<POCKET HEART>

2008・8・5

 「POCKET HEART」は、月刊ステンシルで2001年8月号〜10月号に掲載された連載で、わずか3回で終わる短期連載でした。元々は読み切りとして企画されたものが、変更されて3回の連載となったようです。また、この連載の少し前の2001年3月号において、このマンガと同じキャラクターが登場する読み切り「リデルとネジ」が掲載されており、これが連載作品の元となったようです。設定やストーリーなどは大きく異なりますが、その独特の優しい雰囲気はそのままで、どちらも非常に良い作品となっています。コミックスでは、このふたつの作品が両方とも掲載されています。

 作者は、吉崎あまね。この読み切りと連載作品以前には、99年の同誌に小さな読み切りを1回と、エニックスのゲームアンソロジーに数回執筆した程度で、エニックスのほかの新人と比べても、決して登場は多くない作家であり、ほとんど知られていなかったと思います。しかし、この読み切りと連載だけは、それまでとは異なる存在感を示し、雑誌読者に鮮烈な印象を残しました。この作品の掲載当時のエニックスは、あの「エニックスお家騒動」の真っ最中であり、出版社全体が騒然とした雰囲気で、大いに混乱していました。しかし、そんな中でも比較的影響の少なかったステンシル誌上において、このような落ち着いた雰囲気の優しさに満ち溢れた作品が生まれたことは、数少ない幸運な出来事であったと言えます。

 しかし、かなりの評価を得たこの連載が終了した後の吉崎さんは、もう再び新しい連載を執筆することはありませんでした。わずかに、お家騒動でエニックスから分離した側の雑誌・コミックブレイドにおいて、小さな読み切りや挿絵イラストを描いていた時期があったようですが、それも一瞬のことであり、以降商業誌からは完全に姿を消してしまいました。これは、あまりにも惜しいことだったと言わざるを得ません。以降も同人活動において、この「POCKET HEART」を描いているようで、地道に創作活動を続けておられるのは嬉しく思いましたが、やはり商業誌での活躍がもっと見たかったところです。これだけのマンガが描ける作家が、そのまま消えてしまうとは、あるいはお家騒動による混乱が影響したかもしれず(ステンシルから他社のブレイドへと掲載場所が移っているわけですし)、それはなんとも切ないことだと思いました。


・妖精ふたりの悲しみと、そこからの回復を描く珠玉の第1話。
 このマンガは、小さな妖精(ブラウニー、読み切り版ではエルフ)が主役の、心暖まるファンタジー物語です。読み切り版のタイトル「リデルとネジ」は、その妖精の双子の兄妹の名前であり、このふたりがとってもかわいらしいのです。吉崎さんのほんわかした絵柄と、そこから繰り出されるほのぼのしたストーリーが、どこまでも暖かい世界を創り出しています。

 とある山奥にあるオルゴール職人の村には、人間の家事を手伝い、そのご褒美に一杯の牛乳をねだるかわいい妖精・ブラウニーたちが住んでいました。そんな妖精の双子の兄妹・リデルとネジは、オルゴール職人として名高いアボットおじいさんの家に住み着き、優しいおじいさんの元で幸せに暮らしていました。
 しかし、やがておじいさんは亡くなってしまい、双子は誰もいない家に残されてしまいます。おじいさんとの思い出を失いたくなかったふたりは、後からアボットさんの家にやってくる人を次々と追い出していきます。妖精であるふたりは、普通の人には見えません。誰もいない家で、勝手に物が飛んできたりする様を目の当たりにする人々は皆恐れ、誰もその家には近寄らなくなってしまいました。

 しかし、ある日、その家にオルゴール職人を目指す青年・エルムがやってきます。ふたりはこの青年も追い出そうとしますが、エルムはちょっと天然が入っているのか、ふたりが騒ぎを起こしてもまるで動じることなく、そのまま住み着いてしまいます。しかも、エルムにはこのふたりが見えていたのでした。おじいさんへの思い入れが特に強いリデルは、最初はエルムに反発してしまいますが、その優しい性格に触れ、頑なだった心がほどけていき、次第にエルムを受け入れていきます。

 しかし、かねてより近所から気味悪がられていたこの家が、急に取り壊されることになり、ふたりは悲しみにくれてしまいます。「エルムが来なければ壊されることはなかった」と思い込んだリデルは、この家を失いたくないあまりに、エルムを追い出そうとします。しかし、エルムは、かつてアボットおじいさんとふたりが大切にしていたオルゴールを見つけて取り戻し、ふたりに返します。このことで感極まったふたりは、今まで開けていなかったアボットおじいさんの部屋を開放し、ついにかつての悲しみから回復し、エルムを完全に受け入れ、共に暮らすことになるのです。

 このエピソードは、この1話だけで完全に完結しており、最初は読み切りとして描かれていたことがよく分かります。ふたりの妖精の、おじいさんを失ったあとの悲しみと、それが優しい青年エルムに出会うことで次第にほどけていき、思い出を封印していたおじいさんの部屋を開けることで、ついに喜びの心を取り戻すその姿、それがとても優しいタッチで描かれているのです。この1話だけで珠玉とも言える素晴らしいエピソードとなっており、短編連載の最高の第1話となりました。


・第2話、第3話も素晴らしい。
 このように、ひとつのエピソードとして完結していた第1話だけで素晴らしい作品だったのですが、続く第2話、第3話も素晴らしいエピソードとなっています。

 第2話では、第1話がどちらかと言えばリデルとネジの妖精兄妹がメインの話だったのに対して、今度は人間の青年・エルムが中心の話となっています。
 エルムは、オルゴール職人を目指して日々勉強中の青年ですが、このところ「自分の思うような音が出せない」ことに焦りを感じていました。日々夜遅くまで悩むエルムを見かねたネジは、リデルとふたりでエルムを自分たち妖精が棲む森に誘います。そこは、妖精にしか入れない美しい光に満ちた森であり、その不思議な森を歩くうちに、エルムは次第に焦っていた心がほぐされていきます。そして、ネジに「妖精たちにオルゴールの音を聴かせてあげて」と懇願され、自分が本当は聞いてもらいたかった気持ちを開放し、オルゴールを聴かせます。それは、ずっと自分が出したかったオルゴールの音だったのです。

 森から出た後は、またその音は出なくなってしまいますが、それでもエルムは立ち直り、再び創作へと励むことになります。そんなエルムを見守るネジの目線は、どこまでも優しさに満ちていました。

 このように、前回の話がやんちゃで無邪気な兄・リデルに焦点が当たっていたのに対して、今度はしっかり者の優しい妹・ネジの方に焦点が当たっている話になっています。その上で、美しくも優しい森の雰囲気も合わさって、実に居心地のいいどこまでも優しいエピソードになっているようです。

 そして第3話では、しばらく家を留守にすることになるエルムが、ふたりに置き手紙を残していくのですが、妖精であるリデルとネジにはそれを読むことが出来ず、「置いて行かれたのでは」と思い込み不安になっていきます。時が経つにつれて不安に耐え切れなくなり、ネジの方はついに泣きだしてしまいますが、そこにようやくエルムが帰ってきます。しかし、リデルは、ネジが泣かせるほど心配をかけたエルムに思わず反発してしまい、ネジを連れて妖精の森へと駆け出してしまうのです。

 しかし、その森は、普段暮らしている家とは違い、見慣れぬ不安に満ちたところでした。あの家は、もうふたりにとってなくてはならない暖かい居場所となっていたのです。その後、必死になって追いかけてきたエルムに、「一緒に家に帰ってオルゴールを聴こう」と言われ、あの家がいかに大切な場所だったのかを思い出し、3人で笑って家路へと急ぐのです。この、3人の笑顔で終わるエンディングは、実に素晴らしいものがあり、もはや感極まるところもありました。


・読み切り版の話も良かった。
 このように、短期連載の3話がいずれ劣らぬ感動のエピソードになっていたのに加えて、連載の前に描かれた読み切り版も、これはこれで実にいい話になっています。

 本編が、どちらかと言えば双子の妖精が物語の中心となっていたのに対して、読み切り版では魔道士を目指す人間の男の子が中心となっており、彼の成長物語の側面が比較的強い作品となっています。また、細かい設定もかなり違いがあり、本編では妖精がブラウニーとされているのに、この読み切り版ではエルフ、そしてリデルやネジの性格─特にリデル─にも違いがあり、本編のリデルがわんぱくで悪ガキっぽい少年なのに対して、こちらのリデルは純真な性格になっています。

 魔道士養成学校の学生・ナギは、成績は優秀なものの、その性格には自分勝手でわがままなところがありました。そんなナギが、「精霊の森」と呼ばれる場所に試験を受けに行くことになります。しかし、行った先に試験官はおらず、代わりにいたのは小さなエルフの双子。彼は、試験官が戻ってくるまでふたりの世話をするように言われます。
 最初のうちは試験のことしか頭になく、ふたりの世話を嫌がっていたナギですが、純真に自分につきまとってくるふたりの姿を見て、少しずつ心がほだされていき、自分勝手な性格も変わり始めます。一度は帰ろうとも思いましたが、追いかけてきたふたりの純真な笑顔にはかなわず、ふたりについていくと、森の中に美しい光の玉が見えます。それは、森の精霊の姿であり、森の枯れ木を癒して元の姿に戻していきます。その枯れ木は、自分だけちょっと背伸びをしすぎて精霊が離れていたのですが、ふたりの仲立ちで精霊と仲直りして元に戻ったのでした。その姿に、自分勝手だった自分の姿を重ね合わせたナギは、2人に対して素直になれなかった自分を反省し、最後にはふたりの名前を呼び、ついにはふたりの間に自然と溶け込んでいくのです。

 この物語は、まだ未熟なところのある青年の成長物語としてよく出来ており、それが美しい光の精霊が飛び交う美しい森の光景と相まって、幻想的で心和らぐ話になっています。本編とは少々設定が異なりますが、個人的にはこちらの純真でおだやかな性格のリデルも好きですし、こちらはこちらで心暖まる珠玉の読み切りであると思います。


・この絵柄は本当に素晴らしいの一言。
 そして、心暖まるストーリーと並んで、このマンガの最大の魅力は、なんといってもその絵柄です。これはもう本当にツボにはまってしまった絵柄で、その和み癒されるどこまでもかわいい絵柄にもうメロメロです(笑)。
 このマンガが掲載されたステンシルは、エニックスの少女マンガ雑誌でしたが、既存の少女誌ほど少女マンガ的な作品は少なく、男性読者でも抵抗なく読める作品も数多く掲載されていました。他のエニックスの雑誌、例えばGファンタジーあたりと近いところもあり、いかにも「エニックス的」な絵柄の作品をたくさん見ることができたのです。
 そんな中でも、この「POCKET HEART」の絵柄は、まさにそのエニックス的な絵柄を代表するようなもので、そのどこまでもくせのない中性的な作風は、短い連載期間においても多くの読者をとりこにするほどの、本当に魅力的な絵だったと思います。コミックス表紙の淡いカラーのイラストも素晴らしいもので、ここでも多くの読者を引きつけました。

 とにかく、そのほんわかとしたどこまでもやわらかい作画に癒されます。少年マンガのように尖った荒々しいところがなく、かといって少女マンガのように耽美的すぎる描き込みもなく、どこまでもシンプルでくせのない穏やかな作風。見ているだけでほっとするような絵柄です。
 そして、もうキャラクターがかわいすぎます。リデルとネジの妖精の兄妹は、どちらもめちゃめちゃかわいい。小さな子供らしい純粋なかわいさがどこまでも出ており、こんなちっちゃくて純真でかわいいキャラクターは、もうほんとどこまでも萌えまくりというか和みまくりというかたまったものではありません(笑)。これほど中性的な萌えに満ちたマンガは、同系のマンガを数多く生み出したエニックスの中でも、トップクラスでしょう。作者の吉崎さんが、ほとんどこの作品のみで消えてしまったのが残念でなりません。もし本格的に連載が出来ていたら、もっともっと人気が出たはずなんですが・・・。


・作者の消失が本当に惜しまれる、エニックス全盛期最後の遺作。
 このように、この「POCKET HEART」、どこまでも和み癒される心暖まるストーリーと、これまたどこまでも和み萌えまくる中性的な絵柄が素晴らしい、全盛期のエニックスならではの作品だったと思います。わずか3話の短期連載で終了してしまった本作ですが、内容的にはまさに珠玉の作品であり、もっと長く連載してほしかったとつとに思いました。

 そして、この作品を唯一の連載として、作者の吉崎さんが商業誌から消えてしまったのが本当に惜しまれます。わずかに、この連載から約一年後のコミックブレイドで、ページ数の少ない読み切り2本の掲載と、読者投稿コーナーの挿絵を担当したことがあったようですが、それもわずかに一瞬のことで、以後は完全に消えてしまいました。
 これには、この連載と前後して巻き起こっていた、あの「エニックスお家騒動」が関係していたことが十分に考えられます。そもそも、エニックスのステンシルからブレイドへと移籍連載することが不自然ですし、実はお家騒動での編集者の移動に巻き込まれ、本来ならばステンシル(か他のエニックス雑誌)で掲載されてもおかしくはなかったのに、そこでの掲載がなくなってしまった可能性が考えられます。この当時は、他にも、混乱の中で満足に掲載の機会も与えられずに、消えてしまった新人がたくさんいたのですが、吉崎さんもその1人だったのかもしれません。もしそうだとすれば、それはあまりにも惜しいことでした。(*個人的には、この吉崎さんに近い雰囲気の作家として、「智(とも)」さんという方も思い出されます。この方は、のちのちまでアンソロジーでは精力的に執筆し続けたものの、オリジナルではほとんど作品を残せませんでした(のちに一迅社の「ぱれっと」でオリジナルを連載)。)

 そんなわけで、吉崎さんの唯一の連載作品となってしまったこの「POCKET HEART」ですが、そのためにさらに希少価値の高まった、輝ける珠玉の作品となってしまいました。それも、エニックス全盛期の最末期、お家騒動の最中に掲載されていた作品ということで、「エニックス全盛期を象徴する中性的作品、その最後の遺作」と考えてもいいのではないでしょうか。お家騒動後、エニックスのマンガは大きく変質し、このような作品も少なくなってしまうのですが、今になってその騒動以前の最後の輝きとなったこの作品を、どこまでも懐かしく感じてしまうのです。


「連載終了・移転作品」にもどります
トップにもどります