当たった三人の作家は、それぞれの出自が見事なまでにバラバラで、「なぜこの三人を選んだのか」スクエニの企画担当者の真意には謎が多かったのです。が、実際のコミック化が完璧に近い成功をしたのだから、これには文句の付け様がありません。この三人の作家を選び出した、この企画そのものが非常に優秀だったと言えます。


・原作のストーリーを忠実に、かつ三者それぞれにアレンジを加えて再現。
 まず、このコミック化の素晴らしいのは、原作のストーリーを非常に高いレベルで忠実に再現していることです。原作は、ノベルゲームとしてそれなりに時間のかかるゲームですが、それを2巻のコミックスにコンパクトに収めています。原作よりは明らかに分量は少ないながらも、作中の重要なシーンのほとんどを再現しており、原作プレイヤーの満足度はかなり高いと思われます。
 また、原作のストーリーを過不足なくコミックにまとめたことで、原作をプレイしていない方に対する「入門編」としても向いています。特に、原作ではさほど重要ではなく、間延びしがちなシーンをうまく省略したところがよく出来ており、むしろ原作よりもとっつきやすい印象すらあります。原作をプレイするほど時間が取れない人や、とりあえず「ひぐらし」がどのような作品なのか試し読みしたい人にとっては、最適の作品であると言えます。

 それだけではありません。この三部の作品のそれぞれが、微妙に異なる方向性でコミカライズされており、それぞれの違いがよく活きています。

 まず、「鬼隠し編」ですが、このコミックでは、ストーリーのテンポが最も速く、かなり早い段階でシリアスなストーリーの核心部分へと突入します。元々、原作の「ひぐらし」のストーリーは、まず前半で楽しい日常の学校生活の描写が続き、ついでその日常が一気に反転し、シリアスに謎と恐怖が忍び寄る展開へと移行するのですが、この「鬼隠し編」のコミックでは、前半の日常シーンがかなり大きく省略されており、三部作の中では断トツに早い段階でシリアスに移行します。
 そして、これは「鬼隠し編」のコミカライズとしてよく機能しているのです。元々、この「鬼隠し編」は、原作でも最初にリリースされたもので、シリーズの中でも導入編にあたるものです。そして、コミック化作品においても、やはりこの導入編と言える「鬼隠し編」から読もうとする読者は極めて多いと予想されます。そのような読者に対して、特に原作ゲーム未プレイでコミックから入る読者に対しては、前半の日常シーンがあまり長く続くと、だれてしまってその先を読まなくなる可能性が高いはずです。そのために、真っ先にストーリーの核心部分へと突入し、新規の読者を一気に引き込もうとしたのです。
 そして、この試みは見事に成功し、特に雑誌連載時には、連載第一回にしていきなり恐怖を感じさせるシーンへと突入したことから、最初から強く印象に残る連載となり、その後の三部作すべてを先頭に立って引っ張っていった感があります。

 次に、「綿流し編」ですが、こちらは「鬼隠し編」とはうって変わって、前半の日常シーンにかなりの分量が取られています。しかも、原作がまずそうなのですが、コミックでも「ラブコメ」や「萌え」の要素が非常に強く出ており、それ以上にキャラクターの微妙な心理がより詳しく語られているのが特徴です。単行本の一巻すべてがほぼ日常シーンでのラブコメ話であり、シリアスなストーリーに入るのは一巻でも最後、実質的には二巻からとなります。
 これは、まず「鬼隠し編」で「ひぐらし」の物語に慣れた読者に対して、さらに深い設定とキャラクターの心理を見せようとしたものだと思われ、これも理にかなった方針です。また、前半の日常シーンが長い分、作品全体の分量も「鬼隠し編」よりも上がっており、読み応えが増しています。原作でもこの「綿流し編」は第二作にあたるもので、初回の次に読む作品として、読者により深い楽しみと満足感を与えるという方針を徹底しており、これもまた成功しています。

 最後に、「祟殺し編」ですが、この編はまずその情報量が圧倒的です。他の二作とは明らかに一線を画しており、シーンごとのビジュアルの描き込み量や、ふきだしのセリフの量の多さでひと目で分かるでしょう。
 そして、なんといっても、ストーリーの細部がかなり大幅にアレンジされているのが最大の特徴です。他の二作が原作を非常に忠実になぞっているのに対し、この「祟殺し編」では、エピソードの登場順やその見せ方にかなりのアレンジが見られ、一段深い工夫が見られます。
 元々、原作の「祟殺し編」も、他のシリーズとはかなり毛色の異なる異色作品で、作品へのより深い理解度が試される一作です。つまり、他の二作よりもマニアックな作品であり、原作プレイヤーの中でも最もコアな人気を有するものなのです。そんな作品ならば、よりコアなファンのために、より深いアレンジの工夫で物語をさらに楽しませるという方針も、これまた理にかなっています。
 そして、この方針は見事に的中し、この「祟殺し編」のコミック版は、ゲーム経験者の間では最も高い評価を受けています。そして、この巧みなアレンジを成し遂げた鈴木次郎さんの構成力のうまさも光ります。また、鈴木さんのこれまでの連載では、どれもギャグの面白さが光っていたのですが、この「祟殺し編」のコミカライズでも、その持ち前のギャグが積極的に取り入れられ、その面白さがふんだんに活きています。前述のように、この三部作はどの作者も素晴らしい仕事ぶりを披露しているのですが、その中でもやはり最大の実力派作家である鈴木次郎さんの力が最も強く出ていると感じますね。


*続きは後編記事でどうぞ。こちらです。


「連載終了・移転作品」にもどります
トップにもどります