<マジック・マスター>

2000・11・8
全面的に改訂2012・3・23

 「マジック・マスター」は、少年ガンガンで2000年10月号より開始された連載で、2005年2月号まで続く長期連載となりました。この当時、のちのお家騒動につながる誌面の路線変更が行われ、少年マンガ色の強い新連載が数多く打ち出され、これもその中のひとつにあたります。しかし、他の連載の多くが、中途半端な出来で短期での終了となる中で、これは成功して長期連載となり、お家騒動を超えて長く連載となりました。この当時の新連載では、貴重な成功作と言えるでしょう。

 「マジック・マスター」というタイトルどおり、「マジック(奇術・手品)」を題材にした少年マンガとなっており、スタンダードな少年マンガとして楽しめる一方で、そのマジックの描写が非常に本格的で、作中で描かれるマジックそのものに注目が集まることになりました。この当時、一時的にマジックブームが巻き起こり、各地で盛んにマジックに取り組む人が出てくるのですが、それにはこのガンガンの連載が、ひとつの大きなきっかけになっていることは間違いありません。このマンガも、テレビのバラエティ番組で紹介されたことがあり、そうしたムーブメントを巻き起こした功績には侮れないものがありました。

 作者は、原作に黒沢哲哉、作画に阿白宗可の名前が挙がっていますが、これ以外にも多数の現役プロマジシャンが監修として関わっており、彼らの力が作中のマジックの描写に大いに貢献しています。あるいは、マンガ本編の監修に当たったのみならず、毎回作中で取り扱ったマジックの解説ページを設けたり、ガンガンのカラーページで毎回特集を組んで彼らが頻繁に登場したりと、極めて積極的に活動していました。このような、プロマジシャンの直接的なバックアップを受けたことが、このマンガの最大の特徴だったと見てよいでしょう。

 ただ、終盤までよく出来た連載ではありましたが、最後の最後で打ち切り的な終わり方をしてしまったことが非常に悔やまれます。これは非常に残念な結果で、あまり印象に残ることなくガンガンから消えてしまう形となりました。読者の記憶からもすぐに消えてしまったようで、のちにあまり語られなくなってしまったのも残念なところです。


・現役のプロマジシャンたちによる監修が素晴らしかった。
 前述のように、このマンガの監修には、多くのプロマジシャンが関わっていましたが、中でも最も大きく名前が出ていたのが、ウィザード・インという日本のマジック組織の創始者であった柳田昌宏でしょうか。作品の監修のみならず、時にガンガンのカラーページにも姿を見せていました。

 ただ、より直接的に作品に関わっていたのは、同じくプロのマジシャンである秋元正林敏明でした。このふたりは、雑誌連載時に本編の後に「マジシャンズトーク」と題して、本編で登場したマジックの解説を行っており、これが平易で分かりやすい解説で、非常に面白いコーナーとなっていました。わたしなどは、マンガ本編よりもこちらを読む方を楽しみにしていたくらいです(笑)。特に林敏明さんは、このコーナー以外でも顔を出すことが多く、その親しみやすい外見と話しぶりで大いに好感を持てました。

 また、彼ら以外に、雑誌のカラーページの特集で盛んに登場していたマジシャンとして、緒川集人の名前も挙げられます。アメリカのマジック組織・マジックキャッスルで活動する一流のマジシャンで、その端正な顔立ちで華麗なマジックを行う姿がとても印象的でした。

 そして、彼ら現役のプロマジシャンたちが、マンガ本編でのマジックの徹底的な監修を行ったため、作中でのマジックのリアリティは非常に高いものとなりました。作中では、あまりに荒唐無稽なものや、あっと驚くようなトリックばかりを重視したものは一切登場せず、全て実際に演技可能なマジックだけが採り上げられています。これが、従来のマジックを扱ったマンガとの決定的な違いで、まさに最大のオリジナリティとなりました。


・純粋な技術としてのマジックを描いた点に注目。
 そんなマジシャンたちの監修を受けたと言う、作中のマジックの描写ですが、その最大の特徴は、なんといってもマジックというものを純粋に「練習の努力を重ねて実現できる、高度な技術」として描いたことでしょう。トリックを使えば初心者でも簡単に出来るとか、そういったマジックはまったく登場せず、ひたすら努力を重ねて個人の技術を高めて、ようやく実現可能になる、そんな実直なマジックの姿を逐一描いています。その徹底したリアリティに驚くことも何度もありました。

 そんな作中のマジックでも、とりわけ印象的なものをひとつ挙げれば、主人公つかさのライバルとして登場する、サトル(星野サトル)が見せ付けるマジックでしょう。彼は、とりわけコインを使ったマジックを得意としている少年なのですが、中でもマッスルパスと呼ばれるテクニックが、あまりにも衝撃的でした。これは、手のひらの筋肉だけでコインを真上に跳ね上げるマジックで、手のひらの筋力のみで行われる、それ以外にタネのない純粋な技術となっています。最初に見た時には、「本当にこんなことが出来るのか」と不思議に思ったくらいで、それが現実でも実現可能なことに非常に驚いてしまいました。これは、他の読者にも衝撃だったようで、このマッスルパスを実際に試そうとする読者を、何度もネットで見かけました。

 参考:マッスルパス(You Tubeでの動画)

 また、そのサトルの見せたマジックでは、もうひとつ印象的な演技がありました。それは、演技が失敗した時のリカバリー
 マジックの演技においては、たとえプロでも失敗することは日常茶飯事だそうです。すごい技術を持つプロでも失敗はよくある、というマジックの実情も非常に興味深いところですが、より興味深いのは、そんな失敗に遭遇した演者の対応です。実際には、失敗した時にいかにそれを取り返して演技を続けるか、そのリカバリーの方が重要であるというのです。巧みな話術でその場をとりもったり、より魅せる代替のマジックを臨機応変に行ってさらに盛り上げたり、とそうしたテクニックがマジシャンにとってはとても大切であると。
 そして、作中のサトルは、コインマジックの一番重要なシーンで致命的な失敗をしてしまうのですが、そこで気を取り直してまず巧みな話術で場を引き締め、さらに華麗なマジックをアドリブで用意して、観客たちを感嘆させることに成功する。このシーンは、作中でも本当に盛り上がった屈指の名場面でした。サトルは、主人公にとってきつくあたる生意気なライバルとして登場したのですが、こんな印象的な数々のエピソードを見せたことで、一躍人気キャラクターとなりました。


・このマンガが与えた影響はかなりのもの。
 そして、そんな本格的で高いリアリティを持つマジックの扱いは、周囲に多大な影響を与えたようで、このマンガをきっかけで様々なムーブメントが起こることになりました。

 まず、最初に影響を受けたのは、このマンガを読んだガンガンの読者。このマンガ本編とその後の解説ページ、あるいは雑誌カラーページでのマジック特集に触発されて、実際にマジックを始める人が続出。特に前述の「マッスルパス」の影響は非常に大きく、これに挑戦する読者の中から、驚くほどの記録を出す人が出てきて、これには監修に当たったプロマジシャンたちも大いに驚いたようです。当時の日本記録を超えるような少年まで登場し、まさに隠れた才能を持つ人を発掘する形となりました。最終的には、ここからプロマジシャンを目指す読者まで出てきたようです。

 そして、影響は読者にとどまらず、このマンガをひとつのきっかけとして、当時の社会でマジックブームが起こることになりました。ブームが起こった理由は、これ以外にも色々あり、やはり当時テレビ番組で何度もマジックが採り上げられたことが、最大の理由かなと思いますが、しかしこのガンガンでの連載の影響も侮れません。ガンガン編集部も、かなりの手ごたえを感じていたようで、このマンガの関連商品で本格的なマジックを行うカードやコインのセットまで発売していました。わたしとしても、自分も好きだったマジックという趣味が、こんな形で盛り上がったのはうれしかったですね。

 また、このマンガ自体が、テレビで採り上げられたこともあります。爆笑問題が司会だったバラエティ番組で、緒川集人がゲストとして呼ばれてマジックを披露したことがあったのですが、その時にこの「マジック・マスター」と掲載誌のガンガンが紹介されたのです。ガンガンがテレビで紹介されることは非常に珍しく、これは当時読者の間でもかなりの話題になったようです。


・作画がいまいちだったのは大きな欠点だった。
 ただ、このマンガ、確かにマジックの描写では非常に大きな功績がありましたが、ひとつのマンガ作品として考えると、かなり大きな欠点と言えるものがありました。それは、作画のレベルがさほどでもなかったこと。

 前述のように、このマンガの作者は、原作は黒沢哲哉、作画が阿白宗可となっています。黒沢哲哉さんは、当時から既に活動していたプロの脚本家で、一方で阿白宗可さんは、これが実質的なデビュー作となるガンガンの新人作家でした。このように、新人の作家に作画を担当させる試みは、エニックスではよく行われており、あの「スパイラル〜推理の絆〜」の水野英多さんもその代表です。しかし、水野さんの絵が、そのかわいいキャラクターと後半の作画レベルのアップによって、非常に高い人気と評価を獲得したのに対して、阿白さんの絵は、当初は新人らしくあまり安定しないもので、連載を重ねても限界がありました。

 特に問題かなと思ったのは、肝心のマジックの描写がいまいちぱっとしないことでしょう。華麗なマジックの技術のビジュアルには、やはり最も力をいれてほしかったものですが、実際にはいまいち細部がよく分からないことも多くて、これはちょっとがっかりしてしまいました。
 それ以外の作画も、全体的にあまりレベルが高いとはいえず、それゆえにキャラクターの人気にも限界がありました。「スパイラル」が何よりもキャラクターの人気で盛り上がったのとは対照的で、かわいい・かっこいいキャラクターは多数登場したにもかかわらず、それほどの反響がなかったのは、やはり絵に張りがなかったのが大きな理由だと思います。もし、このマンガが、作画レベルの高い担当者によって描かれていたらどうだったか。おそらくは、より完成度の高い作品になっていたのではないかと思いますし、ちょっとこれは残念なところでした。


・最後が打ち切り的に終わってしまったのも残念。なぜあそこで終わった?
 そしてもうひとつ、このマンガで納得できなかったのは、最後の最後でいきなり打ち切りで終わったことでしょう。
 それは、主人公のつかさが、作中で最大のライバルである直基と、マジックの大会で直接対決するという、まさにクライマックスでの出来事でした。おそらくはこれが最後の対決で、この決着がついたところで最終回なのかな、と予想していたのですが、なんとこのエピソードが最後まで描かれずに、中途でいきなり終わってしまうのです。明らかに打ち切りだと思ってしまいましたし、この結末は本当にひどいものがありました。

 同じ打ち切りでも、早めに打ち切るならまだ諦めもつくのですが、これはもう最後の最後での出来事で、それこそあと数回の連載で決着がつくと言う段階での打ち切りです。それなら最後まで描かせればいいじゃないかと本気で思ってしまいました。数あるガンガンの打ち切りの中でも、最も納得のいかないもののひとつです。
 また、この当時は、同じく少年マンガの良作だった「ドラゴンクエストモンスターズ+」や「B壱」も相次いで打ち切りとなっており、またそれ以後も、人気のあったはずの少年マンガ作品がいきなり打ち切られるケースが最近まで見られ、これはお家騒動後のガンガンのひとつの悪弊となってしまっているかもしれません。少年マンガに力を入れているはずなのに、多くの作品が理不尽に打ち切られる。この「マジック・マスター」も、そんなマンガのひとつとなってしまいました。

 そんな最後もあってか、このマンガの連載後の印象は薄くなってしまったようで、連載中盤のころはとりわけマジックで盛り上がったのに対して、以後語られることは非常に少なくなってしまいました。これ以降のガンガンが、あの「鋼の錬金術師」全盛の時代に入り、他の連載の存在感がとりわけ薄くなっていく時代でもありましたが、それでもマジックというモチーフで一世を風靡したこのマンガが、こうして急速に忘れ去られる結果となってしまったのは、あまりにも残念だったと思いますね。


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