<ちょこっとヒメ>

2006・9・29
一部改訂・画像追加2009・11・3

 「ちょこっとヒメ」は、ガンガンWING2006年1月号より連載を開始した4コママンガで、2006年を通して行われたWINGの大型企画「一年間連続新連載」の第一弾として始まりました。さらには、その「一年間連続新連載」の中でも、これが最大の目玉タイトルとして扱われており、開始当初からのWING編集部の推進ぶりも非常に目立つものがありました。そして、この作品はその期待に見事に応え、その後WINGの看板作品のひとつとなりました。

 作者はカザマアヤミ。彼女は、過去にWINGで「かさぶたさん」「その島のお話。」という良質の読み切りを残しており、さらには、「ちょこっとヒメ」連載開始前に、同作品のプロトタイプとなる読み切り「365日ヒメ!」を執筆し、これらの作品のいずれもが読者に高い人気と評価を獲得し、WINGの新人の中でも熱心な読者の間で特に人気の高い存在でした。そのため、連載決定時にも多くの期待が寄せられていたのです。そして、実際に始まった連載も非常に良質なもので、期待の新人が見事に成功する形となったのです。

 さて、その後の「一年間連続新連載」は、一年を通して毎月一作以上の新連載を始めるものの、優れた作品は多くなく、わずかにこの「ちょこっとヒメ」と、中ほどに始まった「東京☆イノセント」、終盤になって始まった「夏のあらし!」程度しかなく、この3つがのちのWINGを支えていくことになりました。一方で、この期間中に「まほらば」を始めとするWINGの人気連載が次々と終了し、誌面のクオリティは一気に低下してしまい、こののちのWINGは不振を極めることになります。

 そして、ついにWINGは2009年2月をもって休刊となり、この「ちょこっとヒメ」は、2008年に新たに創刊されていたウェブ雑誌「ガンガンONLINE」へと移籍され、そちらで連載することになりました。しかし、もうこの時点でコミックスあと1巻分での終了は決まっていたようで、半年ほどの連載ののち、最終回を迎えることになりました。WINGでの連載時代、特に序盤から中盤にかけては、積極的にサイン会を行ったり、店舗特典を多数配布したり、力の入ったドラマCDを出したりと、非常に盛んな展開を行っていただけに、この唐突な最後はかなり意外なものがあり、個人的にはアニメ化などのさらなる展開を期待していただけに、ひどく残念に思ってしまいました。


・大胆な表現が鮮烈だったネコ擬人化萌えマンガ。
 作者のカザマアヤミさんは、デビュー当時から非常にかわいらしい絵が特徴の作家で、この「ちょこっとヒメ」でも、もちろんそのハートフルな絵柄は健在です。しかし、このマンガの場合、「ただの猫(犬)をそのまま擬人化して表現する」という、他のマンガがあえてやらなかったようなことをあえてやっている点が驚きでした。

   元々、このマンガのプロトタイプとなったのは、連載開始の半年ほど前、WING2005年7月号付録「4コマエディション」において掲載された「365日ヒメ!」と名付けられた4コママンガの読み切りです、これは、しばらく後のガンガンWING9月号で、もう一度WING本誌に掲載されます。この読み切りにおいては、「ねこがひとの姿に見えるメガネを読者がかけている」という設定だったのですが、結局この回りくどい設定は不要だと感じたのか、連載版では完全になくなり、「なんの前置きもなくネコが人(女の子)の姿になったり戻ったりする」思い切ったマンガへと進化してしまいました(笑)。

 そして、ここでもカザマさんのかわいすぎる絵柄が存分に活きていて、猫の姿の時も人の姿の時も本当にかわいいものとなっています。ネコ娘とかネコミミとかの要素は、これまでも萌えの定番だったわけですが、このマンガはそのあたりの萌えレベルが非常に高い。もはや、これは究極のネコ萌えマンガだと言えるでしょう。

 さらには、ネコヤイヌたちが、「猫(犬)」に見えるときと、擬人化されて「人間」に見えるときとで、視点の違いを使い分けている点も、大いに感心するところがありました。「猫(犬)」に見える時、それはすなわち人間の視点であり、「人間」に見える時、それは猫や犬など動物同士の視点なのです。動物同士ならば、人間同様の付き合いで会話もできるけど、人間が見ても猫(犬)にしか見えず、言葉は通じずダイレクトな意志の疎通は出来ない状態である。それを擬人化の使い分けというビジュアルで表現しているのです。動物たちが今どのような視点から見られているか、それを直接的に表現できている点は大いに評価すべきでしょう。



・猫や犬の行動をコミカルに再現。
 そして、単に絵がかわいいだけではありません。このマンガでは、(現実の)ネコが本当に起こしてしまうような、あるいは人間(特に飼い主)が妄想するようなネコのかわいらしい行動がよく描かれていて、こちらもまたコミカルでかわいらしいのです。

 さらに、このマンガでは、主役格の仔猫・ヒメ以外にも、個性的な仔猫や仔犬たちが登場します。怖がりやだけど好奇心旺盛でいつも元気なヒメ、プライドが高くいつもツンツンしているおすまし猫のしろこ、のんびりぼんやり天然系仔犬のくっきーと、どれも個性的な猫(犬)ばかり。そんな仔猫・仔犬たちの興味溢れる行動や、ほほえましい交流の様子が丹念に描かれているのが、この作品最大の魅力です。猫や犬が好きな方、とりわけ実際に飼っている方に対しては、特に魅力的なマンガではないでしょうか。

 そして、このマンガのもうひとつ特徴的なのは、彼女たちのいずれもが、いわゆる「萌え系美少女」なキャラクターにはなっていないことです。純粋に仔猫(仔犬)、もしくは現実の女の子が取るような性格設定になっていて、いわゆる美少女系作品に登場するようなマニアックなキャラクター設定があまり見られない。絵柄は本当にかわいらしく、それだけ見ればこれも萌えマンガだと言ってもよいのですが、実際の内容は思ったほどオタク向けではなく、より多くの人に受け入れられるであろう懐の広さが見られます。


・女の子的な思考が実に特徴的。
 それがさらに強く出ているのが、このマンガの仔猫、特に主役格のヒメの思考が、純粋に「女の子」(子供)のそれを忠実に再現していることです。とにかく小さな女の子が見せるであろう言動を、ひとつひとつ丹念に映し出しています。実は、これこそがこのマンガで本当にかわいいと感じる場面なのです。小さな子供が見せる、ひたすらに無邪気で、ときにちょっと背伸びした大人びる行動。それがここまで丁寧に描けるというのは、実はすごいことなのです。
 これは、作者が女性であることも大いに関係しています。男性的な思考では、このようなマンガは絶対に描けない。男性的な萌え要素を求めるマンガとは、明らかに一線を画しているマンガなのです。男性向けの美少女萌え作品に見られる要素が、このマンガではまったく感じられない。

 その証拠に、このマンガには、まったくといってよいほどエロ要素がありません。ビジュアル的には、猫同士が舐めあったり、じゃれあったりといったシーンは頻繁に登場し、萌え系4コマによく見られる百合的な描写にも見えるのですが、しかしそこからはエロがほとんど感じられない。このような作品は、他のWINGのゆる萌え系連載にもいくつか見られますが、ここまではっきりとその方向性が強く見られるマンガは、あまり多くありません。




・飼い主の言動、飼い主とネコ(イヌ)との交流。
 そして、さらに魅力的な要素として、猫や犬だけでなく、その飼い主の思考や言動、そして飼い主と猫(犬)との交流がしっかりと描かれている点も見逃せません。飼い主たちもまた個性的で、しかも誰もが親バカ(猫バカ、犬バカ)っぷりを存分に見せてくれます。

 ヒメの飼い主はナベ兄(渡辺)。ヒメの無邪気な行動に手を焼きつつも、ついついその存在が気になってしかたがないという、まさにペットを愛するが故のもどかしい心境を存分に見せてくれます。この親バカぶりは、ペットに愛情を込めて接している読者ならば、大いに共感できるのではないでしょうか。
 しろこの飼い主は陽太。陽太は、ナベと異なり、より積極的にしろこを溺愛しているのですが、その溺愛ぶりがひねくれていて、可愛いあまりについつい毎回のごとくいじわるをしてしまうという複雑な行動を見せます。そして、しろこの方も、そんな陽太の行動を激しく嫌がりつつも、心の底では陽太を信頼しています。実際、この陽太としろこの関係はかなり面白く、素直ではないが実は互いに深く相手を思っているという、「ストレートではない」信頼関係が見られます。
 くっきーの飼い主は、朝生(ともき)と莉夕(りゆ)の双子兄妹。このふたりは、最も親バカぶりが激しい飼い主です。ふたりとも完全にくっきーを溺愛しているのですが、ここで面白いのが、ふたり(とくっきー)が揃ったときの両者の行動の違いです。莉夕の方がストレートにくっきーに対する溺愛ぶりを見せるのに対し、朝生の方は、妹や他人に溺愛ぶりを見られるのが恥ずかしいのか、素直になれない様子でいることが多いのです。この両者の行動のギャップが面白い。

 このように、ヒメたちだけでも十分に面白いこのマンガですが、ここに個性的な飼い主たちとの関係が入ることで、さらに面白くなります。また、実際に猫を飼っている人たちの描写が入ることで、現実に猫を飼っている人たちにとっても、ひどく共感できる話になっています。


・少しずつ世界が広がっていくところがいい。
 以上のように、このマンガは、ヒメたち猫・犬のかわいらしい日常の行動、および個性的な飼い主たちとのやりとりが丹念に描かれている「日常ほのぼの癒し系」の要素の強い作品です。ほとんどが日常のほのぼのとした描写に費やされ、連続したストーリー性という点では薄いタイプの作品と言えます。しかし、その中でも僅かながらに、エピソードを重ねるうちに世界が広がっていく描写が見られます。

 ヒメは、渡辺家に貰われたばかりの頃は、極度の怖がりだったこともあって、渡辺家のアパートから一歩も出られませんでした。それが、少しずつ周囲の環境になれていって、好奇心のままにお外の世界に興味を持ち、やがて思い切って遊びに出るようになります。外の世界では、ヒメにとってすべてのものが新鮮で、やがてはしろこやくっきーといった友達も出来て、三人でさらに色々なところへ出かけるようになり、そして飼い主たちとの交流も盛んになっていき、さらには3匹以外の猫や犬とも出会い、交流するようになり、そうしてヒメの世界がどんどん広がってゆくのです。
 その世界の広がりを最も感じられるエピソードが、第13話「はじめてのとおく」です。飼い主たちに連れられて、遠くの草原にお花見に行くという話なのですが、この時に広い空で桜の花びらが一面に舞うシーンが、非常な開放感に溢れていて、実に心地よい。数あるエピソードの中でも、これは屈指の名エピソードであると思います。



・実は万人向けの方向性を持つ良作。
 以上のように、このマンガは、ほのぼのとした癒しに満ちたゆる萌え系4コマとして、大変な良作だと思うのですが、実はもうひとつ長所があります。それは、このマンガがひどく万人向けに出来ていることです。
 こういったほのぼの癒し的な作風をを中心にした「萌え系4コマ作品」は、いまやきらら系雑誌を筆頭に一大ジャンルを成していますが、それらの作品の中には、かなり「オタク・マニア向け」の要素が入っていることが珍しくありません。萌え系のアニメやゲーム、同人誌やメイド喫茶、といったモチーフをネタにしたマンガはかなり多く、そうでなくとも、他の萌え系マンガにほど近い絵柄、描写が見られることも多いようです。
 この方向性を極限まで突き詰めた4コママンガが、「らき☆すた」や「ドージンワーク」といった作品だと思うのですが、この「ちょこっとヒメ」という作品は、これらとはまさに対極にあるようなマンガであり、全編を通してオタク的な要素がほとんど見られません。むしろ、純粋に猫や犬のかわいらしさ、飼い主との心暖まる交流が丹念に描かれている点が最大のポイントで、純粋な猫好き・犬好きの読者の間で人気が広がっているのです。逆に、オタク・マニア系読者の間ではさほど大きな話題にはなっていないようで、このあたり、従来の萌え系4コマとは異なる読者層を確保している様子が見られ、これは大変に興味深いところです。

 そして、これはガンガンWINGの誌面ともよく合っています。ここ数年のWINGは、オタク系の萌え・エロ要素を主体としたマンガとは一線を画する、のんびりした癒し系の描写を中心とした「ゆる萌え」系の作品を最大の特長とする雑誌となっており、その中心としてあの「まほらば」がありました。その「まほらば」なき今、この「ちょこっとヒメ」こそが、その後を継ぐにふさわしい最有力作品となりました。その点において、これは当時のWINGには欠かせない作品であり続け、「一年間連続新連載」で得られた最大の成果であったのです。


・それゆえに、最後までブレイクしきれなかったとしたら残念だった。
 しかし、それゆえか、最後までアニメ化までの達成には至らず、最後にはガンガンONLINEへの移籍と比較的早い時期での終了が決まり、思った以上にブレイクできなかったのは悔やまれます。WINGの休刊後、主要な人気作品が新創刊されたJOKERへと移籍していったのに対し、この「ちょこっとヒメ」は、すでに終了が決まっていたからか、比較的注目度の低いウェブ雑誌のONLINEへの移籍にとどまり、そのままそれ以上盛り上がることなく終了してしまったのです。

 かつて、連載の序盤から中盤にかけての、この作品の編集部の推進ぶりには相当なものがあり、力の入ったドラマCDの制作、コミックス発売に際して店舗での数多くの特典、積極的に開催されたサイン会など、その盛り上がりには相当なものがあったと思います。当初から熱心なファンも多く、特典やサイン会を求めて奔走する姿もネット上で多数見かけることになりました。

 しかし、その一方で、上述のように男性のマニア読者に対する訴求力が弱かったのが響いたのか、スクエニの他人気作品に比べると、今ひとつの人気にとどまってしまったように思えたのです。例えば、同じWINGでアニメ化まで達成した人気作品「まほらば」や「瀬戸の花嫁」と比較しても、その注目度にはかなりの開きがあったように見えました。アニメ化が相次ぐヤングガンガンの作品、例えば「BAMBOO BLADE」や「咲 -saki-」と比較しても、その男性マニア人気の差には大きな違いを感じました。そのあたりで、爆発的なヒットには至らず、アニメ化の声がかからなかった大きな理由となったのではないかと思うのです。

 しかし、その一方で、犬や猫の素直なかわいらしさ、動物と人間との交流を丹念に描いた内容は、本当に見るべきものがあったため、これがその域まで至ることができなかったのは、本当に残念でありました。その集大成とも言える最終回にも素晴らしいものがあり、ナベ兄が最後にヒメとの関係をブログのコメントで独白し「自分はヒメにとって世界そのもの」と語るくだりと、それに対応するラストページでのヒメの笑顔は、最後を締めくくる素晴らしいシーンとなっていたと思います。突出した人気には恵まれなかったものの、最後まで良作であり続けたこのマンガ、在りし日のWING、あるいはスクエニを代表する名作であったことは間違いないでしょう。


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