<そらのひとひら>

2006・8・29

 「そらのひとひら」は、かつてガンガンWINGに連載されていたマンガで、当初は短期(3回)のシリーズ連載で始まり、一定の評価を受けてのちに本連載されました。最初のシリーズ連載が2005年1月号〜3月号、その後本連載が2005年7月号〜12月号まで掲載されましたが、その後休載となり、現在も再開されていません。
 作者は、きらら系の萌え4コマ「姉妹の方程式」でも有名な野々原ちき。彼女の作品は、そのかわいらしい絵柄と、それとは対照的な黒いネタが特徴なのですが、この「そらのひとひら」では、その黒さがさらに強調された作品になっています。

 このマンガは、ガンガンWINGの連載のひとつとして休載扱いとなっていますが、作者のウェブログでの書き込みによると、ガンガンWINGでの再開の予定はなくなったとのことなので、ここでは「連載終了作品」として扱わせていただきます。

 「そらのひとひら」未完連載に関する記事nonote(野々原ちきさんのウェブログ)


・屈折した主人公とヒロインが織り成すディスコミュニケーション。
 野々原ちきの作品では、登場人物の誰もが素直でない性格であることが多く、そのどれもが微妙に屈折した感情を有しているケースが非常に多いのですが、このマンガの主人公とヒロインは、その最たるものです。一応、このマンガはラブコメに当たるものかもしれませんが、決して素直な男女間のラブコメ展開を描いた作品ではなく、屈折した性格を持つもの同士のすれ違い、ディスコミュニケーションを描いているところが最大の特長です。

 まず、主人公の大隅ですが、彼は非常に地味で、しかも極端なネガティブ思考を持ち、できるだけ目立たないで生きようとしている男子生徒です。彼は、なぜかそらに浮かんでしまうという特殊体質の持ち主で(気を抜くとすぐに浮かんでしまう)、幼いころにそれを気味悪がられたトラウマから、それを隠して目立たないように生きているのです。まず、この異様なまでに卑屈な性格の主人公がなんとも言えません。
 次に、ヒロインの春賀(はるか)ですが、彼女は、学園のアイドルとして見られているほどの美人でありながら、やはり幼いころに嫌われたトラウマから、「自分は周囲に嫌われている」と思い込んでおり、しかしなぜか大隅くんには激しい興味を持ち、観察対象として日々つきまとうようになります。

 そして、本来ならば素直に付き合ってもおかしくないふたりですが、実際にはこのふたりの間に大きな意識のギャップがあり、この作品最大の焦点となっています。
 大隅くんは、とにかく自分は目立たないように生きたい、観察なんかされたくないと思っているわけで、とにかく春賀さんを避けようとします。そして、春賀さんの方は方で、「自分もかつて大隅くんに観察されていた」と思い込んでおり、そのためか避けられていることもいとわず観察しようとします。このあたりの意識のズレというか、互いに理解しあっているようで実は完全にすれ違っているという、そのギャップの面白さが最大のポイントです。
 この野々原ちきという作者は、このように歪んで屈折した感情と、そういった感情同士が交差するもつれを描くのが巧みだと思うのですが、この「そらのひとひら」は、その特長が最も色濃く現れた作品だと言えるでしょう。


・クロかわいいサブキャラクターたち。
 そして、ある意味そんな主人公とヒロイン以上に目立っているのが、周りを固める黒い性格が露骨ににじみ出た女の子たちです。野々原ちきは、なぜこんなに黒いキャラクターを描きたがるのでしょうか(笑)。とにかく、このクロカワイイ女の子たちが、作品最大の魅力であることは確かでしょう。

 まず、シリーズ連載版に登場した児玉と藤の二人組の女の子。このうち、特に児玉のキャラクター性が秀逸で、野々原的な黒い性格が顕著に出まくっています。実際に人気も高かったようで、単行本の最後には番外編で彼女が主人公の4コマまで収録されています。
 そして、本連載では、天文部の部員という形で、佐倉・菖蒲(あやめ)・藤という三人の女の子が登場します(こちらの藤は、シリーズ連載での藤の「姉」です)。この3人も揃いも揃ってそれぞれ黒い性格が出まくっており、地味で卑屈な大隅くんを周りの女の子たちがいじりまくるという構図が完全に出来上がっています。いや、なんともひどいマンガだと言えるでしょう(笑)。


・この柔らかい描線の絵は一見の価値あり。
 そして、このような屈折した黒い内容(笑)とは裏腹に、彼女の描く絵柄は非常にかわいらしいもので、そして単にかわいいだけでなく、マンガの絵として確かな表現力も持っていると思われます。
 とにかくキャラクターを描く描線が非常に巧みです。この柔らかい描線は野々原ちき独特のもので、実はかなり表現力が高い。この体の独特のラインは、何か微妙な色気まで感じるというか、これだけデフォルメされた絵でありながら、そこに確かなリアリティを感じるのです。そして、彼女の絵は服装や小物などのセンスも秀逸で(このマンガは学校制服がほとんどなので目立ちませんが)、そして背景も描き込んだところは一切ないものの、過不足なく各コマを構成しています。

 絵柄自体は非常にシンプルで、決して描き込んだ見栄えのするタイプの絵ではないのですが、しかしマンガの絵としては実にうまいのではないか。いや、過度に描き込んでおらず、必要な要素だけを過不足なく描いているという点では、むしろ優秀です。マンガのビジュアルとしてかなりのセンスを感じました。


・なぜ、一部のサイトでこのマンガは嫌われたのか(笑)。
 以上のように、絵的にも内容的にも、野々原ちきという作者の個性が存分に出た作品で、個人的にはかなり楽しんで読んでいたのですが、しかしすべての読者がそう感じたわけではないようなのです。

 実は、ここよりほど近いあるサイトにおいて、そこの管理人さまがこのマンガに対してひどく不評を博し、作品感想ページでさんざんこのマンガを批判しまくり、それに乗じる形でそこの掲示板のメンバーの間でも日々大変な議論を呼んでしまったという、はたから見ているとひどく滑稽な状況が現出してしまったのです。一体どこのサイトなのかはあえて言いませんが、そこでは日夜ネガティブな議論が白熱し、このマンガに対するツッコミが乱舞しまくるというありさまで、見ているだけで大変面白い(おい)ものでした。

 なぜそこまで不評だったのかを考えると、とにかく主人公とヒロインの性格がひどくつかみにくく、人によっては共感もしづらい点が大きいのではないかと思います。主人公の大隅くんに関しては、ここまで卑屈でネガティブな思考をひたすら貫かれると、人によってはかなり受け入れ難いものがあるでしょうし、あるいはヒロインの春賀さんの思考にしても、その思考に至る理由が判然としないことが多く、素直に納得できないことが多い。いくら読み込んで、論理的にその思考を探ろうとしても、それが出来ない。というか、そもそもこのマンガは、個人の屈折した感情をありのままに描くスタイルなので、それを理詰めで解き明かそうとしても無理があるというか、考えれば考えるほど泥沼にはまり込んでしまいます(笑)。

 結局のところ、主人公にしろヒロインにしろ、誰もが納得できるすっきりした思考を持っているわけではなく、むしろネガティブで歪んだ感情で動いているマンガなので、そういった方向性が嫌いな人には受け入れられないマンガなのでしょう。特に、ネガティブな思考が特徴の「ヘタレ」系の主人公やキャラクターが嫌いな人には、これはひどく受け入れ難い作品になっている可能性があります。


・なぜ連載中断したのか。
 このように、一部に人を選ぶところがあるマンガではあるのですが、それでも決してつまらない作品ではなく、むしろ、野々原ちき独特の黒い屈折したキャラクター描写や、対照的にかわいらしい絵柄に惹かれて読む人も多く、決して悪いマンガではなかったと思います。当時のWING連載陣の中でも、ストレートな癒し萌え系とは一風変わった作風で、中々に個性的な存在だったと記憶しています。

 ところが、これが本連載を開始してわずか半年後に、いきなり休載状態に入ってしまい、そしてそのまま連載再開されることなく、ついに再開の予定は完全に消え去ってしまいました。なぜ中断せざるを得なかったのか、その理由はまったく分かりません。シリーズ連載の評判を受けての本連載ですから、いくらなんでも人気がまったくなかったとは考えられませんし、かといって作者のスケジュールの都合とも思えません。スケジュールの都合にしては休載の期間が長すぎますし、その間も作者は他の仕事を普通にこなしています。本当の理由はいまだに謎のままです。

 しかし、昨今のWINGは、このようなきらら系の4コマ作家を何人か招聘しているのですが、なぜかどれも成功せず、短期の連載で終わっています。この野々原さん以外では、ととねみぎさんもそうです。作品の内容的にはWINGのカラーと極めて相性が良さそうなのですが、実は4コマ作家の作品には微妙にWINGの作風との違いがあり、ストーリーマンガの連載では相性が合わないのかもしれませんね。


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