<ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編/綿流し編/祟殺し編>(後編)

2006・7・1

*前編記事はこちらです。

・絵の完成度も極めて高い。
 しかし、特筆すべきはストーリー等の内容面だけではありません。マンガとしてのビジュアル面、つまり絵の完成度も抜きん出ています。考えてみれば、ストーリーなどの完成度は、そもそも評価の高い原作がついている時点で、半ばそのクオリティは保証されているようなものですし、むしろコミック化にあたっては、マンガならではの要素である「絵」がいかに良く出来ているかの方が重要かもしれません。そして、この「ひぐらし」のコミック化作品では、三部作が揃って安定した絵のクオリティを維持しており、誰もが安心して読むことが出来ます。
 そもそも、原作の竜騎士07の手がけるビジュアルは、かなり特異な絵柄であり(笑)、そのくせの強い絵柄をそのままコミックで再現するのはかなりの抵抗があります。それを、コミック化にあたって三者が共にうまくアレンジしており、かつ元々の作家が持つ絵の個性も存分に現れており、うまくバランスが取れています。このビジュアルならば、原作からのファンとコミックからの新規読者の双方が、共に納得できるのではないでしょうか。

 そして、ここでも、三部作のひとつひとつが、それぞれ微妙に異なる絵柄で原作を再現しており、その絵柄の方向性の違いがうまく活きています。

 まず、「鬼隠し編」を手がける鈴羅木かりんさんの絵柄ですが、彼女の絵は三人の中で最もシンプルかつプレーンな絵で、極めてくせの少ないタイプのものとなっています。どこの雑誌でもよく見られる、今時のライト感覚の少年マンガ的な絵柄だと言えるかもしれません。そのため、彼女の絵は比較的多くの人に受け入れられるであろう、万人向けの絵柄となっており、シリーズの導入編である「鬼隠し編」のビジュアルとしてはふさわしいものとなっています。前述のように、導入編である「鬼隠し編」から読む読者は極めて多いと予測されますので、その作品のビジュアルに、シンプルでくせのない万人向けの絵を採用し、どんな人でもすんなりと読めるように配慮することは理に適っています。
 また、鈴羅木さんの絵のレベル自体も中々のもので、さらに、連載を重ねるうちに次第に絵のレベルを上げてきたことも評価すべきポイントです。

 次に、「綿流し編」を手がける方條ゆとりさんの絵柄ですが、彼女の絵は非常に繊細なタイプの絵で、少女マンガ的なイメージも感じさせるところもあります。そして、なんといっても萌えが素晴らしい。はっきり言って、この萌えレベルの高さは尋常ではない。女の子が絵があまりにも萌えるというか、特に眼の描き方に異様な萌え力を感じます(笑)。そして、これは、三部作の中で最も「ラブコメ」「萌え」の要素が強い綿流し編のビジュアルとして最高にふさわしいことは言うまでもありません。これは本当にいい作家を選びました。
 そして、これはゆとりさんだけでなく、三人の作家全員にある程度言えていることなんですが、なんというか平然とエロい絵を描く点もポイントが高い(笑)。エロ絵を出すに当たってまったく気兼ねがないというか、突然ありえない絵が出てくるあたりが非常に面白いというかなんというか。
 しかし、このゆとりさん、かつてオリジナルを連載していた頃は、決してこんな作家ではなかったような・・・。なにか、この作品でいきなり美少女に目覚めたというか、突然萌えの神が脳内に降臨されたのではないかと思われるようなこの連載には驚きます。

 最後に、「祟殺し編」を手がける鈴木次郎さんの絵柄ですが、彼女の絵はかなりくせの強い絵柄です。基本的にくせの少ない中性的な絵柄が多いスクエニ系雑誌においてはやや異色であり、他の二編の絵と比べてもかなり異質の印象を受けます。とっつきにくい感は否めないでしょう。
 しかし、これはこれで実は非常によく描けており、むしろ他の二編を上回っている点が多いのです。くせが強いということで、ややキャラクターの外見にとっつきにくい点はあり、ストレートな萌え系とはやや異なる絵柄ではあるのですが、それでもじっくりと読み込んでいけば、実はキャラクターの内面を最もよく描いているのがこの作者なのだ、という点に気づくはずです。特に、この編の主役とも言える北条沙都子の姿が実に魅力的に描けており、作者の沙都子に対する愛情を強く感じることができます(笑)。また、単に絵がうまいだけでなく、シーンを効果的に見せる演出面でも長けており、印象に残るシーンが多いのも優れたところです。先ほどのストーリーに関する構成力でもそうでしたが、どうもこの「祟殺し編」の作者である鈴木次郎さんの実力が、やはり頭ひとつ抜けている感がありますね。
 元々、この「祟殺し編」は、他の二編に比べれば異質でマニアックな内容であり、人を選ぶ難しい話ではあります。が、そういった話を描く絵に、とっつきにくいが最も内面まで鋭く描くことのできる、真に実力のあるビジュアルを用意するのも、また妥当な方針であると言えます。この絵柄が、まず真っ先に導入として読むべき「鬼隠し編」で採用されたなら、初見の読者にはかなり抵抗があったでしょう。しかし、最も難しいがしかし最も深い内容を持つ「祟殺し編」の絵としての採用ならば、それは理に適っています。

 以上のように、この三部作は、それぞれが絵的にも申し分のない仕事をしており、しかも三編の内容に合致したかのような適切なタイプの絵柄を採用しているというのは、実に特筆に価します。もしこれが企画段階から適切な絵の作家を配置しよう、という先見のある試みであれば、それは大いに評価できます。


・恐怖シーンがよく描けているのが最大のポイント。
 しかし、「ひぐらしのなく頃に」コミック版の最大の特長は、何と言っても、原作からの最大のポイントである「怖いシーン」が三作とも一様によく描けていることです。また、そういったシーンの重要性を把握してか、三人の作者共に最大の力を入れて描いている点も窺えます。前述のように、三人の絵柄はそれぞれかなり異なっているのですが、「鬼隠し編」のシンプルな絵ではもとより、「綿流し編」の繊細な萌え系の絵柄、「祟殺し編」のくせの強い絵柄でも、恐怖シーンについてはどれも一様に揃えたかのような高いクオリティで描かれており、普段のシーンの絵柄からのギャップも相当なものがあります。実は、これがコミック版で最も評価されているポイントかもしれません。

 まず、「鬼隠し編」では、三部作の中でも、原作の最大の特長である「突然の恐怖」を最も強く再現したものとなっています。特に、今まで明るかったごく普通の人物が突然豹変するシーンには、どれも非常に力が入っており、特に原作「鬼隠し編」でも最大の話題を読んだ「あのシーン」では、話の途中でありながらも、いきなりそこでカラーページで再現するという力の入れようです。そして、これがコミック版「鬼隠し編」でも最も話題となったことは言うまでもありません。

 次に「綿流し編」。これは、恐怖シーンの「視覚的な恐怖」では群を抜いています。特に「死体」の描写がやたら怖い。実は、三部作すべてに死体の描写は登場しており、どれもかなりの凄惨さを再現しているのですが、この「綿流し編」の死体がその中でも一番生々しい。この「綿流し編」、死んだはずの人が歩き回る恐怖が付きまとう話なのですが、その恐怖を実に良く再現しています。特に、普段のかわいらしい萌え系の絵柄とのギャップでは、この編が一番でしょう。中でも、最終回のラストシーンの4つの見開きの恐怖は凄まじいもので、雑誌掲載時には、怖くて迂闊にページを開けないという声もあったほどです。
 それともうひとつ、原作でも非常に恐ろしかった「眼」のシーンもきっちり描いている点も評価が高いですね。

 最後に「祟殺し編」ですが、これにはそこまでの直接的な視覚的恐怖は薄いものの、代わりに「心理的な恐怖」では群を抜いています。なにか正体不明の得体のしれないものに延々と追われるという恐怖がこの編の肝ですが、その恐怖に追われる主人公の心理描写には強く惹かれるものがあります。この話は、特にスケールが大きく、恐怖の規模も他二編とは桁違いに拡大していくのですが、その恐怖に巻き込まれる主人公のどうしようもない切羽詰まった心理が、執拗にえぐるように描かれているのが最大のポイントだと言えます。


・近年のゲームコミックでは最大の成功作。三部作揃っての成功は稀に見る快挙。
 以上、この三部作で構成された「ひぐらしのなく頃に」のコミック版では、原作のストーリーを過不足なくまとめた構成のうまさ、恒常的に高い絵のレベル、最大の肝である恐怖シーンへの注力、そして各作品ごとにつぼを押さえた方向性の違いなど、各要素が実によく出来ており、非常に完成度の高い優れた作品群となっています。ゲームを原作に置く「ゲームコミック」としては、近年で最大の成功作と考えてよいでしょう。スクエニでは、元々ゲームコミックの成功例は他社より多いとは思いますが、それでも凡作は少なくなく、特に最近のゲームコミックの増加に伴い、全体的に質が安定しなくなった感があります。そんな中で、この「ひぐらしのなく頃に」のコミック化の完全な成功は、大いに評価されるべきところでしょう。
 特に、このゲームコミックが三部作で同時連載され、その三つが揃ってすべて成功したというのは特筆に価します。これは非常に幸運であるとも言えますが、やはりこのコミック化を担当した三人の作者の奮闘が最も評価される点であることは言うまでもありません。そして、この実力ある三人を選出し、三部共にペースを合わせて連載を進めたこの企画自体も、極めて優れていたと言えます。

 現在、スクエニでは、この「ひぐらしのなく頃に」のコミック化企画をさらに推し進めており、この三部作の続編も次々に連載が開始され、コミック版独自の新作まで登場するなど、さらなる広がりを見せています。しかも、今のところどれもかなり手堅く推移しており、いまやスクエニ系コミックの中でも極めて安定したコンテンツとなった感すらあります。個人的には、このように特定の作品にばかり頼る方針には否定的なのですが、しかしこの「ひぐらし」のコミックに関しては、全体的に非常に高いレベルで安定した内容となっており、例外的に安心して見られる優秀な企画となっています。これからの展開にも期待してよいでしょう。


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