<リセット>

2006・2・8

単行本表紙  「リセット」は、筒井哲也の中編作品で、抜群の面白さを持つ、極めて完成度の高い傑作です。筒井さんは、元々はウェブコミックで非常に高い評価を得た作家でしたが、その実力がスクエニ編集部の目にとまり、ついに商業誌で新作の連載を開始します。その商業誌初連載となった作品が、まさにこの「リセット」であり、ヤングガンガンの前身である「ガンガンYG」で2004年初頭に連載を開始し、のちに「ヤングガンガン」に移行、そこで完結しました。
 ガンガンYGは、季刊誌であって刊行が遅く、しかも3号で終了してしまい、その後継雑誌であるヤングガンガンの創刊まで半年近いブランクがあり、さらにヤングガンガン創刊以降も、筒井さんは別の連載(「マンホール」)をその誌面で開始してしまったため、「リセット」の掲載がさらに遅れるという、かなり紆余曲折のある連載履歴を辿ってしまいました。そのために、「リセット」は単行本一巻に収まる中編作品でありながら、完結までに一年半近い時間を要しています。


・目を見張る画力。
 筒井作品が高い評価を得る最大の理由は、なんといってもその最高レベルの画力でしょう。とにかくその精緻な筆致が素晴らしい。
 とにかく、まるで美術の素描画をそのままマンガに起こしたかのような、卓越した筆致とデッサンのうまさが目を引きます。彼の絵は、全体的に乾いた感のあるシンプルな画面構成で、徹底的に描き込まれたタイプの絵ではありません。しかし、これだけのシンプルな画面でありながら、そこには卓越した画力が感じられるのです。徹底的に描き込まれた絵ならば、それだけで誰もが「すごい」と思ってしまいますし、今評価されているマンガの絵でも、かなり多くがそのタイプの絵であることは否定できません。逆に、これだけのシンプルな絵でありながら、極めてレベルの高い筆致とデッサン力だけで人を引き付ける彼の絵は、もはや並大抵のうまさではないと言えます。

 さらに、この「リセット」では、その世界の描写にも引き込まれます。「リセット」は、仮想現実のリアルなネットゲームを舞台にした作品ですが、その、「現実の世界を極めてよく再現しながら、しかし現実とは微妙に異なる」ゲーム世界をきちんと描いています。つまり、現実の世界と、それとは微妙な違いがある3DポリゴンCGの世界を、きちんと描き分けているのです。ネットゲームを扱ったマンガはいくらでもありますが、ここまで現実世界とネット世界との微妙な差異を絵で表現した作品はほとんどないでしょう。これは本当に凄い。
上がネットで下が現実ネット内の団地風景


・最高に面白いストーリー。
 そして、肝心のストーリーがまた面白い。これもまた作者の技量が冴え渡っています。
 単行本一巻で終わる中編作品としては、理想的な面白さを備えています。とある異常な事件を発端にして、ネットゲームが絡む事件の全貌が次第に明らかになっていくというストーリーなのですが、テンポよくで事件の真相がひとつずつ明らかになっていく展開で、最後まで飽きさせません。物語の舞台が、ネットゲーム世界と現実世界の双方にバランスよく配分されているのも良い点です。壮大な物語の長編作品もいいですが、このように短いながらに面白さが凝縮された作品には、また違った読み応えがあります。

 そして、筒井作品で特筆すべき特徴として、「異常なキャラクター」に対する魅力があります。一部のキャラクターが、ビジュアル的にも性格的にも異常さを醸し出しており、これがかなり笑えるのです。基本的に真面目でシビアな物語の中で、その異常性が一種のユーモアを生んでおり、読者の心を一瞬なごませる(笑)役割を果たしています。
 具体的な例としては、やはり主人公の最大の敵である「GM様」こと「ヒロくん」と、その母親の団地管理人・矢野雅子でしょう。このふたりはビジュアル的にも性格的にも素晴らしく、特に「ヒロくん」などは読者に想定外の大人気を呼んでしまい、いきなり「リセット」の顔的存在となってしまいました。もっとも、これらのキャラクターの異常性はあまりに突出しており、人によってはなごむどころか、むしろ思いっきり引いてしまうかもしれませんが・・・(笑)。
ヒロくんも新規プレイヤー大募集中(笑)恐怖の管理人・矢野雅子


・現実のゲームの特徴を的確に解説。
 上記のように、このゲームは、リアリティ溢れるネットゲームをモチーフにした物語ですが、この作品におけるゲームの扱いはかなり本格的です。ネットゲームを舞台にしたマンガはかなりありますが、この「リセット」は、単にネットゲームが舞台というだけでなく、現実にあるゲームの特徴を詳しく採り入れた点が大きなポイントです。
 作者の筒井さんは、相当なゲーム好きらしく、ゲームに対する造詣の深さは並大抵ではありません。ゲームだけでなく、ネットやコンピュータにも詳しいようで、作中で見られるゲームやコンピュータの解説には、同じゲーム好きとして思わず感心するところがあります。
 この作品のネットゲームのモデルとなったのは、おそらくはアメリカのFPS(一人称視点シューティング)である「Half-Life2」あたりだと思うのですが、そのあたりのゲーム内容、使われている技術、そしてゲーム性等について、作品内で分かりやすく解説してくれるあたりは心憎い配慮です。ゲームに詳しいマニアはもちろん、今のゲームについてあまり知らない読者でも、このマンガで今の最先端ゲームの特徴をよく理解できると思います。
ゲームはここまで来たゲームはここまで来た


・あえてゲームの危険性を警告。
 そしてもうひとつ、そのゲームで見られる暴力シーンも最大の見所のひとつです。
 「リセット」のネットゲームは、ネット世界でのご近所殺し合いゲームであり、ありとあらゆる殺戮を楽しむことだけが目的のゲームです。よって、このゲームの中で見られる暴力は、純然たる悪意ある暴力以外の何者でもなく、そこに愛や正義感、強さへの向上心のようなものは一切存在しません。
 作者は、作中の危険なゲームの描写を通して、現実のゲーム(特にコンピュータゲーム)の危険性を提示している節があります。しかし、筒井さんはゲームに詳しいマニアであり、そんな作者がゲームに対して否定的な提示をするのは、一見して意外にも思えます。
 しかし、これは、あくまで作者がゲーム好きだからこそ描いたものであって、ゲームマニアの観点からあえてゲームの危険性の部分を警告したのではないかと思えるのです。このあたり、ゲーム嫌いな世代がゲームと若者をバッシングするためだけに書いたような言論とは大きく異なり、ゲームをよく知っている愛好家の警告だからこその説得力があります。ゲームが嫌いな大人がゲームの危険性を論じた言論は山ほどありますが、この作者のようなゲームフリークが、あえてゲームの危険性を表現した作品は、かなり珍しく貴重なものではないでしょうか?
ゲームはここまで来た


・端々に見える社会的なテーマ。
 しかし、この筒井作品において最も重要なのは、何と言っても社会的なテーマです。娯楽作品としても十分すぎるほど面白い本作ですが、それ以上に作者の現代社会への視線と、そして深い思想をも感じることが出来るのです。

  この「リセット」においては、リアリティ溢れるネット・ゲームによる仮想現実の危険性の問題に加え、いまどきの教師と生徒の関係(現代教育の歪み)や、あるいは人としての生き方といったテーマまで語られています。また、それとは別に、端々で現実の事件から採用されたと見られる設定が見られるのも面白いところです。
 「リセット」の主人公の喜多嶋は、かつて98年に起こった防衛庁の巨額背任事件において、情報を漏洩して内部告発を誘発させた男として、今は警察で社会奉仕中の凄腕のハッカーという設定なのですが、この事件はもちろん現実に起こった事件をそのまま採り入れています。この事件、マスコミに出回った出所不明の怪文書が事件発覚のきっかけになったという経緯があり、このあたりの事情をうまく捉えてマンガに採用している点が面白いですね。というか、この「リセット」が描かれたのは2004年ですが、そこから6年も前の事件をよく覚えていたものです。
もちろん現実に起こった事件。N社=NECですな(笑)。
 ちなみに、この事件において、当時防衛庁長官であった額賀福志郎が引責辞任しましたが、つい最近(2006年)において今度は防衛施設庁の談合事件が同じ額賀長官の代でまたしても起こってしまい、この8年前の事件がいまさら取り上げられたことはいうまでもありません。その意味では、期せずしてこのマンガが余計に現代性を帯びることになってしまいました。・・・もしかして、今回の事件が発覚したのも喜多嶋の仕業でしょうか?(笑)


・紙媒体の雑誌でも変わらぬ実力を発揮。
 以上のように、この「リセット」は、圧倒的な画力でリアリティ溢れるネットゲームを再現した、ストーリー性も抜群な娯楽作品であり、かつ、ネットやゲームの危険性や人としての生き方、社会的な視点をも兼ね備えたテーマ性でも読み応えのある、実に完成度の高い作品です。スクエニ系マンガ全体を通して見ても、トップクラスの傑作と見て間違いないでしょう。
 ただ、あえて欠点を挙げるならば、連載途中で掲載誌が中断し(ガンガンYG→ヤングガンガン)、その影響でこの連載も中断したため、再開後の部分である後半部分において、やや勢いが落ちている点があるかもしれません。しかも、連載再開後に、もうひとつの連載である「マンホール」と掲載が重なり、しかもこちらの方を優先したせいか、「リセット」の方は早期に終了させられてしまい、そのためにラスト近辺の展開が急ぎ足でやや消化不良になっている印象があります。もし「リセット」が普通の形で連載できていれば、もう少し話数を取ってきちんとした形で完結できていたかもしれません。これは少々残念な点です。

 しかし、それはあくまで些細な欠点であり、この作品が十分な完成度を誇る大変面白い作品であることは間違いありません。ウェブコミックで最高の評価を得た筒井哲也ですが、紙媒体の雑誌での連載でも全く変わらない実力を発揮してくれました。これほどの実力を持つ作家がネットの片隅で埋もれていたとは驚きです。


「連載終了・移転作品」にもどります
トップにもどります