<モンデ・キント>

2013・3・15

 「モンデ・キント」は、Gファンタジーで2008年12月号から不定期連載されていた作品で、2009年12月号をもって完結しました。およそ2カ月に1回のペースで連載されたようで、全5回の掲載で終わっています。

 作品の舞台は、19世紀末のウィーン。食材を組み合わせることで、そこに込められた感情を食べる人に味わわせる“感情調理”を行う“感情調理者”の青年モーツァルトが主人公で、ファンタジー要素の入った一種の料理マンガとも言える作品でした。彼が、感情を失ったデメルという少女のために、日々奮闘して様々な料理を作り出す物語となっていて、料理に込められた情感豊かな表現が非常に魅力的でもありました。

 作者は、おみおみ。この連載が終了した直後に、あの「夏期限定トロピカルパフェ事件」のコミカライズの作画を担当し、Gファンタジーではそちらの方がよく知られていると思います。さらには、のちにビッグガンガンで「シスター・ハニー・ビスケット」というオリジナルの連載を行っており、こちらも料理(スイーツ)を扱ったマンガとなっています。この「モンデ・キント」は、その原点とも言える作品ともいえ、作者を知る上で興味深い一作と言えるでしょう。

 ただ、連載当時からそれほど大きな話題とはならなかったようで、連載終了後数年が経った今、この作品を覚えている人は多くはないと思います。全5回の連載で、1回の連載量も多かったのに、結局コミックスにもならないままでした。静かで美しいイメージの良作となっていただけに、これは本当に惜しかったと思います。


・主人公が作り出す創作料理が面白い。
 このマンガ独特の設定である“感情調理”。作品冒頭の説明では、「すべての食材にはそれぞれ固有の”感情”が込められている」「たとえばたまごは”月””誕生”にまつわる感情を、苺は”春””喜び”にまつわる感情を、それぞれ食べる人に呼び起こすことが出来る」となっています。
 そして、主人公の職業である”感情調理者”とは、食材を組み合わせ調理することで、その感情を引き出し食べる人に伝える力を持った料理人のことで、彼らが作った苺とたまごのケーキを一口食べれば、それが例え冬の昼でも、春の夜の月を見ているような気分になれると書かれています。

 料理で特定の感情が想起されるなど、いかにもファンタジーな設定で、このあたりが通常の現実の料理に即したマンガとは異なるところです。しかし、架空の設定とはいえ、主人公のモーツァルト君が繰り出す数々の料理は、いかにも工夫が凝らされていて大変面白い。

 冒頭第1話だけでも、「『乙女』にまつわる感情を含んだ姫トマトと『終わり』のイメージを秘めるムール貝で──幼なじみの早すぎる死を悼んだデュポワの『1872年のマニシエール』」、「『太陽』オレンジ酒をきかせたふんわり生地を『夜』薄いチョコレートで包んで──ウィーンの夕闇を見せるカフェデーメル三代目当主の『アンナ・トルテ』」、「『赤』葡萄のソースと『黒』コーヒーのアイスクリームで──『赤と黒』(スタンダールの有名な小説)」「『海鳴り』フランスのカキと「オリエンタル」ヤーパンのサケで『東の海』」と、色彩豊かな料理が次々と登場し、読者の目を楽しませます。

 これらの料理のレシピは、他の普通の料理マンガでも似たものは出てくるかもしれません。しかし“感情調理”というファンタジー設定の下で、気の利いたネーミングで色彩やかな料理が次々登場すると、見ているだけでも本当に楽しい。まさにGファンタジーというファンタジーマンガ誌ならではの料理マンガだったと思います。


・スイーツの本場ウィーンが舞台という設定も効果的。
 さらには、物語の舞台がウィーンで、そこの文化にまつわる設定が織り込まれているのもよいと思います。

 ウィーンといえば、まず音楽の都として有名ですが、一方でお菓子の本場としても有名です。あのザッハトルテを初めとして、ドイツには名物ともいえるお菓子(スイーツ)は本当に多い。このマンガのウィーンは、”感情調理”なる架空の設定が存在するなど、現実とはほんの少し異なるファンタジー世界のウィーンといった趣きですが、それでも要所要所でお菓子の本場ウィーンならではの雰囲気を味わうことが出来ると思います。

 随所に見られる欧州の街並みもいい感じですし、モーツァルトが作り出す”感情調理”も、華やかな洋風のスイーツや料理で統一されています。さらには、キャラクターの名前は、その多くがウィーンのカフェの名前から取られているようです。ヒロインのデメルをはじめ、タルトレットやブリギッテ、アガットといった脇を固める料理人たちの名前は、すべてなんとなくドイツ語なのかな?くらいにしか分からなかったのですが、最終回時の作者のブログ記事を見て、ようやくその意味を知ることが出来ました。デメルという名前については、現実のウィーンであのザッハトルテの商標を巡ってふたつの店が争いを起こしたことがあり、「甘い7年戦争」として知られているようですが、その店のひとつの名前が「デメル」なのですね。お菓子、スイーツに詳しい方にとっては、にやりとする設定ではないでしょうか。


・感情を失ったデメルに尽くす主人公の姿に感動。
 そして、なんといっても、そのデメルの感情を取り戻すために、時にくじけそうになりつつもなお奮闘を重ねる主人公・モーツァルト君の姿、そしてデメルとの心の交流、これが最大の見所でしょう。

 デメルは、お嬢様と呼ばれる美しい少女なのですが、しかし感情のほとんどを失っていて、何をしても無反応の状態が続いていました。そこで、彼女のために選ばれたのが、感情調理師として知られていたモーツァルト。彼は、デメルの専属調理者となって、毎日必死に感情のこもった料理を出し続けますが、しかし何を出しても彼女はまったく無反応。ただもくもくと食べ続けるだけ・・・。

 そのことに日々切れそうになっていた彼は、ある日デメルが、雨の中勝手に屋根に登っていたことで、ついにひどく腹を立て、彼女を叩いた上に家を出てしまいます。しばらくは外のレストランで料理の仕事をした彼ですが、何かしっくりこない。しかし、ある女の子の客が、かつてデメルにも出したケーキ「春の月」の感想を漏らしたことで、今日の出来事が思い出されます。彼女が屋根に登ったのは、その前に食べた「春の月」に込められた感情を感じて、月を見ようとしたからではないか。

 このことに気づいた彼は、「表に出ないだけで彼女にも感情はある」と考え、急いで彼女の元に戻ります。そこで見た彼女の姿は・・・。月を見上げて感慨にふける姿、ではなく、ベッドの上で寝入っている姿でした(笑)。しかし、それでも彼は、彼女に感情があることを信じて、いつか自分の声を聞いてくれる日がくることを信じて、再び彼女のために心を込めた料理を作ることになる。このくだりは、想像の彼女が月を見上げるシーンの美しさも相まって、ひどく感動してしまいました。


・毎回面白いエピソードでいい連載だと思ったが・・・。コミックスが出なかったのも本当に残念。
 これが連載最初の話ですが、その後のエピソードも、モーツァルトが学校で料理対決をしたり、彼に敵意をむき出しにした「反感情調理者」なるライバルが現れたり、面白いエピソードが続きました。その間も彼とデメルの間の交流は続いていき、そして最終話ではついに彼女が・・・。最後はハッピーエンドで気持ちよく終わり、全5話とは言えよくまとまった一作になったと思います。

 ここまでよく出来ていたのだから、出来ればこのまま本連載へと昇格してほしかったと思います。Gファンタジーでは、最初に5話程度の短期連載で様子を見て、反響がよければ本連載化、という作品が数多いのですが(あの「黒執事」もそうでした)、この連載は、残念ながらそこまでの反応は得られなかったのでしょうか。個人的な見立てでは、他の短期連載と比べてもかなりレベルの高い作品で、これなら文句なく本連載化出来る思っていたのですが・・・。
 あるいは、本連載は無理でも、せめて全1巻のコミックスは出してほしかったところです。前述のとおり、毎回のページ数がかなり多い本格的な連載だったため、あと少し何か描き下ろしのページを追加すれば、十分コミックスを出せる分量はあったと思います。それが結局出なかったのは、本当に残念だと言わざるをえません。

 しかし、のちのおみおみさんは、同じGファンタジーの連載「夏期限定トロピカルパフェ事件」は十分成功しましたし(コミックスは上下巻が出ています)、さらにはこの「モンデ・キント」と同じ料理というコンセプトの「シスター・ハニー・ビスケット」という連載は、コミックス2巻まで出て完結しました。となると、やはりこの作者最初の連載である「モンデ・キント」からコミックスを出してほしかったなと思います。

 最初の連載ながら、既におみおみさんの絵が完成されていたのも、コミックスを出してほしかった大きな理由。まだ少し絵にくせが残っていたような気はしますが、それ以上に丁寧に描かれた優しくしっとりした絵柄に好感を持てました。今でも機会があれば多くの人に見てほしい作品です。



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