<夢幻街>

2004・8・16

 ガンガン初期の連載作品で、異色の作品です。いや、初期だけでなく、ガンガンの歴史全体を通しても、このようなマンガはほとんど見られません( あえて言うなら、唯一「妖幻の血」がこれに近いものがあります)。
 この「夢幻街(むげんがい)」は、ガンガンでもまだ初期と言える94年3月から連載が始まり、96年3月をもってGファンタジーに移籍するまで、約2年ほどガンガンで連載されました。もともとは読み切りでの掲載でしたが、この読み切りの評判が非常によかったらしく、ほぼそのままの形で連載化されました。しかし、この読み切りの内容からして当時のガンガンの雰囲気からは大きく外れており、「よくこのマンガを連載化してくれた」と編集部の英断に感心した記憶があります。

 このマンガは、現代を舞台にした「退魔師もの」とも言える作品で、主人公の人形師・牧豹介が、「狗法」と呼ばれる不思議な技を駆使して、人に害をなす妖怪たちを退治する物語で、「現代物のホラー+アクション」といった感じの作品です。これだけ聞くと、似たような設定のマンガをいくらでも思いつく人もいるかと思いますが、このマンガはそのような類似の設定の作品とは明らかに異なります。なんというか、作品の雰囲気が非常に落ち着いており、かつ退廃的な要素すら感じられ、とても少年誌に載るようなマンガには思えませんでした。はっきりいって、作品のイメージ自体は青年 マンガに近いものがあり、少年ガンガンの誌面では極めて異色の存在だったのです。

 単に作品の雰囲気が大人びているだけではありません。マンガとしての完成度も非常に高いものでした。
 まず、ストーリーが大変に面白い。基本的に一話完結形式の作品ですが、毎回毎回工夫を凝らしたプロットが楽しめ、単純な妖怪退治の繰り返しにはなっていません。さらに、このマンガのストーリーは単なる妖怪退治ではなく、妖怪が暗躍する事件の背後で、実は人間の浅はかな行動が真の原因であるというストーリーで、そのような「人間の心の闇」を真摯に捉えた人間ドラマとしての要素が非常に大きい。単なる勧善懲悪ものではなく、人間の心の闇を正面から見据えた、極めて重厚な作品だといえるでしょう。

 ホラーやアクションといった、エンターテインメントの部分もレベルが高い。
 まず、妖怪退治ものということで、日本の妖怪や伝奇、オカルトの要素がふんだんに入ってくるのですが、このオカルト関連の知識が素晴らしい。しかも、このマンガの場合、「マニア」「オタク」向けのイメージではなく、より本格的な、民俗学的な雰囲気まで感じられます。このようなオカルトやファンタジーの要素は、マニア・オタクに対して受けやすい設定で、下手をすると単なるオタク向けのマンガになってしまいがちですが、このマンガにはそのようなオタク向けのイメージは微塵も感じられない。むしろ、本格的に民俗学レベルで語られる知識は、純粋に知的好奇心をそそるもので、一般読者でも十分に楽しめる優れたエンターテインメントとなっています。
 アクションシーンの完成度もこれまたレベルが高い。単なる力押しのアクションは少なく、毎回凝ったシチュエーションのアクションが楽しめます。主人公・牧豹介の使う技が「狗法」(天狗の術を継承した技)という独特の設定で、天狗のように屋根から屋根へ、電線から電線へと街中をアクロバティックに跳び回り、風の刃を起こして敵を斬り刻む。都市の夜の退廃的な雰囲気と相まって、実に印象深いシーンを展開してくれます。
 さらには、実はこのマンガには牧豹介以外にも主人公格のキャラクターが2人おり、それぞれが個性的なアクションで楽しませてくれます。まさかホラーアクションで「指弾」が出てくるとは夢にも思いませんでした。

 そして、このようなシーンを再現する「絵」の完成度がまた素晴らしい。
 キャラクターの造形やアクションシーンの出来もよいのですが、それだけでなく、退廃的な夜の街を描いた背景がよく描けています。決して派手な絵ではなく、むしろ落ち着いたせつない情景が素晴らしい。このような雰囲気溢れる背景を、しかも細かい部分まできちんと描いており、実にいい仕事をしています。
 そして驚くべきは、このような緻密な絵のすべてを、アシスタントを使わずに、たった一人で描いているという点です。これは非常に驚くべきことですが、むしろ作者一人で描いているからこそ、これだけ印象的な情景が創り出せたとも言えそうです。


 このように、この「夢幻街」は極めて優れたマンガで、大人の鑑賞にも十分堪えうる雰囲気と面白さを持つ、ガンガン(エニックス)でも異色中の異色と言える作品です。もともとガンガンは、90年代に入って大手出版社の間隙を縫って誕生したともいえる雑誌で、その分雑誌作りの自由度が高く、このような少年誌からは逸脱した作品でも思い切って掲載してしまえるだけのおおらかさがあったのだと思われます。新興の出版社らしく、実に斬新で自由な連載だったと言えるでしょう。
 もっとも、このマンガは決して派手な人気連載ではなく、最終的には月2回刊の余波を受けてGファンタジーに移籍させられ、しかし移籍先ではいまいち人気が出ず(個人的にも、移籍後の出来は今ひとつ精彩を欠いていたように思いました)、そのまま一年も経たないうちに連載終了となってしまいました。
 このあたり、ガンガン初期の作品群の中でもあまりに印象が薄いのですが、しかしわたし個人はこれを非常に高く評価しています。個人的には、「ロトの紋章」や「ハーメルン」「パプワ」「グルグル」等の当時の看板作品よりも面白かったとすら思っています。ガンガン初期の異色作品にして「隠れた傑作」として、このマンガの存在を忘れたくはないものです。


「連載終了・移転作品」にもどります
トップにもどります