<偶像遊戯>

2008・3・3

 「偶像遊戯(アイドルゲーム)」は、ガンガンWINGで2006年12月号から2007年6月号まで連載された作品で、WINGが2006年を通して行った「1年間連続新連載」の最後に登場した作品です。作者は、韓国の人気女性作家である柚弦(ユヒョン)。この作家は、かつて2004年にもWINGで短期連載を行ったことがあり(「箱姫パンドラ」)、今作が二度目の登場となりました。

 この「1年間連続新連載」、1年を通して毎号新連載を打ち出すという大型の企画だったのですが、思った以上に見掛け倒しであり、ほとんどが短期で終わるシリーズ連載ばかりで、とりあえず数合わせで1年間新連載を打ち出したに過ぎない側面がありました。数少ない長期連載では、成功した作品もいくつか見られましたが、一方で多数を占める短期連載の方は、どれも内容的にも芳しくないものが多く、短い連載期間を経て終了後は、ほとんど顧みられることのない作品ばかりとなりました。

 この「偶像遊戯(アイドルゲーム)」も、そんな短期連載のひとつではありますが、しかしこの作品に関しては、それなりに読める佳作であったと思います。短期連載の中ではまだ連載期間は長めの方で(7カ月の連載)、それなりにストーリーが完成していましたし、韓国の大物作家としての作者の実力にも確かなものがありました。1年間連続新連載の最後に打ち出されたのも、かつて「同誌に登場した韓国の実力派作家の再登場」ということで、それなりに読者の目を引く要素があったからだと思われますし、実際に始まった連載でも、ビジュアル・内容双方において安定した実力を感じることができました。コミックスも無事発売されますが、作者の前作が日本でコミックス化されなかったので、これが作者初のコミック化となりました。

 内容は、近未来を舞台にした「アイドルもの」であり、機械のボディと人工知能で作り出された人工アイドルが活躍する物語です。一方で、リアルな人間の女の子も登場し、彼女がとあるきっかけから、なぜか人工アイドルに成りすましてデビューすることになってしまうという、コメディ要素の強い話になっています。しかし、その一方で、人工アイドル制作会社のプロデューサーを中心に進むストーリーの展開でも読ませるものがあり、コミックス1巻で完結した短期連載として、うまくまとまっていたように思います。


・柚弦と韓国作家。
 韓国では、日本の影響を受けてマンガの制作が昔から盛んですが、かつてはそこからの作家が日本で執筆するケースは、ほとんど見られませんでした。しかし、2000年代に入って、韓国で一線級の活躍を見せる人気作家が、日本の雑誌で連載マンガを執筆する企画が相次ぎ、今では韓国作家の名前を見ることも珍しくなくなりました。

 韓国作家の日本進出の契機となったのは、まぎれもなく「新暗行御史」(梁慶一/尹仁完)の成功です。2001年からサンデーGXで連載されたこの作品は、雑誌内でもかなりの人気を得て長期連載となり、コミックスも相当な売り上げを示しました。以後数年は、この「新暗行御史」が日本での韓国作家の独壇場でしたが、2004年に入って、新たに複数の作家が日本の雑誌で起用されるようになり、より韓国作家の存在が認知され始めます。

 例として、ヤングマガジンでイ・ユジョンという作家が、「CRAZY LOVE」というマンガを短期連載。「電撃コミック ガオ!」でも、「Dean Blood Tepes」(原作:李圭鎬/高鎮浩) という作品が一時掲載されるなど、一般誌・マニア誌を問わず幅広い雑誌で韓国作家の姿が見られるようになります。また、マッグガーデンでは、当初から韓国作家の発掘に熱心で、高冶星(コ・ヤソン)という作家が連載を持つことに成功しています。

 しかし、この2004年以降の韓国作家の起用では、なんといってもスクウェア・エニックスの積極的な動きが特に目立ちます。最も韓国作家の起用に積極的な出版社だったと言えるかもしれません。まず、青年誌のガンガンYGと、その後継雑誌であるヤングガンガンで連載された「黒神」(イム・ダリョン/パク・ソンウ)の成功が非常に大きいものでした。同誌の中でも中心的な人気作品となり、「新暗行御史」に匹敵するほどの人気・知名度を獲得します。
 同じくヤングガンガン誌上で、創刊時の目玉作品だった「ファイナルファンタジー11」でも、作画担当に韓国作家のキム・ビョンジンを起用。この作品は大きく失敗し、あっという間に立ち消えになりますが、その後しばらくして「JACKALS」というバトルアクションの作画を担当。これもヤングガンガンの中堅連載として活躍しています。

 そして、このヤングガンガン勢と時を同じくして、2004年にガンガンWINGの方で短期連載を掲載したのが、ここで扱っている柚弦です。この時の読み切り作品のタイトルは「箱姫パンドラ」。現代で女子高生が主役のバトルファンタジーみたいなマンガで、中々面白かったと思うのですが、連載終了後にコミックスが出ることはなく(韓国では出版されたらしい)、そのまま作者の次回作も長い間出ることはなく、2006年末にこの「偶像遊戯」で再登場するまでは、完全に空白となってしまいます。これ以外の韓国作家が登場することもなく、ヤングガンガンとは対照的に、WINGでの韓国作家の活躍は、ここまでは今ひとつに終わっているようです。


・韓国作家らしい濃く太い描線だが、女性作家らしいかわいらしさも感じられる。
 さて、この「偶像遊戯」についてですが、やはり韓国作家らしい濃く太い描線での絵柄が目を引きます。全体的に、非常な濃さを感じる絵柄で、これは柚弦のみならず、韓国作家に共通する特徴となっているようです。特に、掲載誌のガンガンWING誌上においては、他の連載が全体的に穏やかな作風で、絵柄も描線が細めで優しい絵柄の作家がかなりの比率を占めている中で、このマンガの絵の濃さは非常に目立つものがありました。一応、ガンガンWINGの連載でも、「瀬戸の花嫁」や「機工魔術士」などは、少年誌的な力強い作画を感じますが、この柚弦の絵柄は、それらの作品と比べてもさらに描線の濃さ、太さが際立ちます。(これは、前作「箱姫パンドラ」でもまったく同じでした。)

 しかし、そんな韓国特有の濃い絵柄でありながらも、その一方で女性作家だからか、他の韓国作家に比べると、キャラクターの描き方が女性的というか、若干少女マンガ的でかわいらしいところもあるような気がします。ヤングガンガンの「黒神」あたりと比べても顕著で、あちらのマンガが、いかにも男性作家が描きそうな萌え系の絵柄になっているのに対して、こちらも一応は萌え系に分類されるかもしれませんが、それでもかなりの部分で少女的で中性的な作風が感じられます。韓国の少年誌作家の中でも、その女性的な絵柄はやや異質なところがあり、少女マンガに思えるようなところまであります。そして、これこそが、この作家がガンガンWINGで採用された大きな理由であるように思えます。

 しかも、韓国本国で描いている彼女の連載が、どれもより少女マンガ的な作画になっているのに対し、このガンガンWING連載の「偶像遊戯」では(あるいは「箱姫パンドラ」も)、少女マンガ的な雰囲気がかなり軽減され、より中性的な作画へと調整されているようにも思えます。これはひょっとすると、連載する雑誌の傾向に合わせて、作画の方針を微妙に変えているのかもしれません。もしそうだとすれば、これは中々に巧みな調整であると言えます。
 総じて、韓国作家らしい特徴を備えていながら、中性的でかわいらしい作風も併せ持ち、いかにもガンガンWINGの連載にふさわしい作品となっているようです。なるほど、雑誌の雰囲気・方向性に見合ういい作家を連れてきたものです。


・コンパクトな作品ながら、ストーリーの展開も十分に楽しめる。
 そして、肝心のストーリーについても、思った以上によくまとまっています。「アイドルもの」という初見の印象から、あまり捻ったストーリーは見られないのではと思っていたのですが、こちらでも卒なくきっちりと仕上げていました。
 まず、このマンガは、「アイドルが努力を重ねて奮闘していき、人気を得てスターの地位まで上っていく」というような話ではありません。一迅社のREXで連載されている「アイドルマスター」のコミカライズ作品のような話を連想しないほうがよいでしょう。

 このマンガは、作中で人の手によって創られたアンドロイド「人工アイドル」と、生身の人間である「リアルなアイドル」との関係を描いた話です。ある種SF的な設定の作品でもあります。物語の実質的な主人公は、この「人工アイドル」を開発し、プロデュースを手がける会社「パガーニ」の敏腕社長であるケネス。この時代、パガーニの手による人工アイドルだけが大人気で、かつては人気を得た生身の人間のアイドルはいなくなっています。彼は、その辣腕をふるって、自らが陣頭に立ってプロデュースした「ネア」という人工アイドルを、大成功に導くことに成功します。しかし、その初ライブの成功後、ひょんなきっかけから、路上で拾っただけの人間の女の子・ミキヤを、なぜか人工のアイドルに仕立ててプロデュースする羽目になってしまいます。

 この、突然人工アイドルに仕立てられた人間の生身のアイドル(リアルアイドル)という、二面性を生かしたストーリーが、中々に考えられていて面白い。途中からは、リアルアイドルだけを極度に愛する狂信的なファングループも登場し、彼らとの対決が最大の焦点となります。実はリアルな人間のアイドルであるミキヤは、彼らに正体を見破られて狙われることになりますが、最後には周囲の援護もあって危機を脱し、改めてリアルなアイドルとして、その存在を認められることになります。
 また、それとは別に、ケネスとミキヤの間の、過去の知られざる接点を追いかけるという一面もあります。なぜかこのふたりは、互いに相手の幼い頃の夢を見るのですが、その真相も最後に明かされることになります。

 そして、これら一連のストーリーが、短期連載でコンパクトな分量ながら、テンポよく語られる展開がよく出来ています。コミックス1巻分、最後まで飽きることなく楽しく読むことが出来ました。いや、むしろ、短期の連載だからこそ、ここまでテンポよくまとまった作品になったような気がします。人工とリアルのアイドルを巡るテーマと、ケネスとミキヤの過去に迫るストーリーと、その両方が高い密度で楽しめたことが、この作品が佳作となった最大の理由ではないかと考えます。仮に、これが長期連載になったとしても、アイドルものというジャンルからして、アイドルの努力を描く平凡なエピソードが続くだけで、さほど大きな発展性はなかったようにも思えるのです。


・短期連載だからこそ出来た佳作。別の作品で長期連載を読みたい。
 この「偶像遊戯」は、あの「1年間連続新連載」の最後を飾ったマンガです。この「1年間連続新連載」、あまり大きな成果が出ず、数本程度の作品が成功して長期連載として定着しただけで、それ以外はことごとく短期の連載で終了してしまい、雑誌の戦力にはなれませんでした。この「偶像遊戯」も、短期で終了してしまったという点では、雑誌にとっては成功作とは言えないマンガでしょう。「韓国の人気作家の再登場」という、読者の注目を集めやすい要素があった上での結果ですから、余計にそう感じます。

 しかし、このマンガの場合、最初から短期連載と決まっていた節があり、また、短期で終了したからこそきっちりまとまった作品になったと思えるところもあります。それならば、必ずしも悪い作品とは言えません。それに、この「1年間連続新連載」自体、強引に雑多な新連載を集めて「1年間」という体裁だけを整えた感が強く、このマンガも、最初から普通の短期連載の予定で始まったとすれば、そこまで強引に成果を求める必要もなかったでしょう。

 むしろ、コミックス1巻で完結する中編作品と考えれば、これはこれで決して悪い作品ではありません。むしろ、コンパクトな分量ながら、明確なストーリーラインが感じられ、好感が持てます。また、このマンガに限らず、韓国作家の作品は、例えばヤングガンガンの「黒神」などもそうなのですが、どれもきっちりしたストーリーを作ろうという意志があるような気がします。連載の回数を持たせるような、適当なエピソードを挟むようなことがあまりなく、毎回きっちりとストーリーを構築している。そのような制作姿勢の結果として、この作品は短期連載ながらも佳作と言える作品になったのではないかと思います。

 ただ、この柚弦の作品については、WINGでの連載が2回とも短期連載で終わり、ヤングガンガンの韓国勢のように、雑誌に定着するほどの存在になれていないことが少々残念です。今後もしWINGに再登場する予定があるならば、これまでのような短期連載企画でなく、今度は最初から本格的な作品を読んでみたいところです。本国でも長期連載を行っているようで、そちらでの活動を優先するために、こちらではあまり大きな活動を行えないのかもしれませんが、 できれば読んでみたい。ヤングガンガンの韓国作家たちとは異なる女性的な作風を持つ作家、その本格連載をWINGで行う意義はあると思うのです。


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