<天眷御伽草子>

2009・3・18

 「天眷御伽草子」は、ガンガンWINGで2002年10月号より開始された連載で、2005年4月号にて終了を迎えるまで、約2年半の間連載を続けました。やや短めの連載期間で、長期連載と呼ぶには一歩及ばない連載期間だったと思いますが、それでも雑誌内での存在感は相当なものがあり、同時期に開始された他の優良な連載と共に、お家騒動後のWINGの復興、安定に大いに貢献しました。

 作者は冬季ねあ。お家騒動以前よりWINGを中心に長く活躍してきた作家であり、その息の長い活動ぶりが顕著です。初登場は、まだWINGが新人読み切り雑誌だった96年にまで遡り、98年のWING新装以後は長期の連載、騒動後にもこの連載が始まるまで短期の連載を手がけており、このマンガが連載第3作に当たります。さらに、この連載が終わった後も、しばらくして中期の連載を手がけるなど、WINGでの幾たびの連載ぶりは見るべきものがあります。これほど何度もWINGで連載してきた作家は、他には見当たりません。

 肝心の内容は、「日本神話を舞台にした和風ファンタジー」といったところで、女性作家らしく端整でかつかわいらしさものぞく絵柄は、ほのぼのした雰囲気も感じられますが、ストーリー自体は一転してひどく重々しいものがあり、かつては仲間同士だったものが、時に醜い感情をものぞかせて闘い合うというシビアな作風となっています。キャラクター同士が能力を使い合って闘う様にも、時に凄惨な描写が感じられ、ストーリーも先に向かうにつれて深刻なものとなるなど、決して明るい話ではありません。しかし、キャラクターたちの強固な意志が感じられるストーリーは、実に読み応えがあり、本格的なファンタジー物語として評価に値する優れた一作でありました。

 ただ、同時期の他のWINGの優良連載、「まほらば」や「dear」「天正やおよろず」「機工魔術士」「瀬戸の花嫁」「ショショリカ」あたりと比べると、ややその影に隠れた存在で、しかも一足先に短めの連載で終わってしまったことから、注目度はやや低い連載に終始してしまいました。しかし、作品の充実ぶりは、決して劣るものではありません。このマンガが連載されていた時期が、騒動後のWINGが最も安定して面白かった時期と重なっているのではないかと思います。


・ガンガンWINGで最も長い活動を続けた作家。
 前述のように、この冬季ねあさんは、かつて2001年に起こった「エニックスお家騒動」で、WINGから主要作家の多くが抜けるはるか以前から、長らくWINGNで連載を続けてきた定番の作家のひとりです。かつては他にも大人気作家による連載をいくつも抱えていたため、雑誌内で決して目立つ存在ではありませんでしたが、それでもその堅実な仕事ぶりには見るべきものがありました。

 かつて、ガンガンWINGがまだ読み切り掲載誌だった時代、いくつかの読み切りを掲載された後、98年のWING新装時に、他の幾多もの新連載と同時に「ファイアーエムブレム-光をつぐもの-」の連載を開始します。これは、「ファイアーエムブレム 聖戦の系譜」の第二部を扱ったゲームコミックで、当時はまだ新人で今に比べれば絵的にやや劣るところはあるものの、それでも原作の切ないストーリーを丹念に辿っていった作風には好感が持てるもので、原作ゲームのファンを中心に、かなりの人気、評価を獲得しました。当時は、浅野りんや箱田真紀、桜野みねね、藤野もやむといった豪華な連載陣の前では、一歩下がった扱いだった感は否めませんでしたが、それでも当時の充実した連載陣の一角を担っていたことは間違いありません。
 しかし、このコミックは、あのお家騒動の直前に終了してしまいます。もしかすると騒動のために中断させられた可能性があり、だとすれば随分と残念なことだったと思います。ファイアーエムブレムのコミック化作品は、エニックス内外を問わずどういうわけか最後まで完結しない作品がほとんどで、このマンガもそのひとつになってしまいました。

 その後の冬季さんは、今度はお家騒動の直後に「JINX」という短期連載を開始。これは、騒動で大量の連載陣が抜けた穴埋め的な目的の強い連載で、急遽短期の連載を手がけることになったのではないかと想定されます。これが作者初のオリジナル連載になりましたが、極めてダークでシビアな作風はこの時から健在で、わずか数カ月で終わった短期連載でありながら、十分な成果を残した作品でした(コミックスは1巻で完結しています)。

 そして、その連載が終了した半年後、今度こそ長期の連載となるこの「天眷御伽草子」を開始。これこそが作者の代表作と言える作品となり、やはり同時期の他の連載の影に隠れ、やや注目度は低いながらも、しかしWINGでも屈指の良作となりました。


・女性作家らしい端整な絵柄に好感が持てる。
 当時のWINGは、雑誌内でも最大の人気マンガだった「まほらば」を筆頭に、「dear」「天正やおよろず」など、のんびりまったりとした雰囲気 の日常描写とかわいい女の子のキャラクターで和み癒されるタイプの作品が、雑誌内に数多く見られました。これは、のちにある一読者によっって「ゆる萌え」と名付けられ、以後のWINGの特徴的なカラーとなります。

 この「天眷御伽草子」も、一見した絵柄を見る限りでは、そのように感じられるかもしれませんが、多少方向性に違いがあるようにも見えます。冬季さんの絵柄は、女性作家らしい端整な絵柄で、一部少女マンガ的な耽美的とも取れる描き方もあるものの、それは全体では抑えられており、バランスの取れた中性的な作風を確立しています。これは、いわゆる典型的な萌えマンガの絵柄とは若干ニュアンスの異なるものであり、女性作家らしい細やかな美しさを感じるキャラクター造形になっており、WINGの同時期の連載の中ではやや異色です。同じくやや少女マンガ的な印象のある「dear」には比較的近いですが、あちらの方はかなり強く萌えを意識しているのに対して、この冬季ねあのマンガには、そのような萌えを意識したところはあまり感じられません。

 むしろ、キャラクターたちの端整な美しさ、素直なかわいらしさが良く出た優れた絵柄になっています。年齢ごとの描きわけが顕著で、特に優秀だと思ったのが、小さな子供のキャラクターが実にかわいらしいことです。冒頭では、主人公であるナギシロの兄弟姉妹たちが、賑やかに楽しく暮らしているシーンがよく描かれていますが、ここで描かれる子供たちは実に愛らしい。このマンガのほのぼのした一面をよく表しています。

 反面、いまだ背景を含めた全体的な作画では、やや描き込みが物足りないところもありますが、こちらも前作である「ファイアーエムブレム-光をつぐもの-」の時代に比べれば、かなりのレベルアップがなされており、背景からは自然の美しい雰囲気もよく感じ取れるようになり、もう一個の作品として遜色ないものに仕上がっています。あまり目立つタイプの作画ではありませんが、この丁寧に描かれた絵柄は非常に好感が持てるものでした。


・目的を同じくするものが協力し、そして醜くも闘い合うシビアなストーリー。
 しかし、そのような端整な絵柄とは対照的に、ストーリーはひどくシビアです。
 「天眷御伽草子」という和風なタイトルからも類推されますが、このマンガは日本神話をモチーフにした和風ファンタジーとも言える作品で、バトルシーンもふんだんに盛り込まれ、願いを同じくするもの同士のシビアな争いを描いた、本質的にはひどく厳しい作品となっています。

 主人公のナギシロは、時間を止めるという不可思議な能力を瞳に有しており、その能力のせいで共に暮らす兄弟姉妹たちが成長せず、時間を止めてしまっているという悲しい境遇を追っています。そんな時に、異世界(現代日本)からこの世界にやってきた奈々穂(ななほ)という少女と出会い、さらには高天原(この物語では「たかまのはら」と読む)という神の住む世界から使者がやってきて、そこならば2つだけすべての願いが適う、その瞳の能力も治せる、と告げて去っていきます。ナギシロは、幼い兄弟姉妹たちを置いて旅立つことをためらいますが、協力するという奈々穂の親身な思いに応えて、ふたりで高天原目指して旅立つことになります。

 その旅先で出会ったのは、自分と同じような不可思議な瞳の能力を持つ「眷者」と、その能力の受け入れ先である「依り代」と呼ばれるふたり組みの男女たち。彼らは、その多くがナギシロ同様に能力のせいで不遇な境涯を帯びており、やはり願いを適えてもらうために高天原に向かっています。彼ら眷者たちは、普段は決して悪い人間ではなく、主人公たちにも快く対応する人のいい者も多いのですが、しかし、自分の願いを適えてもらうためには、他のライバルたちを力づくでも退けようとします。そこで起こる争いは、それぞれの人物の辛い境遇、決して悪くない性格をよく分かっているために、見ていてひどく辛いものがあります。

 そんなエピソードの中でも、最も印象的なのは、そんな者たちが一時協力するために集って出来た野営地(キャンプ)での一部始終でしょう。
 高天原へと向かう唯一の道である洞窟は、纒向(まきむく)と呼ばれる国家が管理しており、うかつに他の誰もが近づくことはできません。そこで、眷者たちは纒向に対抗するために一時的に協力し、一時的な宿営地を築いてそこで過ごしています。そこにやってきたナギシロと奈々穂は、宿営地の面々から思わぬ歓迎を受けます。皆普段は気のいい人ばかりで、やがては対立する身ながら今は賑やかに楽しく過ごしているのです。
 しかし、そんな楽しい日々は、やがてやってくる対立の時の前に無残に消え去ります。洞窟の入り口にまで辿り着いた彼らは、ついには自分たちの願いを適えてもらうために争いを始めてしまいます。ナギシロたちもそれに巻き込まれ、つい先日まで仲の良かった「仲間たち」、それも、それぞれが抱える深刻な事情を思って躊躇しながらも、しかし望まぬ闘いをせざるを得なくなるのです。

 このようなシビアなストーリーは、冬季ねあの最も色濃い特徴と言えるもので、短期連載だった「JINX」でも顕著でした。それが、本格長編であるこの「天眷御伽草子」では、全編に渡って描かれる重厚な本格ファンタジーとなりました。


・数々の謎が解き明かされる終盤のストーリー、切ないラストも秀逸。
 そして、激しい争いの果てに、高天原へと侵入したナギシロと奈々穂ですが、そこは神の住む世界にして、ナギシロの本来いた場所でもありました。このナギシロの出生の秘密、そして奈々穂がなぜこの世界に呼ばれたのか、そのあたりのストーリー上の謎が次第に解き明かされる展開を迎え、ラストに向けて興味深い展開を迎えます。
 ナギシロが不可思議な瞳の能力を有しているのは先ほど述べたとおりですが、ヒロインである奈々穂の方も、なぜか常人をはるかに超える怪力を持っており、それも長い間の謎でした。終盤では、このあたりの謎も解かれていき、ナギシロと奈々穂の意外な関係、かつての出会いのエピソードも明らかになります。

 そして、高天原には、日本神話でおなじみのスサノオやアマテラス、ツクヨミたちが待ち構えており、彼らとナギシロの邂逅、「ふたつだけなんでも願いをかなえる」という不可解な告知の真相も明らかになります。このあたりの登場人物たちの思惑、かなわぬ妄執に満ちた心理描写でも、実に読ませるものがありました。

 そして、すべてが解決した最終話では、ナギシロの能力の呪縛が解け、兄弟姉妹ら子供たちの時間も解放され、さらにはかつて対立した眷者たちの多くも、平穏の時を迎えて帰路に付き、多くの者たちがいい方向へと向かう希望に満ちたエンディングを迎えます。しかし、その一方で、ここまでふたりで旅をしてきたナギシロと奈々穂は、ついに別れることになり、奈々穂は元の世界へと戻り、ふたりはそれぞれのあるべき道へと帰っていきます。これも、一応のハッピーエンドかもしれませんが、しかしあれだけ慕いあっていたふたりが、二度とは会えなくなってしまうというこの物語の終わりは、極めて切ないラストであり、読者の心に言い知れない余韻を残すことになりました。


・WINGの連載の中ではあまり目立たなかったが、実によく描けた秀作だった。
 このように、最後まで重厚なストーリーで見せたこの作品、実際のところ非常に優秀だったと思われますが、一方でWINGの連載の中では、さほどの知名度がなく、このマンガを知らないと言う人も多いのではないかと思われます。「まほらば」や「dear」「瀬戸の花嫁」「機工魔術士」と同時期の連載なのですが、これらの作品ほどの人気を獲得することができず、最後もひっそりと終わったように思われます。残念ながら今一歩の人気にとどまってしまったのは、いくつかの理由が考えられます。

 まず、WINGの連載の中では、総じて女性的な作風で、キャラクターにもそれが感じられる、WINGの読者の間の好みからは(特に男性読者の好みからは)若干のずれがあったのではないかと思えること。いわゆる萌え系の絵柄とは一線を画するもので、かつ全体的な絵柄に関しても、人目を引く派手さがあまりなく、そのため見た目の印象がかなり弱かったのではないかと思われます。決して悪い絵ではないのですが、印象には乏しかった。
 そして、この作者ならではのダークでシビアなストーリーも、読者によっては抵抗が強かったのかもしれません。むしろ、このような重いストーリーを好まない読者も多かったのではないか。この当時の「ゆる萌え」が特徴的なカラーとなったWINGでは、特にその傾向が強かったのかもしれません。

 そして、それ以上の理由として、連載期間が短めで、早めに終わってしまったことも大いにあるかと思われます。このマンガが終了したのは、2005年の4月。他の主要連載がまだまだ健在だった頃に、一足早くこのマンガは終了してしまったのです。折りしも、この当時は、あの「まほらば」のアニメ放映期間の真っ最中で、WINGが「まほらば」一色で盛り上がっていた中で、このマンガだけが、あまり印象に残らない形でひっそりと終わってしまった。そのため、このマンガを覚えている人も少ないのではないかと思われるのです。

 しかし、残念ながらそのような経緯で今ひとつブレイクしきれずに終わってしまった本作ですが、それでもこのマンガの面白さは確かなものがあり、WINGの熱心な読者にはきちんと評価されていました。そのため、早めの終了で終わってしまった時には、かなり惜しむ声も多かったと思います。この連載終了から約一年後に、冬季さんは新たな連載「Ark」を開始し、こちらもかなりの秀作ぶりを見せましたが、これは1年程度の連載で終了しています。そのため、まとまった長さの連載として、この「天眷御伽草子」こそが、作者最大の秀作だったと今でも思えるのです。

 なお、このマンガのコミックスは、どういうわけかページ数が多く、各巻で300ページ近い分量があります。そのため、全4巻で終了しながら、その分量は通常のコミックスの6巻近い量に匹敵するものがありました。その上で、コミックスの価格は変わらないままなので、読者とっては嬉しい仕様となっています。今でも流通しているかは分かりませんが(おそらくは絶版?)、是非とも買って読みたいお買い得なコミックスだと思います。


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