<燃えもえ>

2008・11・23

 「燃えもえ」は、少年ガンガンの隔週刊時代の末期・1997年21号より開始された連載で、以後98年の再月刊後の9月号で終わりを告げました。隔週刊時代と月刊時代の境目をまたがった連載として、隔週時代の雑多な作品が軒を連ねる時代から、中性的な作品が中心を占める中期全盛時代、その過渡期を一瞬の間駆け抜けた作品であると言えます。いよいよガンガンの独自色の強い誌面が固まってきた時代ですが、一方で隔週時代の末期の雑誌部数が落ち込んでいた時期でもあり、その後の再月刊化で少々誌面に大幅な入れ替わりが起こった時期でもあり、あまり多くの読者の印象には残らなかったかもしれません。作者は黒木祐里で、これが連載デビュー作となる新人だったようです。

 しかも、このマンガは、この時期のガンガンでは非常に珍しいスポーツマンガ(野球マンガ)として、雑誌の中では少々浮いた感のあるジャンルのマンガでした。ガンガンは、最初期の頃こそ少年誌的なスポーツマンガを数多く採り入れていましたが、数年のうちに次第に下火となり、この時期にはもう長らくスポーツものの連載が見られなくなって久しい時期でもあったのです。そのため、かなり意外な感じの新連載であり、多くの読者にあまり注目されなかったのも無理はありません。

 しかし、このマンガは、スポーツマンガとしては異色の作品であり、従来の同ジャンルのマンガとは大きく異なるアプローチで描いた意欲作でもあったのです。その点を踏まえて、雑誌の方でも「新感覚のスポーツコミック」としてアピールしていました。そして、確かに一般的なスポーツコミックとは異なるイメージ、方向性の作品となっており、そのオリジナリティに根ざした作品作りには、実は見るべきものがあったと思うのです。残念ながら大きな人気は得られなかったようで、1年たらずの連載期間とコミックス2巻で終了してしまいましたが、しかしこれは惜しくも成功できなかった意欲的な実験的作品とも思えますし、いま改めてこのマンガの斬新性に注目してみたいと思います。


・スポーツマンガが見られないガンガンという雑誌。
 前述のように、この少年ガンガンでは、最初期の一時期、91年当時こそスポーツマンガを積極的に採り入れていましたが、それ以降はおしなべてスポーツものは不在となり、人気の得る成功作品は多くなく、それ以前にスポーツものがまったく掲載されない時代が非常に長く続いていました。

 これには、かなり明確な理由があります。まず、初期の頃のガンガンでは、「ロトの紋章」や「ハーメルンのバイオリン弾き」「魔法陣グルグル」等に代表される、ファンタジー系のマンガが大きな人気を獲得し、そのためそれに近い雰囲気を持つジャンルのマンガ(ファンタジー・ドラクエ・SFなど)が誌面の中心となりました。そのため、それとは比較的イメージが離れた、スポーツ系のコミックは、次第に雑誌の雰囲気に合わなくなり、あえて掲載する必要性が薄くなってしまったのです。この当時のガンガンは、少年マンガ中心の誌面ではありましたが、他の少年誌と比べてファンタジー系の比重が高いのが大きな特徴となり、一方でスポーツものの比重が低くなり、さほど重要視されなくなったのです。

 さらに、これが初期から隔週時代(96年〜)の過渡期にさしかかり、さらに再月刊化時代(98年〜)になると、さらに雑誌の方向性に変化が見られ、少年誌にこだわらない様々なタイプの実験的な作品が誌面を賑わせるようになり、さらにはその中でも特に人気を得た「中性的な作品」が雑誌の主流となってくると、もはやオーソドックスな少年誌的なスポーツコミックは、完全に雑誌の方向性と合わなくなり、載せる意味がほとんどなくなってしまったのです。読者の方でも、もうスポーツマンガが長らく載らない状態が当たり前となり、ほとんどの人は疑問を抱くこともありませんでした。寄せられる新人の作品にも、スポーツものは決して多くなかったと思いますし、もはや誰もがガンガンにスポーツマンガはあえて必要ないと意識していたのでしょう。

 そんな中で、この「燃えもえ」だけは完全な例外であり、スポーツもの不在の中あまり大きな告知もなくなんとなく連載が始まり、あまり多くの読者に意識されることなく淡々と連載が進み、そのままさほど話題にもならずに終了してしまった感がありました。なぜこの時期になって、いきなりスポーツマンガの連載が始まったのか。これは、おそらくは隔週刊時代に数多く見られた、様々なタイプの実験的な作品のひとつではないかと思われます。ガンガンの過渡期にあたる隔週刊時代は、いまだ連載陣が完全には固まっていませんでしたが、その最末期に引っ掛かった最後の実験作のひとつだと思えるのです。


・様々な意味で新感覚の野球マンガ(スポーツマンガ)。
 そのような意図での連載だったため、既存のスポーツマンガとは大きく異なる、まさに新感覚のマンガになっていました。それも、これまでの野球マンガとは異なり、野球を知らない読者を対象に描かれている点が最大の特徴です。

 まず、とにかく非常にかわいらしい雰囲気の作品であること。これは後でも詳しく述べますが、いわゆる熱血スポーツものでは定番の泥臭さのようなものがまったくなく、むしろデフォルメの効いたポップなキャラクターとシンプルな作画が特徴の、綺麗でかわいい雰囲気のマンガになっています。そのため、従来型の濃く激しい描写も多い野球マンガには抵抗を感じる、野球を知らない読者でも親しみやすいものとなっているのです。特に、このような絵柄が、当時のエニックスの読者と相性が良かったのは言うまでもないでしょう。

 そして、ストーリーでは、かわいらしいキャラクターがのびのびと活躍する場面が見られる一方で、意外にも周りの大人との関係に苦しむ子供のプレイヤーの苦悩ぶりも大きく採り上げられているのが特徴です。試合の描写だけでなく、むしろそんなキャラクターの人間関係を詳細に語るストーリーにかなりの比重がかかっている点がポイントです。このような描写は、どんなスポーツものでも多かれ少なかれ見られるとは思いますが、このマンガの場合、意図して野球の試合以外のストーリーを重点的に見せようとしているようです。これも、野球を知らない読者を惹きつけようとする試みのひとつでしょう。


・野球を知らない人に向けた、合理的な解説が非常に興味深い。
 そしてもうひとつ。野球の極めて基本的な知識から解説する点が、あまりにも異色です。他の野球マンガならば、あえて説明しようともしないことまで読者に解説しています。つまり、野球の基本的なルール、基本的な技術や戦術を読者に紹介することからスタートしているのです。
 しかも、その技術的な解説のシーンが非常に興味深い。野球の練習方法や、試合での駆け引き、そこで見られる技術的な解説は、極めて理知的なものであり、しかもそれが従来の野球理論・戦術論によるものではなく、むしろ理系的で論理的・合理的な観点からの解説なのです。それは、野球経験者でさえ、一瞬「なるほど」と思ってしまうような極めて合理的な解説であり、「なるほど、野球にはこういう見方もあったのか」と感心してしまうような内容なのです。
 つまり、このマンガは、野球を知っている人しか分からないような野球戦術論を避けて、野球を知らない人でも理解できるような、合理性の観点からの解説をしようと試みている。スポーツ系のテレビ番組で、「科学的な理論でスポーツの戦術を解析する」ような試みがよく見られますが(例えば「ジャイロボールを空気力学の理論で解析する」といった企画)、このマンガのやっていることはそれに近いものがあります。

 個人的には、この試みは非常に面白く感じたので、是非とももっと長く連載を続けて、野球マニアの鼻を明かすようなシーンをどんどん出してほしいと思っていたのですが、思った以上に短期での連載で終わってしまったのが残念でした。

 ただ、唯一、主人公の馬場竜平が、初めてみる変化球(カーブ)に対して、バッターボックスからジャンプして曲がる前に打つような試みをしたシーンだけは、さすがに違和感が残りました。ここだけはあまりにも非現実的で、唯一少年マンガ的な破天荒な展開が残ってしまっているようで、少々苦笑してしまいました。


・このかわいらしい絵柄は実にポイントが高い。
 そして、このマンガのもうひとつの最大の長所は、先ほども少し書いたとおり、極めてかわいらしい中性的な絵柄に尽きます。これは、普通に思い出される野球マンガのイメージとはまったく異なっており、これこそがこのマンガが新感覚だと感じる大きな理由となっています。
 これは、まさにこの当時からガンガンの主流となる、中性的なマンガのイメージと完璧に一致します。このようなイメージの野球マンガが、この時期のガンガンになって登場したのは、ある意味では必然であったとも言えます。これほどかわいい見た目の野球マンガは、他ではそうそう見られないでしょう。

 とにかく、キャラクターの描き方がかわいすぎる。主人公の馬場竜平などは、まだ小学一年生の小さい子供で、デフォルメされて描かれた頭身の低いちんまりとした姿が実にかわいらしい。その竜平の友達で、乗り物でもあるいのししのイノらんも、ほのぼのした性格の動物キャラとしてやたらかわいく描けています。
 竜平の入る学校の野球部のメンバー、青山健二と樋川篤は、熱血漢とクールという設定の、スポーツものでは比較的オーソドックスとも言えるキャラクターですが、やはりくせの少ない親しみやすい絵柄となっており、どちらも好感が持てます。特に、樋川篤は、いわゆるクール系の美形ライバルキャラクターで、割と女性読者にも人気があったようです。それ以外の野球部のメンバーも、みなかわいらしくくせのない絵柄で描かれており、スポーツマンガ特有の荒々しさがひどく抑えられた優しい絵柄になっているのです。

 かわいいだけでなく、なにげに卒なく綺麗な作画になっているのもポイントです。比較的シンプルな絵柄でありながら、背景も過不足なくしっかりと描かれており、何よりも仕上がりが丁寧で綺麗、実に読みやすい作画になっています。あまり派手に人目を引くところはありませんが、新人のデビュー作としてはまったく申し分のない仕事ぶりであり、いきなりこれだけの卒のない作画を見せた作者の黒木祐里さんには、その後も大いに期待していたのですが・・・。


・このマンガは是非とも成功してほしかった。
 しかし、このマンガは、ほとんど読者の話題にのぼることもなく、コミックスでもわずか2巻の短期連載で終了してしまいました。ガンガンでは成功しないスポーツマンガということもあって、この当時の連載の中でもとりわけ印象が薄く、このマンガをあえて覚えている読者もそう多くはないと思います。過渡期だった当時のガンガンにおいて、他の連載の間隙に埋もれるような地味な作品になってしまった感は否定できません。

 だが、このマンガは、実は極めて独創的な作品作りが見られた、新感覚の野球マンガ(スポーツマンガ)として、あえて注目すべき作品だったと思います。特に、「野球を知らない読者を対象に描いた」という点は、大いに評価すべきではないでしょうか。ガンガンという、スポーツものが受けない誌面において、普段スポーツものを積極的に読まない読者を視野に入れて執筆した。これは実に目の付け所のいい企画で、実にガンガンならではのスポーツコミックになっていたと思うのです。

 マンガの完成度も決して悪いものではなく、とりわけ、野球を知らない人でも理解できるような、合理的な観点からの野球解説や、キャラクターの人間関係に比重を置いた読ませるストーリー、そしてなんと言っても中性的でかわいらしく卒なく綺麗にまとまった絵柄と、その実かなり優秀なマンガだったと思います。絵的にも当時のガンガン読者の趣向に合っていたにもかかわらず、ほとんどめぼしい人気を得られずに終わったのは、逆に不思議でもありました。ガンガンならではのオリジナリティ溢れるスポーツコミックとして、このマンガには是非とも成功してほしかったと思います。
 当時、たまたま参加した同人誌即売会で、ガンガン系ジャンルでこのマンガの二次創作が入った本を見かけて中々うれしかった記憶があるのですが(笑)、他にそのようなコアな読者の支持はほとんど見かけなかった。やはりガンガンでは受けない野球マンガという点が大きく不利な点となっていたのでしょうか。だとすればひどく残念でした。

 また、作者の黒木祐里さんが、これ以降まったく見られなくなってしまったのも二重に意外でした。このマンガの人気こそ出なかったとはいえ、デビュー作にしてこれだけまとまった作品を仕上げてきた実力は確かなものがありましたし、この中性的な絵柄も当時のエニックスの趣向には絶対に合っていたと思われるのに、この後一切の連載も読み切りも残すことなく、完全にこの作品のみで消えてしまいました。これは、あまりにも意外で残念な結果であり、なぜこの連載だけでいきなり消えてしまったのか、今でも頭の片隅にふっと疑問がよぎることがあるのです。


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