<迷想区閾>

2008・4・29

 「迷想区閾(メイソウクイキ)」は、ガンガンWINGで2002年4月号から2003年1月号まで連載された作品で、あのお家騒動直後に始まった連載のひとつです。作者は、のちに「ひぐらしのなく頃に 綿流し編」及び「目明し編」のコミック化作品を担当することになる方條ゆとりで、これが彼女の初連載作品にあたります。「ひぐらし」のコミックばかりが有名になってしまった彼女ですが、この初連載作品も今となっては貴重な作品です。

 この連載が始まった当時のガンガンWINGは、あの「エニックスお家騒動」で主要連載陣が大量に離脱した直後、約半年後に当たりますが、いまだ主要連載が抜けた影響からまったく立ち直っておらず、急遽新人を多数起用して、次々と穴埋めのための新連載を行わざるを得ない状態でした。この「迷想区閾」も、そんな中で採用された新人作品のひとつであり、少し前に初の読み切り掲載を行ったばかりの新人作家が、いきなり連載を行うことになってしまいました。

 そのため、当初から当座を凌ぐための穴埋め的な作品の要素が強く、最初から短期での終了は決まっていたようで、わずかに全10回、コミックスでは2巻で終了してしまいました。これ以外の新人の新連載もことごとくそんな短期での終了となり、お家騒動後に始まった新人作品は、ほとんどが1年も経たないうちに次々と終了してしまいます。

 しかし、この「迷想区閾」に関しては、設定やストーリー面でかなり見るべきところのあり、そんな短期間で終わらせるにはもったいない作品でした。最初から短期間での連載が決まっていたがゆえに、無理にエピソードを詰め込むだけ詰め込んで終わらせた感があり、そのためかシリアスで重いストーリーであるにもかかわらず、少々散漫で物足りない作品になってしまったようです。もっとじっくりと描けばまた変わっていたと思われるだけに、これは残念な推移を辿ってしまったと言えます。


・少女マンガ的な作品だが、学園を舞台にしたサスペンスミステリーという設定は興味深い。
 お家騒動後のガンガンWINGは、少年マンガ的な作品と少女マンガ的な作品、その両方が混在しているように見受けられますが、このマンガは、紛れも無く後者に属すると言えるでしょう。絵柄はいかにも女性的で繊細な絵柄で、男性向けの萌えマンガとは一線を画しています。そして、主要なキャラクターたちの配置も、「主人公の女の子と周りを取り巻く多数の男性キャラクター」といういかにも少女マンガや女性向けゲームによく見られるような構成となっています。 作者がのちに担当することになる「ひぐらし綿流し編(目明し編)」も、ある程度少女マンガ的な要素がありますが、この「迷想区閾」に関しては、はっきりとその傾向が見て取れ、実際に女性の愛読者が多かったようです。

 しかし、少女マンガ的な要素が確かにある一方で、内容はかなりシリアスで重いサスペンスドラマになっています。特に、学園を舞台にして、かつての殺人の犯人を見つけ出すミステリー要素には、かなり惹かれるものがあります。

 主人公の女子高生・天坂れいは、幼くして交通事故で両親を亡くし、「白鳩園」という養護施設に引き取られていた時期がありました。そんな彼女が、かつての施設と同じ場所に建てられた高校に入学することになり、そこにはかつての施設の仲間たちが通っていました。
 しかし、れいは、かつて施設を卒業する最後の日に、自分と特に仲の良かった「おにいちゃん」と共に、施設の木のうろの中に何かを埋めたことを漠然と覚えていました。「おにいちゃん」の顔も名前も覚えてはいませんが、その行為だけは絵日記にも書くほど鮮明に記憶していました。そして、高校内にまだ残っていたかつての施設を訪れた際、不意に何かに導かれるように埋めた場所を思い出し、そこにあった白骨死体を掘り出してしまいます。

 そして、自分がかつて起こしたかもしれない行為に耐えられなくなったれいは、警察にもそのことを知らせ、そして顔も名前も覚えていない「おにいちゃん」を探そうとします。しかし、翌日に警察が来た時には、すでに死体は消えていました。誰が死体を持ち去ったのか。そして肝心の「おにいちゃん」とは誰なのか。 ここで再開したかつての仲間数人の中に、確実に「おにいちゃん」はいるはずなのですが・・・。

 このように、学園という閉じた舞台で、かつわずか数人──正確には主人公も含めて8人──の中に確実にいる犯人を探し出すというミステリー要素は、設定からしてかなり興味をそそられるもので、見た目の少女マンガ的な雰囲気とは正反対に、ひどくシビアでシリアスなストーリーが展開していきます。冒頭には、主人公の不安な心理を比喩するような不気味な白鳩の面をかぶった者たちも登場し、ホラー的な怖さも味わえますし、ミステリーにホラー要素も加わった雰囲気に満ちた作品となっています。


・キャラクターたちの暗い家庭環境の掘り下げにも注目。
 そしてもうひとつ、ミステリー要素に加えて、キャラクターの掘り下げも見逃せません。この作品のキャラクターは、かつて養護施設で育ったことからも分かるとおり、過去に恵まれない家庭環境でひどい目にあっており、そのトラウマを抱えて生きています。この暗い境涯に生きるキャラクターの掘り下げは、現実にある家庭問題をも連想させるもので、現実的なテーマをも内包しているように思えます。この作品、誰も彼もひねくれた性格のキャラクターが目立つのですが、それには過去に起こった家族とのトラウマが原因であるとすべて掘り下げてあるので、そのキャラクター性には十分に納得できる理由があります。

 主人公のれいなどは、過去に両親を交通事故で失った痛手からはいまだ完全に立ち直っておらず、両親からの最後のプレゼントだったぬいぐるみをいまだ手放すことが出来ないでいます。ただ、れいの場合、特に両親に落ち度がないだけまだ良いほうかもしれません。
 他のキャラクター、特に主人公に最も近いメインキャラクターである川嵜一生(かわさきいっせい)は、かつて尽くしていた母親にあっさり捨てられたことから、情緒不安定でつかみ所のない性格となり、自傷・自殺行為を繰り返しています。生徒会長の菅原拝二などは、美形で勉強もスポーツも出来るエリートでありながら、過去に両親が起こした大きな罪の意識から逃れられず、自己中心的で乱暴な性格となり、他人との関わりを拒否しています。

 他のキャラクターも、ことごとくそんな過去を抱えており、その一人一人に渡るキャラクターのエピソードは、どれもひどく読み応えがあります。もっとも、かなりシビアでダークな話ばかりなので、その点では読者を選ぶかもしれません。しかし、こういった重い話に抵抗がなく、むしろこのような重い心理を綴る話を好む人には、特に薦められると思います。美形のキャラクター中心の少女マンガ的な外見とは、その内容に大きな落差を感じる作品になっています。


・しかし、この短い連載期間では詰め込みすぎの感が強い。
 ただ、確かに各キャラクターの掘り下げには見るべきものがありますが、反面、全10回というかなり短い連載期間のうちに、すべてのキャラクターのエピソードを満遍なく盛り込んだために、それぞれに割かれた分量は決して多くなく、ひどく詰め込みすぎの感があります。

 そもそも、わずか10回しかない短期連載の作品で、8人もいる主要キャラクターすべてのエピソードを語りつくすのは、あまりにも無理がありました。しかも、メインとなる犯人探しのストーリーを進めた上で、さらに各キャラクターの掘り下げを行わなければならないのだから、さらに割けるページ数は減ります。そのため、個々のキャラクターごとのエピソードの絶対量が少なく、断片的な記述にとどまっているようです。そのせいか、これだけ重々しく暗いエピソードの連続であるにもかかわらず、いまいち印象が薄く散漫に感じられ、あるいは多数のエピソードが次々に切り替わるためやや混乱を招きがちで、読者としても把握しづらいところもあります。それでも、主人公のれいや特に重要な人物である川嵜や菅原のエピソードは、それなりにページ数を割いて比較的じっくりと語られていますが、それ以外のキャラクターとなると、もう本当に1回ほど短いページ数で語られるのみの場合が多い。これでは中途半端で物足りないでしょう。

 作者自身、コミックス2巻(最終巻)の後書きで、「全10話で終わるかどうか不安でしたが、なんとか詰め込むことが出来ました」と書いており、やはり作品の絶対量が少ないことは明白でした。本来ならば、これはコミックス2巻に収まるような話とは思えません。最低でも2倍以上の連載量は必要だと感じます。お家騒動で抜けた連載の穴を埋めるために、急遽新人を採用したという特殊な連載事情から、最初から短い連載期間は決まっていたようですが、それにしてもこの内容でこの短さは厳しい。出来れば、もっと長い連載期間でじっくりと描いてもらいたかったところです。


・絵も優秀だっただけに、やはり早期の終了は残念だった。
 そしてもうひとつ、方條ゆとりさんの絵が良かったことも、早期の終了を惜しむ理由となりました。
 のちの「ひぐらし」の連載でも、その卓越した絵柄が非常に好印象だった方條さんですが、この「迷想区閾」の段階でも、その絵柄はほとんど変わっていません。さすがに古い時期の作品だけあって、技術的にはこちらの方が見劣りするところがあり、キャラクターの造形や背景描写で少々劣るところがありますが、それでも総じて大きな変化はなく、この当時から絵柄が確立していたことが分かります。

 「ひぐらし」の連載では、そのやたら萌える絵柄が非常に好印象だったわけですが(笑)、この「迷想区閾」では、基本的に少女マンガ的な設定で、むしろ美形の男性キャラクターの作画の方が目立っています。彼女の描くキャラクターは、繊細で端整な趣きがあり、女性読者を中心に当時から好評でした。
 また、数少ない女性キャラクターにも、のちの「ひぐらし」につながる魅力を感じることが出来ました。このマンガは少女マンガ的な設定ですが、元々女性キャラを描くのは得意らしく、当時から萌えの片鱗を感じることが出来ます(笑)。特に、主人公のれいの身に着けている制服のデザインは素晴らしいの一言に尽きます。

 また、方條さんは、カラーイラストのレベルが高く、こちらの方が本編の作画より見映えがします。特に1巻の表紙は、構図や色使いも素晴らしいもので、これがこのマンガで最もいい絵になっているような気がします。それ以外のカラーイラストも構図がうまく小物が丁寧に描きこまれていて好印象なのですが、これが本編の絵柄ではまだ見劣りがするレベルだったのが残念なところです。もっとも、のちの「ひぐらし」の連載では、格段にレベルアップしているので、初めての連載であるこの作品からそこまでのレベルを期待するのは酷かもしれません。


・もっと長い期間でじっくり読みたかった作品。リメイクしてほしいくらい。
 以上のように、この「迷想区閾」、お家騒動で急遽決まった作者の初連載作品でありながら、中々に優秀な作品でした。学園を舞台にしたミステリー要素や、キャラクターの暗い家庭事情を採り上げた掘り下げの描写には見るべきものがあり、連載期間こそ短い作品だったものの、内容は本格的なものがあったように思います。絵も十分に見られるうまさがあり、カラーイラストも映えるもので、見た目的にも良好で、綺麗な少女マンガ的イメージも手伝って、女性読者を中心にかなり評価されていたように見えました。

 しかし、それでも当初から短期での終了は決まっていたらしく、わずか10カ月の連載期間をもって終了してしまいます。これは、他のお家騒動後に出た連載陣にも共通して言えることで、この作品も例に洩れず、次々と終了する新人連載の中に埋もれてしまった形となりました。騒動後の誌面のドタバタで多くの読者が離れていた時期でもあり、この作品を覚えている人は少ないかもしれません。

 しかし、この内容ならば、もっと長い連載期間でじっくりと読みたかった作品でもありました。あまりにも短い連載期間の中に、無理矢理エピソードを詰め込んだ感が強く、ひとつひとつのエピソードが短い扱いに終わってしまっています。このことも、この作品が印象に残りにくい原因のひとつとなっているようです。

 そして、連載終了後に、作者の方條さんの次の連載がなく、長い間完全に消えてしまったことも残念でした。この「迷想区閾」が終了したのが2003年1月、「ひぐらしのなく頃に 綿流し編」の連載が始まったのが2005年6月号ですから、実に2年半もの間空白が開いてしまった事になります。この間、連載作品はおろか、読み切り作品すらまったく残していません。それゆえに、忘れた頃にいきなり「ひぐらし」のコミック化担当として抜擢された時は、ひどく嬉しかったのですが・・・。

 その後、「ひぐらし」のコミックが大ブレイクを果たし、こちらの方で方條さんは有名になってしまい、今では「ひぐらし」の作家として知る人がほとんどだと思います。しかし、そのはるか以前に描かれた「迷想区閾」も、見るべきところの多かった良作であり、こちらはこちらで改めて評価すべき作品ではないかと考えます。かつては短い連載期間で消化不良で終わったことを考えても、今一度リメイクして、今度は長期でじっくりと読んでみたい作品だと思いました。


「連載終了・移転作品」にもどります
トップにもどります