<いわせてみてえもんだ>

2007・8・25

 「いわせてみてえもんだ」は、ヤングガンガンで2006年No.14から2007年No.4まで連載した作品で、元はネット上で発表された「Webコミック」を紙媒体でコミック化した作品として、その点でも話題となりました。作者はさとで、この作品が(雑誌での)デビュー作となります。

 ここ最近、ネット上で「面白い」と話題を呼んだWebコミックの作者が、出版社に採用されて雑誌で連載化というケースが、かなり見られるようになりました。この「いわせてみてえもんだ」と同じヤングガンガンでも、「リセット」「マンホール」の筒井哲也や、「WORKING!!」の高津カリノという先例があり、前者の「リセット」「マンホール」はかなりの高評価を獲得し、後者の「WORKING!!」に至っては、雑誌の中でもトップクラスの人気作品として、極めて高い人気を獲得しています。この「いわせてみてえもんだ」も、それに続く作品として連載され、さすがに彼らほどではないものの、それでも読者の間でかなりの評価を得ることができました。

 加えて、このマンガが、いわゆる「オタク」な人々を扱った「オタクネタマンガ」であることも、今の流行りを強く反映しているかもしれません。それも、女性のオタクを扱っているという点で、ここ最近になっていきなりクローズアップされてきた「腐女子」を扱ったマンガやブログ(「妄想少女オタク系」「腐女子彼女」「となりの801ちゃん」など)に近い方向性を持つ作品であるとも言えます。ただし、この作品のオタクヒロインには、いわゆる「腐女子」的な趣味を持つ描写がない(「BL(ボーイズラブ)」の趣味を見せるシーンはない)という点で、「腐女子」とはまた異なるオタク女子の生態を描写している点が、非常に興味深いところです。

 また、この「いわせてみてえもんだ」と同じWebコミックでは、「オタクの娘さん。」という、同じくオタクをネタにしたマンガが人気を博しており、Webコミックでのオタクネタマンガの広がりという点でも、中々に注目すべきではないかと思われます。Web上では、オタク的な作品が話題になってヒットしやすい傾向にあるように思えますが、これもそのひとつの表れだと見ていいかもしれません。


・ネット上のラフ作画を清書・ペン入れして連載化。
 さて、この「いわせてみてえもんだ」は、Web上で掲載されていた時には、ペン入れもされていない鉛筆書きのラフ画で、下書きの線がそのまま数多く残っている、異様になまでにラフなタッチの作画となっていました。このラフ画、あまりにも雑すぎて一見するとひどい作画にも見えるのですが、しかし実際に読み始めると、これが何か読者を乗せる凄まじい勢いを持っており、爽快なテンションで読み進めることが出来るという、独特の面白さを持っていました。このような作画は、Webコミックならではの特徴とも言えるもので、前述の筒井哲也の作品でも、あえてラフな素描感あふれる鉛筆画の作画を残しておくことで、独特の雰囲気を持たせることに成功しています。

 しかし、これを紙媒体の雑誌で連載するにあたっては、さすがにそのままのラフ画を雑誌に掲載することは出来ず、きっちり清書してペン入れした状態で、改めて連載される形となりました。これによって、オリジナルのWebコミックにあった妙な勢いは消えることになりましたが、その反面安定した作画を確立することにつながり、万人に読める作品になったことも確かでしょう。元々、オリジナルのラフ画でも、絵柄そのものはしっかりとしていたため、きっちりと作画された連載版の作画も申し分なく読めるものとなっています。もっとも、絵そのものは決してうまいほうではなく、決して描き込まれた絵でもありませんが、それでも独特の勢いとノリは健在で、相変わらず面白いテンションを維持して読める作品となっています。


・女性オタクの行動や心理をリアルに再現。
 このマンガの素晴らしいところは、扱っている女性オタクの行動パターンや、その時の心理を非常にリアルに描いていることです。男性のオタクの生態をリアルに描くマンガは数多くありますが、最近では女性のオタク、とりわけ腐女子が注目を集めており、このように女性オタクをリアルに描く作品もかなり目立つようになりました。
 このマンガのヒロインである宮崎トモは、「スーパー美容師伝佐藤」なるマンガに登場する、主人公のライバル「市川塩浜秀作」なるキャラクターに異常なまでにはまっており、そのキャラクターにそっくりな外見を持つ主人公・吉川ヨシオにも惚れまくり、異様なまでのテンションでヨシオに迫ってきます。そして、ヨシオに秀作のセリフを言わせたり、マンガと同じポーズを取らせて写真を取ったりと、ありえないはまり方を示します。この、女性オタクに特有の「異様なまでのはまり方」をリアルに描いた点が、あまりにもポイントが高いのです。

 これは、あまり意識されることはありませんが、男性のオタクと女性のオタクとでは、キャラクターに萌えるにしても、その時の心理がかなり違います。男性のオタクが「キャラ萌え」する時には、確かにそのキャラクターに強く入れ込んではいるのですが、どこか冷静に距離を置いた部分も残しており、極端なまでの異様なはまり方はしません。「キャラクターに萌えている自分を、背後からもうひとりの自分が見ている」ようなところがあるのです。
 ところが、これが女性オタクの場合、一旦キャラクターに萌えてしまうと、もはや尋常ではないはまり方をするケースが珍しくありません。そのキャラクター以外は何も見えないというか、身も心もすべて投げ出すかのような勢いではまってしまうのです。キャラクターの出るマンガやアニメを異様なテンションで観賞し、出てくるグッズを片っ端から買いまくり、ライブイベントでも熱狂的なはまり方を示します(これは男性オタクでもそうですが、女性の方がさらに熱狂度は高いような気がします)。男性オタクが、キャラクターに「萌える」のに対し、女性のオタクの場合、キャラクターに「(身も心も)はまる」のです。

 そして、そんな女性のオタクの目の前に、自分のはまっているキャラクターとそっくりの容姿・外見を持つ人が現れたらどうなるか。それはもう、二次元以上に凄まじいはまり方をすることは間違いありません。このマンガは、そんな女性オタクの熱狂的な行動と心理を、これ以上ないほど余すことなく再現しており、そのリアリズムには確かなものがあります。

 実際、このマンガを男性が読んでも、ヒロインである宮崎トモの心理は、さほど理解できないでしょう。しかし、これが女性のオタクならば、まず確実にこのヒロインに共感できるはずです。その点において、これは特に女性に読んでほしいマンガであると言えます。


・主人公の絶妙なツッコミがやたら面白い。
 しかし、見所は女性のヒロインだけではありません。彼女に振り回される男性の主人公・吉川ヨシオも、またいい味を出しています。
 このマンガは、主人公である吉川ヨシオの主観視点で描かれていますが、そもそもこのような主観視点で描かれるマンガというのも珍しいような気がします。そして、そこから繰り出されるツッコミの数々が絶妙です。
 この主人公は、オタク的な趣味は何も持たない一般人で、しかもなんの特徴もない地味な男です。しかし、心の中では常に周りを皮肉って見渡しており、ヒロインの異様な言動の数々に対しても、いちいち容赦のないツッコミを繰り返します。そして、このツッコミがやたら面白い。ギャグマンガとして読んでも格別の面白さがあります。

 ツッコミの対象はヒロインだけでなく、彼女以外の女性オタクや男の友人、マンガの内容、そして自分の置かれたバカバカしい状況とそれに対するリアクションまで多岐に渡っていますが、とりわけ面白いと感じるのが、やはり「オタクの生態」に対するツッコミでしょうか。
 主人公はオタクについての知識はあまりない一般人で、そのためにヒロインを始めとする女性オタクの生態には引きまくりで、そのたびに切羽詰ったツッコミを繰り返します。その困惑ぶりが、初めてオタクに接してしまった一般人そのものの様子で、本当に面白いのです。これは、他のオタクネタマンガにもよく見られる要素であり、まさにオタクネタマンガならではの面白さであると言えます。とりわけ、ヒロインにつられて同人誌即売会に行く話が最高に面白く、「なるほど!同人誌即売会!・・・全然分からん」「なるほど!オンリーイベント!・・・全然分からん」など、分からない単語に対していちいちツッコミを繰り広げまくります。

 あとは、この懸案のマンガである「スーパー美容師伝佐藤」に対するツッコミもまた面白い。きわめてしょうもなさそうなマンガの内容を目の当たりにして、「マジかよ 展開急すぎだしフツーこういうのって次号では助かってそうなのに何コレ?このアオリいろんなイミであおってんじゃねえよつーかそんな弱かったか市川塩浜?」などといちいち延々とツッコミをいれまくる姿がなんとも言えません。


・主人公とヒロインがお互いのために頑張る姿勢に大感動。
 しかし、このマンガは、単にオタクの描写とそれに対するツッコミだけのマンガではありません。作品の根底では、主人公とヒロインがともに奮闘する姿が丹念に描かれており、そんなストーリーも強く胸を打つものがあります。

 最初のうちは、どちらも互いに相手のことを完全には理解できず、ずれたままの認識での付き合いが続いていきます。主人公の吉川ヨシオの方は、とにかく女性オタクの心理や行動原理がまるで分からず、さらには自分があまり自己主張しないことも手伝って、ただひたすら何も分からないままにヒロインに振り回されます。ヒロインの宮崎トモの方は、ヨシオをマンガのキャラクター(に似た人物)としてしか見ておらず、相手の名前さえ間違って覚えている有り様で、自分のキャラクターへの思い入れを優先することが多い状態です。しかし、これが時が経つにつれ、少しずつ変わってくるのです。

 特に、終盤でのヨシオの奮闘ぶりは凄まじく、作中でのキャラクター(秀作)の死にショックを受けたトモを気遣い、最初は自分がキャラクターの代役となってトモに付き合い、それが破綻してからは、今度はマンガの作者である友人に秀作を復活させるように頼み込み、自分でマンガまで描こうとします。そのような、今まで自分からは積極的になにもしなかった男が、相手のためを思って死に物狂いで奮闘する様が、熱く胸を打つのです。
 そんな頑張りにトモの方も次第に心を動かされ、ついにはキャラクターへの依存から脱却し、ヨシオを一人の独立した人物として認め、今度こそ本当の意味で付き合うようになります。その爽やかなエンディングは非常に印象的で、このマンガが単なるオタクネタとツッコミだけのマンガではなく、熱いドラマが根底にあるのだということをはっきりと示してくれました。


・目立った人気は得られなかったが、それでも紛れもない良作だった。
 このように、オタク描写やツッコミギャグの面白さと、それだけではない重厚なストーリーで存分に楽しませてくれたこのマンガ、確かな良作と言える作品だったことは間違いありません。しかし、連載中は雑誌内で目立たない扱いに終始し、連載期間自体もあまり長くなく、コミックスも一巻で完結してしまうような作品だったため、残念ながら目立った高い人気は得られませんでした。一部にマンガ読みの間では、とりわけWebコミックの時代から知っている読者の間では、確かな良作として評価も高いのですが、それが幅広い読者に伝わらなかったのは、実に残念なところです。

 加えて、このマンガが、「女性のオタク」を扱っているという点で、ヤングガンガンでも人気の高い萌え系のコミックとはかけ離れた作風だったことも、大きな人気を得られなかった理由のひとつかもしれません。萌えマンガを好む男性にとっては、女性のオタクがマンガの美形キャラクターにはまる描写を描くこのマンガは、あまり関心を持てなかったのではないでしょうか。最近では、これと同じような女性オタク、とりわけ「腐女子」を扱ったマンガやブログが大きな話題を呼んでいますが、このマンガのヒロインは、腐女子ではない普通のキャラクターマニアと言える存在で、その点でややインパクトが薄かったかもしれません。個人的には、腐女子ではない女性オタクを描いたという点で、かなり貴重な作品だとも思ったのですが、それが人気を得られなかったのは、やはり少々残念ですね。数あるオタクネタマンガの中でも、マイナーな一作に終始してしまった感があります。

 しかし、このマンガが、確かな良作であったことは間違いありません。元々、Webコミックの時点で人気があった作品であり、最初からかなりの完成度を有していた作品だったのですが、それがきちんとした形で雑誌に掲載され、コミックスも無事に出版できたことは、やはり大いに意義あることでした。これで、Web時代とは異なる新たな読者が得られたことは間違いありませんし、作者の「さと」さんの活躍の場も広がりました。この連載の終了後、ヤングガンガンの増刊で新作の読み切りも掲載していますし、この連載を描いた実力を持ってすれば、今後さらなる活躍も期待できるのではないでしょうか。


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