<STARGAZER 〜星に願いを〜>

2007・7・28

 「STARGAZER(スターゲイザー) 〜星に願いを〜」は、少年ガンガン1996年No.1より開始された連載で、1997年No.14で完結した作品です。96年いっぱいは毎号の連載でしたが、97年に入ってからは1号おきの連載となりました。コミックスは3巻で完結しています。作者は、あの名作「聖戦記エルナサーガ」で有名な堤抄子

 少年ガンガンは、1991年に創刊された月刊誌ですが、創刊より5年がすぎた96年、順調な発展を受けて、月刊より月2回刊(隔週刊)形態へと新しい一歩を踏み出します。この月2回への新装刊行時に、新連載がいくつも始まりましたが、その中のひとつが、この「STARGAZER」でした。
 しかし、この当時、作者の堤さんは「聖戦記エルナサーガ」の連載の真っ最中でした。そこに、この「STARGAZER」が隔週という速いペースで連載することになったため、「エルナサーガ」の方が連載のペースを維持することができなくなり、一時的に連載が中断、再開後もしばらくは隔月での連載という形になってしまいました。「エルナサーガ」は大変な名作とも言える存在だったため、それがこのような出版社側からの方針(強引な新規連載の開始)で、しばらくの間まともな連載が出来なくなってしまったのは、大いに不満としか言いようがありませんでした。

 そして、この「STARGAZER」の方も、「エルナサーガ」とのスケジュールの兼ね合いが厳しかったのか、途中から1号おきの連載となり、最後もやや駆け足でコミックス3巻という短い連載で終了となってしまったのも、消化不良の感が残ります。肝心の作品人気についても、元々堤さんの作風が地味かつ高年齢向きであることもあって、当時のガンガンではさほど注目されることがなく、あまり人気も得られることなく終わってしまった感がありました。

 そんな事情もあって、堤さんの作品の中では、話題にのぼることも少ないこのマンガですが、さすがに実力派作家の連載だけあって、内容的には短いながらもきっちりと描きあげており、決して悪いマンガではありません。「聖戦記エルナサーガ」ばかりが評価される堤さんですが、このような隠れた良作にも、大いに見るべきものがあります。


・作者の本質が色濃く出たSF作品。
 このマンガは、元々は、1992年に出たGファンタジーの前身雑誌「ファンタスティックコミック」に掲載された読み切り「星に願いを」が原点となっています(この作品は、「聖戦記エルナサーガ」8巻に収録されています)。この読み切りを、ほぼそのままの形で連載化したことは、ほぼ間違いないでしょう。
 読み切りの時から、SF要素の強い作品だと思いましたが、連載版ではそれがさらに強くなり、純然たるSF作品となっています。元々、堤さんはSFマインドの強い人で、SF的な読み切りを他にも多く残し、あの「聖戦記エルナサーガ」でもSF要素が垣間見られたことから、この「STARGAZER」こそが彼女の本領を発揮した作品かもしれません。

 それにしても「STARGAZER」(星を見る人)というタイトルといい、「星に願いを」というサブタイトルといい、なんともロマンティックな表題ですが、その中身は正反対で、実にシビアな作品です。ここでいう「星」とは流れ星のこと。「流れ星が落ちる前に願い事を言えばかなう」という、よくあるおまじないをモチーフにして、「もし本当に流れ星で願いがかなったらどうなるか」を考えた、シビアなテーマの作品です。人間の醜さが全面に出ており、なにげに残虐なシーンも多いなど、「聖戦記エルナサーガ」で見せた作者独特の作風が顕著です。美しいタイトルと中性的で綺麗な作画とは裏腹に、相変わらず堤さんの作品はえげつない描写に満ちています。

 舞台は現代。主人公である高校生・トモキは、隣に住む幼馴染ののぞみや、学校の友人たちとごく普通の日々を過ごしていました。しかし、ある日訪れた史上最大規模の流星群の夜を境に、事態は一変します。流星は凄まじい力で地に降り注ぎ、建物をなぎ倒し、街は完全に崩壊してしまいます。トモキが助かったのは、父親から受け取ったアームターミナル(ハンドヘルドPC)の電磁波のおかげでした(電磁波で流星が避けられるという設定です)。しかし、助かったと思ったのもつかの間、人や動物がなぜか異形の化け物と化して襲い掛かってきて、トモキは窮地に立たされます。

 そんな時にトモキを助けたのは、流星の力で人間となった飼い犬の陸王(りくおう)と、同じくのぞみの飼い猫だったミケ。あの流れ星は、そのものの願いを本当に具現化してしまうものだったのです。みんなの願いが具現化してかなうのなら、それはそれで素晴らしいだろうと思ってしまいますが、実際に訪れた世界は、ひとりひとりのむきだしの欲望ばかりがことごとく具現化し、欲望のままに異形の化け物と化した恐ろしい世界でした。ようやく助かったトモキは、陸王とミケを引き連れて、どこかに連れ去られたというのぞみを探して、荒廃した世界に探索の旅に出ます。


・人間の醜さや善さが出た全面にエピソードが秀逸。
 そうして探索の旅に出たトモキですが、行く先々で、エゴに満ちた欲望の果てに変わり果てた人間たちに遭遇し、彼らに何度も行く手を阻まれることになります。人間だけではなく、動物や植物や無機物のモノまでもが、自身の願いをかなえて強大な力を身につけていることもあり、さらに旅は困難を極めます。

 そして、この醜い人間やモノの姿を描ききった、個々のエピソードが本当に面白い。そのいずれもが、人間の醜い本質を描ききっており、その深い人間描写には心を打たれます。いじめの常習被害者で、力を求めるあまりに異形の化け物と化した高校生、醜い容姿にコンプレックスを抱き、美しさばかりを求めて人を喰らう化け物と化した若い女性、 人を支配したいという異常なまでの強い欲望を持ち、人々を酷使する独裁者となった中年男性など、そのむき出しの欲望が織り成す悪行は陰惨を極めます。
 さらには、人間以外のモノたちでも、獲物を捕らえるために幻影を見せて誘い込む能力を身に着けた巨大食虫植物、なんらかの理由で人や道を恨み、道路を暴走して人を殺し続ける巨大重機など、それら自身は邪悪ではないかもしれませんが、大いなる障害となって主人公の前に立ちはだかるものもたくさんいます。

 しかし、その一方で、善き願いをかなえてもらい、優れた生き方を示す善良な人々も、また幾人か見ることが出来ます。父親の傷を治したいという願いをかなえ、祈りで傷を癒す能力を身に着けた心優しい少女、きままなその日暮らしを続けるホームレスで、それ以上のことを何も望まず、以前と変わらぬ生活を続ける飄々とした老人など、困難な旅の中で、彼らの存在が一抹の救いとなっています。

 個人的に最も感動したのが、所有者に大切に扱われたバイクが願いをかなえて意思を持ち、ライダーの姿となって、人々を助けるために暴走を続ける巨大重機に立ち向かう話です。ひとりでも多くの人を救うために奔走し、助けた人々からボスと呼ばれて慕われていましたが、最後には仲間の危機を救うためダイナマイトを抱えて重機に突撃し、自らを犠牲にして重機を破壊しようとします。そうして壮絶な最後を遂げた後、もうその姿も見られないかと思いきや、最後の最後で再び走る願いをかなえてその姿を見せ、こちらに手を振って去っていく。このシーンには本当に感動してしまいました。


・陸王とミケの姿も魅力的。
 そうしたエピソードの中でも、特に、トモキの大切な仲間である飼い犬(飼い猫)の陸王とミケの話が、実に面白いものがあります。というか、この人間となった犬と猫の行動は、元々の犬や猫だったころを思わせる行動が多く、実に微笑ましいのです。このマンガを読んで、自分の飼っている犬や猫に、さらに愛着を持った読者も幾人かいたようですが、確かにこのふたり(二匹)の言動には、そこまでの魅力があります。

 元が大型犬だった陸王は、その逞しい体に似合わず無邪気で天真爛漫な性格で、しかし主人であるトモキにはあくまで忠実、トモキに冷たくあしらわれても、それでもなお深い愛着をもって助けようとします。その姿には、巨体に似合わぬ愛らしさと、力あるものに慕われているという安心感があります。
 一方で、元が気ままな飼い猫だったミケは、人間になっても素直にトモキに懐こうとはせず、常にツンとすまして高く止まっているところもあります。しかし、肝心なところではトモキを信頼して、ピンチには積極的に助けようとするところがまた微笑ましい(今で言うところのツンデレか)。猫ならではの俊敏な身体能力で、人間には出来ないしなやかな行動を取るところも魅力です。

 このふたり(二匹)には、それぞれ持ち前の能力を活かして活躍するエピソードが何度も登場しており、作者にも愛着を持たれていたことが分かります。個人的に最も好きだったのが、陸王のエピソードで、彼が増水で中州に取り残された少女を助け出す話でしょうか。取り残された少女を前にして、口ばかりで何も出来ない青年たちを尻目に、あっさりと増水した川に飛び込み、持ち前の強靭な身体能力で、見事に少女を助け出すことに成功します。その能力の高さを買われて、青年たちのリーダーから仲間になるように誘われますが、もちろん陸王はあっさりと断り、大好きな飼い主であるトモキの元へ帰っていきます。助けられた少女の、「さすらいのヒーローってとこかな。こんな理屈ばっかのトコに残るわけないよね・・・」という言葉が、実に印象的でした。


・SF的な設定、ビジュアルにも見るべきものが。
 そして、これら深みのあるエピソードに加えて、SF作品ならではの設定、ビジュアルも魅力的です。堤さんは、ファンタジー作品の「聖戦記エルナサーガ」ばかりが有名になってしまいましたが、実際にはSF寄りの作家とも言え、こちらの方が本領を発揮しているような気がします(「エルナサーガ」にもSF的な要素は散見されます)。

 前半のうちは、基本的には現代社会が崩壊していく描写が中心で、SF的な描写と言っても、激しい流星が落ちてくる描写と、トモキの持つアームターミナルの持つ特殊能力(変形したり、追尾するビームで攻撃したりする)程度がある程度です。しかし、それにもかかわらず、ひとつひとつのエピソードに、説得力のある設定が随所に見られ、確かに作者のSF的な精神性を感じることが出来ます。まぎれもなくこれはSF作品なのです。

 そして、これが後半になって、トモキたちが最後の目的地へと到達したあたりから、ビジュアル的にも一気にSF要素が高まります。まず、トモキが電話ボックスからアクセスするネットワークの描写が鮮烈です。何者かによって、地球を覆う規模で完全に乗っ取られたネットの姿が、無数のラインに覆われた地球という姿で、ページいっぱいに大写しにされます。
 このネットワークとは、今で言えばインターネットに他なりませんが、このマンガが執筆された当時(1996年)はまだインターネットがそれほど普及しておらず、パソコン通信と並存している状態でした。そんな当時のマンガですが、さすがにSFやネットにも造詣が深い堤さんだけあって、当時のネットブラウズの様子をかなりよく再現していると思います。電話ボックスからアクセスするというのも、今となっては懐かしいものがあります。今ではもっぱら携帯電話でしょうか。当時は、まさかあそこまでインターネットが普及して、携帯でも自在にアクセスできるようになるとは、想像もできませんでした。

 そして、極めつけは、最後の敵が待ち受ける高い高い巨大な塔の描写ですね。「神の塔」とも呼ばれるこの塔の内部の描写は、洗練された無機質さに満ちたもので、今見てもよく描けています。最後の最後で作者独特のSF的イメージが一気に炸裂した感がありますね。堤さんは、非常に整った綺麗な絵を描く人ですが、それが機械の細かい部分の緻密な描写にまでよく行き届いていて、実に美しいビジュアルになっています。出来れば、これを物語のラスト近辺だけでなく、連載全体でもっと見たかったところです。このようなSF的な魅力あふれるビジュアルが全面に出ていれば、このマンガももっと高い人気を得られたかもしれません。


・もっと評価されてもいい隠れた良作。
 以上のように、この「STARGAZER」、コミックス3巻という比較的短い作品でありながら、作者の実力はやはり存分に現れており、確かな面白さを感じることの出来る良作となっています。相変わらず作者のシビアな作風は健在で、人間の負の側面が強く出た作品でありますが、その分ひどく読み応えのある作品になっていることは間違いありません。加えて、作者の本分であるSF的な魅力も十分で、「聖戦記エルナサーガ」とはまた異なる、作者の別の一面を強く知ることができます。

 しかし、この作品は、連載中のガンガンでは、さほど大きな話題になることもなく、ごく平坦な連載にとどまり、終盤では「エルナサーガ」との連載の兼ね合いから連載ペースも落ちてしまい、最後は少々駆け足気味で終わってしまったところもあり、そのままさほど読者の心に残ることなく、短い連載期間を終えて消えてしまった感がありました。ここまで大きな人気を得られなかったのは、色々と困難な理由がありました。

 まず、やはり「聖戦記エルナサーガ」との連載の兼ね合いが、あまりにも厳しかったこと。そのために、一時的に「エルナサーガ」の方の連載が中断してしまい、そして再開後は、今度は「STARGAZER」の方の連載ペースが落ちるなど、作者にとって恵まれた連載環境を維持できませんでした。コミックス3巻という短い連載期間で終了してしまったのも、この「エルナサーガ」との兼ね合いが、非常に大きく影響していると思われます。あまり長く「エルナサーガ」の連載をおざなりに出来なかったという事情があったのでしょう。ラスト近辺の展開が、あまりにも駆け足で終わってしまい、随分と物足りなかったのも、そのためだと思えば、非常に残念なところです。

 そして、もうひとつ、この堤さんの作風が、当時のガンガンには合わなかったことも十分考えられます。当時のガンガンは、月2回刊時代の過渡期とは言え、まだまだ初期の頃の雰囲気も残っており、低年齢向けの少年マンガを好む読者も、かなり多く残っていました。あの「ロトの紋章」の絶頂期でもあった時代です。そんな中で、この「STARGAZER」のような、人間の醜さ、負の側面を中心に描く作風で、かつSF的な要素も強く見られるような作品は、読者にはあまり受け入れられなかったのではないか。実際、当時のガンガンのラインナップを眺めると、この「STARGAZER」は、若干異質で浮いているようなところもありました。この作風ならば、やはり読者年齢の高い「Gファンタジー」連載の方が妥当だったかもしれません。

 むしろ、この連載に関しては、当時のガンガン編集部が、新装月2回刊行化に際して、無理に堤さんを招聘して新連載を描かせたところがあります。新装に際して、ある程度新連載の数を揃えねばならなかったのは分かりますが、他誌のGファンタジーで大型連載の真っ最中だった作家に対して、元の連載を中断させてまで、しかも雑誌の方向性に合うかどうか微妙な作品を連載させるというのは、相当強引なやり方で、かなり無理があったのではないでしょうか。このマンガは、そのような編集部の強引な政策のあおりを食らった感があり、その点ではひどく残念なところがあります。

 しかし、このマンガは、そのような不利な環境で描かれた作品であるにもかかわらず、それでも確かな完成度を持ち、優れた良作に仕上がっています。当時のガンガンではさほど高い人気を得られず、しかも短い期間での連載で終わったこともあって、今となっては覚えている人もほとんどいないほど印象の薄い作品ではあるのですが、それでもこれは確かな良作であり、もっと評価されてもいい作品でした。作者の堤さんについても、随分と不遇の作家であり、このような良作の多くがさほど日の目を見ることもなく、後世に伝わらないままになっています。そんな中で、唯一「聖戦記エルナサーガ」だけが、名作としてマンガ読みの間で高い評価を得ている状態なのですが、実はもっともっと他の作品も評価されてもいい作家なのではないでしょうか。地味な作風ではあるが、しかし極めて深い内容を持つ重厚な作品を描き続けている。そんな作家の作品を、強く後世に伝えるべきではないかと思うのです。


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