<マンホール>

2006・2・7

 ヤングガンガン創刊時から連載が開始され、コミックス3巻で完結を迎えた社会派のサスペンスホラーです。作者は筒井哲也

・ウェブコミックの鬼才。
 筒井哲也は、ヤングガンガンの前身である「ガンガンYG」で初めて連載を持つまでは、長く自分のサイトでウェブコミック(オンラインコミック)の創作活動を行っており、しかもそれが非常に高い評価を得ていました。彼のウェブコミックはどれも非常にクオリティが高いのですが、その中でも「ダズハント」という中編作品の完成度は素晴らしく、ネット上で大きな話題を呼び、特に高く評価されています(のちにスクエニから紙媒体で単行本化されました)。
 そんな筒井さんも、ついにスクエニによってプロ作家として採用され、2004年からガンガンYGで新作「リセット」を連載開始、これも非常にクオリティが高く、商業誌の誌面でも高い評価を得ることに成功します。しかし、ガンガンYGは3号という短い冊数で終わりを告げ、新たにヤングガンガンとして再出発しますが、ここでもう一度筒井さんは新作を立ち上げます。これが本作「マンホール」であり、やはりこれまで同様の極めて高いクオリティを維持した傑作となっています。


・卓越した画力。
 筒井さんがここまで高く評価されている理由としては、まず第一に圧倒的な画力があることは間違いないでしょう。
 とにかく絵がうまく、卓越したリアリティを感じます。絵のうまさと一口に言っても様々で、デッサンがうまい、構図がうまい、描き込みが凄い、色の塗りがいいなど、マンガ家によって色々なうまさがあると思いますが、この筒井さんの場合、精緻な筆致が素晴らしく、その細かい筆使いの巧みさには素晴らしく引かれるものがあります。
 筒井さんの前作である「ダズハント」や「リセット」では、乾いた感のあるシンプルな筆致が素晴らしかったのですが、この「マンホール」の場合、それに加えて随分と濃い印象の絵になっています。この作品は、「マンホール」というタイトルに象徴されるように、得体の知れない暗い場所から未知の恐怖が忍び寄るという、「ホラー」の側面も強い作品なのですが、そのような暗いイメージの世界観を再現するためか、これまでよりも随分と濃く、暗い描写が目に付く重々しい筆致となっています。しかし、これはこれでもちろん大変レベルの高い作画であり、今のスクエニ系作品の中でもトップクラスの高い画力を有していることは間違いないところでしょう。
 中でも、特に人物の顔の描写が素晴らしく、その精緻な筆致で描かれる細かい表情は、その人間の内面まで映し出すかのような繊細さを醸し出しており、その圧倒的なリアリティには驚くべきものがあります。


・ストーリー構築も秀逸。
 もちろん、評価されたのは画力だけではありません。彼の場合、ストーリーの作りこみも実に巧みで、読者を強く作品に引き込むうまさを兼ね備えています。
 元々、ウェブコミックで高い評価を得た中編「ダズハント」も、そのストーリーがとてつもなく面白く、何回読んでも面白いほどの完成度を誇っていました。今回の「マンホール」は長い連載を企図した長編作品ですが、それでもストーリーが中途でゆるむようなことは全く感じられず、巧みなプロットと場面転換のうまさ、効果的に張られた伏線でどんどん読み進められる、大変面白い娯楽作品となっています。

 今回のストーリーで面白いのは、場面場面ごとに日時と場所がいちいち表示されることですね。最初から完全に場所と時間を配置したシナリオが作者の頭の中で出来上がっているのでしょう。卓越したストーリーセンスですが、これにより、展開にリアルな緊迫感を感じることが出来ます。


・確固とした知識に基づく社会派のテーマ。
 しかし、筒井さんのマンガの最大の魅力は、何と言っても極めて重厚な社会派のテーマです。
 かねてより彼の作品では、凶悪犯罪の加害者と被害者を深く扱ったテーマが目立つのですが、「マンホール」もその例外ではありません。これは、毎作品ごとに作者自身の深い思想が垣間見えるものとなっており、筒井さんのひとつのライフワークと言えるもしれません。

 しかし、この作品では、それに加えて卓越した理系知識、それも医学についての広範な知識が目に付きます。
 「マンホール」は、一種のバイオテロと、それがもたらす恐怖が中心となる物語ですが、その生化学実験の描写、あるいは医療現場、救急現場での精密な描写が素晴らしく、極めて重厚なリアリティを出すことに成功しています。作者に元々このような医学の知識があるのか、あるいはこの作品のために徹底的な取材を重ねたのか、いずれにせよ素晴らしい完成度です。前作・前々作の「リセット」や「ダズハント」では、このようなテーマは見られず、むしろコンピュータやネットが中心の話で、そちらの方面のリアリティも素晴らしいものでした。それが今作では、以前とは大きく趣向を変えたテーマを新たに打ち出して、そしてこちらでも抜群のリアリティを見せているわけで、この作者の懐の広さには本当に感心しますね。このような広範な知識に裏打ちされたリアリティ溢れるテーマこそが、筒井作品の最大の魅力ではないでしょうか。

 そして、このような重厚な社会派作家は、スクエニ系雑誌では極めて少数派であり、その点でも大変に貴重な存在です。今のスクエニ系では、社会派と言える作品を残しているのは、彼と堤抄子(「聖戦記エルナサーガ」シリーズ)、結賀さとる(「E'S」)程度で、あとはヤングガンガンでいくつか見られるくらいですね。その中でも、筒井さんのそれが最もストレートに現代社会を映し出していることは間違いないところです。


・社会的弱者への視点。
 そんな社会派のテーマの中でも、特筆すべき点として、社会的弱者の克明な描写が挙げられます。
 彼の作品では、とにかく虐げられる弱者へ向けられる描写が顕著であり、どの作品でもそのようなシーンが頻繁に見られます。その徹底的なまでの細部に渡る描写は、時にあまりにも過酷なものであり、人によってはかなりの抵抗を感じ、読んでいて気が滅入るかもしれません。しかし、わたしは、これこそが筒井作品の最大の見所ではないかと思っています。

 彼の作品の場合、ただ一元的に誰か個人が虐げられる、いじめられるというだけではなく、作中で多くの人物がそれぞれ何らかの形で追い詰められているケースが多く、一見して人よりも強いと思えるような人物でも、意外な弱者としての側面を見せることが多いのです。この「誰でも弱者になり得る」という点で、この作品は今の社会を重層的・多層的な視点で巧みに捉えており、作者がいかに現代社会を深く見通しているか、その見識の深さを推し量ることが出来ます。


・完成度は文句なし、今のスクエニでは貴重な社会派本格作品。
 以上のように、このマンガは絵的にも内容的にも極めて優れた作品であり、その完成度は素晴らしいものがあります。おそらく、スクエニ系の中でも最高レベルのマンガ作品でしょう。さらには、現実の社会を舞台に、極めて現代的なテーマを扱っている点で万人向けに出来ており、ホラーやグロテスクな描写に抵抗さえ無ければ、幅広く誰にでもすすめられる優秀な作品となっています。総じて、普段マンガを読まない人にもすすめられるタイプの作品ですね。

 このような作品は、ヤングガンガンでは少数派の作品であり、SFやファンタジー、バトルやコメディが中心の雑誌の中では異彩を放っていた感は否めません。しかし、このような重厚な本格派、社会派の作品の存在は大変に貴重です。ヤングガンガンの誌面の多様性に大いに貢献し、雑誌の他のマンガとは異なる読者層の確保に成功しました。
 そして、ヤングガンガンのみならず、スクエニ雑誌全体で見ても貴重な存在でした。実際、この筒井哲也の実力は、スクエニのみならず、他の出版社の有名社会派作家と比べてもまったくひけをとらず、むしろその中でもトップクラスにあることは間違いありません。このような超実力派の作家が、今のスクエニの一角で確固たる作品を描いたというのは、出版社としては大いに誇っていいことだと思われます。


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